紅の神子

文字の大きさ
50 / 103
第十四章 恋愛感情

(1)

しおりを挟む




 マリンと会話してから、いつのまにか透はウトウトしていたようである。

 頬に誰かの手を感じる。

 ハッとして目を見開いた。

 目の前にはエドがいた。

 キスされる寸前みたいに身近に。

 でも、触れてはいない。

 ただ触れるほど間近から透を見下ろしているだけで。

 呑まれて動けない。

 こんな至近距離では無視もできない。

「お願いだから、もうぼくを避けないで」

「……エド」

「辛いんだよ。自業自得と知っていても」

 なにも言えない。

 エドの眼は本当に辛そうだったから。

「きみが……」

 なにを言うんだろう?

 透になにを伝えたいんだろう。

「きみが……好きだよ、トール」

 好き?

 エドが俺を?

 だって俺たち男同士なのに?

 ああ。

 でも、エドには透と真剣な恋愛をしないと死ぬという運命が待ち受けているんだった。

 透を愛するように努力するし、愛されるようにも努力するとフィーナ姫にも言っていた。

 だから今こんなことを言われても……。

「でも、きみは叔父上の方ばかり見てるし、ぼくがなにを言っても信じてもくれない。それなのに叔父上は行動に出ていて尚信頼されている。そう思ったら止まらなくて……」

 多分この間のことだろう。

 つまりあれはランドールへのヤキモチだったということだ。

「いや。でも、俺にとってランドールは父親だし、それでヤキモチ妬かれても……」

「叔父上にとっては違うよ?」

「まだそんなことを言ってるのか? あり得ないって」

 言いかけた透をエドが遮った。

「じゃあ夜にふたりきりになってみる?」

「え?」

「そうしたら叔父上がどんな行動に出ると思う? そうしたらきみにもわかるんじゃない?」

 夜にふたりきりだったら、ランドールの態度が変わる?

 確かにこの寝室にいるときは大抵エドがいるから、ふたりきりじゃなかったけど。

 でも……。

「この間はごめん」

「……」

「きみが全くの未経験だとは思わなくて、ぼくは一通り経験済みだと誤解していたんだ。こちらの世界ではね。十五にもなれば大抵の者が経験している。中には経験豊富な者も少なくないから」

 透はガーンッ!! とショックを受けていた。

「俺って子供? そんなに子供? ランドールにも十五にしては幼いとは言われたけど。俺ってそんなに子供?」

 透がショックを受けているのを目の当たりにして、エドがちょっと笑っている。

 それからあれ? と思った。

 十五だと誰もが経験していて、中には経験豊富な者も少なくないということは、二十歳のエドや今年十八になるアスベルは?

「十五になると大抵そうなら、エドやアスベルも経験済みなのか?」

 気にしてくれてはいても、特に拘ってはいない様子の透に、エドはちょっとムッとしたが、素直に答えてくれた。

「ぼくはそうだけどアスベルはどうかな。彼は邪眼の王子と誤解され疎まれていたから。経験したくてもできなかったんじゃないかな」

「じゃあフィーナちゃんの方が経験豊富?」

「きみ。兄であるぼくにそういうことを言うかい?」

 エドがちょっと怒ったようにそういって否定してきた。

「残念だけどフィーナは未経験だよ」

「どうしてそんなことがエドにわかるんだよ」

「わかるよ。アスベルのために軽い出来心でも、決してフィーナが経験できないように、ぼくは注意して育ててきたから。フィーナはそういう意味では純粋な姫君だよ。アスベルに相応しい」

「もしかして周りを女性ばかりで固めてたとか?」

「まあ男は近付けなかったね」

「は?」

「ジュリアのことだよ。彼女……百合だよ?」

「え……」

「フィーナちゃんのことが好きなんだって。でも、手は出してないらしいけど」

 言われていることが理解できないのか、エドは混乱しているようだった。

 だから、透は自分が見聞きしたことは教えてやった。

 安全だと思っているエドの誤解をなくすために。

「ジュリアとアインがそういう趣味?」

 エドが低く呟く。

「まあ薔薇って言ってもアインの好みは、俺やルーイみたいな可愛い系らしいから、アスベルにはなんの心配もいらないよ。それにジュリアも王家に仕える騎士として、自分の趣味と仕事は区別しているらしいから、フィーナちゃんには手は出さないと思う」

「まあさういうことなら、ジュリアの動きにさえ注意しておけばいいから、まだ楽だけど……アインの好みがきみやルーイみたいなタイプだって?」

 エドの目が据わっている。

 透はちょっとビクビクした。

「そう……聞いたけど」

「わかった。アスベルさんに頼んで、きみにはアインを近付けないように手配するよ」

「おーい。エドさん? 頭大丈夫ですか?」

 透が心配になって呼び掛ける。

 エドはぶつぶつと計画を練っているようだった。

 すると思考を切り替えたのか、いきなりエドが透の頬に両手を当てた。

 彼の気持ちを聞いたばかりのせいか、ドキッとする。

 瞳を真っ直ぐに見詰められて、なんだか目眩を起こしそうだった。

「ぼくの気持ち……少しはわかってくれた? 今更意味がわからないとかって逃げないよね?」

 逃げ場を封じられて仕方なく頷いた。

「キス……してもいい? 今度は傷付けないようにするから」

「でも、俺は……」

 エドのことそういう眼で見ていない。

 そう言いたいのに言えない。

 エドがあまりに真剣な目をしているから呼吸が止まる。

「大丈夫だよ。怖くないから」

 抵抗したのにエドの様子を見ているとできなくて、透は仕方なく目を閉じた。

 柔らかくそっと唇が重ねられる。

 啄むような口付けだった。

 この前みたいに情熱だけで押しては来ない。

 エドのキスを受けながら透は考える。

(俺なにしてるんだろう。エドのことが好きでもないくせにキスされるのを許して。でも、あんな泣き出しそうな眼をされたら、とてもじゃないけど嫌だなんて言えない。そうしたらきっと傷付けたから)

 人を傷付けるのはなによりも怖い。

 自分が傷付くことなんかよりずっと。

「あっ……んっ」

 キスが深くなった。

 それでも激しくはない。

 透を気遣っているのがわかる。

 泣きたくなる。

 透が誰を愛するかは透次第。

 マリンから聞いた言葉がよみがえる。

 ボーッとしているとエドが離れた。

 真上から見下ろしてくる。

「怖くなかっただろう?」

 微笑まれて頷いた。

 確かに怖くはなかった。

 この間はキスされる前から怖くて仕方なかったけど。

 今回は平気だった。

「大丈夫。ぼくはもう二度ときみを傷付けないから。だから、お願いだよ。ぼくを……避けないで」

 エドの声が切実で透は遂に「うん」と言ってしまった。

 彼がそれは嬉しそうに微笑む。

 だから、まあいいかと思った。

 誰かと気まずくなるのは透も得意じゃないから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

銀の王子は金の王子の隣で輝く

明樹
BL
不幸な王子は幸せになれるのか? 異世界ものですが転生や転移ではありません。 素敵な表紙はEka様に描いて頂きました。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない

結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。 人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。 その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。 無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。 モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。 灰銀の狼と金灰の文官―― 異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。

処理中です...