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知らなかった……
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アーノルドは困惑していた。突然、召喚者に召喚された女神は【女神ではない】と言われていたが……悲観して涙にくれることなく、彼女は『勉強したい!!』と言い出したり。マーリンの厳しい淑女教育により、日に日に成長し賢く素敵な淑女へと変貌してきている。
なにより、息抜きと称した菓子作りではクッキーというのをプレゼントしてくれた。自分だけではない、というのは重々承知の上だったが……それでも、自分に見返りを求めることなくプレゼントされたのは初めての経験でもあった。
第二騎士団は、王国の第一から第五まである騎士団のなかでも特殊で女神を護衛することを役割としている。第二騎士団に配属された者は、ある意味、変わり者の集団でもある。女神が召喚されていなければ、他の騎士団の応援に駆り出されるのが当たり前で、『何でも屋騎士』と軽視されたり罵られることもあった。
それでも、彼らは「俺らは俺らだし」という感じで気にせずにいる。
今代の召喚者、ノルンは女性からとて持てはやされる見目麗しい外見と、神秘的な青緑の瞳に深い青の髪色。背がとても高く、優男かと思えば体術に長けた男。
それを好しとしているのか? ノルン自身も分かっていて、寄ってくる好意持つ女性との噂が絶えない。
【召喚者】は、血筋で受け継がれず力を持った者が生まれたのを【召喚者】が感じ取り引き取って育てる。召喚の力に関する事は、召喚者から次代の召喚者への口伝えのみ。
現国王のノーマン・ビル・ブリューワー国王は、今代の召喚者・ノルンとの関係があまりよろしくない。宰相でアーノルドの幼馴染みフリッツ・ベルンハルトも同じだった。
召喚された直後に、離宮へと捨て置く様にと言い放ったノルン。事情を知ったフリッツが、護衛の件を第二騎士団に命じ、マーリンが専属侍女の名乗りをしなければ……メイは、離宮で本当に捨て置かれていた。
王妃は、メイが召喚された後からの行動などを聞いたのか、とても彼女への興味を持っているとフリッツから聞きいている。
眉間に皺がより、鋭い瞳でメイを横目で見ながら彼女の勉学の時間を過ごしているのをいつの間にやら忘れていた。何度目かのメイの声で気がついた。
「アーノルド様? この、単語と文法の使い方の違いが分からないのですが」
「あっ、あぁ。すまない……この、Lovaか……あぁ……えぇっと……」
「Lovaは愛、というのは分かっているんです。でも、このSaruが加わるのは? Saruは、行為……っ!!」
「いや、その、その……多分、メイ様の浮かんだので……」
「睦み合いです、メイ様」
「ひぁゃ!!」
「そのような声の上げ方は、はしたないです」
「マーリン……いつから……」
Lovaつまり、英語でいうLoveという単語。SaruつまりDoに近い。愛&する=愛の行為をする?
その単語が出てきてから、アーノルドはちらちらとメイの唇や瞳。着ているドレスから見えている胸元の鎖骨。細い指先を見ては、視線をそらす。
彼の視線に気がついたのか、彼女は少し俯いて横目でアーノルドを見やる。視線が交わると……そのまま、見つめ合う形になっていた。
「本日は、新しい本をお持ちしていますので。あとで、ごゆっくり……メイ様」
「えっ、はい。ありがとう、マーリン」
受け取った本のタイトル。『愛する騎士への一途な想い』。マーリンさんのチョイス、勉強する流れを汲んで選び抜かれています。タイトルを見たアーノルドも、少々、眉間に皺を寄せ眼光鋭く見つめている。
最近は、『アル』ではなく『アーノルド様』と呼ぶようになってしまった。なんとなく、彼との距離感が互いにできてしまい寂しいが、また『アル』と呼ぶには気恥ずかしくなっている。2人のぎこちない距離を、マーリンはやれやれといった風に内心思っている。
台所では、マーリンとロアンナが2人で居る時に、「メイ様を見る、アーノルドのイヤらしい視線と言ったら!!」とマーリンは思わず言っている。「団長さんも男だからねぇ」と、のんびり言っているロアンナ。そこに副団長のダイが加わると、メイとアーノルドの2人の恋路はどうなるか? で盛り上がっている。第二騎士団のなかでも同じ、というのは……アーノルドだけが知らない。
息抜きの散歩に行く時も、護衛のためにとアーノルドは近すぎず遠すぎずの距離を保っている。離宮の庭園を、いつもの様に散歩していた……アーノルドがぼんやりしている時に、メイを見失った。 ドクドクと心臓から全身に冷たい血が巡り、冷や汗が滲みでる。 庭園の奥の垣根の方から、メイの声と少年の声がしていた。
「女神さまは今までたくさんきたけど、俺たちは会ったことなんてないんだ!! けっきょく、俺たちに誰もあわせてくれないんだ!! おれたちのこと、みんな知らないんだよ!! 女神さまは!!」
「……そっか……」
小さく、メイがしゃがみ込んで少年と目線を合わせいた。少年は、半分泣きながら、メイに訴えるように言い放って垣根の隙間から出て行った。
「メイ様!! お怪我は?!」
「うぅん……ねぇ、アル? 女神さまたちは……今までの女神たちは、どうやって力や知恵を与えて……元の世界に戻ったのかなぁ……」
「えっ? どうやって? 元の、世界? 戻る?」
「わたし、何も外の……王宮。わたしが居るのは離宮だけどさ、外の、国のこと自体知らないや……」
小さく溜め息をついて、ドレスの裾についた土埃を払って立ち上がると「戻ろう?」と乾いた笑みが返された。
メイ様は知らないのだ。歴代の女神は、王宮に留まり続けて暮らし。力や知恵を与えても、元の世界に戻ることができていないことを。召喚者のみしか、知らないこと故、元の世界に戻れるかも分からない。
戻った女神がいないことから、戻れない……だろう。
しかし、「国のこと自体知らない」と言った意味がアーノルドは引っかかりを覚えた。彼女の今までの行動や言動から考えると、王宮の外……を、国自体の風景すら、知らない。と、言っているように聞こえた。
以来、彼女の様子は一見変わらないように見えた。逆に、より一層勉学に励むようになり、言葉以外に、計算も基礎が終わった。
徐々に、「もっと公用語も使えるように、話せるようにしたい!!」「この国の歴史も、他のことも教えて欲しい!!」と言い出す。
淑女教育の息抜きの、ロアンナとの台所での料理や菓子作りもレパートリーが増えていく。第二騎士団では、「メイ様の菓子や料理が美味しい」と評判になっている。
アーノルドの心は複雑になっていった。庭園での少年に言われていたメイの表情は分からないが……少年の言葉は、事実だったのだから。
今日は、ロアンナからブリューワー王国の国民が良く食べるというパンを教わる。小麦粉と卵、ふくらし粉を入れて捏ねる。ひたすら捏ねて、濡れ布巾をかけて30分ほど寝かす。寝かすと、生地を丸くちぎって成型する。
真ん中に包丁で切れ目を入れて、窯で焼いたら出来上がった。本当にシンプルな丸いパン。焼きたてはふんわりと甘い味だった。この国の小麦粉は、どうやら甘い香りと味のようだった。そのためか、焼き菓子を習ったときにも砂糖は入れていなかった。自然な甘さでできている。
「ロアンナ。このパンを薄めに切って、何か野菜とかハムとか挟んで食べることはないの?」
「えぇ?! そんな事はしませんよ!! パンは堅くなるんで、そしたらスープに付けるんです!!」
「えっ、堅く?」
「そうです。このパンは日持ちはしますが、3日後くらいには堅くなってます」
「甘さは?」
「そうですねぇ……いつもスープに浸すから分からないです」
今まで、ジャムという代物も見たことがなく作ったら喜んでいた。ロアンナに、堅くなり始めたらフレンチトーストを作るのはどうか? と話した。甘いパンなので高価な砂糖は使わずに済むかもしれない。
堅くなったパンをフレンチトーストにする事も、後日、ロアンナとできた。焼き上がったフレンチトーストを皿に載せてお茶の時間に持ってきて貰った。
「アーノルド様。今日は一緒に食べて頂きたいお菓子があります」
「菓子、ですか?」
「一緒に食べて頂けますか?」
「…………」
「ちゃっちゃっと一緒に食べたい、と言えばいいのよ!!」
「「マ、マーリン?!」」
後ろから茶器と一緒にフレンチトーストを運んできたマーリンが言う。いや、マーリンは侍女なのだけれど……本当に、本当に、優秀だと思うけど……時に出る言葉遣いがダイに教わった下町言葉っぽいというか。こっちの方が、素なんだろうな、きっと。
芽衣子がもう一度言おうとする前に、アーノルドは「失礼します」と席に座った。護衛騎士が護衛対象と、同じ席で食事するといいうのは無礼にあたるのだが。メイは気にしていない。むしろ、「1人で食事は寂しいから、一緒に食べて欲しい」と頼んできた。以来、1日の食事にお茶の時間も、基本、アーノルドが同席して一緒に食べている。
食べたフレンチトーストというパンは、とてもしっとりとしていながらふんわりとしていて、しつこくない甘さだった。まるで、メイの甘い香りを食しているように下腹部に疼きと燻りが生じる。
そういう日に限って、アーノルドはメイの隣室の続き間になっている自室でメイの甘い匂いを思い出して激しい興奮から滾って昂ぶりを抑えられずに……メイの黒く澄んだ瞳、潤っている唇、甘い果実の匂い。細く小さな指。全てを想い出し……興奮を発散させる。
隣室で、護衛対象の彼女をその行為にしている自身の後ろめたさも増し、日に日に感覚も短くなり……興奮を発散する回数も激しさを増している。
「ぅく、はぁ、ぁく……メイ、さ、ま……あぁ、メイ」
1人、寝台横の小さな灯りだけが点く中で。滾った昂ぶりを何度も鎮める行為をする。荒く興奮した息遣い。彼女の名を呼ぶ度に、想い出される彼女の……まだ見ぬ彼女を想像し、行為に耽る。
「こ、んな……あっぁ、メイ……はっ、ぁ、くっぅぅぅ!!」
迸った精をなんとか片づけ、宵闇の夢の中で彼女と逢いたいと願う。
離宮の庭園外れーー
「で、君の名前はビルというのね? わたしは芽衣子。みんなは、メイって呼ぶの」
「ふーん。メイねぇちゃんは、ここで何してんの?」
「何してる、かぁ……この国のことの勉強? あと、ビルとおしゃべり」
「ははっ、なんだよソレ!! 俺とおしゃべり? ヒマなんだね、メイねぇちゃんは……俺は、とぅちゃんの遣いの帰り道だけどさ」
「ビルは偉いな。お手伝いしてるんだもん」
「俺らはみんな、とぅちゃんやかぁちゃんの手伝いしてないと食ってけないし」
「……そっか……」
「別にメイねぇちゃんのせいじゃねぇし!!」
ツンとした態度をとりながら、庭園の外れで出会った少年。ビルとは、時折垣根の隙間から入ってきた時におしゃべりしている。アーノルドは、メイが話し終えたタイミングで彼女を見つけている。
ある意味、メイはアーノルドを、騎士団長を撒いてこの庭園の垣根のいずこかで少年とのおしゃべりをしている。いつ、どこの隙間なのかが……2人にしか分からないのだ。
「じゃっ、またな!!」
「……っ……」
「へへっ、メイねぇちゃんにキスしちった!!」
「たくっ、お返し!! ……っ……」
「~~~っ、じゃ、じゃぁな!!」
ビルが去った後、嬉しそうに右の頬に手をやり少し笑顔になっているメイを見つけた。
「メイ様。困ります……散歩の時にいなくなるよう、な……」
「ふふっ、今日はキスされちゃった」
「え、き、キス?」
「積極的だけど、照れ屋なの」
積極的で、照れ屋? キス? 庭園でおしゃべりしているのは、あの声の幼い少年ではないのか? では、最近嬉しそうにしていたのは……彼女に、メイに、好いた男が?!
1人愕然とショックを受けつつ、外見では分からない大きなショックを受けているアーノルドはメイの後ろを歩いて部屋へと戻った。
そして、あの日、彼女が「なにも知らない」と言っていた言葉が本当に行動として移されることになるとはアーノルドは知らなかったあ。
彼女がなぜ、国の民がよく食べる食事の作り方をロアンナから教わっていたのか? 計算の仕方、国の歴史などを必死に学んだのか? アーノルドは、彼女の向上心などからだろうと必死に考えて押し込んでいた。自分の彼女への感じ始めた感情と同じく。
なにより、息抜きと称した菓子作りではクッキーというのをプレゼントしてくれた。自分だけではない、というのは重々承知の上だったが……それでも、自分に見返りを求めることなくプレゼントされたのは初めての経験でもあった。
第二騎士団は、王国の第一から第五まである騎士団のなかでも特殊で女神を護衛することを役割としている。第二騎士団に配属された者は、ある意味、変わり者の集団でもある。女神が召喚されていなければ、他の騎士団の応援に駆り出されるのが当たり前で、『何でも屋騎士』と軽視されたり罵られることもあった。
それでも、彼らは「俺らは俺らだし」という感じで気にせずにいる。
今代の召喚者、ノルンは女性からとて持てはやされる見目麗しい外見と、神秘的な青緑の瞳に深い青の髪色。背がとても高く、優男かと思えば体術に長けた男。
それを好しとしているのか? ノルン自身も分かっていて、寄ってくる好意持つ女性との噂が絶えない。
【召喚者】は、血筋で受け継がれず力を持った者が生まれたのを【召喚者】が感じ取り引き取って育てる。召喚の力に関する事は、召喚者から次代の召喚者への口伝えのみ。
現国王のノーマン・ビル・ブリューワー国王は、今代の召喚者・ノルンとの関係があまりよろしくない。宰相でアーノルドの幼馴染みフリッツ・ベルンハルトも同じだった。
召喚された直後に、離宮へと捨て置く様にと言い放ったノルン。事情を知ったフリッツが、護衛の件を第二騎士団に命じ、マーリンが専属侍女の名乗りをしなければ……メイは、離宮で本当に捨て置かれていた。
王妃は、メイが召喚された後からの行動などを聞いたのか、とても彼女への興味を持っているとフリッツから聞きいている。
眉間に皺がより、鋭い瞳でメイを横目で見ながら彼女の勉学の時間を過ごしているのをいつの間にやら忘れていた。何度目かのメイの声で気がついた。
「アーノルド様? この、単語と文法の使い方の違いが分からないのですが」
「あっ、あぁ。すまない……この、Lovaか……あぁ……えぇっと……」
「Lovaは愛、というのは分かっているんです。でも、このSaruが加わるのは? Saruは、行為……っ!!」
「いや、その、その……多分、メイ様の浮かんだので……」
「睦み合いです、メイ様」
「ひぁゃ!!」
「そのような声の上げ方は、はしたないです」
「マーリン……いつから……」
Lovaつまり、英語でいうLoveという単語。SaruつまりDoに近い。愛&する=愛の行為をする?
その単語が出てきてから、アーノルドはちらちらとメイの唇や瞳。着ているドレスから見えている胸元の鎖骨。細い指先を見ては、視線をそらす。
彼の視線に気がついたのか、彼女は少し俯いて横目でアーノルドを見やる。視線が交わると……そのまま、見つめ合う形になっていた。
「本日は、新しい本をお持ちしていますので。あとで、ごゆっくり……メイ様」
「えっ、はい。ありがとう、マーリン」
受け取った本のタイトル。『愛する騎士への一途な想い』。マーリンさんのチョイス、勉強する流れを汲んで選び抜かれています。タイトルを見たアーノルドも、少々、眉間に皺を寄せ眼光鋭く見つめている。
最近は、『アル』ではなく『アーノルド様』と呼ぶようになってしまった。なんとなく、彼との距離感が互いにできてしまい寂しいが、また『アル』と呼ぶには気恥ずかしくなっている。2人のぎこちない距離を、マーリンはやれやれといった風に内心思っている。
台所では、マーリンとロアンナが2人で居る時に、「メイ様を見る、アーノルドのイヤらしい視線と言ったら!!」とマーリンは思わず言っている。「団長さんも男だからねぇ」と、のんびり言っているロアンナ。そこに副団長のダイが加わると、メイとアーノルドの2人の恋路はどうなるか? で盛り上がっている。第二騎士団のなかでも同じ、というのは……アーノルドだけが知らない。
息抜きの散歩に行く時も、護衛のためにとアーノルドは近すぎず遠すぎずの距離を保っている。離宮の庭園を、いつもの様に散歩していた……アーノルドがぼんやりしている時に、メイを見失った。 ドクドクと心臓から全身に冷たい血が巡り、冷や汗が滲みでる。 庭園の奥の垣根の方から、メイの声と少年の声がしていた。
「女神さまは今までたくさんきたけど、俺たちは会ったことなんてないんだ!! けっきょく、俺たちに誰もあわせてくれないんだ!! おれたちのこと、みんな知らないんだよ!! 女神さまは!!」
「……そっか……」
小さく、メイがしゃがみ込んで少年と目線を合わせいた。少年は、半分泣きながら、メイに訴えるように言い放って垣根の隙間から出て行った。
「メイ様!! お怪我は?!」
「うぅん……ねぇ、アル? 女神さまたちは……今までの女神たちは、どうやって力や知恵を与えて……元の世界に戻ったのかなぁ……」
「えっ? どうやって? 元の、世界? 戻る?」
「わたし、何も外の……王宮。わたしが居るのは離宮だけどさ、外の、国のこと自体知らないや……」
小さく溜め息をついて、ドレスの裾についた土埃を払って立ち上がると「戻ろう?」と乾いた笑みが返された。
メイ様は知らないのだ。歴代の女神は、王宮に留まり続けて暮らし。力や知恵を与えても、元の世界に戻ることができていないことを。召喚者のみしか、知らないこと故、元の世界に戻れるかも分からない。
戻った女神がいないことから、戻れない……だろう。
しかし、「国のこと自体知らない」と言った意味がアーノルドは引っかかりを覚えた。彼女の今までの行動や言動から考えると、王宮の外……を、国自体の風景すら、知らない。と、言っているように聞こえた。
以来、彼女の様子は一見変わらないように見えた。逆に、より一層勉学に励むようになり、言葉以外に、計算も基礎が終わった。
徐々に、「もっと公用語も使えるように、話せるようにしたい!!」「この国の歴史も、他のことも教えて欲しい!!」と言い出す。
淑女教育の息抜きの、ロアンナとの台所での料理や菓子作りもレパートリーが増えていく。第二騎士団では、「メイ様の菓子や料理が美味しい」と評判になっている。
アーノルドの心は複雑になっていった。庭園での少年に言われていたメイの表情は分からないが……少年の言葉は、事実だったのだから。
今日は、ロアンナからブリューワー王国の国民が良く食べるというパンを教わる。小麦粉と卵、ふくらし粉を入れて捏ねる。ひたすら捏ねて、濡れ布巾をかけて30分ほど寝かす。寝かすと、生地を丸くちぎって成型する。
真ん中に包丁で切れ目を入れて、窯で焼いたら出来上がった。本当にシンプルな丸いパン。焼きたてはふんわりと甘い味だった。この国の小麦粉は、どうやら甘い香りと味のようだった。そのためか、焼き菓子を習ったときにも砂糖は入れていなかった。自然な甘さでできている。
「ロアンナ。このパンを薄めに切って、何か野菜とかハムとか挟んで食べることはないの?」
「えぇ?! そんな事はしませんよ!! パンは堅くなるんで、そしたらスープに付けるんです!!」
「えっ、堅く?」
「そうです。このパンは日持ちはしますが、3日後くらいには堅くなってます」
「甘さは?」
「そうですねぇ……いつもスープに浸すから分からないです」
今まで、ジャムという代物も見たことがなく作ったら喜んでいた。ロアンナに、堅くなり始めたらフレンチトーストを作るのはどうか? と話した。甘いパンなので高価な砂糖は使わずに済むかもしれない。
堅くなったパンをフレンチトーストにする事も、後日、ロアンナとできた。焼き上がったフレンチトーストを皿に載せてお茶の時間に持ってきて貰った。
「アーノルド様。今日は一緒に食べて頂きたいお菓子があります」
「菓子、ですか?」
「一緒に食べて頂けますか?」
「…………」
「ちゃっちゃっと一緒に食べたい、と言えばいいのよ!!」
「「マ、マーリン?!」」
後ろから茶器と一緒にフレンチトーストを運んできたマーリンが言う。いや、マーリンは侍女なのだけれど……本当に、本当に、優秀だと思うけど……時に出る言葉遣いがダイに教わった下町言葉っぽいというか。こっちの方が、素なんだろうな、きっと。
芽衣子がもう一度言おうとする前に、アーノルドは「失礼します」と席に座った。護衛騎士が護衛対象と、同じ席で食事するといいうのは無礼にあたるのだが。メイは気にしていない。むしろ、「1人で食事は寂しいから、一緒に食べて欲しい」と頼んできた。以来、1日の食事にお茶の時間も、基本、アーノルドが同席して一緒に食べている。
食べたフレンチトーストというパンは、とてもしっとりとしていながらふんわりとしていて、しつこくない甘さだった。まるで、メイの甘い香りを食しているように下腹部に疼きと燻りが生じる。
そういう日に限って、アーノルドはメイの隣室の続き間になっている自室でメイの甘い匂いを思い出して激しい興奮から滾って昂ぶりを抑えられずに……メイの黒く澄んだ瞳、潤っている唇、甘い果実の匂い。細く小さな指。全てを想い出し……興奮を発散させる。
隣室で、護衛対象の彼女をその行為にしている自身の後ろめたさも増し、日に日に感覚も短くなり……興奮を発散する回数も激しさを増している。
「ぅく、はぁ、ぁく……メイ、さ、ま……あぁ、メイ」
1人、寝台横の小さな灯りだけが点く中で。滾った昂ぶりを何度も鎮める行為をする。荒く興奮した息遣い。彼女の名を呼ぶ度に、想い出される彼女の……まだ見ぬ彼女を想像し、行為に耽る。
「こ、んな……あっぁ、メイ……はっ、ぁ、くっぅぅぅ!!」
迸った精をなんとか片づけ、宵闇の夢の中で彼女と逢いたいと願う。
離宮の庭園外れーー
「で、君の名前はビルというのね? わたしは芽衣子。みんなは、メイって呼ぶの」
「ふーん。メイねぇちゃんは、ここで何してんの?」
「何してる、かぁ……この国のことの勉強? あと、ビルとおしゃべり」
「ははっ、なんだよソレ!! 俺とおしゃべり? ヒマなんだね、メイねぇちゃんは……俺は、とぅちゃんの遣いの帰り道だけどさ」
「ビルは偉いな。お手伝いしてるんだもん」
「俺らはみんな、とぅちゃんやかぁちゃんの手伝いしてないと食ってけないし」
「……そっか……」
「別にメイねぇちゃんのせいじゃねぇし!!」
ツンとした態度をとりながら、庭園の外れで出会った少年。ビルとは、時折垣根の隙間から入ってきた時におしゃべりしている。アーノルドは、メイが話し終えたタイミングで彼女を見つけている。
ある意味、メイはアーノルドを、騎士団長を撒いてこの庭園の垣根のいずこかで少年とのおしゃべりをしている。いつ、どこの隙間なのかが……2人にしか分からないのだ。
「じゃっ、またな!!」
「……っ……」
「へへっ、メイねぇちゃんにキスしちった!!」
「たくっ、お返し!! ……っ……」
「~~~っ、じゃ、じゃぁな!!」
ビルが去った後、嬉しそうに右の頬に手をやり少し笑顔になっているメイを見つけた。
「メイ様。困ります……散歩の時にいなくなるよう、な……」
「ふふっ、今日はキスされちゃった」
「え、き、キス?」
「積極的だけど、照れ屋なの」
積極的で、照れ屋? キス? 庭園でおしゃべりしているのは、あの声の幼い少年ではないのか? では、最近嬉しそうにしていたのは……彼女に、メイに、好いた男が?!
1人愕然とショックを受けつつ、外見では分からない大きなショックを受けているアーノルドはメイの後ろを歩いて部屋へと戻った。
そして、あの日、彼女が「なにも知らない」と言っていた言葉が本当に行動として移されることになるとはアーノルドは知らなかったあ。
彼女がなぜ、国の民がよく食べる食事の作り方をロアンナから教わっていたのか? 計算の仕方、国の歴史などを必死に学んだのか? アーノルドは、彼女の向上心などからだろうと必死に考えて押し込んでいた。自分の彼女への感じ始めた感情と同じく。
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