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本当と念を押されると嘘っぽい

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1週間に一度、私は手首を切る。
最初に言っておくが、決して自殺願望があるわけではない。
少しづつ血液を採取して、王城まで届けるためだ。
届けられた血液は水で薄められ、セフィル様に薬として提供される。
血生臭くないかって?
それが私の血はどういう訳か果実の様な甘い味がするのだ。
強いていうなら柘榴っぽい味?
柘榴の味は血の味と似ていると聞くが、実際どうなんだろう?
私は普通の人の血を飲んだことないから比べようがない。
そしてここで私の名誉の為に言っておく。
決して喜んでなどいない。
セフィル様が私の血を飲んでるからといって、それを妄想してハアハアなど決してしていない。
ホントダヨ。
それはさておき最近セフィル様の顔色を見るに、赤みがさし、体調も良好なのではないだろうか?
以前は深窓の王子様とばかりに、儚げで、今にも倒れそうな青い顔をしていた。
私の身体に負担がかかるのであまり多量にはお届けできないが、少しづつでもセフィル様が回復の傾向にあるなら嬉しいかぎりだ。
サラ様が届けてくれるという心臓の薬も効いているのだろうか?
いや、どちらかと言えば恋する気持ちがセフィル様を上向きにさせているのかもしれない。

つ、辛くなんかないぞ……。


今日は父の仕事の書類を届けるために、セフィル様の執務室に訪れていた。
直で来られるのは婚約者の特権である。
それはともかく。
皆様、ちょっと聞いてちょうだい!
セフィル様、超絶カッコイイ!!
真剣に書類と向き合うセフィル様は、とても凛々しくてウットリするほど素敵なのだ!
おっと、ヨダレは垂れてないわね?
「おい、そこの侍女。
手を怪我しているのではないか?」
「は、はい。
でも大した怪我ではございませんので、お気になさらず…。」
「無理をするものではない。
茶は後でいいから、今すぐに治療室に行くといい。
俺が許可する。」
皆様、聞きまして?
セフィル様は今日もこんなにお優しい!
侍女にまで心を砕くなど、気位の高いそんじょそこらの貴族ではなかなか出来ないことだ。
そして手ずから私のためにお茶を淹れてくれようとしている。
大切なことなのでもう一度言う。
私のためだ!
この方は地位に奢らず、必要とあらば自らなんでもこなしてしまう方なのだ。
そんなとこも大好きだ!
あぁ、じっくりセフィル様を観察して堪能している場合ではなかった。
「セフィル様、お茶を飲むならわたくしにお貸しくださいませ。
王宮の侍女ほどではございませんが、貴方様よりマシなお茶を入れて差し上げられますわ。」
あぁ…我ながら可愛げがない……。
本当は毎日1日も欠かさずお茶を入れる練習をしている。
セフィル様に美味しいと思ってもらえるお茶を淹れられるようになりたくて、日々努力しているのだ。
セフィル様から強引に茶器を取り上げて、お茶を淹れて差し上げる。
ふとセフィル様の視線が私の手首に止まった。
「……アリア、少し前から気になっていたのだが、手首に怪我でもしているのか?」
しまったと思ったが、後の祭りだ。
袖の長いドレスで誤魔化してはいるが、手首の包帯に気づかれていたようだ。
でも……私のことまで心配してくれるのですね。
嬉しいけど、このことは知られてはいけない。
「あぁ、少し切ってしまいましたの。
大した怪我ではありませんわ。」
貴方の心配、プライスレス。
今夜のディナーはこの思い出をメインに、白パン三つは軽くいただけます!
「そうか、気をつけるんだぞ。」
ジーンと胸が温かくなる。
いけない、セフィル様に嫌われるようにしないといけないのに、上手く言葉が出てこない…。
「では、わたくしはこれで失礼しますわ。」

1人執務室に残されたセフィルは、部屋を去って行くアリアの背中を見つめていた。
彼女は何が気に入らないのか、いつも突っかかってくる。
サラ嬢は自分の為に心臓の病によく効くという薬を持ってきてくれる。
そのお陰か、日に日に体調が良くなってきている。
優しい少女だとは思うが、自分は婚約者のいる身だ。
サラ嬢を蔑ろにはできないが、ちゃんと線引きはしているつもりだ。
アリアに対して誠実でありたい。
なのに上手くいかない。

俺は彼女に嫌われているのかもしれないなと、セフィルはひとりごちたのだった。










※※※


よく言う柘榴の味は血の味に似ているという話の由来について。
昔500人もの自分の子供を養う為に、他所の子供を攫って食べていたという鬼子母神。お釈迦様が鬼子母神の子供を攫って、お前も子供を攫われたら辛いだろうと諭す。そしてどうしても子供を食べたくなったら、子供の代わりに食べるよう柘榴を渡すのです。
のちに柘榴は鬼子母神像の象徴となります。
つまり柘榴の味と血の味は、イコールではないらしいですョ。
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