チェリーボーイ

レン太郎

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それぞれの呼び名

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 遊園地の入口にて──。

「なあ、アキナ」

「なに?」

 遊園地の入口ゲート前で、興奮した様子で、アキナに話し掛けるユウタ。

「今日さ、遊園地の後、二人っきりになれねぇかな?」

 ブラウンに染めた、ちょいセミロングの髪を掻き分けながら、カッコイイつもりでユウタは言った。

「事の成り行きしだいかな」

 そんなユウタとは目を合わさず、すました顔で、答えるアキナ。二人がこの場所にいるのはもちろん、タクヤとその彼女との、待ち合わせをしているからである。

 大学に入り、厳しい校則から解放されたユウタは、まずは髪を伸ばしはじめた。タクヤとオナニー情報を交換したり、「彼女なんていらない」と豪語していたユウタであったが、やはりモテたかった。彼女が欲しかったのだ。
 エロ本を買う量を減らし、代わりにファッション雑誌を買った。モテる男とは、ファッショナブルでなくてはならない。そう思いユウタは、水面下で彼女を作るべく、地味に努力を重ねていた。もちろん、タクヤには内緒で。
 その甲斐あってか、ファッションセンスだけは、なんとかカッコイイと言えるレベルまでは、成長していた。

 今日もユウタなりに、お洒落に決めてきたようだ。ロック系のロンTにストールを巻き、グレーのダメージジーンズに、ブーツを合わせている。顔は、まあ普通なのだが、なんとかファッションで補っているといった感じだろうか。
 そして、今こうして、ユウタの隣にはアキナがいる。

「タクヤ、まだかな」

「そうね。そろそろ時間だし、もう来るんじゃない?」

 アキナは、ブレスレット型の腕時計をチラリと見て、そう答えた。
 ユウタがアキナに告白をし、付き合うようになってからまだ半月だが、実は、二人はまだキスすらしていない。数えるほどだがデートはしているものの、やはりユウタもチェリーボーイ。初めて付き合う彼女と、どのようにしてキスまでこぎつけたらいいのか、イマイチよくわかっていなかったのである。

 だが、ユウタは思っていた。

「今日こそアキナのくちびるを、奪ってやるぜ」と。

 一方のアキナはというと、顔は美しく、身持ちが固いと噂されているが、これはあくまでも噂である。
 今までアキナと付き合った男から入手した情報によれば、「わがまま」だの「性格が悪い」だのと、あまり評判は良くない。そして、きわめつけが「人の物を欲しがる」といった、非常に悪い癖を持っているらしい。
 ではなぜ、こんなアキナがユウタの告白を受け入れ、彼女になったのか。それは、ただ単に「寂しかったから」だろう。

 そう、アキナは寂しかった。形の上では、アキナからフッたとされているが、実際は彼氏の方が他に女を作って、そっちに乗り換えただけなのである。
 結果、アキナは捨てられた形になったわけだが、他の女に彼氏を取られたなんて、キャンパスクィーンのアキナの口から、言えるはずもなく。

「どうしようもない男だからフッてやったわ」

 と、あくまでも、フラれたという事実を断固として否定していた。
 そんな時に、ユウタからの告白。寂しさも手伝ったアキナは、前の彼氏に対する“腹いせ”という感じで、ユウタとの交際にオッケーを出したのだ。
 今のところ、身持ちが固い、おしとやかなお嬢さまキャラなので、ユウタとはプラトニックを貫く予定である。
 ちなみに、アキナがそう考えているのを、ユウタは知らない。なのでユウタは、アキナに童貞を捧げるどころか、キスすらも、できるかどうか微妙なラインにあるというわけだ。

 ユウタはアキナをチラリと見た。赤と白のボーダーのロンTに、ジーンズ。アキナはシンプルなファッションを好んで着る。爽やかな風が通り抜け、アキナのシャンプーの香りが、ユウタの嗅覚を刺激した。

「アキナ……」

 そう囁き、ユウタはアキナの肩に手を回そうとした。

「あ、きたきた! 白井くーん!」

 だが、アキナは前に見を乗り出し、ようやく到着した、タクヤとその彼女に手を振った。アキナにスカされたユウタは、肩を抱こうとした手のやり場に困り、ポリポリと頭を掻きながら、ダルそうに歩いてくるタクヤを見た。

「悪い。待ったか?」

「いや、大丈夫だ」

 相変わらずぶっきらぼうなタクヤに対し、クールを気取るユウタ。しかしこの時、ユウタの視線は、ある一点に、くぎづけになってしまっていた。
 そう、ミチヨの乳である。
 そして、美術品とも思えるほど、エロチックなカーブを描く、その曲線美。遠慮なく放出されている、むんむんフェロモン。
 ユウタは、自らの彼女であるアキナそっちのけで、ミチヨを見つめていた。

「あ、紹介するわ。こいつが、彼女のミチヨ」

「よろしくー」

 タクヤの「彼女」という紹介に嬉しくなり、笑顔で深々と挨拶するミチヨ。しかしミチヨは、頭を下げたと同時に、そのでかいサングラスに手を掛けた。
 その時、タクヤはぎょっとし、息を飲んだ。

 外すのか! その禁断のフェイスマスクを外すのですかー!

 タクヤは心で叫びながらも、ミチヨを止めることができないでいた。そして、サングラスを外したミチヨは、ゆっくりと顔を上げたのであった。

「はじめまして。茨野ミチヨです」

 この瞬間、空気が止まった──。
 タクヤは目を閉じ、「ジーザス」と心で叫び、神に祈りを捧げた。事の展開を見るのが、怖かったのだ。自分の彼女がこんなにもブサイクだなんて、ユウタはどう思うだろう。そんなユウタは、ミチヨの顔を見るなり、あまりのギャップに驚きを隠せないでいた。
 体は、よだれがでるほどの、ナイスバディ。だが顔は、直視ができないほどの、ブサイクだったからだ。
 だがそんな中、一人だけ“違う意味で”驚いていた人物がいる。

 そう、アキナである。

 アキナはミチヨの顔を見るなり、わなわなと指を突き出し、何かを言いたそうな顔をして、くちびるをプルプルとさせていた。そして、やっとの思いで発した言葉がこれである。

「ミ、ミッチョリーナ!」

 ユウタとタクヤは、そんなアキナを見て、キョトンとしていた。
 まったく意味不明。要するにイミプー。頭の上に、クエスチョンマークが、点滅するほどに。
 一方、「ミッチョリーナ」と呼ばれたミチヨの方は、またこれもアキナと同じように、くちびるをプルプルと震わせていた。

「あたしを、その名前で呼ぶのは、まさか……」

 そして、こう叫んだのである。

「アキナンジェラ!」

 アキナはミチヨのことを「ミッチョリーナ」と呼び、ミチヨはアキナのことを「アキナンジェラ」と呼んだ。この二人、どうやら初対面ではないようだ。

「ミッチョリーナ! どうして、あなたがここにいるのよ!」

「どうしてって、この人の彼女だからよ。アキナンジェラ」

 タクヤとユウタは、お互いの彼女の、わけがわからない会話を、ポカーンと聞いてるしかなかった。
 するとアキナは、何かをハッと思い出した。

「彼女ってことは、まさか……」

 そしてミチヨは、アキナの言葉を察するかの如く、タクヤを指差しこう答えた。

「そうよ。彼がシュナイダーよ」

 当然のことながら、タクヤはまったくわけがわからず、おもわず「は?」呟くしかなかったのであった。

 アキナはミチヨのことを「ミッチョリーナ」と呼び、ミチヨはアキナのことを「アキナンジェラ」と呼んだ。この二人、どうやら初対面ではないようだ。

「ミッチョリーナ! どうして、あなたがここにいるのよ!」

「どうしてって、この人の彼女だからよ。アキナンジェラ」

 タクヤとユウタは、お互いの彼女の、わけがわからない会話を、ポカーンと聞いてるしかなかった。
 するとアキナは、何かをハッと思い出した。

「彼女ってことは、まさか……」

 そしてミチヨは、アキナの言葉を察するかの如く、タクヤを指差しこう答えた。

「そうよ。彼がシュナイダーよ」

 当然のことながら、タクヤはまったくわけがわからず、おもわず「は?」呟くしかなかったのであった。

 ミチヨの説明による、話はこうだ。
 幼稚園のキリン組だった頃、ミチヨとアキナは同じ組だった。その時の二人はとても仲が良く、お互いの事を愛称で呼ぶようになっていた。
 アキナは、アキナンジェラ。ミチヨは、ミッチョリーナ。どちらもミュージカルにでも出てきそうな名前だが、二人はお互いのことを、そう呼ばせていた。
 そんなある日、ミチヨには、同じ組にとても仲良しな男の子ができた。その子の名前は、マサキくん。
 マサキくんに恋愛感情があったかどうかは不明だが、その頃のミチヨは、マサキくんのお嫁さんになるのが夢だった。

 だが、そんなミチヨの夢を、無惨にも打ち砕く事件が起こってしまった。アキナがマサキくんに、ちょっかいを出してしまったのだ。
 そのため、マサキくんはミチヨから離れてしまい、アキナと仲良くなってしまった。当然のことながら、ミチヨはアキナに激怒した。
 だが、アキナは悪びれるそぶりもなく、ミチヨにこう言ってしまったのだ。

「ミッチョリーナよりも、私の方が美人なんだから、しょうがないじゃない」

 それっきりミチヨは、アキナを目の敵にし、口をきかなくなってしまったのだ。
 そして、小学校からは別々の道を行き、ミチヨはこの場で再会するまで、アキナが同じ大学にいたなんて、気付きもしなかったわけである。

「……と、いうわけよ」

 話し終わったミチヨは、キッとアキナを睨みつけた。だが、アキナも負けてはいない。

「よく言うわね、ミッチョリーナ。だいたい、マサキくんが勝手に私について来たんだから、そんなこと言われる筋合いはないわ」

 ミチヨもすかさず切り返す。

「黙りなさい、アキナンジェラ。あたしのいないところでマサキくんに色目つかっていたの、知ってるんだから」

「そんな昔の話なんて、忘れてたわ」

「キーッ! なんてちょこざいな女なのかしら! 昔っからまったく変わらないわね」

 という二人の水掛け論に、タクヤが割って入った。

「あのさ……」

「なによ! シュナイダー!」

 ミチヨとアキナが同時に吠える。

「何で俺は、シュナイダーって呼ばれてるわけ?」

「あ、言うの忘れてた」

「忘れんなよ!」

 すると、アキナがこう答えた。

「私が教えてあげるわよ。ミッチョリーナはね、自分の彼氏になる男に、シュナイダーって名付けるって決めてたのよ」

 続けてミチヨもこう答えた。

「そう、アキナンジェラの言う通りよ」

 少し話が複雑になってきたので、整理することにしよう。

 幼稚園にいた頃、ミチヨはアキナに話していた。
 将来、自分が心の底から惚れた彼氏ができた時には、その男のことをシュナイダーと呼びたいと。
 だが、ブサイクなミチヨには、なかなか彼氏というものができなかったので、その願望を叶えることなく、「微妙ハンター」として、男あさりの日々を送っていたというわけだ。
 タクヤに出会う前に、彼氏というものは存在したミチヨではあったが、その彼氏達の中で、シュナイダーと呼べる男は存在しなかった。そして、ようやく出会えたのである。シュナイダーの称号を与えるのにふさわしい相手に。

 白井タクヤに──。

「だからシュナイダー。あたしのこともミッチョリーナって呼んでね」

 ミチヨはタクヤに擦り寄った。

「いきなり言われても、無理だっつうの。だいたい、なんでシュナイダーって名前なんだよ!」

「え? なんとなくよ」

「理由なしかよっ!」

 と、そこへ、今までほったらかしにされてた男、ユウタが、やっとの思いで話に加わってきた。

「タクヤがシュナイダーならさ、俺は何なんだ? アキナ」

 ユウタは、シュナイダーと呼ばれているタクヤが羨ましかった。さらに、ミチヨはミッチョリーナで、彼女であるアキナは、アキナンジェラ。きっとユウタにも、アキナの彼氏としての愛称があるはずだ。
 そう思い、ユウタはアキナの答えに期待をしていた。

 だが──、

「ユウタはユウタよ」

「まんまかよっ!」

 アキナの答えは、ユウタの期待を、ものの見事に裏切ってしまったのであった。
 そして、波乱を巻き起こしたアキナとミチヨの再会。過去の因縁の熱も冷めぬまま、二組のカップルは、遊園地のゲートをくぐったのであった。
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