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第五章 氷獄に吠ゆ

第2話 出発

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 チンピラを撃退した俺たちは買い出しを早々に終わらせ、情報収集を始めることにした。

 欲しい情報は二つ。
 訪問者《ビジター》の目撃情報とロシア軍の動向だ。

 一般市民がこれらについて深く知っているとは考えにくいが噂話だけでも入手しておきたい。
 なに、いざとなったらちょちょいと精神魔法で催眠してやればいい。
 簡単な話だ。

「……と思ってたんだがなあ」

「くっ! 力及ばず申し訳ありません」

 見事に収穫ナシだった。
 町の人たちは未だ自分が生き残るのに必死であり、他の事にまで気が回ってないようだ。
 地道な聞き込みは日が暮れて通りに人がいなくなるまで続いたのだった……。


 ◇


「遅かったじゃねえか大将!」
「ああ。思ったより手こずってな」

 聞き込みを切り上げた俺と火凜はあらかじめ決めたおいた集合場所である酒場に行くと既に酒を飲み始めているヴォルクがいた。
 酒には相当強い筈のヴォルクだが頬がほんのり赤くなっている。そうとう飲んだな。

 まあ久しぶりの故郷の酒だ、思うところもあるだろうから許してやるとしよう。

「まあまあ座ってくれよ! 飯なら色々頼んどいたからよ!」

 ヴォルクは上機嫌で手招きすると座るよう促してくる。
 テーブルの上には色とりどりの料理。
 地元民がすすめるだけあってどれもうまそうだぜ。

「ところでヴォルク……そっちは何か情報はつかめたか?」

 俺は一縷の望みをかけてヴォルクに尋ねる。
 こいつはそういうのは得意じゃないだろうが、何か手掛かりだけでも掴んでてくれないだろうか?

「ん? 情報ならあらかた集まったぜ。じゃなきゃこんなに飲んだくれねえぜ」

 ヴォルクはニヤリ。と笑みを浮かべるとこちらに書類の束を渡してくる。

 その書類には訪問者《ビジター》と思われる巨大な獣の情報と最近のロシア軍の動向が細かく記されていた。
 とても一般人から聞き出せるレベルではない。どのようにしたらここまでのモノを入手できるのだろうか。

「こ、これは……」

「へへ、俺には悪い友達がたくさんいるからな。そいつに頼んだら快く教えてくれましたぜ」

 鼻を指でこすりながら誇らしげにするヴォルク。
 まさかこいつの交友関係がここで役に立つとは。人生何が役に立つか分からないモノだ。

「よし。じゃあこの軍の巡回ルートを避けるようにして目的地へのルートを決めよう」

「確か次の目的地は魔法使いの村でしたね」

「ああ」

 その名も「最果ての村」。
 ここより北に進んだところにあるらしい魔法使いの村だ。
 その存在は秘匿されており、もちろん地図には載っていない。

「しっかしそんな村がホントにあるんすかね。俺は一回も聞いた事がねえけどなあ」

「テレサの話だと限られた魔法使いしかその存在を知らないらしい。現地人が知らないのも無理はないさ」

 テレサの話によるとその村の歴史は古く、千年近く昔から存在するという。
 そこの村人が村の外へ出ることは滅多に無く、細々と魔法の研究をして暮らしているらしい。
 まず俺たちはその村に行き訪問者《ビジター》について聞き、もしその過程で友好が築ければ仲間になってもらおうと考えている。
 まあ無理に魔王国に来てもらう気はないけどな。

「隠された村か……何だか面白くなってきたな!」

「おいおい、あまりはしゃぐと足元を掬われるぞ?」

 ヴォルクを諫める俺だが、何を隠そう俺自身もワクワクしている。

 こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。
 少なくとも魔王として活動しているときは感じなかった。
 それにこの体に変わってからまるで別人のように思考がクリアになった。いったい何故だろうか?

「ジーク様?」

 俺が考え込んでいると火凛が心配そうに俺をのぞき込んでくる。
 いかんいかん、しっかりせねば。

「大丈夫。少し考えこんでただけだ」

 俺は安心させるため笑顔を向けて返事する。
 しっかりしろ。いくら国から離れているとはいえ俺は一国の主なんだ。

「さて! 話はこれくらいにして飯を食おうじゃないか! せっかくのごちそうが冷めてしまうからな!」

 俺はそう誤魔化すと飯に手をつけ口に運ぶのだった。





 ◇




「こ、ここまで寒いとはな……」

 朝、「クラスノヤルスク」を出た俺はその寒さに驚愕する。
 現在の気温は-5度。鼻水も凍る気温だ、そんな機能はこの体には無いが。

「気になってたんだがよ大将。その体なら寒さを感じないように出来るんじゃないのか?」

「ああ、出来るよ」

「じゃあ何でしないんだ?」

「簡単な話だ。この体は寒さや暑さに強いワケじゃないからだ。それらの感覚を切ってしまえば気づかぬうちに体が駄目になっちまう」

 この体は機械だけでなく生体組織も使われているため普通に痛むし血も出る。
 そのため痛覚をしっかり搭載している。いざとなれば切ることも出来るが、あまりしたくない。

 俺が死ねば、本体の俺がどうなるか分からないからだ。

 痛覚を切ってしまえば絶対に油断や慢心が生まれて、勝てた戦いも負ける恐れがあるからな。
 痛いのは嫌いだが致し方ないのだ。

「さて、それじゃ行くとするか」

 俺は町で買ったモコモコの手袋をはめなおすと二人に顔を向ける。
 すると二人は信頼に満ちた顔でこちらを見返す。それがなんともむず痒いが悪い気はしない。

「出発!」

 こうして俺の人生二度目の旅が幕を開けたのだった。
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