マイペースな最強禁術使い~命より大事な本を燃やされたので、記憶喪失の妖精少女とのんびり復讐旅に出る~

きょろ

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第25話 老人

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 資料室に泊まり込んで、整理と校正をある程度行った。残りは業者に任せることになり、アッシュとヴェロニカはミルゲお勧めの酒場に誘われた。
 
「お疲れ様でした。お二人のお陰ですごく早く終わりましたよ。二か月はかかると思ってましたので」

 深海魔獣の角で作られた酒杯を傾け、ミルゲは再度感謝の言葉を口にした。
 対して、落ち着かない様子のアッシュ。待ちきれなくなったのか、収納魔法から『そこにいた証の領域』の写本を取り出した。

「それでは早速、例のブツを」とアッシュ。

「ええ勿論、こちらです」とミルゲ。

 分厚い紙の束をアッシュ差し出し、それを受け取る。
 アッシュは筆跡を確認し、光に透かしてインクや紙の質が時代に沿ったものだと判断すると、ざっと目を通して満足そうに頷いた。

「おぉ、本物だ。まさかお目にかかれるとは。ガドラン・ニュージトーマ氏の添削後まである。この特徴的な癖字、間違いない」
「では──、」
「ああ、写本させて頂きたい。しかし、これの対価が『そこにいた証の領域』の写本では安過ぎますね」

 手持ちにミルゲの興味を引きそうな古書や希少本があっただろうか、と振り返っていると、ミルゲは期待を抱かせた目で口を開いた。

「で、で、では、海洋民族シーカインの――、」
「海底教会の関連本ですか?」
「そ、そうです! 持っていらっしゃるんですか?」
「『シーカイン建築―海底の神域―』なんかが有名ですが、これは持っていらっしゃるでしょう」
「ええ、あれは挿絵も美麗で実に美しい本でした。元となった海底教会を実際に見に行ったことがありますが、海底に作られた流麗な教会は、それを住処にする南国の色鮮やかな魚達に飾られて、思わず溜息が出たほどですよ」

「だからこそ惜しい」とミルゲは酒杯を空にし、悔しそうに眉を顰めた。

「彼らがなぜ海底教会を作ったのか、当のシーカイン族すら忘れているだなんて」
「流木文化ですからね」

 シーカイン族は海上で、その生涯の殆どを過ごすことで有名な少数民族。シーカイン族は流木に文字を刻むという、独自の流木文化を持っていた。
 いくつもの筏を組み合わせた人工の浮島。生活する彼らの保管スペースは非常に狭く、古い流木は流してしまう文化も併せ持っていた次第。
 この流木文化により、古い伝承などは口伝でのみ伝達されるのだが、どうしても忘れ去られるものがある。

 その忘れ去られたものの一つが、シーカイン族が海底に築き上げた“石造りの教会”であった。

 海上生活を送る彼らが何故、教会を作るだけの石材を手に入れられたのか。
 信仰する神を持たない彼らが何故、教会を作り上げたのか。
 海底教会には、一体何が祭られていたのか。

 これらは世界の歴史上の謎であり、同時にロマンの塊でもある。
 そんな海底教会のロマンにご執心のミルゲに、アッシュは収納魔法から石版を取り出した。

「では、ひとまずはこれを。シーカイン族と交易を行っていたルルカ人の交易商が残した取引記録です」

 アッシュが石板をミルゲに渡す。

「えっと、すみません、読めないです」

「我が読んで聞かせよう」とヴェロニカ。

 割って入ったヴェロニカが石版の取引記録を読み始めると、ミルゲの目が輝き始める。

「成程、海産物との取引で、石材をルルカ人から取り寄せていたんですね」

 ヴェロニカが記録を読み上げている間、アッシュは収納魔法から取り出した歪な木、流木に書かれた文を現代語に訳して紙に書き写し、ミルゲに渡す。

「これが当時の流木と交易商の手記の翻訳です。手記の方は所有者と知り合いなので、話を通せますよ」
「お、おお!」

 興奮気味に紙を読みながら、ミルゲは高い酒を注文した。

「ルルカ人の勢力拡大がシーカイン族に危機感を抱かせ、領土を持たないシーカイン族が海上での優位性を示し独立を守る為、海底教会を建てて、更に海で自在に動けることを証明した──。
あの海底教会は神を祀るもの、宗教的なものではなく、海上と海中におけるシーカイン族の身体的な優位性と技術力を見せる、誇示する為の建造理由である、と。おぉ」

 長年のロマンに一つの決着。余韻に浸るミルゲに、アッシュが口を開く。

「ですが、海底教会の建造方法は謎なんですよ。実際に見たのなら分かると思いますが、あの海底教会はかなり大きな石を積んで作っている。どうやって沖合まであの巨石を運び、かつ積み上げたのか」
「その方法を記述した流木はないんですか?」
「ないですね。見つかったという話も聞かない」
「まだ謎とロマンが残っている、と。いいですねぇ」

 しみじみと呟いたミルゲは「ロマンに乾杯」と酒杯を掲げた。

「おっと、付き合わせてしまって申し訳ない。どうぞどうぞ、ここは奢りますから食べてって下さい。美味しいですよ、この料理は」

 ミルゲがおすすめをいくつか注文すると、待ってましたとばかりにの皿が運ばれてくる。すぐさまヴェロニカも小皿に取り分けて口に運ぶ。笑顔になった。

「アッシュ、アッシュ! 食べてみよ、エビがぷりぷりじゃて!」

 満足気なヴェロニカ。心なしか頬もぷりぷりしている。

「こっちの貝の四種のスープもなかなか」

 出汁の効いたスープ。アッシュも満足そうだ。

「サウスボンスは海産物が何でも揃いますからね。遠い北方の海からも輸入してますから、美食家なども滞在してますよ。かの稀代の詐欺師、ウルも晩年をここで過ごしたそうですよ」

 ウル、という名前に反応したのはヴェロニカ。

「ウルがこの町におったのか?」
「ええ、そうみたいですよ。あまり知られていない話でしたか?」

 サウスボンスの住人にとっては常識なのか、ミルゲは不思議そうにアッシュに確認した。アッシュ自身も初耳だ。
 徐に、三人の会話が耳に入ったであろう、カウンター席に座っていた老人が声をかけてきた。

「ウルさんはよく港で魚を釣って、ここの先代店主や他の料理屋に持ち込んでは捌いてもらって食べてたよ。白身魚が好物だったね。シェリー酒を飲みながら、焼き魚をつまんだりね」

 七十過ぎの老人。年季を感じる皺とシミ。薄い髪。海の男らしい大きな体に小麦色の肌。白髪交じりの髭。
 歳と共にどこか貫禄も漂わせた老人は、目を細めて懐かしさに浸っているように伺える。黙っていると、老海賊のようにも見えた。
 しかし、ウルについて語るその口調は柔らかく、尊敬の念がこもっている。
 ヴェロニカが老人に言葉を返す。

「ウルの知り合いなのか?」
「ああ、若造の頃に世話になった。散々おちょくられたよ。いい思い出だ。一緒に魚を釣って、この店に持ち込んで食べさせてもらったこともあったな」

 当時を思い出しているのか、くっくっくと喉を鳴らす老人は、アッシュに視線を移す。

「若いの、オークション参加者だろう。狙いは?」と老人。

「一番は『フォイフォラフォンデーユ』です」
「ふむ、止めておけ」

 老人はタコとニンニクの串焼きをつまみながら続ける。

「と言っても、どうせ止めないだろう。真贋は見抜けるのかね?」
「筆跡と紙質から大体は」
「ウルさんの手紙でも持っているのかな」
「知り合いにちょっとしたマニアがいます。彼女に見せてもらって、おおよそは把握していますよ。『フォイフォラフォンデーユ』の写本も見たことがあります」

「ならば大丈夫だろう。オークションの熱に浮かされないようにな」

 串から最後のタコを頬張り、串を更に置く老人。
 グイッと、酒を一口流し込む。

「ご忠告ありがとうございます」

 アッシュが言った。
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