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第42話 最悪の教主
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港湾議会は予定通りに開かれた。
静かな海賊カルミオ・キュベティによる客船ツアー。寄港先としてサウスボンスを検討していることを発表していた為、投票結果の予測は立たない。関係者は皆、固唾を飲んで開票を見守った。
「クラバウ教会取り壊しは反対多数により否決。クラバウ教会への助成金打ち切りは賛成多数により可決されました」
痛み分け、ではない。
クラバウ教会の存続という作戦目標を達成し、旅客船での収益化も見込める以上は勝利といえた。議会を眺めていたカルミオは満足そうに一つ頷く。立ち上がり、港湾議会を後に。
目くばせを受けたアッシュ。ヴェロニカも遅れて席を立った。港湾議場を離れて、アッシュとヴェロニカは酒場に入る。
**
既にテーブル席を確保していたカルミオ。こちらだ、と片手を挙げて合図。
カルミオの傍らには、七十過ぎの老人が座っている。物静かな、それでいて存在感のある老人だ。
「クラバウ教会、教主レイドルと申します。この度は当教会の存続にお力添えを頂いたとのこと、心よりお礼申し上げます」
レイドルはカルミオとアッシュ達に頭を下げる。
「いえ、利害関係が一致しただけの事です」とアッシュ。
「だとしても、救われたのは事実です。サウスボンスの教会は古くからありまして、ここが失われれば政治的にも窮地に立たされていました」
座るように促され、アッシュとヴェロニカはテーブルに着く。
静かな海賊と呼ばれる豪商カルミオと、クラバウ教会のトップである教主レイドル。二人の大人物が小さな酒場のテーブルを囲む光景は、なかなか異様な空気。ただ座るだけ、ただ酒を飲むだけの動作一つで、圧倒的な存在感が出ていた。
「店の迷惑になっておらんかの?」
グラスを傾けながら、カルミオが気に掛ける。
「むしろ、縁起がいいから船乗りがやってくるだろ」
軽い調子で返し、アッシュは店主に海鮮のスープと野菜炒め、白ワインのボトルを頼んだ。
「グラスは二つ頼むぞ。我も飲むからの」とヴェロニカ。
店主が確認するようにアッシュを見た。見た目とは裏腹に少女、ではない。アッシュはグラスを二つお願いした。
店主がワインを取りに行くのを見て、レイドルがアッシュに声をかける。
「さて、今のうちにこれを渡しておきましょうか。喜ぶと聞きましたのでね」
徐に取り出した物を渡すレイドル。
「なんです?」
麻の袋に包まれた何かを渡されたアッシュ。中身を覗き込んだ途端、満面の笑みを浮かべた。
「これは、まさか、クラバウの聖典?」
「はい、お譲りしましょう。ヴェロニカさんに」
「え?」と思わず戸惑いの声を上げたアッシュ。
「我か?」とヴェロニカも意外そうな顔。
「アッシュ、そんなもの欲しそうな顔をするな!」
「だって、だってぇ――」
「読んでよい、読んでよいから」
「よっしゃああッ、愛してるぜヴェロニカ!」
「もっと別の場面で言うものじゃろ、それ。 そもそも薄っぺらいねぇ。紙の薄さの言葉じゃよ」
「じゃあ何度も言えばエピソード集に出来るな」
「そんな薄愛のエピソード集なんか誰も読まないじゃろうて。どうせ、お主が愛しておるのは我ではなくて本なのじゃろう!」
「ん」と適当な返事のアッシュ
「もう読み始めておる」
ヴェロニカは抗議の意思を込め、拳を固めてアッシュの肩にジャブを放っておいた。
「夫婦漫才はその辺りにしてくれ、ご両人」とカルミオが言う。
「カルミオ、今のは聞き捨てならんねぇ」
「あ、ああ、悪かったね。君達はどうにも扱いに困る」
苦笑したカルミオはレイドルを見た。
「二人に、レイドルを紹介したのは伝えておきたい話があるのと、今後のことについて相談したいからだ」
「ほう、伝えておきたい話と言うのは? ああ、アッシュはこの状態でも話だけは聞いておる」
一応安心をしたカルミオが話を続ける。
「そうか。では、レイドル」
「そうですね。まずは、善神の教会間で、あなた方二人の事が噂になっているということです」
「善神というと、リッパー教会を含めた側じゃな。あまり良い噂ではなさそうじゃの」
ヴェロニカの予想を肯定するように頷き、レイドルは続ける。
「逃走中の異端者、禁書庫番のアッシュ・ジングスマンが、古書オークションにて邪神の聖典を競り落とそうとした、と」
「ん」
アッシュは肯定も否定せず。
変装していたとはいえ、オークション会場では衆目を集めた。背格好は勿論、競りへの姿勢が、まさに蔵書卿のそれだった。いくらでも噂は立つ。仕方がないことだ。
レイドルも深くは突っ込まずに続ける。
「リッパー教会は『神の在処』なる書物を探しています」とレイドルが言った。
アッシュもヴェロニカも一切の反応を示さない。レイドルは苦笑した。
「大したものだ。ですが、腹の探り合いは必要ありません。アッシュさん、持っていますね?」
「持っていたとして、どうしますか?」
「えぇ、そこからが本題です」
レイドルがアッシュの手にある聖典を手で指し示した。
「聖典を集め、新たな教会を設立してほしいのです」と淡々と言ったレイドル。
「全ての教会の魔力の収支を管理、赤字を出しているところへ『神の在処』を使って魔力を届ける──そんなところですか?」
これはいわば、教会を顧客とする魔力の銀行業務だ。互助組織的な物でもあり、クラバウ教会のような零細教会からありがたがられるだろう。
「聡い方ですね」とアッシュ。
「すでに考えていた事でしたから」とレイドルが返す。
アッシュはクラバウの聖典を閉じ、ヴェロニカを見る。
「そうでなくても、聖典を集めて廃教会から溢れ出す魔力の処理をしなくてはなりません。教会を設立すれば、動きやすくなるとは考えていました。ですが、それもヴェロニカの意思次第ですよ」
新たな教会を設立する場合、その頂点に立つのは『神の在処』の化身であるヴェロニカだ。
意思を問われたヴェロニカは、運ばれてきた海鮮スープを食べようと、小皿とフォークを用意しながら当然のように答えた。
「構わんのじゃよ。ヴェロニカ教会でいいかい?」
「そんな軽いノリで決めていい話じゃないぞ」
「そうは言うが、お主は我が承諾しなかったらどうするつもりだい?」
「写本『神の在処』を作って、教会を設立、各教会の聖典を合法的に接収して読み尽くす。が、それは今は関係ないだろう」
アッシュの発言にカルミオとレイドルがギョッとした顔を浮かべた。この蔵書バカに権力を与えてはならない、と。
「是非、ヴェロニカさんにお願いしたい!」
カルミオとレイドルが声を合わせてヴェロニカを推した。
当のヴェロニカはスープの皿で主張するロブスターの身を取り分けながら「無論じゃよ」と頷いた。
「我以外の誰にアッシュの専横を止められるんだい。そもそも、勝手に写本を作るでない。下手をしたら我の妹が生まれる。妹にアッシュのお目付け役という業を背負わせるなど、忍びないじゃろうて」
ヴェロニカがアッシュを横目に言った。
「まぁ、ヴェロニカがそれでいいならいい。ところで、各教会の聖典を保管するには、大規模な書庫が必要だと思うんだが」
「禁書庫にするつもりじゃの。教会ともなれば、異端者狩りや国家も容易に手が出せぬから」
「別にいいだろ」
「好きにするがよい。ただし、お主を教主にする。一生、我に仕えるがよい!」
「誰の介入も受けない禁書庫の代償か──よし、いいだろう」
蔵書狂にして蔵書卿にして蔵書教主が、こうして誕生した。
静かな海賊カルミオ・キュベティによる客船ツアー。寄港先としてサウスボンスを検討していることを発表していた為、投票結果の予測は立たない。関係者は皆、固唾を飲んで開票を見守った。
「クラバウ教会取り壊しは反対多数により否決。クラバウ教会への助成金打ち切りは賛成多数により可決されました」
痛み分け、ではない。
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目くばせを受けたアッシュ。ヴェロニカも遅れて席を立った。港湾議場を離れて、アッシュとヴェロニカは酒場に入る。
**
既にテーブル席を確保していたカルミオ。こちらだ、と片手を挙げて合図。
カルミオの傍らには、七十過ぎの老人が座っている。物静かな、それでいて存在感のある老人だ。
「クラバウ教会、教主レイドルと申します。この度は当教会の存続にお力添えを頂いたとのこと、心よりお礼申し上げます」
レイドルはカルミオとアッシュ達に頭を下げる。
「いえ、利害関係が一致しただけの事です」とアッシュ。
「だとしても、救われたのは事実です。サウスボンスの教会は古くからありまして、ここが失われれば政治的にも窮地に立たされていました」
座るように促され、アッシュとヴェロニカはテーブルに着く。
静かな海賊と呼ばれる豪商カルミオと、クラバウ教会のトップである教主レイドル。二人の大人物が小さな酒場のテーブルを囲む光景は、なかなか異様な空気。ただ座るだけ、ただ酒を飲むだけの動作一つで、圧倒的な存在感が出ていた。
「店の迷惑になっておらんかの?」
グラスを傾けながら、カルミオが気に掛ける。
「むしろ、縁起がいいから船乗りがやってくるだろ」
軽い調子で返し、アッシュは店主に海鮮のスープと野菜炒め、白ワインのボトルを頼んだ。
「グラスは二つ頼むぞ。我も飲むからの」とヴェロニカ。
店主が確認するようにアッシュを見た。見た目とは裏腹に少女、ではない。アッシュはグラスを二つお願いした。
店主がワインを取りに行くのを見て、レイドルがアッシュに声をかける。
「さて、今のうちにこれを渡しておきましょうか。喜ぶと聞きましたのでね」
徐に取り出した物を渡すレイドル。
「なんです?」
麻の袋に包まれた何かを渡されたアッシュ。中身を覗き込んだ途端、満面の笑みを浮かべた。
「これは、まさか、クラバウの聖典?」
「はい、お譲りしましょう。ヴェロニカさんに」
「え?」と思わず戸惑いの声を上げたアッシュ。
「我か?」とヴェロニカも意外そうな顔。
「アッシュ、そんなもの欲しそうな顔をするな!」
「だって、だってぇ――」
「読んでよい、読んでよいから」
「よっしゃああッ、愛してるぜヴェロニカ!」
「もっと別の場面で言うものじゃろ、それ。 そもそも薄っぺらいねぇ。紙の薄さの言葉じゃよ」
「じゃあ何度も言えばエピソード集に出来るな」
「そんな薄愛のエピソード集なんか誰も読まないじゃろうて。どうせ、お主が愛しておるのは我ではなくて本なのじゃろう!」
「ん」と適当な返事のアッシュ
「もう読み始めておる」
ヴェロニカは抗議の意思を込め、拳を固めてアッシュの肩にジャブを放っておいた。
「夫婦漫才はその辺りにしてくれ、ご両人」とカルミオが言う。
「カルミオ、今のは聞き捨てならんねぇ」
「あ、ああ、悪かったね。君達はどうにも扱いに困る」
苦笑したカルミオはレイドルを見た。
「二人に、レイドルを紹介したのは伝えておきたい話があるのと、今後のことについて相談したいからだ」
「ほう、伝えておきたい話と言うのは? ああ、アッシュはこの状態でも話だけは聞いておる」
一応安心をしたカルミオが話を続ける。
「そうか。では、レイドル」
「そうですね。まずは、善神の教会間で、あなた方二人の事が噂になっているということです」
「善神というと、リッパー教会を含めた側じゃな。あまり良い噂ではなさそうじゃの」
ヴェロニカの予想を肯定するように頷き、レイドルは続ける。
「逃走中の異端者、禁書庫番のアッシュ・ジングスマンが、古書オークションにて邪神の聖典を競り落とそうとした、と」
「ん」
アッシュは肯定も否定せず。
変装していたとはいえ、オークション会場では衆目を集めた。背格好は勿論、競りへの姿勢が、まさに蔵書卿のそれだった。いくらでも噂は立つ。仕方がないことだ。
レイドルも深くは突っ込まずに続ける。
「リッパー教会は『神の在処』なる書物を探しています」とレイドルが言った。
アッシュもヴェロニカも一切の反応を示さない。レイドルは苦笑した。
「大したものだ。ですが、腹の探り合いは必要ありません。アッシュさん、持っていますね?」
「持っていたとして、どうしますか?」
「えぇ、そこからが本題です」
レイドルがアッシュの手にある聖典を手で指し示した。
「聖典を集め、新たな教会を設立してほしいのです」と淡々と言ったレイドル。
「全ての教会の魔力の収支を管理、赤字を出しているところへ『神の在処』を使って魔力を届ける──そんなところですか?」
これはいわば、教会を顧客とする魔力の銀行業務だ。互助組織的な物でもあり、クラバウ教会のような零細教会からありがたがられるだろう。
「聡い方ですね」とアッシュ。
「すでに考えていた事でしたから」とレイドルが返す。
アッシュはクラバウの聖典を閉じ、ヴェロニカを見る。
「そうでなくても、聖典を集めて廃教会から溢れ出す魔力の処理をしなくてはなりません。教会を設立すれば、動きやすくなるとは考えていました。ですが、それもヴェロニカの意思次第ですよ」
新たな教会を設立する場合、その頂点に立つのは『神の在処』の化身であるヴェロニカだ。
意思を問われたヴェロニカは、運ばれてきた海鮮スープを食べようと、小皿とフォークを用意しながら当然のように答えた。
「構わんのじゃよ。ヴェロニカ教会でいいかい?」
「そんな軽いノリで決めていい話じゃないぞ」
「そうは言うが、お主は我が承諾しなかったらどうするつもりだい?」
「写本『神の在処』を作って、教会を設立、各教会の聖典を合法的に接収して読み尽くす。が、それは今は関係ないだろう」
アッシュの発言にカルミオとレイドルがギョッとした顔を浮かべた。この蔵書バカに権力を与えてはならない、と。
「是非、ヴェロニカさんにお願いしたい!」
カルミオとレイドルが声を合わせてヴェロニカを推した。
当のヴェロニカはスープの皿で主張するロブスターの身を取り分けながら「無論じゃよ」と頷いた。
「我以外の誰にアッシュの専横を止められるんだい。そもそも、勝手に写本を作るでない。下手をしたら我の妹が生まれる。妹にアッシュのお目付け役という業を背負わせるなど、忍びないじゃろうて」
ヴェロニカがアッシュを横目に言った。
「まぁ、ヴェロニカがそれでいいならいい。ところで、各教会の聖典を保管するには、大規模な書庫が必要だと思うんだが」
「禁書庫にするつもりじゃの。教会ともなれば、異端者狩りや国家も容易に手が出せぬから」
「別にいいだろ」
「好きにするがよい。ただし、お主を教主にする。一生、我に仕えるがよい!」
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