眠れる獅子は生きるために剣を握る

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第十章 巡り合い

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「おっさん! 家出しそうだったからジェラルドを確保してきたぜ」

「ジェラルドが家出? 何故?」

 マリアの部屋でキャサリンと仲睦まじくしていたリカルドが首を傾げた。

 一方母であるキャサリンと祖母であるマリアンヌに、ふたりして父王の呼び名について注意されたラスは、マリアンヌが厳しくなって落ち込んでいた。

 マリアンヌとしても、いつまでも父親をおっさんなんて呼ばせるわけにはいかなったので、母であるキャサリンが叱ったときに態度を合わせたのだ。

 ラスには申し訳ないと感じてはいたが。

 そこまでは読み取れていないのだが、ラスは落ち込みつつ、さっき自分でした推理をリカルドに説明した。

 現状様々な条件を照らし合わせた結果、一番怪しいのがエリザベートの父親であるアドラー公爵であること。

 ヴァンには更なる心当たり。

 先帝暗殺の実行犯に心当たりがあること。

 推理したことがすべて事実なら、ジェラルドは祖父を恐れて、恐怖から逆らえなくなっていること。

 多分今もラスの捜索か殺害を命じられている恐れがあること。

 そのどちらにも従えないジェラルドは、祖父から逃れるため、家出する気だったこと。

 それでも捕まりそうになったら、ラスに害が及ばない間に死ぬつもりだったこと。

 またなんとなく感じ取っていた疑問だが、ジュエルはリカルドの娘ではないらしいこと。

 その証人がジェラルドであることなど、自分にわかっていることは、すべてこの場で打ち明けた。

 何故かって?

 そうしないとジェラルドが自滅を諦めないからだ。

 ジェラルドにしてもジュエルにしても、またエリザベートにしても、利用されただけで誰も悪くないと信じるからだ。

 すべてはアドラー公爵の陰謀だと。

 聴き終えたリカルドは、青ざめた顔色で、逃亡できないように縛り上げられた次男に近付いた。

 思い切りその手を振り下ろす。

 頬を叩かれたジェラルドは放心しているようだった。

 叩かれるほど父が自分に関心を持っているなんて考えてもいなくて。

「そなたまでわたしから去るつもりだったのか?」

 ルイひとりで十分だ!

 あんな思いをするのは!

 と責められてジェラルドは、ラスの観察眼の鋭さを知る。

 情が深いから愛した妃と産まれるはずだった我が子を諦めきれなかった。

 多少意味合いは違うだろうが、父はジェラルドが行方不明になっても探してくれるし、万が一死んでいたら泣いてくれる。

 兄が言ったように兄と同じ絶望感をジェラルドが与えるところだったと知って。

「すみません。父上。わたしはただ祖父が、アドラー公爵が恐ろしくて。あの人は父上が母上と距離を置いた途端、母上に暗示をかけて相手は父上のように見せかけ、父上と同じ髪や瞳をした複数の男に母上を犯させていました」

「なんだと?」

「きゃあ!」

 恐ろしさから震える妃を腕に抱き締め、リカルドは強張った顔を次男に向けた。

「怖かったんです。自分の娘にそんな真似のできるあの人が。わたしが現場を見てしまった後言われました。お前は貴重な世継ぎだから殺しはしない。だが、このことを口外するなら、薬を持って生きた人形にするだけだと」

「ジェラルド」

 ラスは結構不遇だと言われてきたが、不幸さでいったらジェラルドの方が上じゃないか?

 少なくともラスは、身バレするまでは、そこまでの恐怖は感じなかったから。

「その後も何度も呼び出されて、色々命じられました。あの人にとってわたしは孫ではなく、駒に過ぎなかったんです」

「そなたは」

「このままでは兄上を殺せと命じられる日も遠くない。わたしには兄上は殺せない! キャサリン様だって殺したくない! もうこうするしか術がなくて」

 ジェラルドがそう叫んだとき、ラスが唖然と呟いた。

「マックス。お前泣いて」

「え?」

 言われて背後を振り向くと護衛騎士のマックスが男泣きに泣いていた。

 主人の不遇に気付かなかったと、その苦しみを取り除けなかったと泣いていた。

「マックス」

「申し訳ありません!」

「マックスが謝るようなことでは」

 土下座するマックスにジェラルドも驚いている。

「しかし! 処罰されるのも覚悟で、わたしが拝謁時に同席を申し出ていればっ! 殿下のご心痛を知ることはっ」

「バカを言うな! そんな真似をしたら、マックスはその場で殺されている! わたしに唯一信頼できたお前を見殺しにしろというのかっ? それではわたしは本当にひとりになってしまう。例え知らなくても、傍にいてくれるだけで救いだったんだ。マックスは」

「殿下」

 もう顔も上げられないマックスに、父であるヴァンが肩を叩いて慰めた。

「ジェラルド」

「はい。父上」

「逃げたところでなんの解決にもなりはしない。幸い昔と違って黒幕がアドラー公爵だとはっきりしているんだ。策を練ることもできる」

「しかし」

「幼心に強烈な恐怖を植え付けられていたんだ。逆らうのは怖いだろうが、ルイが殺されても怖くはないのか? 悲しくはないのか?」

「それができないからわたしはっ」

「ならば強くなれ。恐怖に打ち勝てるくらい強くなれ」

 父からかけられた言葉にジェラルドはこくんと頷いたのだった。
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