悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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九頁 愛憎のヒガンバナ

130話 急展開

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 ツヴィトーク王国の北西に位置するスプレンゲリ湖畔。多くの貴族たちが別荘を構える避暑地として人気のこの場所に王家に申請されていないリコリス家の所有する別荘があった。だいぶ奥まったところにあるとはいえ、そこの窓からは美しく幻想的な景色が一望でき、別荘自体の外観も相まって一枚の絵画のようである。……その別荘に軟禁されている俺の表情と心境を除けば。

「お前なぁ……いくら何でも不機嫌になりすぎじゃねえ?」
「黙れ変態」
「ひっど! めちゃくちゃ頑張ってるこのカル様に向かってその言葉はないだろ~?」
「そういうところがムカつくんだ」
「シュヴァリエ君は照れ屋だな~♪」
「禿げろ」
「髪は俺の命なんだよ~~~! 絶対禿げてなんかやらね~もんね!」

 だからそういうところだっつーの。
 なんで俺がこんなに不機嫌かというと、まあ早い話があの痴女がやりやがったという報告をカルから聞いたからだ。俺を探すためにわざわざグループに分かれて別々のルートでスティルペース学園を目指していた。その道中でそれぞれが襲撃や足止めを受けたらしい。しかもどうやらそいつらは皆あの痴女が雇った連中なんだと。まじで頭おかしいと思う。しかも魅惑の魔香って禁忌アイテムまで持ち出したって……もうね、ここまで来たら天晴れだよね。それで俺がここに送られる前にアラグリアが言ったネズミは彼らのことだったらしい。だけど彼らは俺が学園に戻ってからは普通に帰路に就く様に指示が出ていたはずだ。にもかかわらず禁忌の手段を用いてまで妨害をするとは……。ここまでシュヴァリエに執着するなんていったい何があったんでしょうか。シュヴァリエの記憶は持っているけどこれと言って惚れられるエピソードなんてなかったと思うんだけど。

「……はあ」
「どした~? でぇっかいため息なんかついちゃって」
「なぜ俺はあの女に執着されているのだろうと思ってな」
「あ~……たしかに謎だな。今はともかく昔のお前はとにかく陰気だったからな」
「陰気は余計だ」
「事実だろうが。目ぇ逸らすんじゃねえよ」

 事実だから突っ込むなって意味だよ! にやけてやがるってことはわざとだなちくしょうめ! 心えぐられるんだからスルーしてくれませんかね!? あのネグレクトどもから認められたくて常に顔色伺って過ごしていたことは最大の黒歴史なんだから蒸し返さないでいただきたい! ……虚しくなるからやめよう。

「それで、お前これからどうするよ? お前がアウル・オルニスに託した暗号、あいつらは見事解読してこっちに凄い速さで向かっているみたいだけど?」
「あいつらが到着する前にアラグリアがやってきて非常に面倒なひと悶着が起こりそうだからな。ひとまずあいつらが到着するまでは大人しく操られたふりをしておくつもりだ。お前にはほかにやってもらうことがある」
「いやすっげぇこき使うじゃん。まだ働かせる気かよ」
「不満か?」
「いや? 久しぶりに面白ぇから別に問題なし! 報酬も期待できるしうちの連中も喜んでらぁ」
「そうか」
「リコリス家の隠し財産はすでに押さえてあるけど王家への言い訳は任せるぜ~」
「わかっている」

 まあ盛大に文句言われるだろうし、なんなら普通に処罰される可能性もある……というかそっちの割合のほうが高い気がする。大丈夫かなぁ。……免除は贅沢だけど何とか軽減されるようにうまいこと動こう。

「それで? 俺に頼みたいことってのは何よ?」
「……この事件の黒幕、その背後勢力についてだ」
「……へえ?」

 なんとなくだがいくらアラグリアが性悪とはいえこの短期間であそこまで変貌するとは思えない。あの女も俺が飲まされたのと同じものを飲んでんじゃねえの? 自主的か渡されたのかは知らないが少なくともあいつを唆した馬鹿が必ずいる。そしてそいつは一連の事件の黒幕でもあるはずだ。要するに……アラグリア、いやリコリス侯爵家丸ごと哀れな操り人形にされていたっていう胸糞展開がお待ちかねってね。だけど絶対その黒幕も誰かの操り人形な気がするんだよなぁテンプレ的に。

「それを頼む理由は?」
「お前も気づいているだろうにわざわざ俺に聞くのか?」
「それもそうだな。いいぜ! 受けてやるよ。お前の口ぶりからするに黒幕の目星はついているんだろ?」
「ああ。そいつは——」

 俺の言葉にカルは目を見開き、深いため息をついた。

「……わかった。だがそれだとだいぶ厄介なことになるぞ」
「そうだろうな。しかしだからと言ってこれ以上奴の思惑通りに動いてやる義理も道理もない。俺自身の平穏のためにも早々に摘み取る必要がある」
「……やっぱりお前はアクナイトだよ」

 褒めているのか貶しているのかよくわからないことを言いながらもひとまず依頼を引き受けたカルは部下に指示を出すため部屋を出て行った。ガチャリと鍵をかける音が聞こえたのを確認して俺はベッドに寝そべる。
 俺がシュヴァリエ・アクナイトに転生してからほとんど休めていない気がする。趣味の押し花も全然できないし攻略対象たちとも無駄に関わる事態だ。正直なところ元平民に貴族の諸々を理解しろというのは無理な話なんだよな。価値観が違いすぎる。同じ時代にいても金持ちたちのことなんてわからないのに時代どころか世界すら超えて平気でいられる方がどうかしている。しかも幼い頃とかじゃなくきっちり原作直後ってところが最高にムカつく。まあ断罪直前とかじゃなくてよかったとは思うけど。この世界のことをちゃんと受け入れる前に立て続けに事件起こって……。

「自分のメンタルの強さに感謝だな」

 出なきゃとっくの昔に潰れている。それにこの後に特大のメンタルブレイクイベントがほぼ確定している状態とか大丈夫かなぁ。

「気にしてもしょうがないんだけどさぁ………………ん?」

 なんだか随分と騒がしいな。アラグリアが到着した、だけじゃこれだけの騒ぎにはならないはず。ということは何か不測の事態でも起こったか。……ったく、本当に次から次へと問題発生しやがって! 手近にあった枕を殴りつけてからベッドから降りドアに耳を押し当てると聞こえてくるのは何かを壊す音と誰かが叫んでいる音だった。一瞬熊でも侵入したかとアホなことを考えるが、とっても聞き覚えのある女の声で思考が戻りとりあえず部屋にある椅子へと腰を下ろす。押し当てた耳に入ってきたのはアラグリアが使用人に物を投げつけて罵っている声。誰がそんな不快な音をずっと聞いているかっての。というかあの女の目的地ってこの部屋だよな? …………うわっ、あの金切り声浴びなきゃいけないの? 超嫌なんだけど。カルの奴早く戻ってきてくれないかな。そしてあれの対応代わってほしい。割と切実に。

 そして——

「シュヴァリエ!」

 おおよそ貴族の令嬢が出すべきではないけたたましい音を立てて扉が開かれ、般若のアラグリアが入ってきました。……そんなに暴れるなんて、いったい何があったんでしょうねぇ。貴族の令嬢がはしたない。

「……珍しいなアラグリア、何事だ?」
「……この場所がばれたらしいわ。今、エヴェイユ殿下の手先とアウル・オルニスが騎士たちを引き連れてこっちへ来ているらしいの」
「そんなに慌てることなのか?」
「……ええ、そうよ。アウル・オルニスもリヒト・クレマチスも本当に邪魔だわ! せっかくうまくいくと思っていたのに! なんでこうなるのよ! あの者の言うことなど聞くだけ無駄だったわ!」

 ……へえ? ということはやっぱり黒幕がいるのか。それでまんまとそいつの口車に乗ってこんなことをやらかした、と。哀れな女だな。というかなんだこの匂い。不快な魔力とも相まってものすごく気持ち悪い。いったい何を考えているんだこの女は!

「ぐっ……!」
「シュヴァリエ……私に全て奪われてくださいな」

 おいおい嘘だろ!? 急展開すぎるだろ!? 暴走でもしてんのかよ! ベッドに押さえつけられて身動きが取れなくなった。明らかに女の力じゃない。さすがにおかしい! もう正気じゃな……ん?
 アラグリアの首筋に浮き出ているのはなんだ? 花の、というかヒガンバナの形の……痣? ……首筋に浮かぶ赤いヒガンバナってどこかであったな。どこだ? …………あ、そうか。これは『愛に堕ちた魔女』に出てきた——

「既成事実を作って逃げられなくしてあげる!」

 不快な魔力と香りをまき散らし狂気に包まれたアラグリアがゆっくりと唇を寄せてきた。
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