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始まりの章

閑話① セフィロスのその後 (国王目線)

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 セルビア・キサラギ殿が黄金の翼を羽ばたかせ、明けの空に飛び去った後の城は、かつてないほどの騒ぎになった。

 愚息は顔を赤くしながら魔導師長に問い詰め。

 使用人はキサラギ殿の噂について口々に語り出し。

 魔導師達はキサラギ殿の鑑定が誤りであったのかと喚き出し。

 だが、その中にキサラギ殿に対する謝罪を口にする者はいなかった。それだけでも城の者達の彼女への態度が分かるというものよな。なんとも愚かなことだ。自分達のことを棚に上げて相手に迫るとは。キサラギ殿は此奴らを罰するなと言ったが、この有様ではそうもいくまい。キサラギ殿があれほど大々的に公言した以上、話を耳にした者から国に広がるのは時間の問題だろう。このような不祥事、揉み消す方が王家にとってはいいのだろうがこればかりは揉み消すわけにはいかない。話が拡散した状態で揉み消したとあれば国内外から批判がくるのは確実。どうしたものか……。

「静まれ!」

 叫き続ける雑音に嫌気がさし、その場にいた者達すべてを黙らせた。国王がおるというのにいつまでも喚きおって。話をしたいが、ここは聖女様の部屋だ。場所を変えねばならん。

「全員直ちにこの部屋から立ち去れ。聖女殿、すまない。朝からこのようなことになってしまった」
「い、いえ……大丈夫……です」

 か細い声でそう言った聖女殿はかすかに震えていた。どうやらろくに顔も合わせなかったキサラギ殿がいなくなったのが辛いのだろう。突然召喚された身故、同郷の者がいたことは支えになっていたのだろうな。

「思うところは多々あるだろうが、今はゆっくり休んでくれ」
「は……はい」

 わしは一つ頷くと部屋を出る前にずっと震えているルドルフとその取り巻き、そして魔導師長を見た。

「ルドルフをはじめとする聖女召喚に関わった者は話があるゆえ至急謁見の間に集まれ」

 わしはそう言ってそのまま部屋を出た。


       ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 数刻後、謁見の間には聖女召喚に関わった者達が集っていた。皆、青ざめたり、震えたりと色々忙しそうにしている。

「さて詳しい話を聞かせてもらうぞルドルフ。偽りは申すなよ」

 そう言うものの、ルドルフは震えるばかりで何も答えない。

「……では聞こうルドルフ。お前は聖女召喚の際、キサラギ殿の事も確認していたのだろう」
「……はい」
「であるならば彼女の待遇はなんだ? こちらにはキサラギ殿が希望されたためとあったが、先のキサラギ殿の様子を見るに、わざとあの離れに押し込めたようだな?」
「……それは……」

 先ほどからわしの話にろくな反応をしない。悔しがっているのか、屈辱に浸っているのか知らぬが王族である以上、このような態度では示しがつかんだろうが。

「鑑定で一般人だと判明したからか? 聖女召喚を行ったのに余計なものがくっついてきたと思ったのか? 召喚の意味を理解していないようだな」
「召喚の意味、ですか? 聖女に魔物を浄化してもらうためでは……」

 どうやら全く理解していないようだな。あれほどはっきりキサラギ殿に言われていたであろうに。
 わしはため息を吐きながら目の前の息子に冷めた視線を送る。

「聖女召喚は普通の召喚魔法と違う。この世界のものならば、元の場所に帰すこともできるがが聖女召喚は異世界から召喚するものだ。それはこの世界の理とは異なるものを無理矢理この世界の理にねじ込んでいるのだ。キサラギ殿が言っていただろう。その身以外の全てを我等に奪われた、と。家族や友人に別れを言うこともなく、強制的に引き離されるのだ。それはどれほどの孤独と絶望を与えるのか、お前は考えたか? お前達もだ」

 わしは愚息の側に侍る者達に視線を向けた。声も態度もどんどん冷たくなっていくのを理解しながらも、目の前にいる愚か者達に隠す理由もない。

「訳も分からず召喚され、帰れないと分かった瞬間の怒りを悲しみを憎しみを絶望をお前達は少しでも想像したか? ここにいるどれだけの人間がその事を理解していた? 自分達ははこの世界とはなんの関係もない者達の人生を奪っているとどれだけの人間が自覚しそれを罪だと感じていた」

 など、言うわしも罪人だ。此奴等を責める権利……いや資格はない。本当に罪と認識しているのならば、召喚の儀そのものをやめさせればいい。にも関わらず、わしは此度の召喚を認めたのだから。それが王としての判断であるから。

「そんなことにも思い至らず、聖女でないと言う理由で冷遇するとは。随分と偉くなったものよ」

 唇を噛み締め、無言で拳を握る愚息にわし心は冷えていくばかりである。
 そのまま魔導師長に視線を向けた。

「して魔導師長。キサラギ殿が黄金の翼で飛び去った件だが……あれは魔法であろう」
「……はい。断言はできませんがあれは恐らく光と風の合成魔法かと思われます」
「ほう。だが其方の鑑定ではキサラギ殿は魔力もスキルもない、ということではなかったか?」
「……はい。確かに鑑定結果は魔力もスキルもありませんでした」
「だがキサラギ殿は実際に魔力を使ったようだな。それについて申すことはあるか」
「……いいえ、通常であれば魔力がない者に魔法は使えません」
「そうよの。だがキサラギ殿は異世界の者だ。この世界の普通など通用しない場合もあろう」
「……はい」

 これに関しては致し方なき事であろうが、鑑定結果が愚かな行動に走らせた要因になっている以上、追求しないわけにはいかない。

 それにしても何故キサラギ殿は罰する必要はないと言ったのであろうか。あれほど声を荒げるからには相当腹を立てておろうに。寛容というわけではあるまい。であるならば罰するに値しないほど愚かということか、それとものか。いや、もっと別の目的があるのか。キサラギ殿の考えが全く分からん。

 その時、謁見の間の扉が乱暴に開けられ、一人の騎士が息を切らしながら入ってきた。

「失礼します! 国王陛下!!!」
「何事だ」
「民が城の前に集まり、騒動になっております!」
「なんだと」
「彼らは聖女と共に召喚された女性の非道な扱いに対して抗議をあげており、混乱は広がる一方です!」

 キサラギ殿のことがもう民に伝わっているというのか!? 今朝あったばかりの騒動を。いくらなんでも早すぎる。…………ああ、なるほどな。か。これがキサラギ殿の処罰やり方か。

「……あい分かった。しばし時を稼げ。すぐに参る。くれぐれも民に手を出すでないぞ。良いな」
「はっ!!!」

 騎士が出て行き、謁見の間に静寂が訪れる。民に広まった以上各国からの問い合わせがあるのは時間の問題であろう。

「聞いての通りだルドルフ。民衆が行動を起こした以上最早逃れることはできん。どうするつもりだ?」
「……申し訳ありません」
「余は謝罪を求めているのではないが?」
「……キサラギ殿に戻ってくるよう説得を……」
「キサラギ殿はもう二度この国の大地は踏まぬと言っておったぞ。この国に自分が留まるだけの価値などないと、暗にそう言ったのだ。既に国境へ向かっているだろう。あの速度であれば数日も経たずに国境を越えるであろうよ。自身のこれからのことを一切話さなかった。どこに行ったかも分からない人間をどうやって説得するつもりだ。言葉すら聞いてはくれぬだろうよ」

 そう言えば更に拳を握り締める愚息に最早どうしようもないと悟る。

「キサラギ殿を探し出せ。自分達で彼女を見つけ出し、謝罪するのだ。許してはくれぬだろうが、最大限の敬意と誠意を持って謝罪するのだ。今この時をもってここにいる者達全員を聖女の護衛の任を解く。聖女の後見は第二王子のシルバーが就く。そしてキサラギ殿を探して公に謝罪しろ。キサラギ殿を見つけるまでこの国の地を踏むことを一切禁ずる!」
「父上! それは……!!!!!」
「黙れ!!! よもや拒否権があると思うなよ?これは王命である。逆らうならば反逆罪と見なす! 荷物をまとめてさっさと行け!!!」
「……っ承知しました。父上……」

 国外追放同然の決定に何も言えず全員が顔面蒼白で謁見の間を去っていく。

「ふう……」

 これからこの城は……いや、この国はとてつもない程の茨の道を歩むことになるだろう。それでも進まねばならない。止まる事を許さない。

 それこそが召喚を軽く考えたわし等に課せられた罰なのだ。だから国王からの処罰を不要と言ったのだろう。国王と言えども、その国の一国民なのだから。人に課せられた罰ではなく、セフィロスという国そのものに与えられた罰。
 実際キサラギ殿がそこまで考えていたかは定かではない。だが、これがキサラギ殿から与えられた罰と祝福だと、そう思うべきだろう。セフィロスが積み重ねてきた召喚という大罪を正面から断罪してくれたのだから。
 そんな罪人である身でこのようなことを願う資格はないが、どうかあの気高く美しい人の行く道が幸福で満ちていることを、切に願う。


 




 

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