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第26話 パッチの写本
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身だしなみを整える。いつものラフな服装とは異なる装い。一目で冒険者とは分からない格好だ。
アッシュは仕上げに、仮面を手に取った。
「アッシュ、変装かい?」と言ったのはヴェロニカ。
仮面をつけるアッシュに、ヴェロニカが首を傾げながら聞いた。
アッシュは問いかけを他所に、収納魔法から別の仮面を取り出す。ヴェロニカに手渡した。
「リッパー教会の枢機卿が来るんだ、用心しておくに越したことはない」
「それもそうじゃな。どれ、似合うかの?」
納得したヴェロニカが仮面をつける。
「いまいちなぐらいが丁度いい。似合っていたら、逆に人目を引くだろうが」
「見事にはぐらかされたの」
不満そうな表情のヴェロニカ。
二人は宿を出た。オークション会場へ。
**
有名なオークションの割に、人の数はまばら。会場の出入り口には関係者が門番のように待ち構える。入場許可証を購入しなければ入れないだけあって、警備は厳重だ。客は多くない。
「アッシュと同じ病気の持ち主が、こんなにもおるのじゃな。世も末だねぇ」
ヴェロニカは会場を見回し、溜息を吐いた。
「ここではヴェロニカの方が病気とみなされるぞ。お、この席だな」
変装しているのはアッシュ達だけではない。他にもいる。理由は様々だろう。
ヴェロニカがアッシュに顔を寄せる。
「例の枢機卿、ロットとやらは?」とヴェロニカが聞く。
「右側。前から三列目、三十過ぎぐらいの男がいるだろう。神経質そうな顔をした奴だ」
顔はそのまま。視線だけを移すアッシュ。
「ほう、あれか。成程の。あまり親しくなりたくない手合いだねぇ。なんかこう、危ない思想の持ち主に見えるの」
「俺の傍にいるくせに」
「お主が危ないのは本に対してだけじゃからな。じゃが、あの男は──いや、想像で語るのはよくないの」
人は見かけによらないとも言う。憶測での人物評は一旦止め、ヴェロニカが座り直した。
オークションの司会が壇上に立った。開始の意味だ。
「ご来場の皆様、本日はようこそおいで下さいました。私共はいかなる書物や古書も平等に扱い且つ、いかなる人物が所有権を得ようとも、それを妨害することはないと初めに誓わせて頂きます」
カタログに堂々と禁書の名を連ねるだけあって、オークションの司会は前口上からして大胆な宣言を行った。
一部の客が枢機卿ロットを見たが、それも一瞬の事だ。
「それでは早速、オークションを始めようではございませんか。ここにいる皆様は本の虫の中の更に虫。一秒だって読書の時間が惜しいでしょう」
司会が茶目っ気たっぷりなウインク。壇の端から商品が運ばれてくる。アッシュは最初の商品を見て苦笑した。
「あんな前口上をしておいて、敵意の塊だな」
ヴェロニカは首を傾げているが、参加者達の殆どは最初に出された出品物の意図を察して苦笑い。俯いて笑いを堪えている者もいる。
司会が猿芝居の仕草で商品を紹介する。
「最初の商品はこちら、数多の作家のパトロンとなり、世に物語を最も多く流布したと称賛される女伯爵の回顧録。文学史に燦然と輝くその威光、その偉業を知らぬ者はこの会場にいないでしょう。『ジーゼル女伯爵回想記』──、そのパッチによる写本です!」
「よりにもよってパッチの写本か」と笑いを堪えるアッシュ。
「なんなんだい一体、説明せい」とヴェロニカ。
アッシュの腕を揺らして答えを求める。
この商品を落札する気がないアッシュは、面白がって値段を釣り上げている蔵書狂を眺めつつヴェロニカに説明した。
「ジーゼル女伯爵は司会が言った通り、大人物だ。だが、リッパー教会との間で一悶着を起こしたことがある。後援していた作家の一人、パッチが描いた作品『耽読』が、邪教を広める異端的な作品とされたからな」
パッチは邪神にして妄想の神『ファンタム』を信仰する主人公が、妄想に耽り堕落して死ぬまでの物語を書いている。
趣旨は「現実を見なければこうなる」という警告だったが、枢機卿会議は妄想の神ファンタムを好意的に書いていると解釈し、禁書に指定した。
パッチの文章力は凄まじく、非合理的ながら不思議な現実味を持つ主人公の妄想を巧みに描いていた。
『耽読』というタイトルがこれ程までに当てはまる作品はない、と語られている。
「パッチを擁護する為に枢機卿会議に乗り込んだジーゼル女伯爵の言葉は、本を愛する者なら額縁に入れたくなるほどだ。おっと、終わったみたいだな」
落札者が決まった。
アッシュは仕上げに、仮面を手に取った。
「アッシュ、変装かい?」と言ったのはヴェロニカ。
仮面をつけるアッシュに、ヴェロニカが首を傾げながら聞いた。
アッシュは問いかけを他所に、収納魔法から別の仮面を取り出す。ヴェロニカに手渡した。
「リッパー教会の枢機卿が来るんだ、用心しておくに越したことはない」
「それもそうじゃな。どれ、似合うかの?」
納得したヴェロニカが仮面をつける。
「いまいちなぐらいが丁度いい。似合っていたら、逆に人目を引くだろうが」
「見事にはぐらかされたの」
不満そうな表情のヴェロニカ。
二人は宿を出た。オークション会場へ。
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有名なオークションの割に、人の数はまばら。会場の出入り口には関係者が門番のように待ち構える。入場許可証を購入しなければ入れないだけあって、警備は厳重だ。客は多くない。
「アッシュと同じ病気の持ち主が、こんなにもおるのじゃな。世も末だねぇ」
ヴェロニカは会場を見回し、溜息を吐いた。
「ここではヴェロニカの方が病気とみなされるぞ。お、この席だな」
変装しているのはアッシュ達だけではない。他にもいる。理由は様々だろう。
ヴェロニカがアッシュに顔を寄せる。
「例の枢機卿、ロットとやらは?」とヴェロニカが聞く。
「右側。前から三列目、三十過ぎぐらいの男がいるだろう。神経質そうな顔をした奴だ」
顔はそのまま。視線だけを移すアッシュ。
「ほう、あれか。成程の。あまり親しくなりたくない手合いだねぇ。なんかこう、危ない思想の持ち主に見えるの」
「俺の傍にいるくせに」
「お主が危ないのは本に対してだけじゃからな。じゃが、あの男は──いや、想像で語るのはよくないの」
人は見かけによらないとも言う。憶測での人物評は一旦止め、ヴェロニカが座り直した。
オークションの司会が壇上に立った。開始の意味だ。
「ご来場の皆様、本日はようこそおいで下さいました。私共はいかなる書物や古書も平等に扱い且つ、いかなる人物が所有権を得ようとも、それを妨害することはないと初めに誓わせて頂きます」
カタログに堂々と禁書の名を連ねるだけあって、オークションの司会は前口上からして大胆な宣言を行った。
一部の客が枢機卿ロットを見たが、それも一瞬の事だ。
「それでは早速、オークションを始めようではございませんか。ここにいる皆様は本の虫の中の更に虫。一秒だって読書の時間が惜しいでしょう」
司会が茶目っ気たっぷりなウインク。壇の端から商品が運ばれてくる。アッシュは最初の商品を見て苦笑した。
「あんな前口上をしておいて、敵意の塊だな」
ヴェロニカは首を傾げているが、参加者達の殆どは最初に出された出品物の意図を察して苦笑い。俯いて笑いを堪えている者もいる。
司会が猿芝居の仕草で商品を紹介する。
「最初の商品はこちら、数多の作家のパトロンとなり、世に物語を最も多く流布したと称賛される女伯爵の回顧録。文学史に燦然と輝くその威光、その偉業を知らぬ者はこの会場にいないでしょう。『ジーゼル女伯爵回想記』──、そのパッチによる写本です!」
「よりにもよってパッチの写本か」と笑いを堪えるアッシュ。
「なんなんだい一体、説明せい」とヴェロニカ。
アッシュの腕を揺らして答えを求める。
この商品を落札する気がないアッシュは、面白がって値段を釣り上げている蔵書狂を眺めつつヴェロニカに説明した。
「ジーゼル女伯爵は司会が言った通り、大人物だ。だが、リッパー教会との間で一悶着を起こしたことがある。後援していた作家の一人、パッチが描いた作品『耽読』が、邪教を広める異端的な作品とされたからな」
パッチは邪神にして妄想の神『ファンタム』を信仰する主人公が、妄想に耽り堕落して死ぬまでの物語を書いている。
趣旨は「現実を見なければこうなる」という警告だったが、枢機卿会議は妄想の神ファンタムを好意的に書いていると解釈し、禁書に指定した。
パッチの文章力は凄まじく、非合理的ながら不思議な現実味を持つ主人公の妄想を巧みに描いていた。
『耽読』というタイトルがこれ程までに当てはまる作品はない、と語られている。
「パッチを擁護する為に枢機卿会議に乗り込んだジーゼル女伯爵の言葉は、本を愛する者なら額縁に入れたくなるほどだ。おっと、終わったみたいだな」
落札者が決まった。
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