歴代最強のおっさん暗殺者は引退したいのにずっと引退できない

きょろ

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第11話 マリアンナ

「ただ死んでいく運命だった自分と、同じような境遇の奴らがそこらにいるだ。その事実だけでイライラする。はっきり言って不愉快だ。だから俺は自分のイライラを解消させたい。つまり、ただ自己満足の為に殺しをやっている」

「……そう」と静かにサシミが呟く。

 サシミの皿のラザニアはもう残っていなかった。そっとナイフとフォークを置いた。

「満足したか?」
「ええ。意外だったけど、あなたも人間だということが分かって少し親近感が湧いたわ」
「今までは何だと思っていた」
「異常者」
「……反論は出来んな」

 ナイフに刺した焼香焼きを口に入れたヤニマル。

 人を殺すことに、何も感じない人間──。
 確かに一般的な倫理観から見れば、ヤニマルは異常者に違いない。

「安心して。別に今の話を口外する気はないし、むしろ私のやる気も少し上がったわ」
「何でだ?」
「この依頼中だけだけど、あなたと私は相棒のようなもの。相棒のことをよく知れたら、自然とやる気に繋がるものでしょ」
「そういうものか」
「そういうものよ」

 ヤニマルは僅かに首を傾げていたが、サシミは満足気だった。
 口の中の焼香焼きを飲み込み、ヤニマルはナイフとフォークを置いた。

「美味かった」
「当たりだったわね」

 二人が食事を終えたと同時、店の入り口が開いた。一人の男が入店してくる。男は金属製の鎧を身に着けていた。

「やぁ、オヤジさん」
「よう。騎士様がサボりたぁ関心しねぇな」
「ははは。朝から働きづめで、ようやく昼休みになったので食べに来たんですよ」

 料理屋のオヤジと気軽に挨拶を交わす鎧の男。
 彼の顔を何気なく見たヤニマルは直後、顔を引きつらせた。ほぼ同時に、サシミも片手で自分の顔を覆った。

 騎士、カイリースの姿がそこにあった。

「サシミ──」
「知らなかったのよ」

 ヤニマルの責めるような口調に、サシミは弱々しく返す。

 二人はもう一度、横目で確認した。見間違いじゃない。
 視線の先には金髪碧眼の美男子が立っている。給仕の娘に笑顔を向けていた。

 間違いなく、先日ヤニマルとやり合った上級騎士、カイリースだった。

「どうするの?」とサシミが小声で問う。

「生憎、奴は俺の顔を知らない。目立たないように普通に店を出る」

 カイリースは給仕の娘に案内され、店内を進む。
 サシミは素早く店内を見渡した。他の衛兵や騎士がいないことを確認し、安堵の息を漏らす。

「こんにちは、カイリース様」

 席に着くまでの短い距離。客の女性達に声を掛けられる度に、カイリースは立ち止まって笑顔を向けていた。王都の住民に人気がある、というサシミの情報は正確だった。
 そしてカイリースはそのまま、ヤニマル達のテーブルの横を通り過ぎた。

「やぁ、こんにちは」

 挨拶をしたのはカイリースだった。通り過ぎていくと思った彼は何故か立ち止まった挙句、ヤニマル達に笑顔で挨拶をしてきた。

「……こんにちは」

 まさかの挨拶に、サシミは咄嗟の作り笑顔で返す。ヤニマルは無言で会釈だけした。

「綺麗なお嬢さん。この店では、あまり見ない顔だね」とカイリースが続けて喋る。

「ええ。住まいは商業地区にあるものですから……普段はあまり」
「そうか。今日はこちらの男性とデートかい?」
「そうなんです」

 サシミは平静を装って応対していた。だが首筋に冷や汗を掻いている。ヤニマルは見逃さなかった。
 直後、カイリースは次にヤニマルを見た。

「この店はどうだい」
「いい店ですね。料理も美味いし、店内の雰囲気もいい」

 ヤニマルが当たり障りなく返す。

「そうだろう。私もよく来るんだが、デートにも適したいい料理屋だと思う」
「その通りですね」

 二、三言葉を交わすと、カイリースはようやくヤニマル達のテーブルから離れた。

「知っていると思うが、今日から夜間は外出禁止だ。くれぐれも日が落ちる前に帰るんだよ」

 最後にカイリースはそう言い、給仕の娘に案内された席に着いた。

「焦ったわ……」

 カイリースが去った瞬間、項垂れたサシミ。

「顔が引きつってたぞ」
「あなたほど心臓が強くないのよ」
「でもまぁ、特に怪しまれる要素はなかった筈だ」

 二人は小声でやり取りをすると、席を立った。

「ご馳走様。美味しかったわ」
「美味かった」

 ヤニマルとサシミは胸中で安堵しながら、支払いを済ませた。
 料理屋を後にした。

**

 大通りをずっと歩くと、古びた教会が建っていた。

「寄っていく?」

 ヤニマルが教会に視線を向けたのに気付き、サシミが聞いた。

「神にでも祈れ、と」
「落ち着いて休めそうかと思って」
「気まぐれも悪くないか」

 両扉を押し開けて、ヤニマル達は教会に入った。思った以上に人が多かった。
 長椅子に座り、あるいは祭壇の前で、皆が手を組んで祈りを捧げている。

「教会って、こんなに賑わっているもんなのか」
「どうかしら」

 二人がまた小声で話していると、シスター服を着た一人の女性が寄ってきた。
 静かな雰囲気の、まだ若い女性だった。

「ごきげんよう。今日はお祈りですか?」とシスター。

「いや。落ち着ける場所はないかと思って」

 ヤニマルが正直に答えると、シスターは眉を下げた。

「そうでしたか。なにぶん、最近は物騒ですので、ここはご覧の通り──」

 教会内を見渡したシスター。
 なるほど、とヤニマルとサシミは合点がいった。

 日頃から暗殺に浸かっていた二人には思いつかなかったが、教会とは本来、悩みを持つ者達が訪れる場所だ。
 世間が物騒だから、と教会に足を向ける人々が一定数いても、何もおかしくはなかった。

「しかしながら、静かなことは静かです。お急ぎでなければ、どうぞ休まれていってください」

 シスターは優しく二人を促した。ヤニマルとサシミは隅の長椅子へと腰を下ろす。

「ここに勤めて長いのですか?」

 徐にサシミが聞いた。

「マリアンナと申します。もう五年以上、ここで奉仕させていただいております」

 マリアンナと名乗ったシスターは、二人に改めて丁寧に頭を下げる。

「奉仕とは、具体的には何を」
「清掃や食事の準備、後は悩みを持つ方々のお話を伺ったりですとか、孤児達に読み書きを教えたりもしております」

 マリアンナは、名乗りを返さないヤニマル達に取り立てて気にする様子もなかった。ただ素直にサシミの質問に答えた。

「読み書きを?」

 ヤニマルが反応した。

「はい。孤児質が成長した時、衣食に困ることのないよう、最低限の読み書きを教えることも奉仕の一環としております」
「金を取らず?」
「もちろんです」

 マリアンナは自然に頷いた。無償であることに、微塵の疑問も抱いていない。
 ヤニマルはそんな彼女を見て目を細めた。

「孤児でなくとも、読み書きが必要な者は多くいると思うが」
「そうですね……。しかし、神ではない我々の手は、全ての人々に差し伸べることが出来ません。己の未熟さを恥じるばかりです」
「神こそが、全ての人々に手を差し伸べるべきでは?」
「いいえ」

 マリアンナは胸の前で手を組みながら、ゆっくりと首を振った。

「神は、自ら助くる者をこそ助く。始めから神に頼る者に、神はご加護をくださいません」
「なら、あなたには神の加護があると」
「私はまだ未熟な身ですが、日々の衣食住が揃っております。これは神のご加護の賜物である、と私は考えます」

「なるほど」とヤニマルは納得したように頷いた。

 敬虔とは、マリアンナのような者にこそ相応しい言葉だろう。
 ヤニマルは己とは全く別の人種であるマリアンナの姿勢に、思わず感心していた。

 日々、人を暗殺するヤニマルとは、あらゆる面で真逆だ。
 しかし、彼女はヤニマルがやろうとしていることを、ささやかだが既に実行していた。

「あ、すみません。私は失礼いたします。どうぞ、ゆっくりなさってください」

 他の信者に呼ばれたマリアンナは会釈をし、前方の長椅子へ向かって行った。

「彼女、一度も私達に神を信じてくださいとか、祈ってくださいとか言わなかったわね」

 サシミがマリアンナを見つめながら呟く。

「あれは善人だ」

 ヤニマルもマリアンナを見つめて言った。

「俺達とは根っこが違う。だがあーいう人間は、きっと世の中に必要なんだろうな」
「あら、改心する気になったのね」
「抜かせ」

 冗談っぽく言うサシミに、ヤニマルは肩を竦めて返した。

「悪くない時間を過ごせた。儲けものだったな」
「それならよかったわ」

 他の信者の祈りを邪魔しないよう、二人は静かに教会を後にした。
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