名探偵レン太郎

レン太郎

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帰ってきた名探偵

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 ちょうど一年前──。
 消費者金融会社のビルで、爆破事件が起きた。
 犯人は体中にダイナマイトを巻き付けて、人質を取って立てこもってしまうというその事件は、犯人が人質とともに自爆するという、最悪のシナリオで幕を閉じた。
 しかし、遺体は犯人のものしか確認されず、人質は行方不明。警察による、その後の捜索も空しく人質は発見できず、事件は犯人と人質、ともに死亡と処理された。
 その人質に取られていた男とは、一人の探偵。

 そう、名探偵レン太郎。

 実はこの男、名探偵とは名ばかりで、殺人現場に現れては、捜査を引っかき回すだけ引っかき回し、そして立ち去るといった、迷惑極まりない男でなのである。
 しかも、アホでスケベで変態と、三拍子そろっていて、ストーカー、不法侵入、公務執行妨害と、手配中であったのだが、それも今や過去のこと。死亡扱いの犯人を追い掛けるほど、警察も暇ではない。
 もはや警察内部で、レン太郎を覚えている者などいない。ただ二人を除いては──。


 警視庁捜査一課──。
 相変わらず不機嫌そうに、不慣れなデスクワークをダラダラとしている刑事がいる。
 彼の名は、黒川ヒデキ。警視庁の中で一番、レン太郎のことを知っている男である。
 爆破事件の時も、現場で指揮を取っており、レン太郎の生存を信じている一人でもあるのだ。
 すでに事件から一年が経過していたが、黒川はレン太郎を忘れたことがなかった。なぜならあの事件は、説得に失敗した警察に対し、犯人が逆上して、レン太郎もろとも自爆した事件だからだ。
 現場で指揮をしていた黒川は、責任を感じていた。
 せめて、せめて人質だけでも、レン太郎だけでも、生きていてくれたら。と、黒川は今でも思う時がある。

「なに不機嫌そうな顔してんの、黒川くん?」

 一人の女性が、黒川の肩を叩いた。彼女の名は、栗原ミホコ。黒川の次に、レン太郎のことを知っている女刑事である。
 ミホコは黒川のパートナーであり、レン太郎の生存を信じている一人でもある。
 爆破事件の時も、黒川と一緒に現場に居て、作戦に失敗して落ち込んでいる黒川も見てきた。
 ミホコは黒川を励まし、そして黒川もそれに応えて、二人はこの一年間やってきたのである。

「もう一年になるな……」

 黒川は遠い目をしながら、ミホコにそう呟いた。

「そうね、もう一年ね」

 ミホコもまた遠い目をしながら、黒川にそう呟いた。
 とその時──、

「おい黒川、事件だ!」

 と、捜査課長の声。

「現場は?」

 黒川は身を乗り出した。

「マンションの一室で銃声を聞いたとの住人の通報だ。すぐ現場に向かってくれ」

「いくぞ、ミホコ!」

「ええ!」

 黒川とミホコは早速、現場へと向かったのであった。



 マンションに到着──。
 高級な住宅街の真ん中にそびえ立つマンションだ。通報してきたマンションの住人の話によれば、隣の部屋から、銃声のようなすごい音が聞こえてきて、気になってその部屋を訪ねたところ、返答がなかったので110番通報したという。
 黒川はマンションの管理人からスペアキーを受け取り、その部屋へと向かった。

「ねえ、黒川くん」

 ミホコが嬉しそうに、黒川に声を掛けた。

「な、なんだ?」

「やっぱり、デスクワークより現場の方が好きみたいね?」

「ああ、アレはどうも性に合わない」

「だって、黒川くんがデスクに向かってる時って、絶対に眉間にシワが寄ってるんだもん」

「う、うるさいな……」あった部屋の前に到着した。

「とりあえず、居るかどうか確認しよう」

 黒川はインターホンを押した。

「応答なし……か」

 仕方がないので、スペアキーで開けることにした。

「……ん?」

「どうしたの、黒川くん?」

「チェーンが掛かっている」

「じゃあ、部屋に居るのかしら」

「呼んでみてくれ」

 チェーンが掛けられているということは、部屋に誰か居る可能性が高いということだ。ひょっとして、警戒して出てこないだけかもしれない。
 この場合、女性の声で呼んだ方が警戒心も薄れるというもの。ミホコは少し開いたドアの隙間からから声を掛けた。

「すいませーん。警察ですが、誰かいませんかー?」

 しかし、部屋は依然として静まり返ったまま、応答はなかった。

「仕方ない、チェーンを切るぞ」

 黒川は、ジャケットの内ポケットからペンチを取り出した。

「く、黒川くん」

 ミホコの顔が、少し引きつっている。

「なんだ?」

「い、いつもそんな物を持ち歩いているの?」

「ああ、備えあれば憂いなしだ」

 そう言いながら黒川は、チェーンをペンチで挟み切った。

「よし、切れたぞ」

 そして、黒川とミホコは、部屋に足を踏み入れたのであった。

 どうやら、女性の一人暮らしのようだ。部屋には、女性を思わせる家具や小物が並んでおり、キレイに整理されていた。
 いったい、銃声のような音の正体は何なのだろうか。ミホコはバスルームの方へと向かい、黒川は寝室の方へと向かった。
 そして、黒川が寝室のドアを開けた時、悲惨な光景が飛び込んできてしまったのだ。
 黒川はおもわず息を飲んだ。

「どうしたの、黒川くん?」

 後から、ミホコもやってきた。

「……見ろ」

「……な!」

 部屋の光景を見たミホコも、思わず絶句した。

 黒川とミホコの目に、飛び込んできたものは、なんとその部屋の住人と思われる、女性の死体だったのだ。
 ベットの上に半裸で横たわり、真っ白だったと思われるであろうシーツが、真っ赤に染まっていた。そして、死因は一目瞭然。

「頭を拳銃で一発か……」

「酷いわね」

「……ああ」

 犯人は拳銃を所持している。早く捕まえないと危険だ。

「ミホコ、付近の住人に怪しい人の出入りがなかったか、聞き込みをしてきてくれ。俺は部屋を調べる」

「わかったわ」

 ミホコは素早く、部屋を出て行った。

 ミホコが聞き込みに行ってる間に、黒川は部屋を調べることにした。
 窓にはすべて、鍵がしっかりと掛けられている。ドアにもチェーンが掛かっていたので、犯人がドアから逃げたとは考えられない。

「密室殺人……か」

 黒川は、小さく呟いた。
 とその時、

「黒川くん」

 ミホコが聞き込みから、戻ってきた。

「どうだった?」

「ダメね。銃声は聞いたけど、怪しい人を見たって人はいなかったわ」

「……そうか」

 黒川は頭をボリボリと、掻きむしっている。

「黒川くんは、何かわかったの?」

「ミホコ、これは密室殺人だ」

「何ですって!」

「本庁に連絡して、捜査本部の設置を要請してくれ」

「わかったわ」

 と、ミホコが携帯を取り出したその時である。

「その必要はありませんよ」

 背後から、聞き覚えのある声がした。

「ま、まさか!」

 黒川とミホコは、振り返った。


 どんな事件もサクッと解決!
 迷宮知らずのイケメン探偵!
 名探偵レン太郎!


「シャキーン!」

 レン太郎はポーズを決めた。

「シャキーンじゃねーよ!」

 黒川はとりあえず突っ込んだ。

「やあやあ、黒川さんにミホコさん。お久しぶりですね」

「お、お前、生きていたのか?」

 黒川は、目にうっすらと涙を浮かべている。

「ええ、もちろん生きていますよ。ひょっとして、心配なんてしてくれてました?」

「バ、バカ言うな」

 黒川は、さりげなく涙を拭った。

 とそこへ、

「でもさあ……」

 ミホコが、不思議そうに話し出した。

「あの爆発の中、どうやって助かったわけ?」

 そう、レン太郎は人質として、手足を縛られていた。普通に考えたら、絶対に助からなかった状況だった。
 すると、

「ふっふっふっ……」

 レン太郎はニヤリと笑いながら、話し出した。

「あの爆破事件で、確かに私は絶体絶命でした。でも、あのライフルの銃声のおかげで、私は助かったんですよ」

「……は?」

 黒川とミホコは、わけのわからない顔をしている。
 あの事件で、犯人が自爆したきっかけは、狙撃手の誤射だった。ライフルで犯人を一発で仕留めるはずが、銃弾は外れて犯人の肩に当たってしまい、それが原因で、犯人は逆上してレン太郎と一緒に自爆してしまったのである。

「ライフルの銃声って、どういう意味だ?」

「元々、私は名前の通り、数々の迷宮入りの事件を解決してきた、立派な探偵でした。ですがある日、私は病に侵されてしまい、人格を二つ持つようになってしまったのです」

「要するに、それって二重人格ってこと?」

「まあ、わかりやすく言えばそうですね」

「それとライフルと、何の関係があるんだ?」

「私の人格が切り替わるのには、あるきっかけが必要なんです。そして、そのきっかけというのが銃声なんですよ」

 レン太郎は、さらに話し続けた。

「黒川さんもミホコさんもご承知の通り、私はアホでスケベで変態な、どうしようもない探偵でした」

「それは、納得」

 黒川とミホコは、そろって相槌を打っている。

「ですが、あの時、ライフルの銃声のおかげで、私は本来の、名探偵としての能力を取り戻す事ができたのです」

 黒川とミホコは黙ったまま、半信半疑の表情で聞いている。

「名探偵の能力を取り戻した私は、まず縛られていた縄を解きました」

「そんな簡単に解けたのか?」

「犯人は人を縛るのが不慣れだったのでしょう。下手くそでしたから、すぐ解けましたよ」

「で、それからどうしたんだ?」

「縄を解いた私は逃げました。と同時に、犯人が起爆スイッチを押すのはわかっていたので、ある場所に隠れたのです」

「ある場所って何だ?」

「金庫ですよ」

「金庫だと?」

「ええ、あの金融会社には、人が入るには十分な大きさの、特A級の耐震耐火金庫がありました。しかも、犯人により鍵が開けられていましたから、私は容易に入る事ができ、爆破からも逃れる事ができたわけです」

「つじつまは合ってるが、信じられん」

 黒川は疑いの眼差しで、レン太郎に詰め寄った。

「あの緊迫した状況で、そんな冷静で的確な判断、普通の人間には絶対に無理だ」

「そうね、あたしもそう思うわ」

 ミホコも、黒川と同意見のようだ。

「普通の人間なら……ですよね」

 レン太郎は、不敵に笑いながら話を続けた。

「たしかに、銃声を聞く前の私は、普通……いや、それ以下の人間でした。それは、黒川さんもミホコさんもご存知ですよね?」

「うん、たしかに」

 黒川とミホコは、しみじみとうなずいた。

「そして、銃声を聞いたことにより、私は普通の人間ではありえないほどの知能を取り戻したのです」

 黒川もミホコも、急には信じられない様子だ。

「ちなみにIQは300です」

「高っ!」

「銃声を聞く前は50以下でした」

「低っ!」

「まあ、そういうわけです」

 そう言うとレン太郎は、満足気な表情になった。

「ていうかさ……」

 だがミホコには、まだ疑問があるようだ。

「あんたこの一年間、何やってたの?」

「一応、私は手配中の身だったので、ほとぼりが冷めるまで、地味に探偵やってましたよ。死亡扱いの人間は、あまり派手には動けませんからね」

「……計算ずくか?」

 黒川はそう呟いた。

「さあ、どうでしょうかね?」

 レン太郎は、とぼけた顔をしている。

「ていうことはさ、あんたはあたし達が知らない方のレン太郎なわけ?」

「そうですよ。以前は、アホな方のレン太郎が、ご迷惑をお掛けしてスミマセンでした」

 レン太郎は、軽く頭を下げながらそう言った。

「証明できるか?」

 だが、まだ黒川は、確信が持てないようだ。

「もちろんです」

 黒川の言葉を聞くと、レン太郎は、待ってましたと言わんばかりに話し始めた。

「この、密室殺人のトリックを見破り、犯人を特定できれば信じてもらえますよね?」

「ああ、一応な」

 黒川もそれなら、納得するようだ。

「まず、密室のトリックですが……」

 レン太郎は推理を始めた。

「これは、トリックでも何でもありません」

「どういう意味だ?」

「犯人は、女性を拳銃で殺害後、すべての鍵を掛け、さらにはドアチェーンまで掛けて密室を作りあげました」

「問題は、どうやって逃げたかよね?」

「犯人は逃げてませんよ」

「な、なにぃっ!」

 黒川は驚いた。

「え、ええっ!」

 ミホコも驚いた。

「これだけ完全な密室なんです。どう考えても、逃げるのは不可能です」

「じゃあ、犯人は?」

「犯人はどこかに隠れて、警察か誰かがドアを開けてくれるのを待っています。そして密室を証明してもらい、誰も居なくなったのを見計らって逃げるつもりなんですよ」

「てことは、まだ……」

「おおかた、天井裏にでも隠れてるんでしょ」

 そう言うとレン太郎は、天井に向かって大声で叫んだ。

「そうですよね? 犯人さん!」

 天井裏からガタッと音がした。

「本当に……居る?」

 黒川は銃を取り出した。

「ミホコ、入口を固めろ」

「わかったわ」

 ミホコはドアの前で、身構えている。

「天井裏に上がるには……」

 黒川は考えた。

「押し入れですよ、黒川さん」

「そこだ!」

 黒川とレン太郎は、押し入れがある部屋へと移動した。そして黒川は、押し入れに向かって銃を構えた。

「そこにいるのはわかっている。大人しく出てこい!」

 すると、押し入れからドスンと何かが落ちるような音がした。そして、押し入れの戸がゆっくりと開き、若い青年が銃を構えて出てきたのだ。

「な、何でわかったんだ?」

 犯人は、隠れていたことがバレた事に対して怒っているようだ。

「犯人さん、あなたは完全な密室を作るのに集中し過ぎて、ある重大なミスを犯していたんですよ」

「ミスだと?」

 犯人はレン太郎に銃を向けた。しかしレン太郎は、それに動じずに話し続けた。

「私が部屋に入る時、男物の靴が二人分あったんです。一人は黒川さんの靴ですから、もう一人は犯人さん、あなたの靴ですよね?」

「あ、しまったっ!」

 犯人は自分の足を見ながら、悔しがっている。

「そういうことだ。大人しく観念しろ」

 黒川は銃を構えたまま、犯人に近づいた。

「でも、黒川さんも気付きませんでしたよね……靴」

「うるせーよ!」

 と黒川が、レン太郎の方を見た瞬間──、


 バァーン!


 犯人の銃が火を吹いた。

 しかし、犯人の撃った銃弾は、黒川の肩をかすめただけだった。

「今だっ!」

 黒川は犯人の手を蹴り上げ、銃を弾き飛ばした。

「うおりゃあーっ!」

 そしてたちまち、犯人を捩伏せたのである。

「ミホコ、確保だ! 手錠を掛けろ!」

「任せて!」

 素早くミホコがきて、犯人に手錠を掛けた。

「犯人確保!」

 そして見事に事件は、レン太郎の推理と、黒川とミホコの活躍により解決した。

「おい、終わったぞ」

 黒川は、レン太郎に声を掛けた。

「え、何がですか?」

「事件だ。犯人を確保したぞ」

「ていうか、黒川さん。なんで私はここにいるんでしょう。ニャハハー!」

「ア、アホになってる……」

「銃声よ、黒川くん」

「……あ」

 そう、犯人の撃った銃声により、レン太郎はまた、単なるアホでスケベで変態な探偵になっしまったのだ。

「く、黒川さん大変です! 寝室にナイスバディの女性が、半裸で死んでます!」

しかも、爆破事件からの、記憶もないようだ。


 どんな事件も
 サクッとふりだし!
 迷宮まみれのデカチン探偵!
 名探偵レン太郎!


「また、やっかいな事になりそうだな」

 黒川は頭を抱えている。

「なんならもう一発、撃ってみる?」

 ミホコは黒川の銃を指差した。

「バカ、無意味な発砲は始末書ものか、下手すりゃクビだぞ」

「そ、そうだったわね」

 ミホコも苦笑いだ。

「黒川さーん! この女性の下着を調べましたが、すんごいエグいのばっかりですよー!」

 クローゼットの方からは、レン太郎のはしゃぐ声が聞こえている。

「黒川くん、今日のところは、署に連絡して引き上げましょうか?」

「そ、そうだな」

 そして、黒川は犯人を連行し、ミホコはエグい下着を物色中のレン太郎を引きずりながら、現場を後にした。

 ついに帰ってきた、名探偵レン太郎。
 次回は、どんな現場に現れるのであろうか。
 そして、レン太郎が再び元に戻る時はくるのだろうか。


(つづく)
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