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みかさがわ探偵事務所
しおりを挟む数多くのビルが、所せましとひしめき合うオフィス街。その路地裏の小汚い雑居ビルの2階に、小さな探偵事務所が存在していた。
そして、ビルの入口には、汚い手書きで、その探偵事務所の張り紙がしてある。
【アシスタント募集】
・給料身体で払います
・住み込み歓迎
・セクハラOKな女性限定
‐みかさがわ探偵事務所‐
果たして、この求人募集を見て、来る女性がいるだろうか。今のところ来た女性の数は、ゼロである。
この探偵事務所の中はというと、小さなデスクに黒電話が無造作に置いてあり、来客用の小さなソファーが二つと、それを挟むように小さなテーブルが一つ置いてある。
一見、すごく質素に見える事務所だが、奥の和室にはテレビがあり、テレビの横の棚には、エロDVDが、ずらりとキレイにならんでいる。
そして、その和室のテレビの前で、一心不乱にパラパラを踊っている一人の男がいる。
彼の名は、三笠川レン太郎。そう、皆さまご存知、名探偵レン太郎の本名である。
みかさがわ探偵事務所の、唯一の社員であり、この事務所の所長でもある。
レン太郎がなぜ、パラパラを踊っているのかというと、その答えは観ているDVDにある。
『馬乗りダンシング‐パラパラ編‐』
要するに、マニアックなエロDVDである。どんな内容かは、ご想像にお任せすることにしよう。
そして、レン太郎はパラパラを踊りながら、
パラパラ踊れば
チンコはプルプル!
お子さまみたいな中年探偵!
名探偵レン太郎!
と、ポーズを決め、登場シーンの練習をしていた。
「決まった……!」
出来はどうやら上々のようだ。
とその時──、
「緊急連絡、緊急連絡! 銀行を襲撃した犯人が、人質をとって立てこもっている模様です」
エロDVDの棚の上に置いてある無線機が、警察無線を傍受したようだ。
この無線機は、レン太郎が情報収集のために購入したもので、周波数さえ合えば、警察無線をも聞き取ることが出来る、スグレモノなのである。
もちろん、購入したのは賢い方のレン太郎だということは、言うまでもない。
「うーん、どうしよっかな……」
レン太郎は、行くかどうか迷っているようだ。
「ま、いっか。ちょっと遊んでこよ!」
そう言うとレン太郎は、鼻歌まじりでスキップしながら、事務所を出ていったのであった。
そして数時間後──。
「ユキちゃんって、けっこう女王さま気質なのね……」
鼻血をたらしたレン太郎が、痛そうに顔を押さえながら、事務所に帰ってきた。どうやら、ユキちゃんという女性に殴られたようだ。
レン太郎は洗面所へと向かい、鏡を見ながら、鼻血が出ている方の鼻にタンポンを詰めた。
「多い日も安心!」
確かに、横漏れの心配もなさそうである。
とそこへ、
「ごめんあさーせ!」
事務所に誰かきたようだ。
「はい。どちらさんで?」
レン太郎は、鼻にタンポンを詰めたまま返事をして振り返った。
「ど、どうしたんですの? その鼻!」
見たところ、50代半ばの婦人が、レン太郎の顔を見て驚いている。
「あ、いやいや。ちょっと鼻血が出ただけです」
そう言いながら、レン太郎はタンポンを引き抜いた。
ポンッ!
どうやら、鼻血は止まっているようである。
よく見るとその婦人は、インテリっぽいメガネをかけて、高そうな毛皮のコートを着ている。見るからに、お金持ちといった感じの出で立ちだ。
「こちら、探偵事務所でいいんですのよね?」
婦人は、半信半疑の目でレン太郎にそう問い掛けた。
「ええ、もちろんです」
「うちのミーちゃんを捜してもらいたいんですが、よろしいですかしら?」
どうやら、依頼人のようだ。
驚いている人もいると思うが、こんな探偵事務所でも、依頼がくることはあるのだ。実はこの、みかさがわ探偵事務所は“ある分野”においてだけは、他の探偵事務所には、絶対的に負けない実績を持っている。
そのある分野とは、ペットの捜索である。
「では、お話をうかがいますので、お座り下さい」
レン太郎は先にソファーに座り、婦人にも座るように促した。
「え、ええ……」
婦人は、まるで汚い物に触れるかのように、恐る恐るソファーに座った。まあ実際、汚いのだからしょうがない。
「では、早速うかがいますが、ミーちゃんというのは?」
「うちで可愛がってる、猫ちゃんのことでございますの」
「では、ミーちゃんの写真と、ミーちゃんが使っていた物があったら貸して下さい」
「はい、こちらですわ」
そう言いながら婦人は、持っていた紙袋から、ミーちゃんの写真と、小さいピンクのカラーボールを取り出し、テーブルの上に置いた。
「はい、じゃあ見つかったらご連絡差し上げますね」
「え、これだけで大丈夫なんですの?」
「はい、大丈夫です。二、三日くらいかかりますが」
「たった、二、三日で見つけられるんですの?」
「はい、見つかると思います」
婦人の不安な表情とはうらはらに、レン太郎の表情は自信たっぷりといった感じである。
「じゃあ、これで帰りますわ。ミーちゃんのこと、よろしくお願いしますわね」
「はい、ど~も~」
そして婦人は帰って行った。
そしてレン太郎は、ミーちゃんの写真を見ながらデスクに腰掛けた。
「ふーん、二歳くらいのアメショーってとこか…」
どうやら、早々と捜索を開始するようだ。
すると、
「あ、ヤベ……DVD返さなきゃ」
どうやら、レンタルしているエロDVDの返却期限が迫っているようだ。レン太郎は、慌てた様子で和室に駆け込むと、エロDVDが入っているレンタルショップの袋を持って、事務所を出ようとした。
だがその時、
「ちょっと、すみませーん!」
との声とともに、事務所のドアが勢いよく開き、急いで事務所から出ようとしたレン太郎は、いきなり開いたドアの角に顔面をガンッと打ち付けた。
「い、痛い……」
「あ、すみません」
いきなり事務所のドアを開けた人物の正体とは、まだハタチそこいらといった感じの、赤い縁のメガネをかけた、ショートヘアの若い娘だった。
「あの、鼻血が出てますけど大丈夫ですか?」
メガネの娘がそう言うと、
「え! マジで?」
レン太郎は急いで、洗面所へと駆け込み、なにやらゴソゴソしているようだ。
そして、今度は両方の鼻に、タンポンを詰めて現れたのである。
「強力! ダブルストッパー!」
メガネの娘は、あっけにとられていた。
「あ、あのー、こちらは、探偵事務所でいいんですよね?」
みかさがわ探偵事務所を訪れる人は、必ずといっていいほど、最初にこの質問をする。まあ、レン太郎の立ち振る舞いを見れば無理もないが。
「ええ、もちろん! ひょっとして、依頼人さんですか?」
「いえ、実は……」
そう言いながらメガネの娘は、表に張ってあった、事務所の求人の張り紙を見せた。
そしてレン太郎は、その張り紙を見るなりこう言い放ったのである。
「採用!」
「……え?」
「おめでとう採用だよ!」
レン太郎はメガネの娘に拍手をした。
「あ、ありがとうございます。ていうか、もう採用でいいんですか?」
メガネの娘は、微妙な笑顔を見せながらも喜んでいるようだ。
「見たところ、君はなかなか見所がありそうだ。ところで名前を聞いてなかったね? 私はこの事務所の所長、三笠川レン太郎だ」
「あ、はい。時田リン子といいます」
「リン子か……よし! 君のことを、今からリンリンと呼ぶことにしよう!」
「は、はい! ありがとうございます!」
レン太郎の下でアシスタントをやりたいという、時田リン子。どんな奇特な娘かと思えば、意外と素直でいい子のようだ。
「よし、リンリン。君に最初の仕事を与えよう」
「は、はい。なんでしょうか?」
「今から、このDVDを返してきてくれ。そしてまた、別のDVDを借りてくるんだ」
「そのDVDのタイトルは、何でしょうか?」
「『ここ掘れアンアン』というDVDだ。捜索資料に使うから、重要な任務だぞ」
「そのDVDは、どこのコーナーにあるのでしょうか?」
「成人コーナーだ。レンタルが非常に困難なDVDだが、やってくれるか?」
「大丈夫です! やれます!」
「よし、行くんだリンリン!」
「了解しましたー!」
そう言い残すとリンリンは、全力疾走で事務所を出て行った。どうやら、素直でいい子というより、何も考えてないだけのようである。
そして30分後──。
「ただいま戻りました……」
出て行った時の勢いは、どこへやら。リンリンは、かなり低いテンションで事務所に戻ってきた。
「ど、どうしたんだ、リンリン。DVDは借りてこれたのか?」
レン太郎は、待ってましたと言わんばかりの表情で、リンリンに問い掛けた。
だが、
「所長すみません『ここ掘れアンアン』は、レンタル中でした」
「そ、そんな……」
そしてレン太郎はがっくりと崩れ落ち、一言だけこう呟いた。
「こ、今夜のオカズが……」
そこへリンリンが、
「所長! お願いですからクビにしないで下さい。あたし、どうしても探偵になりたいんです!」
と、すがるような目で、レン太郎に必死で訴えた。何か複雑な事情でもあるのだろうか。
「い、いや……大丈夫だ。捜索は別の方法を考える事にしよう」
「本当ですか? ありがとうございます。で、今やっている捜索ってなんですか?」
クビにならないとわかると、リンリンは急に元気を取り戻した。
「ミーちゃんの捜索だ」
「ミーちゃん……ですか?」
「そうだ、今はこのアメショーのミーちゃんの捜索をやっている」
レン太郎は、ミーちゃんの写真をリンリンに手渡した。
「じゃあ早速、聞き込みですね?」
リンリンは目を輝かせ、ワクワクしている様子だ。
「いや、聞き込みはしない」
「え、じゃあ、どうやって?」
リンリンがそう言うと、レン太郎はカラーボールを取り出して、リンリンに見せた。
「これは、ミーちゃんが遊び道具として使っていた、カラーボールだ。これを使う」
「え、これでですか? ひょっとして、おびき出したりするとか?」
「いや、違うな」
そう言うとレン太郎は、カラーボールを自分の鼻に近づけた。
「臭いだよ」
「臭い?」
「そうだ、このカラーボールには、ミーちゃんの臭いが染み付いている。この臭いをたよりに、ミーちゃんを捜すんだ」
そう言いながら、レン太郎はカラーボールの臭いを嗅いでみせた。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「に、臭いがしない」
「あ、あの……所長、大変申し上げにくいのですが……」
「なんだ、リンリン? 言ってみろ」
「まだタンポンが、鼻に刺さったまんまです」
「おっと、私としたことが」
レン太郎は、タンポンを二本いっぺんに引き抜いた。
ポポンッ!
そして、タンポンを抜き取ると、再び、カラーボールの臭いを嗅ぎ始めた。
「……クンクン」
「所長、なんか犬みたいですね?」
リンリンの言う通り、臭いを嗅いでいるレン太郎の姿はまるで、捜索をする際に、犬が臭いを嗅ぐ姿にそっくりだったのである。
「よし、リンリン! 今からミーちゃんの捜索に行くぞ」
「あ、はい」
そう言って、レン太郎がカラーボールを片手に出て行くと、リンリンも、その後を追うように出て行った。
実はこの、アホな方のレン太郎だが、単なるアホではない。アホになった分、野生の本能が研ぎ澄まされ、視覚、聴覚、嗅覚、運動神経が大幅にアップしている。そのお陰で動物の捜索には、ものすごい力を発揮することが出来るのだ。
そのかわりといっては何だが、性欲、食欲、知能指数はサル並になってしまっているので、節操がなく、食い意地がはり、難しいことがまったく考えられなくなっているのである。
そして2時間後──。
「いやー所長、すごいっすね。木から木へ飛び移るところなんか、超シビれちゃいました!」
「そお? いやーそれほどでもないけどー!」
「アーハッハッハッハッ!」
事務所への階段を上がってくる、レン太郎とリンリンの声が聞こえてきた。どうやら、ミーちゃんを無事に捕獲して帰ってきたようだ。
そして事務所のドアが開くと、仕事が終了して上機嫌のレン太郎と、ミーちゃんを抱きかかえたリンリンが入ってきた。
「所長、ミーちゃんはどこへ?」
「あー、そこのゲージに入れといてくれる?」
この事務所の隅っこの方には、捕獲したペット用のゲージがいくつか置いてあるのだ。
そしてリンリンはゲージの鍵を開けると、ミーちゃんを中にそっと入れた。
「所長! 任務完了しました!」
「ご苦労だったリンリン!」
こうして、みかさがわ探偵事務所の一日は、終わりを告げたのであった。
だが、
「ところでリンリン?」
レン太郎はスケベ顔でリンリンに迫っていた。
「な、なんですか……所長?」
「君は、張り紙を見てアシスタントになりたいと思ったんだよね?」
「え、はい。そうですけど…」
「だからね……」
「だから?」
「とりあえず、今日の給料は身体で払いまーす!」
レン太郎は、一瞬にして服を全部脱ぎ捨て、リンリンに襲い掛かってしまったのだ。
だがその時、
バッコォッ!
すごい音とともに、リンリンに襲い掛かったはずのレン太郎が、部屋の隅まで吹き飛ばされてしまったのだ。
「あ、すみません所長……」
「い、痛い……リンリン」
「あの、言い忘れてましたけど、あたしって……」
「あたしって?」
「男の人に触れられると、条件反射で殴り倒してしまうんです」
「そ、それは本当か?」
そう言いながらレン太郎は、再びリンリンに触ろうと試みた。
バッコォッ!
「所長、ちなみにあたし、空手五段です」
「ま、負けるかーっ!」
それでもめげずに、レン太郎はリンリンに突進した。
バッコォッ! バッコォッ!
バッコォッ! バッコォッ!
バッコォッ! バッコォッ!
バッコォッ! バッコォッ!
「し、所長! 止めた方が……死んじゃいますよ!」
「て、てか、もう死ぬかも……」
とうとうレン太郎は、力尽きて倒れてしまった。
「所長! 大丈夫ですか? 所長! 所長ーっ!」
突如として現れた、危険な娘リンリン。
レン太郎のアシスタントとして、これからどんな活躍を見せてくれるのであろうか。
「も、もう一度だけ!」
バッコォッ!
「所長ーっ! すみませーん!」
(つづく)
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