悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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十頁 トリカブトの覚悟

136話 最初から

 剣から血を滴らせながら嗤うその男は、己の専属侍従。それがなぜこの場にいるのか、そしてなぜ俺に対して刃を向けたのか。

「なぜ、お……おまえが、ここに……」

 俺の問いにサリクスはクスリと嗤う。

「なぜって、気づいているくせにわざわざ俺に言わせようとするわけ? ほんとに面倒な奴だなぁお前」

 別人のようにガラリと変わる表情と口調と声色。いや、実際目の前にいるのは本当になのだろう。そしてこの状況で現れたということはおそらくこいつは……

「奴ら、の……仲間………………なん、だ……な」
「ええ、そうですよ。さすがにその程度には気づくんですね?」

 嘲笑を多分に含んだ言葉を投げかけてくるサリクスにアウルが鋭い視線を向ける。

「……なぜシュヴァリエを斬りつけた?」
「もういらないから」

 いらないってどういうことだよ。俺はあいつら……あの変な組織の駒か何かだったとでもいうのか? ……胸倉掴んで問い詰めてやりたいところだが、斬られた直後から体が言うことを聞かない。この感じ……あの剣に毒か何か塗られてやがったのか? 

「シュヴァリエ? ……シュヴァリエ!」
「流石即効性。もう効いてきたんだ」
「! 毒か!」
「助けたいなら早くした方がいいよ。もっともアクナイトのがどこまで耐えられるかは知らないけどね」
「くっ……!」

 悔しげに顔を歪ませるアウルにサリクスは見下すように歪んだ笑みを浮かべた。

「遅いわよ! 使用人の分際で私を待たせるなんて! あんたには聞きたいことが山ほどあるわ!」
「キャンキャンとうるさい女だな。……まあいい、お前にはまだ使い道があるからね」
「……どういう意味よ」
「そんなことよりさっさと動いてくれない? ……これだからお嬢様って嫌いなんだよね」

 忌々しいとばかりに吐き捨て、乱暴にアラグリアの腕を掴んだサリクスに俺は声をかける。意識が途切れる前に

「お、まえ、は……い、つから……裏切……て」

 こちらを振り返ってきょとんとしたかと思えば、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、しかし声には多分に嘲りを乗せて言った。

「最初から」

 ……ああ、そうか。
 サリクスの足元に魔術陣が現れる。騎士たちが即座に動くも間に合わず、サリクスとアラグリアは姿を消した。

「くっ……逃げられたか!」

 やらなければならないことが山ほどあるのに体が熱い……くそ、もう時間が。

「シュヴァリエ! シュヴァリエ!」
「これ、ま……での、国内、で起きた事……件の、再調査、を………………」

 ああ、もう限界。最近、こんなことばかりじゃね…………? 


   ♦♦♦♦♦♦♦
 
 ——sideアウル


 完全に意識を失ったシュヴァリエを抱え直す。冷たかった体が今は発熱しているかのように熱い。いや、実際に発熱しているのだろう。これは本当に毒か? いや、考えている場合ではない。とにかくシュヴァリエを治療しなくては。

「罪人を逃がしてしまい申し訳ございません。処罰はいかようにも」
「それを決めるのは俺ではないし今はシュヴァリエの手当てとこの場所の後始末、それから罪人たちの捜索が最優先だ。お前たちの失態は今後の働きで挽回しろ」
『はっ!』

 騎士たちは俺に敬礼し、すぐに方々へと散っていった。

「……お前はカルだな?」
「ああ、てか今更かよ」
「緊急事態にいちいち自己紹介などしない。それよりも医師の手配を頼む」
「……へいへい。お前さんはどうするんだ?」
「俺はシュヴァリエを休ませてから……エヴェイユ殿下に連絡を入れてこれまで国内で起きた事件の再調査を行う」
「……へえ? てっきりこいつに付きっきりで看病するかと思ったんだがなぁ? ……好きなんだろ?」
「だからと言ってやるべきことを間違えてはいけない。それに俺がいたところで何かできるわけでもないからな」
「そうかよ……まあいいや。その調査とやら、俺たちも協力してやってもいいぜ? 追加料金でな」
「出来高払いにしてやる」

 まさか即答されるとは思っていなかったのだろう。カルが目を丸くしてこちらを見ている。


「え? 即答? しかも了承とか」
「なんだ不服なのか?」

 そう水を向ければカルはにやりと笑って仰々しく一礼をした。

「ご依頼承りました」

 ……面倒な男だ。シュヴァリエはよく付き合っていられる。なんとなくだが利害の一致だけでなく、単純に気が合うのだろう。……非常に気に入らないが、この男の実力は本物だ。使わない手はない。

「オルニス公子!」

 騒ぎを聞きつけたのだろうリヒトがどこか焦った様子でやってきた。そして俺の腕に抱えられている血塗れのシュヴァリエを見て一瞬目を見開いた後、眉間に皺を寄せた。

「何があったんです?」
「詳しくは後で話す。まずはシュヴァリエを運ぶぞ。一刻の猶予もない。どこか空いている部屋はあるか?」
「シュヴァリエ様に与えられていたらしい部屋があります。そこに運びましょう」
「わかった。案内してくれ」
「はい」
「カル、お前は早急に医者の手配を」
「わ~かってるって」

 俺はそのままシュヴァリエをその部屋へ運び、応急処置を施していく。服を脱がせて傷を見ると思っていた以上に深い。そして傷の周りには何やら不気味な痣が浮かんでいる。これはただの毒ではないな。そうなると呪いの類いだろうがこんなものは見たことがない。だがそれよりも止血が先だ。

「治療道具持ってきました!」
「助かる。それとシュヴァリエの服は取っておけ。物証だ」
「わかりました。それから殿下への報告は如何いたしましょうか」
「応急処置が終わり次第俺が行う。お前はアクナイト公爵へ連絡しろ。……シュヴァリエ・アクナイト専属侍従が主に刃を向けた、とな」
「なっ! あの男が、ですか?!」
「ああ。それからサリクスという男の身元を今一度調べるように、とも。おそらくシュヴァリエは何かに気づいていたはずだ。だが本人がこの状態な以上、そちらから探るしかない」
「……わかりました。あの専属侍従について、シュヴァリエ様が何か残しているといいのですが」
「……そうだな」

 一礼して去って行くリヒトを見送り、俺は治療のため、ぬるま湯を桶に出しそこに布を漬けた。こういう時複数属性持ちでよかったと思う。シュヴァリエの傷を拭きながら俺は思考を巡らす。確かにシュヴァリエが何かに気づいていたとして、なぜシュヴァリエはこれまでの事件を調べ直せと言ったのか。

「関係……しているんだな。あの専属侍従が」

 あの男は「最初から」と言っていた。つまりシュヴァリエは唯一気を許せる相手に初めから裏切られて、いや、何らかの目的のために利用されていたことになる。そして不要になったから斬りつけた、と。実に気分の悪い話だな。
 あの男に斬られた傷は深く、発熱までしている。熱を冷ますように氷を生み出し、周囲に漂わせながら傷口を綺麗にして、薬を塗っていく。塗り薬が常備してあって助かったな。包帯を巻くため、シュヴァリエの体をゆっくりと起こしてできるだけ素早く巻いて体をベッドに戻した。

「ギュ~ギュウゥ……」

 子蜘蛛の声が聞こえてそちらを見ると子蜘蛛が……入れてくれと言っているのか、前足で窓を叩きながらぶら下がっていた。おそらく上のバルコニーの手すりに糸を引っかけたんだろうな。器用なことだ。
 窓を開けて子蜘蛛を室内に入れてやると心配と言わんばかりにシュヴァリエの傍でキュルキュルと鳴いている。そんな様子に思わずほっこりしながら、ふと思った。

 あのサリクスが例の連中の仲間だということがさっきの件で確定した。だが、シュヴァリエは公爵家の人間だ。下位貴族ならいざ知らず、高位貴族であるアクナイト公爵家に使用人として入る人間の身元は徹底的に調べられる。それなのにサリクスはどうして入り込めた? 公爵家でさえも暴き切れないほどの身元を用意できる人間はかなり絞られる。その上でこんな真似ができそうな人間、は……。
 …………心当たりがある。だがこの推測が当たっていたなら……。

「かなり深刻な問題が出てきたな……」

 これはもはや一国内で完結できる話ではない。——父上に書簡を送る必要があるな。
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