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第七章 憤怒の果てに
第2話 逃避
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魔王軍の追手から逃げ出した俺とテレサは一旦魔王城から離れ城下街にある小さな一軒家に逃げ込んだ。
話によるとこの建物はテレサが所有している家らしい。しかもテレサがこの家を所有していることはマーレですらしらないらしい。
なのでしばらくは身を隠していられるだろう。
しかしもって1日くらいだろう。俺の部下達は優秀だからな。
「ふう、何とか撒いたようじゃの。狭い家じゃがくつろぐがよい、今茶を淹れてやるからの」
テレサは俺にそう促すと手慣れた様子でお茶を淹れ始める。
意外だ。彼女にもこんな家庭的な面があっただなんて。
思えば俺は彼女の普段の顔というのをほとんど知らない。
いや俺だけではないだろう。この魔王国にいる誰もオフの彼女を知らないだろう。
「かか、そんなのジロジロ見られたら穴が開いてまうぞ?」
「あ、ああすまん」
物珍しさにジロジロ見過ぎていた。
指摘された俺は恥ずかしくてバッと視線を逸らす。
しかし無言というのも気まずい。
何か聞いてみるか。
「何でテレサは俺を助けてくれたんだ。お前も俺を捕まえるよう言われたんだろ?」
「簡単な話じゃ。わしには前からもう一人のお主がおかしくなっとるのが分かっておったのじゃ」
「おかしくなっていた……!? 一体なんでそんなことが分かったんだ!?」
俺が食い入るように聞くとテレサは俺の方を向き、自らの大きくて綺麗な紅い眼を指差す。
「眼、じゃ。わしら魔女の眼は『魔眼』。この眼は魔力の流れを感じ取り魂の本質を見抜く世界で唯一無二の力を持っておる」
それは初耳だ。
おそらく魔女達の中でもトップシークレットなのだろう。そんなことを知られれば魔女の眼を狙いにくる者も出てくるだろう。
「お主が二人に分かれてから少しずつ何やら赤黒いものがもう一人のお主の魂を覆うようになった。そのもやのような物は次第に大きくなり……いつしかお主本来の魂の色を完全に上書きするほど大きくなってしまった。それでも目立った事はせぬから静観しておったのだがこの有様じゃ。すまぬ」
テレサは俺の前にお茶を置くと申し訳なさそうに頭を下げる。
「やめてくれ、これは俺の責任だ。怪しいと感じる事は何回もあった。でも俺だから大丈夫だと放っておいた俺の責任なんだ」
俺は謝りながらテレサの頭を上げさせる。その顔はいつもの余裕たっぷりの顔とは対照的に不安さがにじみ出ていた。
仲間にこんな顔をさせるなんて魔王失格だ。もう一人の俺は何をやってやがる。
「まあ茶でも飲もうぜ。一回落ち着こう」
テレサを椅子に座らせ俺はテレサの淹れてくれた紅茶を口に入れる。
その紅茶はとても優しい味がした。体の芯から暖かくなり気持ちが落ち着いていく。そんな不思議な味だった。
「この茶は……魔女の里で作られるものじゃ。精神を落ち着かせ魔力を少し回復させる効果をもっておる」
「へえ。こんな物まであるんだな。他にも何かこういう物はあるのか?」
「ああ、あるぞ。魔女の森にはマンドラゴラという植物が生えていてな……」
俺はテレサから色々なことを聞いた。
魔女の里にある不思議な動植物。魔女が作る薬。様々な派閥と歴史。
彼女の語る話はまるで大巨編ファンタジーのようで俺の心をたいへんワクワクさせてくれた。
思えばこんな風に心を開いて話を今までどれだけ出来ていたのだろうか。
部下にいいところばかり見せようとして本当の俺を俺は隠し続けていた。
もしもっと早くに心を開き本当の意味で仲間になっていたらこのような事態にはならなかったのではないだろうか。
いや、本当の俺は何の中身もない人間だ。幻滅されるのがオチだろう。
だったらどうするのが正解だったのだろうか。いや正解なんてもしかしたらなかったのかもしれない。
思考が頭の中でぐるぐる回り終わりのない迷路に迷い込んだようだ。
いかんいかん過去を悔やんでもしかたない。これからを考えなければ。
「それでこれからどうする主人どの? 今お主には二つの道がある」
「二つの……道?」
「うむ。一つは戦う道。わしと共にもう一人のお主と勝ち目の薄い戦いに望む道じゃ」
勝ち目の薄い戦い。そうハッキリと言われるとへこむな。
あちらとこちらでは戦力差は歴然。もしかしたら俺の味方をしてくれる奴も他にいるかもしれないが罠の可能性を考えるとほいほい信用もできない。
しかも相手はかつての仲間達。辛く、苦しい戦いになるだろう。
「もう一つは逃げる道じゃ」
「逃げる……?」
それは考えていなかった。
しかしよくよく考えてみれば……逃げちゃいけない理由は、無いのかもしれない。
「もちろん逃げるのも簡単ではないじゃろうが正面から戦うことに比べたら全然楽じゃろう。この大陸を出れさえすれば後は楽。ゆっくりわしの故郷に向かいそこで戦いの事など忘れ自由気ままに暮らすのじゃ」
それは……なんて素敵な生活なのだろうか。
魔女の里であれば争いに巻き揉まれる事などほとんど無いだろう。
そこでテレサと一緒に畑仕事でもしながらゆったり暮らすのだ。晴れたら畑に出向き、雨が降れば家で読書をする。
何気ない日々の幸せを噛み締め享受する毎日。
ああ。
想像するだけで涙が出てくる。
なんでこんなに泣けてくるのか。俺はその答えを知っている。
それは、俺が絶対に選ぶことのない未来だからだ。
「……答えは、聞くまでも無いようじゃな」
俺の眼を見たテレサは嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに笑いながら察してくれる。
「ああ。俺は戦う」
「……参考までに理由を教えてくれるかの?」
「確かに逃げるのもありだ。テレサと過ごす平和な日々もとても魅力的だ。それに俺がいなくなってもこの国は回るだろう。今まで通り、何事もなく、な」
「じゃったらなぜ?」
「……理屈じゃ無いんだ」
そう。
理屈じゃ無い。
俺のことを見捨てなかったテレサの身を危険に晒してまで戦いに臨む理由。
それは。
「俺はやっぱり、みんなの事が好きなんだ」
俺みたいな奴をしたってくれた幹部達。
俺みたいな奴の元に集まってくれた国民達。
彼らを、ワケも分からない奴に預ける?
冗談じゃない。そんなこと許せるか。
「本当は逃げ出したいさ。でも俺の魂が言うんだ、戦えってな」
「魂が……か。ならばしょうがない。災厄の魔女テレサ・スカーレットが力を貸してやるとするかの!」
「ありがとうテレサ……本当にありがとう」
もう隠したりしない。
恥も外聞も知らない。どんなにみじめでも情けなくてもダサくてもあがいてみせる。
本当の意味で仲間になるための戦いが、始まる。
話によるとこの建物はテレサが所有している家らしい。しかもテレサがこの家を所有していることはマーレですらしらないらしい。
なのでしばらくは身を隠していられるだろう。
しかしもって1日くらいだろう。俺の部下達は優秀だからな。
「ふう、何とか撒いたようじゃの。狭い家じゃがくつろぐがよい、今茶を淹れてやるからの」
テレサは俺にそう促すと手慣れた様子でお茶を淹れ始める。
意外だ。彼女にもこんな家庭的な面があっただなんて。
思えば俺は彼女の普段の顔というのをほとんど知らない。
いや俺だけではないだろう。この魔王国にいる誰もオフの彼女を知らないだろう。
「かか、そんなのジロジロ見られたら穴が開いてまうぞ?」
「あ、ああすまん」
物珍しさにジロジロ見過ぎていた。
指摘された俺は恥ずかしくてバッと視線を逸らす。
しかし無言というのも気まずい。
何か聞いてみるか。
「何でテレサは俺を助けてくれたんだ。お前も俺を捕まえるよう言われたんだろ?」
「簡単な話じゃ。わしには前からもう一人のお主がおかしくなっとるのが分かっておったのじゃ」
「おかしくなっていた……!? 一体なんでそんなことが分かったんだ!?」
俺が食い入るように聞くとテレサは俺の方を向き、自らの大きくて綺麗な紅い眼を指差す。
「眼、じゃ。わしら魔女の眼は『魔眼』。この眼は魔力の流れを感じ取り魂の本質を見抜く世界で唯一無二の力を持っておる」
それは初耳だ。
おそらく魔女達の中でもトップシークレットなのだろう。そんなことを知られれば魔女の眼を狙いにくる者も出てくるだろう。
「お主が二人に分かれてから少しずつ何やら赤黒いものがもう一人のお主の魂を覆うようになった。そのもやのような物は次第に大きくなり……いつしかお主本来の魂の色を完全に上書きするほど大きくなってしまった。それでも目立った事はせぬから静観しておったのだがこの有様じゃ。すまぬ」
テレサは俺の前にお茶を置くと申し訳なさそうに頭を下げる。
「やめてくれ、これは俺の責任だ。怪しいと感じる事は何回もあった。でも俺だから大丈夫だと放っておいた俺の責任なんだ」
俺は謝りながらテレサの頭を上げさせる。その顔はいつもの余裕たっぷりの顔とは対照的に不安さがにじみ出ていた。
仲間にこんな顔をさせるなんて魔王失格だ。もう一人の俺は何をやってやがる。
「まあ茶でも飲もうぜ。一回落ち着こう」
テレサを椅子に座らせ俺はテレサの淹れてくれた紅茶を口に入れる。
その紅茶はとても優しい味がした。体の芯から暖かくなり気持ちが落ち着いていく。そんな不思議な味だった。
「この茶は……魔女の里で作られるものじゃ。精神を落ち着かせ魔力を少し回復させる効果をもっておる」
「へえ。こんな物まであるんだな。他にも何かこういう物はあるのか?」
「ああ、あるぞ。魔女の森にはマンドラゴラという植物が生えていてな……」
俺はテレサから色々なことを聞いた。
魔女の里にある不思議な動植物。魔女が作る薬。様々な派閥と歴史。
彼女の語る話はまるで大巨編ファンタジーのようで俺の心をたいへんワクワクさせてくれた。
思えばこんな風に心を開いて話を今までどれだけ出来ていたのだろうか。
部下にいいところばかり見せようとして本当の俺を俺は隠し続けていた。
もしもっと早くに心を開き本当の意味で仲間になっていたらこのような事態にはならなかったのではないだろうか。
いや、本当の俺は何の中身もない人間だ。幻滅されるのがオチだろう。
だったらどうするのが正解だったのだろうか。いや正解なんてもしかしたらなかったのかもしれない。
思考が頭の中でぐるぐる回り終わりのない迷路に迷い込んだようだ。
いかんいかん過去を悔やんでもしかたない。これからを考えなければ。
「それでこれからどうする主人どの? 今お主には二つの道がある」
「二つの……道?」
「うむ。一つは戦う道。わしと共にもう一人のお主と勝ち目の薄い戦いに望む道じゃ」
勝ち目の薄い戦い。そうハッキリと言われるとへこむな。
あちらとこちらでは戦力差は歴然。もしかしたら俺の味方をしてくれる奴も他にいるかもしれないが罠の可能性を考えるとほいほい信用もできない。
しかも相手はかつての仲間達。辛く、苦しい戦いになるだろう。
「もう一つは逃げる道じゃ」
「逃げる……?」
それは考えていなかった。
しかしよくよく考えてみれば……逃げちゃいけない理由は、無いのかもしれない。
「もちろん逃げるのも簡単ではないじゃろうが正面から戦うことに比べたら全然楽じゃろう。この大陸を出れさえすれば後は楽。ゆっくりわしの故郷に向かいそこで戦いの事など忘れ自由気ままに暮らすのじゃ」
それは……なんて素敵な生活なのだろうか。
魔女の里であれば争いに巻き揉まれる事などほとんど無いだろう。
そこでテレサと一緒に畑仕事でもしながらゆったり暮らすのだ。晴れたら畑に出向き、雨が降れば家で読書をする。
何気ない日々の幸せを噛み締め享受する毎日。
ああ。
想像するだけで涙が出てくる。
なんでこんなに泣けてくるのか。俺はその答えを知っている。
それは、俺が絶対に選ぶことのない未来だからだ。
「……答えは、聞くまでも無いようじゃな」
俺の眼を見たテレサは嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに笑いながら察してくれる。
「ああ。俺は戦う」
「……参考までに理由を教えてくれるかの?」
「確かに逃げるのもありだ。テレサと過ごす平和な日々もとても魅力的だ。それに俺がいなくなってもこの国は回るだろう。今まで通り、何事もなく、な」
「じゃったらなぜ?」
「……理屈じゃ無いんだ」
そう。
理屈じゃ無い。
俺のことを見捨てなかったテレサの身を危険に晒してまで戦いに臨む理由。
それは。
「俺はやっぱり、みんなの事が好きなんだ」
俺みたいな奴をしたってくれた幹部達。
俺みたいな奴の元に集まってくれた国民達。
彼らを、ワケも分からない奴に預ける?
冗談じゃない。そんなこと許せるか。
「本当は逃げ出したいさ。でも俺の魂が言うんだ、戦えってな」
「魂が……か。ならばしょうがない。災厄の魔女テレサ・スカーレットが力を貸してやるとするかの!」
「ありがとうテレサ……本当にありがとう」
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