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茶会後の変化
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召喚者の間ーー
あの日、俺が見た光景が頭から離れない。目の前に、いつもの様に師匠は、「ノルンさまぁ」と呼んで啼いて喘いでいるが。もう、どうでもいいことだ。俺には、あの女。メイという女が欲しくて、触れたくて、あの男のように甘い痺れるようなキスをして……想像しただけで、滾り熱くなる雄を穿つ。
男が抱いているのは、違う女なのに、彼の中ではメイへとすり替わっている。そう、この日々が、あの日以来続いている。
放ったとはいえ、王妃との茶会を1度ならず何度か招かれていると聞き及んでいる。それも、彼女の手作りの焼き菓子や食事も一緒に食べていると。
彼女の甘い唇から、漏れ聞こえていた小さな喘ぎを脳内で反芻しはじめる。自然と術を自身で師匠にかけ、師匠の外見や仕草、声音すら、メイのそれに創り変えていく。ラナはそれすら分からない状態で、メイの声で仕草、外見でノルンに応えるだけ。
「はっ、はぁはぁ……あっぁ、メイ、いいぞっ!!」
「んぁ、あっあぁ!! ノルンさまぁ!! 愛してますぅ」
「くっ、いい!! メイ、お前は……俺の、だっ!!」
「嬉しいぃ!! あぁ、ノルンさまぁ!!」
術を強くすればするほど、ラナは自身が崩れ落ちメイへと新たに形成されている。
ノルンが初めて覚えた嫉妬は、自分が手に入れて手許で愛でるはずのものがない。自分が愛でて傍に置き、供に交わり合う。彼は、愛を知らない。愛するという言葉も、愛されるという言葉も。
ラナが愛しているということも、知らずに言われずに壊れた関係を築き禁忌を覚えていった。禁忌の術を教えて力を与えるのがノルンへの愛、だと。ラナは思っていたから……。
召喚者は、召喚の術を極め、口伝で次代に伝え、次代の召喚者を育て上げることしか教わってこなかった。召喚者として必要なことは、女神を召喚し、次代の召喚者を教えて育て上げれば良い……と。 ノルンが、ラナが、初めて覚えた感情の名前を知らずに。教わることもなく。知る術もなく……2人は、20年以上の時を供に過ごしてきていた。
王宮のとあるサロンーー
いつも招待される茶会に、前回からはエリザベス王妃の息子であるヘンリー王子と彼の妃も同席するようになった。ヘンリーは、国王と王妃と似ており、向日葵色の瞳は王妃似。カナリア色の髪は、国王似だった。
ヘンリーの妃とエリザベス王妃の、話しをしている姿は、実の母と娘という雰囲気が強かった。
「これがフレンチトースト? と、サンドウィッチね?」
「はい。フレンチトーストには、シロップを少し掛けて召し上がって下さい」
「ふむ……このサンドウィッチは、アルはいつも食べているのか?」
「いつもではありませんが、メイ様との勉学の日に頂くことがあります」
「「勉学の日?」」
「わたしは、アルからこの国のことなどを教わっているんです。つまり、アルはわたしの勉学の先生です」
「……アルが先生……」
「わかりやすくて教えてくれますし、褒めて下さることもあるんですよ」
「「「アルが、褒める?」」」
後ろに控えているマーリンをエリザベスたちが見ると、頷いていた。「本当なのね」とエリザベスは小さく言ったが、芽衣子にはしっかり聞こえた。
アルが人を褒めるというのが、そんなに珍しいことなのだろうか? 彼を見ると、なんとなく居心地の悪そうな表情を少ししていた。
「アーノルドは、騎士団の中でも訓練も礼儀も一番うるさくて厳しいと有名なのよ」
「そうだな。俺も実際に見てきている」
「わたくしも、そう聞いておりましたわ」
「えっと……わたしにはとても頼りになる方としか……」
「「「「猫かぶり」」」」
芽衣子以外が、全員口を揃えて言った。アーノルドに向けて。その瞬間、「ぐっ」と低く喉を鳴らすアル。さらに居心地の悪さが彼を襲った。
その日の茶会では、アルはひどく居心地が悪い状態になった。なにせ、「アーノルドは魔物退治でひどく混乱した別の騎士団を帰還後にしごいた」「せっかく告白してきた淑女に礼儀ができていない」「副団長のダイをしごきあげてきた」などなど……今までの事を洗いざらい、エリザベス初めマーリンまでもが暴露したのだから。
それでも、芽衣子は彼は彼なりに頑張ろうとしてきたのが……と思えた。いつも下町に出掛けた後、彼は「探しました」と言うくらいで責め立てて離宮の外れから外に出さない。ということは、一切してこなかった。
「王妃様、召喚者のノルン様がご挨拶をしたいといらしています」
「突然、何かしら?」
「メイ様もいらしていると聞いているようですが……いかがいたしますか?」
「無下に帰すわけにいかないし。いいわ、通して頂戴」
「かしこまりました」
茶会に突然の訪問者。ノルンがいつも着ている鈍色のフード付きコートで現れた。
王妃の前なのに、対等な立場のような挨拶。そして、芽衣子に近づき手を軽くとり口づけをし「ご挨拶が遅れました」と熱の籠もった瞳で見つめた。
その瞬間、芽衣子の心臓は鷲掴みにされたように彼の瞳に吸い込まれた。
「自分は挨拶に来ただけなので、これで失礼します」
「えぇ」
「では……あぁ、メイ様。また」
「…………」
また、と言い去ったノルンの後ろ姿を追っていた。分からないが、彼とまた会うことになると芽衣子は強く感じ、また会いたいと思い始めた。それが、何故、そう思ったのか? わからない。
横に控えていたアーノルドは、嫌な予感を覚えた。ノルンからは、変な噂ばかり聞いている。幼馴染みで、宰相のフリッツも「メイ様とノルンの接触には気を付けろ」と言われていた。
王妃の茶会を開いていたサロンを立ち去ったノルンは、目的を果たせた。メイに【挨拶】をしてきたのだから。
続けられた茶会では、芽衣子が下町で観た景色や出逢った人々との話しになっていた。そこで感じた事、初めて知った事。マーリンに言われて持参したノートに書き記してきた下町の状況を、王妃達に見せた。
すると、エリザベスたちは強く関心を持ち国王と宰相に、この下町の状況を話しておくと言ってくれた。ただの口約束かもしれない、と思ってしまったが……エリザベスが、今まで約束してくれたことを破ったことはない。そのうえ、離宮の外れに放置された自分を思い、寝食の提供だけでなく衣服や勉学できるように配慮してくれたり、淑女教育をマーリンから受けられるようにしてくれていた。
彼女らは、王位という位に胡座を搔くことは良しとしていない。その彼女らに、一瞬でも、そう思った自分を芽衣子は恥じた。
「今度、メイと宰相が話しを出来る機会を設けておきましょう」
「あの宰相と話しですか? 母上」
「あの、とは……どんなヤツでしょうか?」
「そりゃぁ、もう、腹黒の上に。自分の妻が誰よりも可愛くて堪らないとか、俺の前で仕事しながら散々言いまくる変態愛妻家で」
「他には?」
「仕事の鬼で、俺に与える仕事の量が半端ないし!! 俺だって、可愛い妃といちゃいちゃしたい!!」
「「……ヘンリー?……うしろ……」」
「んっ?! うし、ろ……」
「わかりました。ヘンリー王子は、いちゃいちゃしたい時間をたぁっぷり作れるよう、仕事をしっかりして頂きましょう!!」
「ひぃっ!! フリッツ!! い、いっ、いつ、いつから!!」
「あのノルンが去った後でしょうかねぇ」
涼しい顔して怒りの瞳をヘンリー王子に向けているフリッツ・ベルンハルト。若いながらも、ブリューワー王国の宰相で、アーノルドの年下の幼馴染み。向日葵色の髪の色とマリーゴールド色の瞳が、赤々と怒りで燃えているように見えている。
この人も、あまり怒らせたらいけない。と、芽衣子は思った。マーリンも、その中に入っている。マーリンの場合は、心配してくれてのお叱りなので、芽衣子は逆に親しみを覚えている。
茶会から2日後ーー
離宮の外れの芽衣子の部屋で、宰相のフリッツが訪れて彼女のノートを観ながら唸っている。唸っているのは、フリッツだった。
子細なことまで、ブリューワー王国の言語で書かれている彼女のノートにまずは驚いた。メイが召喚されて、半年ほど過ぎているが……ここまで単語と文法を正確に書いているとは、思ってもいなかったのが第一。それを教えたのが、アーノルドだというのが第二。絵も加えて描かれて説明されているのも、フリッツにとってはただのノートではなく報告書として作るための資料に思えた。
「メイ様は召喚される前は、どのような職に付かれていたのですか?」
「学校では、色々勉強できたのと。仕事は、経理っていうので予算と決算の書類の作成とか数字に関しての書類を主に。あとは、経理の前は、資料を作る仕事も……」
「そうですか……もったいない……」
「もったいない?」
「そうです!! このような、大男の傍に置かせておくのは勿体ない!!」
「えぇっと、傍に置かせて……えぇぇっぇぇぇ??? そ、そういう関係にはまだ……なれて」
「なりかけてるんですか?」
フリッツの鋭い物言いに、思わず顔を手で覆う。そう、あの日深いキスをしていらい時折、庭園でアルとキスをしている。あのキスを求めてしまう。
アーノルドの熱い瞳に、逞しい身体。熱い身体に、大きく優しい腕と手に包み込まれて、優しく激しいキスを交わしているのを思い出した。
部屋に居たアル自身も思い出し、身体が熱くなり下腹部が熱を持つ。「変態」と、フリッツがアルに向けた視線が突き刺さる。同時に、「ド変態」というマーリンのアルに向けた視線も……知らないのは、芽衣子だけ。
芽衣子は酷く喉が渇き、テーブルの紅茶を飲みほした。作法としては、あまり良くないがからからに渇いてしまっていた。あぁ、【彼】のキスでこの渇きを……と、過ぎった。
その【彼】がアルなのか? 芽衣子の中で、何かが組み変わりはじめた。
ノートを見ながら、フリッツと話し合いを進めていくことになった。併せて、メイを下町に行くことに了承が得られアーノルドが必ず同行することも含まれた。
「ふーん、でっ。今日からこのおっちゃんが一緒にくるんだ?」
「ごめんね。ビル……その、今まで勝手に出掛けてたけど。今回からはOK貰えたから!!」
「おっちゃんは、俺とめいねぇちゃんのデート、じゃましないでよ!!」
「……わ、わかった……」
「よし、ひさびさのデート、デート!!」
「ふふっ、ビル。張り切ってるね?」
満面の笑みで、久し振りの下町デートをビルとアルと供に過ごした。
下町から戻ると、芽衣子はノートに下町の様子や気がついた事を書いていく。そして、アーノルドも自分のノートに書くこととなった。フリッツの提案でもあった。もともとこの国に住む、アーノルドの視点も必要だろう、という。
さすが、宰相になる男だけあり抜かりはないなとアルは思う。
『下町でデートできるからって、仕事はきっちりしてもらう』
フリッツの言った言葉を思い出しながら、下町での彼女の表情や姿を思い出し胸が熱くなる。ビルが居ない隙に、路地裏でキスをした事。キスの後に、ビルに顔が紅いとメイが言われて、狼狽えながら小さな声で自分に「アルのバカ」と言った時の愛らしい表情。
1ヶ月もすると、ビルもおっちゃんからアルにぃと呼んでくれるようになった。アーノルドは、それも嬉しく思えた。
小さな少年との交流を持てている。それも、メイのお陰でもあると……。
ノートがある程度書き溜まると、フリッツとアルと一緒に話し合いがある。一緒に、下町での改善点を話していくという【仕事】ができ、芽衣子は嬉しく思えた。
そのいっぽう、夜になると酷く違う夢に堕ちていく。昼間にキスしているのは、アーノルドで熱い眼差しも熱い抱擁もたしかにかれなのに……夜の夢では、違う男が自分が本当に焦がれていると思う男が待ちわびたように呼んでキスをしている夢。激しい抱擁に、激しくキスをされ……『俺の許に早く来い』と、呼んでいる。
夜の隣室では、アーノルドの例の行為。しかし、ある夜、隣のメイの声が漏れ聞こえてきた異変に気がついた。メイ以外の喚び起こしている男の声に、聞き覚えがあった。
『早く来い』『俺だけだ』『メイが欲しい』
ひたすら喚ぶ声が、こだまするように……そして、メイは応え始めていた。
『行きたい』『アナタだけ』『アナタが欲しい』『愛してる』
続き扉を開け、メイの様子を見ると彼女の寝ているベッドの頭上に呪文紋様が浮かんでいた。
アルが剣を鞘から抜いた瞬間、紋様は消え去った。
あの日、俺が見た光景が頭から離れない。目の前に、いつもの様に師匠は、「ノルンさまぁ」と呼んで啼いて喘いでいるが。もう、どうでもいいことだ。俺には、あの女。メイという女が欲しくて、触れたくて、あの男のように甘い痺れるようなキスをして……想像しただけで、滾り熱くなる雄を穿つ。
男が抱いているのは、違う女なのに、彼の中ではメイへとすり替わっている。そう、この日々が、あの日以来続いている。
放ったとはいえ、王妃との茶会を1度ならず何度か招かれていると聞き及んでいる。それも、彼女の手作りの焼き菓子や食事も一緒に食べていると。
彼女の甘い唇から、漏れ聞こえていた小さな喘ぎを脳内で反芻しはじめる。自然と術を自身で師匠にかけ、師匠の外見や仕草、声音すら、メイのそれに創り変えていく。ラナはそれすら分からない状態で、メイの声で仕草、外見でノルンに応えるだけ。
「はっ、はぁはぁ……あっぁ、メイ、いいぞっ!!」
「んぁ、あっあぁ!! ノルンさまぁ!! 愛してますぅ」
「くっ、いい!! メイ、お前は……俺の、だっ!!」
「嬉しいぃ!! あぁ、ノルンさまぁ!!」
術を強くすればするほど、ラナは自身が崩れ落ちメイへと新たに形成されている。
ノルンが初めて覚えた嫉妬は、自分が手に入れて手許で愛でるはずのものがない。自分が愛でて傍に置き、供に交わり合う。彼は、愛を知らない。愛するという言葉も、愛されるという言葉も。
ラナが愛しているということも、知らずに言われずに壊れた関係を築き禁忌を覚えていった。禁忌の術を教えて力を与えるのがノルンへの愛、だと。ラナは思っていたから……。
召喚者は、召喚の術を極め、口伝で次代に伝え、次代の召喚者を育て上げることしか教わってこなかった。召喚者として必要なことは、女神を召喚し、次代の召喚者を教えて育て上げれば良い……と。 ノルンが、ラナが、初めて覚えた感情の名前を知らずに。教わることもなく。知る術もなく……2人は、20年以上の時を供に過ごしてきていた。
王宮のとあるサロンーー
いつも招待される茶会に、前回からはエリザベス王妃の息子であるヘンリー王子と彼の妃も同席するようになった。ヘンリーは、国王と王妃と似ており、向日葵色の瞳は王妃似。カナリア色の髪は、国王似だった。
ヘンリーの妃とエリザベス王妃の、話しをしている姿は、実の母と娘という雰囲気が強かった。
「これがフレンチトースト? と、サンドウィッチね?」
「はい。フレンチトーストには、シロップを少し掛けて召し上がって下さい」
「ふむ……このサンドウィッチは、アルはいつも食べているのか?」
「いつもではありませんが、メイ様との勉学の日に頂くことがあります」
「「勉学の日?」」
「わたしは、アルからこの国のことなどを教わっているんです。つまり、アルはわたしの勉学の先生です」
「……アルが先生……」
「わかりやすくて教えてくれますし、褒めて下さることもあるんですよ」
「「「アルが、褒める?」」」
後ろに控えているマーリンをエリザベスたちが見ると、頷いていた。「本当なのね」とエリザベスは小さく言ったが、芽衣子にはしっかり聞こえた。
アルが人を褒めるというのが、そんなに珍しいことなのだろうか? 彼を見ると、なんとなく居心地の悪そうな表情を少ししていた。
「アーノルドは、騎士団の中でも訓練も礼儀も一番うるさくて厳しいと有名なのよ」
「そうだな。俺も実際に見てきている」
「わたくしも、そう聞いておりましたわ」
「えっと……わたしにはとても頼りになる方としか……」
「「「「猫かぶり」」」」
芽衣子以外が、全員口を揃えて言った。アーノルドに向けて。その瞬間、「ぐっ」と低く喉を鳴らすアル。さらに居心地の悪さが彼を襲った。
その日の茶会では、アルはひどく居心地が悪い状態になった。なにせ、「アーノルドは魔物退治でひどく混乱した別の騎士団を帰還後にしごいた」「せっかく告白してきた淑女に礼儀ができていない」「副団長のダイをしごきあげてきた」などなど……今までの事を洗いざらい、エリザベス初めマーリンまでもが暴露したのだから。
それでも、芽衣子は彼は彼なりに頑張ろうとしてきたのが……と思えた。いつも下町に出掛けた後、彼は「探しました」と言うくらいで責め立てて離宮の外れから外に出さない。ということは、一切してこなかった。
「王妃様、召喚者のノルン様がご挨拶をしたいといらしています」
「突然、何かしら?」
「メイ様もいらしていると聞いているようですが……いかがいたしますか?」
「無下に帰すわけにいかないし。いいわ、通して頂戴」
「かしこまりました」
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王妃の前なのに、対等な立場のような挨拶。そして、芽衣子に近づき手を軽くとり口づけをし「ご挨拶が遅れました」と熱の籠もった瞳で見つめた。
その瞬間、芽衣子の心臓は鷲掴みにされたように彼の瞳に吸い込まれた。
「自分は挨拶に来ただけなので、これで失礼します」
「えぇ」
「では……あぁ、メイ様。また」
「…………」
また、と言い去ったノルンの後ろ姿を追っていた。分からないが、彼とまた会うことになると芽衣子は強く感じ、また会いたいと思い始めた。それが、何故、そう思ったのか? わからない。
横に控えていたアーノルドは、嫌な予感を覚えた。ノルンからは、変な噂ばかり聞いている。幼馴染みで、宰相のフリッツも「メイ様とノルンの接触には気を付けろ」と言われていた。
王妃の茶会を開いていたサロンを立ち去ったノルンは、目的を果たせた。メイに【挨拶】をしてきたのだから。
続けられた茶会では、芽衣子が下町で観た景色や出逢った人々との話しになっていた。そこで感じた事、初めて知った事。マーリンに言われて持参したノートに書き記してきた下町の状況を、王妃達に見せた。
すると、エリザベスたちは強く関心を持ち国王と宰相に、この下町の状況を話しておくと言ってくれた。ただの口約束かもしれない、と思ってしまったが……エリザベスが、今まで約束してくれたことを破ったことはない。そのうえ、離宮の外れに放置された自分を思い、寝食の提供だけでなく衣服や勉学できるように配慮してくれたり、淑女教育をマーリンから受けられるようにしてくれていた。
彼女らは、王位という位に胡座を搔くことは良しとしていない。その彼女らに、一瞬でも、そう思った自分を芽衣子は恥じた。
「今度、メイと宰相が話しを出来る機会を設けておきましょう」
「あの宰相と話しですか? 母上」
「あの、とは……どんなヤツでしょうか?」
「そりゃぁ、もう、腹黒の上に。自分の妻が誰よりも可愛くて堪らないとか、俺の前で仕事しながら散々言いまくる変態愛妻家で」
「他には?」
「仕事の鬼で、俺に与える仕事の量が半端ないし!! 俺だって、可愛い妃といちゃいちゃしたい!!」
「「……ヘンリー?……うしろ……」」
「んっ?! うし、ろ……」
「わかりました。ヘンリー王子は、いちゃいちゃしたい時間をたぁっぷり作れるよう、仕事をしっかりして頂きましょう!!」
「ひぃっ!! フリッツ!! い、いっ、いつ、いつから!!」
「あのノルンが去った後でしょうかねぇ」
涼しい顔して怒りの瞳をヘンリー王子に向けているフリッツ・ベルンハルト。若いながらも、ブリューワー王国の宰相で、アーノルドの年下の幼馴染み。向日葵色の髪の色とマリーゴールド色の瞳が、赤々と怒りで燃えているように見えている。
この人も、あまり怒らせたらいけない。と、芽衣子は思った。マーリンも、その中に入っている。マーリンの場合は、心配してくれてのお叱りなので、芽衣子は逆に親しみを覚えている。
茶会から2日後ーー
離宮の外れの芽衣子の部屋で、宰相のフリッツが訪れて彼女のノートを観ながら唸っている。唸っているのは、フリッツだった。
子細なことまで、ブリューワー王国の言語で書かれている彼女のノートにまずは驚いた。メイが召喚されて、半年ほど過ぎているが……ここまで単語と文法を正確に書いているとは、思ってもいなかったのが第一。それを教えたのが、アーノルドだというのが第二。絵も加えて描かれて説明されているのも、フリッツにとってはただのノートではなく報告書として作るための資料に思えた。
「メイ様は召喚される前は、どのような職に付かれていたのですか?」
「学校では、色々勉強できたのと。仕事は、経理っていうので予算と決算の書類の作成とか数字に関しての書類を主に。あとは、経理の前は、資料を作る仕事も……」
「そうですか……もったいない……」
「もったいない?」
「そうです!! このような、大男の傍に置かせておくのは勿体ない!!」
「えぇっと、傍に置かせて……えぇぇっぇぇぇ??? そ、そういう関係にはまだ……なれて」
「なりかけてるんですか?」
フリッツの鋭い物言いに、思わず顔を手で覆う。そう、あの日深いキスをしていらい時折、庭園でアルとキスをしている。あのキスを求めてしまう。
アーノルドの熱い瞳に、逞しい身体。熱い身体に、大きく優しい腕と手に包み込まれて、優しく激しいキスを交わしているのを思い出した。
部屋に居たアル自身も思い出し、身体が熱くなり下腹部が熱を持つ。「変態」と、フリッツがアルに向けた視線が突き刺さる。同時に、「ド変態」というマーリンのアルに向けた視線も……知らないのは、芽衣子だけ。
芽衣子は酷く喉が渇き、テーブルの紅茶を飲みほした。作法としては、あまり良くないがからからに渇いてしまっていた。あぁ、【彼】のキスでこの渇きを……と、過ぎった。
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ノートを見ながら、フリッツと話し合いを進めていくことになった。併せて、メイを下町に行くことに了承が得られアーノルドが必ず同行することも含まれた。
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「ごめんね。ビル……その、今まで勝手に出掛けてたけど。今回からはOK貰えたから!!」
「おっちゃんは、俺とめいねぇちゃんのデート、じゃましないでよ!!」
「……わ、わかった……」
「よし、ひさびさのデート、デート!!」
「ふふっ、ビル。張り切ってるね?」
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さすが、宰相になる男だけあり抜かりはないなとアルは思う。
『下町でデートできるからって、仕事はきっちりしてもらう』
フリッツの言った言葉を思い出しながら、下町での彼女の表情や姿を思い出し胸が熱くなる。ビルが居ない隙に、路地裏でキスをした事。キスの後に、ビルに顔が紅いとメイが言われて、狼狽えながら小さな声で自分に「アルのバカ」と言った時の愛らしい表情。
1ヶ月もすると、ビルもおっちゃんからアルにぃと呼んでくれるようになった。アーノルドは、それも嬉しく思えた。
小さな少年との交流を持てている。それも、メイのお陰でもあると……。
ノートがある程度書き溜まると、フリッツとアルと一緒に話し合いがある。一緒に、下町での改善点を話していくという【仕事】ができ、芽衣子は嬉しく思えた。
そのいっぽう、夜になると酷く違う夢に堕ちていく。昼間にキスしているのは、アーノルドで熱い眼差しも熱い抱擁もたしかにかれなのに……夜の夢では、違う男が自分が本当に焦がれていると思う男が待ちわびたように呼んでキスをしている夢。激しい抱擁に、激しくキスをされ……『俺の許に早く来い』と、呼んでいる。
夜の隣室では、アーノルドの例の行為。しかし、ある夜、隣のメイの声が漏れ聞こえてきた異変に気がついた。メイ以外の喚び起こしている男の声に、聞き覚えがあった。
『早く来い』『俺だけだ』『メイが欲しい』
ひたすら喚ぶ声が、こだまするように……そして、メイは応え始めていた。
『行きたい』『アナタだけ』『アナタが欲しい』『愛してる』
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