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第52話 神血と全治
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「殺すなよ?」とアッシュが心配する。
「殺さぬわ。寧ろアッシュから保護するのじゃよ」
「まぁ、好きにしろ。俺はロットの相手をする」
アッシュがロットに向かって駆け出す。同時に、ヴェロニカの詠唱が始まった。
「いでまし、いでまし、おいでまし。木漏れ日の溢れる隠れの里よ。万事、素敵な晴れの宿――樹海空虚木漏れ日荘!」
唱え終わった直後、異端者狩り達が、樹海の中に飲み込まれる。樹海が光り輝いたかと思うと、何事もなかったように異端者狩りごと消失した。
残されたのはサウスボンス郊外の、広々とした野原だけ。
ヴェロニカはパンパンと手を打ち鳴らし、一仕事終えた充足感と共に揺り椅子に座った。
「やっぱり、普通は軍用結界を破ったりは出来ないのじゃの。我が未熟なのではなく、アッシュが可笑しいんだよねぇ」
樹海空虚木漏れ日荘は軍用の拘束、隠蔽結界である。
脱走兵に悩まされたとある国の将軍が開発し、接敵するまで自軍の隠蔽を図りつつ、脱走出来ないように結界内に閉じ込める効果を持つ。
樹林の中に宿舎が置かれた異次元空間を展開する為、膨大な魔力を必要とする。維持も難しいことから、今ではすっかり廃れた軍用魔法だ。
脱走を防ぐ目的もあることから、軍隊であっても破るのは容易ではない。個人が対抗する方法など存在しない筈だった。
ヴェロニカはアッシュとロットの戦いに目を向ける。
ロットが手で印を結び、簡易攻撃魔法を発動。螺旋状の石礫が回転しながら飛んでいく。だが、アッシュは鉤杖を手元で回し、難なく弾き飛ばした。
靴底に仕込んだ円盤を利用し、代用ろくろの魔法を発動したアッシュ。独特の歩法でロットとの距離を詰める。
ロットは苦い顔で後方に跳びながら、錫杖で地面を擦った。
「爆火爆っ花!」
短い詠唱を叫んだロット。錫杖に幾つも付けられた鉄細工の魔法陣の一つが光り、地面が爆炎を噴き上げた。
足元から爆炎に巻き込まれたアッシュだったが、火傷はおろか、服が焦げてすらいない。これにはロットも思わず突っ込みを入れた。
「な、何なのだ、貴様のその耐火性は!」
動揺が丸見えのロット。
「『自然だけで始めるサバイバルライフ読本』より焼成温度調整魔法、『空に浮かぶ島の絶品料理レシピ』より時短蒸し焼き魔法、『家族の天敵を処す』より邪魔をするなの魔法の組み合わせだ」
自信満々かつ、誰でも知ってる一般常識の如く言い放ったアッシュ。
「意味が分からん!」とロットが怒り。
「温度を調整して、周辺にまとめた埃を対象に蒸し焼き魔法で熱を集中させた。つまり、俺を焼く熱を全て埃を焼くのに使った。お掃除ご苦労」
「あの短時間で三つも魔法を使える筈がない!」
「全て手印で発動可能だ」
「お前は手が三つもあるのか!」
「影伝心を使えば、いくらでも増やせる。こんな風にな」
ロットが構えた錫杖に、鉤杖を引っ掛けて封じたアッシュ。カラクリを説明しながら、更に魔法を発動していく。
「『神出鬼没の大怪盗ディッキ』より、足元お留守」とアッシュ。
ロットの靴が地面に縫い付けられたように動かなくなった。咄嗟にロットが靴を脱ぐが、やはりアッシュの方が早かった。
「『風のように走り切れ』より靴脱げ防止」
今度はロットの脚が、靴から引き抜けなくなった。
「『倦怠を破った懲罰棒』より、さぁお舐めなさい。自らの靴と恥辱を」
ロットが腰を折り、自らの靴へと口づけを試みる。
「ぐ、ぐううっ」
身体が固く、自らの靴に顔が届かないロット。魔法の誓約を果たせずにいるところを、アッシュが見下ろす。そして満面の笑みを浮かべた。
「俺が逃げなかったのは、何故か分かるか? 異端者狩りが何人来ようと、勝てる自信があったからだ、とそう思ったか? 違うんだ。この瞬間を待っていたんだよ」とアッシュが言う。
「な、何を?」
自らの体の柔軟性のなさで苦しむロット。手印で浄化魔法を使用した直後、アッシュの詠唱が響き渡った。
「汝の持つ知の財産遺産の在処を示せ」
ロットの胸元から赤い光が発せられた。
何をされたのかを理解したロット。アッシュから距離を取ろうする。いつの間にか足は自由になっていたが、体勢が悪く、出足が遅れた。
アッシュが鉤杖を一閃し、ロットの上着を剥ぎ取る。
「しまった――」
ロットが苦い顔で見つめる先、剥ぎ取られた上着の内ポケット。赤い光を発しているのは、一冊の書物。快癒の神リッパーの聖典『神血と全治』だ。
アッシュは剥ぎ取った上着から聖典を抜き取り、これでもかと天へ掲げた。
「はっはっはっ! 念願の『神血と全治』を手に入れたぞぉぉ!」
幸福を手にしたと言わんばかりに、満面の笑顔を浮かべるアッシュ。それを見て、ロットだけではなく、ヴェロニカまで一斉に口を開いた。
「お前だけはそれを手にしてはならん!」と叫んだロットとヴェロニカ。
「おい、ヴェロニカはこっちの味方だろ」とアッシュが突っ込む。
「一人で軍用魔法を破るような輩が、更に不死身の治癒まで身に付けてどうするつもりじゃお主! 人を超えて天災にでもなるつもりかい」
「襲われない限り使わないぞ、こんなモノ」
ヴェロニカに言い返しながら、アッシュは早くも聖典『神血と全治』を捲り始めた。
「うぇっへっへっ、リッパーの成立年代は古いと言われていたが、時代的には古神語以降か。タタール文明後期に特徴的な散文で書きながら、詠唱文句は韻を踏んでいる。お、時代が下るにつれて詠唱文の文体が変わっていくのは、やはり他の神を取り込んで、解毒や治癒の権能魔法を増やしていったからか。実に興味深い。
この分厚さも実に嬉しくて堪らない。おんやぁ、解毒の神『マララ・イーヌ』の解毒魔法があるじゃないか。へぇ――、こうか?」
「殺さぬわ。寧ろアッシュから保護するのじゃよ」
「まぁ、好きにしろ。俺はロットの相手をする」
アッシュがロットに向かって駆け出す。同時に、ヴェロニカの詠唱が始まった。
「いでまし、いでまし、おいでまし。木漏れ日の溢れる隠れの里よ。万事、素敵な晴れの宿――樹海空虚木漏れ日荘!」
唱え終わった直後、異端者狩り達が、樹海の中に飲み込まれる。樹海が光り輝いたかと思うと、何事もなかったように異端者狩りごと消失した。
残されたのはサウスボンス郊外の、広々とした野原だけ。
ヴェロニカはパンパンと手を打ち鳴らし、一仕事終えた充足感と共に揺り椅子に座った。
「やっぱり、普通は軍用結界を破ったりは出来ないのじゃの。我が未熟なのではなく、アッシュが可笑しいんだよねぇ」
樹海空虚木漏れ日荘は軍用の拘束、隠蔽結界である。
脱走兵に悩まされたとある国の将軍が開発し、接敵するまで自軍の隠蔽を図りつつ、脱走出来ないように結界内に閉じ込める効果を持つ。
樹林の中に宿舎が置かれた異次元空間を展開する為、膨大な魔力を必要とする。維持も難しいことから、今ではすっかり廃れた軍用魔法だ。
脱走を防ぐ目的もあることから、軍隊であっても破るのは容易ではない。個人が対抗する方法など存在しない筈だった。
ヴェロニカはアッシュとロットの戦いに目を向ける。
ロットが手で印を結び、簡易攻撃魔法を発動。螺旋状の石礫が回転しながら飛んでいく。だが、アッシュは鉤杖を手元で回し、難なく弾き飛ばした。
靴底に仕込んだ円盤を利用し、代用ろくろの魔法を発動したアッシュ。独特の歩法でロットとの距離を詰める。
ロットは苦い顔で後方に跳びながら、錫杖で地面を擦った。
「爆火爆っ花!」
短い詠唱を叫んだロット。錫杖に幾つも付けられた鉄細工の魔法陣の一つが光り、地面が爆炎を噴き上げた。
足元から爆炎に巻き込まれたアッシュだったが、火傷はおろか、服が焦げてすらいない。これにはロットも思わず突っ込みを入れた。
「な、何なのだ、貴様のその耐火性は!」
動揺が丸見えのロット。
「『自然だけで始めるサバイバルライフ読本』より焼成温度調整魔法、『空に浮かぶ島の絶品料理レシピ』より時短蒸し焼き魔法、『家族の天敵を処す』より邪魔をするなの魔法の組み合わせだ」
自信満々かつ、誰でも知ってる一般常識の如く言い放ったアッシュ。
「意味が分からん!」とロットが怒り。
「温度を調整して、周辺にまとめた埃を対象に蒸し焼き魔法で熱を集中させた。つまり、俺を焼く熱を全て埃を焼くのに使った。お掃除ご苦労」
「あの短時間で三つも魔法を使える筈がない!」
「全て手印で発動可能だ」
「お前は手が三つもあるのか!」
「影伝心を使えば、いくらでも増やせる。こんな風にな」
ロットが構えた錫杖に、鉤杖を引っ掛けて封じたアッシュ。カラクリを説明しながら、更に魔法を発動していく。
「『神出鬼没の大怪盗ディッキ』より、足元お留守」とアッシュ。
ロットの靴が地面に縫い付けられたように動かなくなった。咄嗟にロットが靴を脱ぐが、やはりアッシュの方が早かった。
「『風のように走り切れ』より靴脱げ防止」
今度はロットの脚が、靴から引き抜けなくなった。
「『倦怠を破った懲罰棒』より、さぁお舐めなさい。自らの靴と恥辱を」
ロットが腰を折り、自らの靴へと口づけを試みる。
「ぐ、ぐううっ」
身体が固く、自らの靴に顔が届かないロット。魔法の誓約を果たせずにいるところを、アッシュが見下ろす。そして満面の笑みを浮かべた。
「俺が逃げなかったのは、何故か分かるか? 異端者狩りが何人来ようと、勝てる自信があったからだ、とそう思ったか? 違うんだ。この瞬間を待っていたんだよ」とアッシュが言う。
「な、何を?」
自らの体の柔軟性のなさで苦しむロット。手印で浄化魔法を使用した直後、アッシュの詠唱が響き渡った。
「汝の持つ知の財産遺産の在処を示せ」
ロットの胸元から赤い光が発せられた。
何をされたのかを理解したロット。アッシュから距離を取ろうする。いつの間にか足は自由になっていたが、体勢が悪く、出足が遅れた。
アッシュが鉤杖を一閃し、ロットの上着を剥ぎ取る。
「しまった――」
ロットが苦い顔で見つめる先、剥ぎ取られた上着の内ポケット。赤い光を発しているのは、一冊の書物。快癒の神リッパーの聖典『神血と全治』だ。
アッシュは剥ぎ取った上着から聖典を抜き取り、これでもかと天へ掲げた。
「はっはっはっ! 念願の『神血と全治』を手に入れたぞぉぉ!」
幸福を手にしたと言わんばかりに、満面の笑顔を浮かべるアッシュ。それを見て、ロットだけではなく、ヴェロニカまで一斉に口を開いた。
「お前だけはそれを手にしてはならん!」と叫んだロットとヴェロニカ。
「おい、ヴェロニカはこっちの味方だろ」とアッシュが突っ込む。
「一人で軍用魔法を破るような輩が、更に不死身の治癒まで身に付けてどうするつもりじゃお主! 人を超えて天災にでもなるつもりかい」
「襲われない限り使わないぞ、こんなモノ」
ヴェロニカに言い返しながら、アッシュは早くも聖典『神血と全治』を捲り始めた。
「うぇっへっへっ、リッパーの成立年代は古いと言われていたが、時代的には古神語以降か。タタール文明後期に特徴的な散文で書きながら、詠唱文句は韻を踏んでいる。お、時代が下るにつれて詠唱文の文体が変わっていくのは、やはり他の神を取り込んで、解毒や治癒の権能魔法を増やしていったからか。実に興味深い。
この分厚さも実に嬉しくて堪らない。おんやぁ、解毒の神『マララ・イーヌ』の解毒魔法があるじゃないか。へぇ――、こうか?」
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