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第七章 憤怒の果てに

第10話 得たもの

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「灼熱魔刃《イグナイトエッジ》!!」

 まずは小手調べ。
 俺は前進しながら炎の刃を複数作り出し、もう一人の俺の体から出てきた赤い化け物ラースめがけて放つ。

 しかし俺の放った魔法はまるで虫でも振り払うかのように腕を一振りしただけでかき消えてしまう。

「ハハッ! そのような矮小な魔法がオレに通用するとでも? もっと本気出してかかってきやガレ!」

 ラースはそう言うと腕を伸ばしパンチを放ってくる!
 どうやらあいつは体の形を自由自在に変えられるみたいだ。

 俺はその攻撃をすんでのところで躱す。
 目標を失った奴の拳は床にぶつかりバコンッ!! と大きなクレーターを作る。

 魔法をつかった訳でもないのになんて威力だ……!
 こんなの当たったらただじゃ済まねえぞ!

「ほれほれ! 休んでる暇はねえぞ!」

 今度はもう一人の俺が灼熱魔刃《バーンエッジ》を放ってくる。
 嘘だろ!? 二つの体を同時に動かせるのかよ!?
 一人だけでも厄介だってのに!!

「うおおっ! 水泡障壁《ウォーターベール》!」

 とっさに放ったのは水属性のバリア。
 泡のように俺の体を覆ったバリアは火属性の灼熱魔刃を打ち消してくれる。

 しかし次の瞬間、ラースの拳が俺のバリアを吹き飛ばしてしまう。

「こんなもんとは興ざめだゼ」

 一瞬のうちにラースは俺との距離を詰めていた。
 この距離では腕を伸ばさなくても拳が届いてしまう。

「しまっ……!」
「遅えよ」

 俺が防御魔法を発動するより早くラースの拳が俺の腹部に鋭く突き刺さる。
 とてつもない衝撃に俺の体は音すら置き去りにして吹き飛び、壁に体を打ち付ける。

「ぜえ……ぜえ……」

 痛覚を切っておいてよかった。
 もし残していたら今ので確実に意識を失っていただろう。

 俺は急いで魔力で今の攻撃で損傷した箇所を修復する。
 くそっ! 魔力を無駄に使っちまった。

「いくら頑張ってもムダムダ。てめえの手の内は分かってんだからよォ」

 ラースは高笑いしながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
 ナメやがって。

 しかし奴の言うことも事実。
 奴は俺が魔法を使うようになってから二人にわかれるまでの期間ずっと俺のことを見ていた。
 俺の魔法や戦い方は全て知っているだろう。

「……すべ、て?」

 いや、全てではない。
 俺が二人にわかれ、この体になってからも俺は数多くの死線をくぐり抜けてきたはずだ。
 その中で得てきたものが俺の体には確かに残っているはずだ。

「お、まだ立ち上がれんのか」

 俺は立ち上がる。
 勝機はまだ残っているから。

 俺が知っていて、奴の知らない技。
 それに全てを懸ける!

「来たれ
 軒下の住人よ」

「ん?」

 異変を察知したラースが動きを止める。
 しかし俺の詠唱は続く。

「逆巻き渦巻き面《おもて》を上げろ」

「何してんだてめえ?」

 お前が知らないのも無理はない。

「愛しき友の子かわずの子」

 これは俺が、俺だけが会得した魔法。

「示せその名はヴォジャノーイ!!」

 詠唱が終わるとともに俺の足元の地面よりぷくりと小さな水球が現れる。
 水の塊は風船を膨らますかのように次第に大きくなっていきあっという間に3m程に達し、更に短い手足のようなものが生える。

『ゲコ』

 現れたのは水でできた巨大なカエル。
 こいつはロシアの最果ての村の村長が契約していた精霊『ヴォジャノーイ』だ。
 俺は密かに村長に精霊魔法の使い方を教わり、この精霊と契約していたのだ。

 ラースは報告書を読み精霊魔法のことは知っていただろうが、精霊がいなくては使うことなどできない。つまりこの魔法は俺だけが使えるって訳だ。

「なるほど、それが報告にあった精霊魔法か。面白い!」

「頼むぜヴォジャノーイ。一緒にあいつの鼻を明かしてくれ!」
『ゲコ!』
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