チューリップと画家

中村湊

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チューリップと画家

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 モーネスとヴォルフの絵画が徐々に王宮に出入りする貴族たちに目に入り、その新鮮な柔らかな光をまとうような色彩に心を奪われていった。のちに、『色彩派しきさいは』という画家たちの生まれるはじめを作った。
 アトリエに居る画家たちは、こもって絵画を描く時間から、外にデッサンに出たり、陽のある時間に光の当たる場所に静物を用意しデッサンするようにもなった。それは、皮肉にも、アイリスの亡き父で画家であったジョナス・フルフィルメント。彼が目指し描き続けた絵画の道筋でもあった。

 【花束を抱いて】は、フルフィルメント侯爵が買い取り、彼が管理する美術館に飾られると瞬く間に話題となり誰もがこの絵に衝撃を受けた。落ち着いた色彩で重たさを感じ、日常の中でありながら非日常の絵画のブリューワー派をこぞって買い飾っては自慢してきていた貴族も多く。絵画について本当の理解を得ている貴族は、本当に限られていた。フルフィルメント侯爵は、その数少ない貴族であった。
 王族の中の傍系王族には、大多数の貴族と同じ考えで"資産"として考えていた者もいる。芸術のための学園を創設しているソンラル王国の実情でもあった。ただ、現国王は芸術への理解も深く、愛情を持って絵画を大切にし、画家たちの処遇の改善をフルフィルメント侯爵と供に考えてきた。それも、あの【ふた咳病】を供に乗り越えた仲でもあった。国王の美術の師は、トーナルだった。彼は時折、国王の『君の悩みは……時期に解決に向かうと良いな』と優しい声で話す。絵筆も優しい動きで、密かに柔らかな色合いに挑戦もしてきていた。トーナルが何とか引き留めようとしても王宮の画家たちと居る事が叶わなくなった彼の描いていた絵画を、国王も知っていたから。

 「やはり、わたしには彼らの様にはまだまだいかない」
 「何をおっしゃいますか、陛下。あの若造たちよりも長く描いているのです。陛下には、陛下の色というものがございます」
 「わたしの、色、か……トーナルも同じ事を言うのだな」
 「わたくしめが……同じ、と……」
 「あぁ、"彼"も話していた。『いつか、陛下にも陛下の色が描けるようになります』、とな……ここを去る時の最期に聴いた言葉だ」
 「左様でしたか」

 国王の絵画室に、トーナルと2人で懐かしみつつ絵筆を走らせる。最近は、妻の王妃をモデルにした絵画を描いている。王女と王子の絵画も、小さなカンヴァスに描いた。執務室に飾られた、国王の描いた小さなカンヴァスの絵画は宰相が初めて観た時。『陛下の家族へのお心が伝わってきました』と、あのいつも眉間に皺をよせている男が瞳を和らげていったのが可笑しくも嬉しかった。

 王宮のアトリエでは、工事が少しずつ行われている。アトリエ内に、太陽の陽射しが強すぎない程度に入るよう窓を作っている。この窓は、画家たちの抱えていた息苦しさを解放してくれた。そして、換気ができることにより、画家たちの健康状態の改善にもつながった。少しずつ明らかになったのが、【ふた咳病】は、環境の悪化が原因がひとつだった。住環境の改善と、衛生面の改善を行うことにより、様々な流行り病の流行は減ってきている。完全にはなくならなかったが、悪化し死亡する者が激増する事態は未然に防げるようになった。

 フルフィルメント侯爵が王宮に脚を運んでいる日は、アイリスは侯爵と”伯父と姪”という新たな関係性を慣れないながら作り始めた。そして、少しずつ色んな話しを茶席でするようになった。侯爵からの話しで知ったのが、モーネスと仲の良い画家でハルと恋仲のヴォルフがとある有名な家紋の侯爵家の次男だという事だった。騎士の家門で、王宮の騎士団長を長男が勤めていると。第一騎士団の騎士団長と聞き、驚いた。その騎士団は王宮の護衛騎士とはまた違い、非常時は前線で国を護る騎士団で辺境騎士団とも言われている。国防の要の騎士団で、剣技に長けているだけでなく……見目麗しく逞しい身体をしていると、有名なのだ。辺境で危険な任務の騎士が故に、一見令嬢とはすぐに婚約になりそうで一筋縄でいかない婚活事情もあるらしい。

 「しかし、あのヴォルフの婚約者が……君の同僚とは……式を挙げるなら、わたしも手伝おう」
 「こう……伯父様、その……ハルには伝えておきますが、ヴォルフ様のご家族のご都合もありますので」
 「まぁ、祝いの手伝いくらいにしておくよ。君の大切な友人だから、つい、嬉しくてね。ところで、アイリスはどうなのだ?」
 「わ、わたくし、ですか? いえ、特には……多分……」
 「ふむ、モーネスは詰めが甘いというか……君たちもそう、焦ることはないだろうが」
 「ありがとうございます」

 茶席のテーブルには、侯爵家の料理長からの新しいレシピ集があった。王宮の画家居住区の工事で、侯爵は王宮に頻繁にくるようになり料理長からレシピ集の新しいのが出来上がると届けるようにと預かるのだ。侯爵は自分の屋敷の料理長に配達人扱いをされつつも、姪のアイリスに会える時間を作れる理由ができるのが嬉しかった。そして、料理長は侯爵が帰ってくると、前に渡したレシピで作った料理の感想を聞くのを楽しみにして待っている。
 レシピは、メインの肉や魚料理だけでなく、煮込み野菜、スープ。パンを挟んで作る料理。ソース。そして、プティングや焼き菓子などの菓子類など、多岐にわたる。侍女が自由に使える時間に、キッチンを借りてレシピを作ってモーネスに届けたり、一緒に食べている。その感想を、侯爵に話している。

 「先週は、白味魚のフライをパンに挟んだのは美味しかったです。料理長のソースの中に、卵を使っていたのは初めて作りました」
 「あぁ、卵のとろりとした酸味を感じるソースは、白味魚のフライとは相性がとても良く。わたしも好きだ」
 「はい。モーネス様もお気に召してくださいました」
 「彼は、君の料理なら何でも好きだろうに」
 「そ、そんな……こと、は……」

 昔なら、想像つかなかったような。少しうつむき、顔を赤らめて照れて言う姪の表情が嬉しかった。感情が欠けていたのではなく、モーネスが言う通り。彼女の感情は、蓋を硬く閉じられ、表現するということができない状態だったのだ。
 小一時間こいちじかん、一緒にお茶をしたあと、アイリスはフルフィルメント侯爵の王宮内にある執務室から退出し。昼食をとるため、約束していたハルと食堂で合流した。

 アイリスが、王宮の画家居住区の侍女として来てから2年程になる。いつの間にか時間が経ち、いつの間にか、自分の中で【感情】というものが新しく生まれた。供に、【人を好きになる】という感情も。
 食事をハルと食べていると、当たり前の様にモーネスとヴォルフは相席して食事をとる。相変わらず恋仲のハルにちょっかいを出すヴォルフは、彼女を本当に大事にしている。先週、婚約の挨拶を両家供に済ませた2人は結婚式に向けて忙しくなるようだ。2人には、ずっと変わらずの仲でいて欲しいとアイリスは願っている。昔の自分には、他のひとのことを、誰かに、自分にすら関心を持つことが出来なかったが。彼らのお陰で、自分の感情が生まれ育ってきている。
 仕事が終えて、部屋に戻ってからアイリスは昼間に叔父であるフルフィルメント侯爵の結婚式の祝いの話しを正直に話した。ハルは、ヴォルフと相談した上で、両家の親に話してから返事すると言ってくれた。フルフィルメント侯爵の申し出に、ハルとヴォルフの両家は驚いていたという。申し訳ないと言っていた両家だったが、結婚式後の2人の心配もあり、ヴォルフが画家としての生活をできるよう援助の申し出があり、フルフィルメント侯爵は快く承諾した。
 ヴォルフとハルは、結婚後は、王宮の画家居住区から離れ王都の郊外で暮らしながら絵画制作をしていくことになっている。ヴォルフの描くようになった風景画が描くのに、彼らが外出する度に候補地を選んできた。
 画家にとって、王宮の居住区を離れることは、それなりの援助者。パトロンが必要不可欠となる。絵画制作に専念でき、画廊などで絵画をうる美術画廊との繋がりや、画家の生活維持の金銭援助や生活面で家政婦などが必要であれば派遣などするという手続き。パトロンは、画家のために書類仕事なども引き受けていたりもする。必要な連絡の間に入ったりもする。

  ハルは婚約から半年後、結婚式を挙げた。王都内にある教会で、辺境騎士団長のヴォルフの兄も駆けつけた。そして、アイリスはハルの結婚式の合間に教会敷地のパーティー会場から少し離れ木陰で休んでいた。

 「アイリス、少し疲れたか?」
 「モーネス様……こういった場は初めてで。やはり、少し……でも、ハルが幸せそうで嬉しいです」
 「そうか……えっと、その……君は……アイリスは……」
 「はい」
 「その、俺と……結婚……」
 「結婚がどうかされましたか?」
 「俺と、結婚して欲しい!! その、君の、アイリスの手料理を毎日食べて、君と一緒に過ごして。君と、絵のある生活をしていきたい!!」
 「モーネス、さ、ま」
 「俺では、ダメか?」

 急にしょげた犬のような彼に、思わずくすりと笑みがこぼれ。「わたくしと一緒に居ていただけますか?」と問いかえした。

 「俺は、君を離したくない!!」

 勢いよく彼は抱きしめて耳元で、「愛してやまないんだ」と何度も何度も囁いた。

 パーティー会場に戻った2人を見たフルフィルメント侯爵たちは、「これでまた半年後には幸せな2人が新たな生活を始めるか」と言った。アイリスはこそばゆいという初めての感情が沸き、嬉しく、幸せだとも。その横顔を見たモーネスは、とても嬉しかった。あの日、倒れた彼女と会うことがなかったら……こんなにも自分の絵画人生だけでなく、生きていく、供に歩む人を見つける事となるとは思いもよらなかったのだから。

 モーネスは、ヴォルフ達の結婚式に合わせ彼らに1枚の絵画を作成していた。
 
 【2人の友へ……】

 笑顔で見つめあい、デッサン帳に絵を描いている男性画家と横に座り微笑む女性。後ろに、彼らが良く訪れていた王都近くの丘での風景。春先の花が丘の下り坂に咲いている。

 絵を受け取ったハルは、涙を浮かべ喜び。ヴォルフも珍しく瞳に涙を滲ませ、「お前にこんな粋な計らいができるとはな」と言って喜んで受け取った。

 「式を挙げるときは、忘れずに俺たちを呼ぶんだぞ。モーネス。でないと、お前が振られたと思ってやる」
 「忘れないさ」

 2人は肩を抱き合い、笑った。その2人を見て、アイリスとハルは抱き合い「いつでも会えるから」とハルに言われ頷いた。
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