魔界の姫君は、わんこ天使に手を焼いておりまして。

古都助(幸織)

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第四話・大天使ラジエルからの呼び出し

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「シグルド様~、遅いですよ~!! ラジエル様から、大事な用があるので戻り次第大神殿に来るようにとのお達しが~!!」

「すぐ行く」

 シャルロットの弱味を使って、夕方まで彼女と町でのひとときを楽しんだシグルドは、天界にある自分の執務室に戻ってきた。
 彼女に見せていた優しい面など一切出さず、無表情の鉄面皮を貼り付けて。
 大天使からの用事か……。面倒臭いが、行かなければ父親がまたうるさそうだ。

「はぁ……」

 息苦しい。昔から……、この天界という場所は、シグルドに圧迫感を与えてばかりだ。
 天使の父親と、狼族の母親から生まれた自分。
 純白の翼に、獣の耳と尻尾。異端の姿を馬鹿にされ、混血というだけで差別されるのは生まれた時からの事。
 子供の頃は辛い事もあったが、大人になってからは、どうという事もない。
 毒のある言葉に耳を傾けず、面倒な奴らをないものとして扱えばいいのだ。
 立ち塞がってくれば、傲慢な態度で牽制し、それでも喰ってかかってくるならば、実力で黙らせる。
 そんな事を繰り返しながら、……退屈な日々が、もう百年以上。
 天界と魔界が繋がっている場で魔物の討伐を行ったり、そこで出会った向こう側の奴と時折刃を交えたり、天界で仕事をこなし、帰ったら寝るだけの毎日。
 その間に楽しいと思えた事など……、滅多になかったと言えるだろう。
 いっそ、全て捨てて人間界で暮らしてみるかと考えた事もあるが、父親がうるさい為にそれも出来ない。
 大天使の信頼を受けている父親は、他種族を見下すようなタイプではないが、真面目過ぎる。
 自分の背負っているものから逃げ出せば、確実に首根っこを掴み説教をする為に追って来るだろう。
 ……あぁ、本当に、面倒くさい。
 疲れきった溜息を吐き出し、シグルドは大神殿に向かった。

「――馳せ参じるのが遅くなってしまい、申し訳ありません」

「やぁ~! いらっしゃい!! わんこ公!!」

「……」

 確かに、犬っぽい部分はあるが……、いい加減にその呼び方は何とかならないのか。
 宙に浮いている椅子に腰を据え、ひらひらと手を振ってシグルドを出迎えた黒髪と片眼鏡姿の少年。
 馬鹿でかい声が大神殿の中に響き渡り、シグルドは僅かな頭痛を覚えた。……あぁ、徹夜続きにダメージが。

「おやおや~? 随分とお疲れみたいだが、あんまり寝てないのかなぁ? 目の下、クマが出来てるぞ~」

「少々……、徹夜が続いておりまして」

「あぁ、聞いてる聞いてる! なんか、どっかの可愛い子ちゃんのケツを追いかけてて、遅い青春をやってるんだろ?」

 大天使ラジエル……。全ての叡智を識る書物の守護者。
 それが、目の前でニヤニヤとしている黒髪の少年だ。
 勿論、その姿は偽りであり、中身は神が世界を創造した時より積み重ねてきた年月が詰まっている。
 黄金の瞳に好奇心の気配を浮かべ、何もかも知っている顔で椅子から飛び降りて近づいてきた。

「人間界での任務時に、罠に嵌められて気絶してるところを救ってくれた、可愛い可愛い天使ちゃん、だろ?」

「天使ではありません」

「天使と魔族の混血でも、半分は天使だろう? で、助けて貰ったお前は、その子に懐いちゃって、仕事を疎かにしてるんだよなぁ~?」

 ちっ……。厄介な相手に知られたものだ。
 シャルロットの事は誰にも打ち明けておらず、シグルド自身……、何故こうも彼女の傍に行きたがるのかわからないでいる。ただ……、あの、真っ直ぐな目に興味があって……、礼を受け取らせる為の訪問が、いつのまにか……。

「大天使パーンチ!!」

「ぐっ!!」

 さて、どう対応したものかと俯いていたシグルドの顎裏に、ラジエルの右ストレートがヒットした。
 宙を舞い、クリスタルの床に叩きつけられたシグルドの身体。
 立ち上がる暇を与えず、とんでもない重圧が背中にかかった。

「ぐぅうっ……!!」

「お子ちゃまの青春を邪魔する気はないんだがなぁ~。仕事は仕事。――恋愛ボケも大概にしろよ?」

 ドスを利かせたラジエルの声を合図に、圧が消え去る。
 安堵の息を吐き出しながらゆっくりと立ち上がり、シグルドはラジエルの前に跪いて頭を垂れて弁解した。

「恋愛などしておりません。必要がある上での接触です」

「ほぉ~? 全知全能レベルの書物を持つオレに、嘘吐くわけか~? へぇ~? ――しばくぞ、クソガキ」

 そうは言われても……、本当に、ただ興味がある上での行動なのだ。
 恋をしているかと問われればよくわからず、かと言って、シャルロットに嫌悪の情はない。
 縁を切っても別に構わないのだろうが、何故か……、関わりたいという感情が居座っていて……。
 シグルドは許しを得て顔を上げると、本当にわからないと言いたげにもう一度、本音を口にした。

「嘘は吐いておりません。シャルロットは……、どう言えばいいのかわかりませんが……、恐らく、友人になりたい相手、なのではないかと」

「はぁあああああ?」

「俺には、今まで友人がいませんでしたから……」

「いるだろ? 第三部隊と、第七部隊の……」

「あれは数に入れたくありません」

 天使のくせに天使らしからぬフリーダム野郎共など、自分は知らない。
 半眼になっているラジエルに、彼女との出会いから今に至るまでの関係性を説明したシグルドは、シャルロットを面白い相手だと評した。

「殴られても、蹴られても、冷たい言葉を向けられても、嫌いになれないんです」

「……だから、友達みたいになれたらいいな、ってか?」

「はい」

「アホか、テメェは!! 大天使キィイイイイイック!!」

「ぐはぁあっ!!」

 戦場で無敵の部隊長と呼ばれていようと、所詮は若く未熟な混血の天使。
 大天使ラジエルの力と技に逆らえるわけもなく、シグルドは素晴らしい回し蹴りの餌食となって離れた場所に建っていた柱に背中から激突し……、ずるずると床に落ちていった。

「ったく……、仕事放り出しまくって、何が友達になりたい相手、だ? 馬鹿じゃねぇの?」

「嘘は……、言ってません」

「はっ!! じゃあ、ただの鈍感野郎って事だな」

「……本当に、ただの」

「あぁあああ? ただの友達候補に、テメェは頻繁に付き纏って、髪や身体の匂い嗅いだりすんのかよ? それ、普通にアウトだからな? ア・ウ・ト!!」

 ……シャルロットは、とても良い匂いがする女性だ。
 天使も魔族も人も、それぞれに違った匂いを纏っており、今までに嗅いだそれの中で、彼女が一番良い匂いだと思っている。もっと近くで、出来れば首筋に顔を埋めて思う存分嗅ぎたい。
 確かに自分は彼女を気に入っている。関りを深めていけば、きっと、心を許しあえる友人に。
 そう、本気で思っているのだが……。

「はぁ……。おい、シグルド。とりあえず、質問してくぞ」

「はぁ……、どうぞ」

 よろよろと歩いて戻って来たシグルドを見上げ、ラジエルは問う。

「お前、嬢ちゃんといる間、どんな気持ちになってる?」

「日頃の疲れを忘れ、ふわふわとした感覚になりますね……」

「嬢ちゃんはお前の事を迷惑に思ってるみたいだが、冷たい事言われてどう思った?」

「ぞくぞくします」

「うん、なんか思ってたのと違う回答だが、そこは突っ込まずスルーしとこう」

 シャルロットに関わりたくないと言われる度に傷付いているような気にもなるが、無視されるよりはマシだ。
 それどころか、歯に衣着せぬ物言いとあのハッキリ感や冷たい目を前にすると、喜びにも似た衝動が云々。

「お前、天界の事がなかったら」

「四六時中、シャルロットの傍にいられますね。最高です」

「……じゃあ、その嬢ちゃんに恋人が出来て、完全に邪魔者扱いされたら」

「消せばいいと思います。――その男を」

「うっとりとした顔で言うんじゃねぇよ。マジ怖いわ……」

 仮定の話なのだろうが、想像するまでもなく、シグルドの目はマジで殺る気満々だった。
 シャルロットと友人関係になりたいと言っておきながら、恋人の存在を許さない自分を不思議に思わないのか? きっと誰に聞いても、ラジエルの考えと一致するだろう。
 だがやはり……、シグルドは全然わかっていなかった。
 
「仕事に支障を出した事については反省していますが、やはり……、シャルロットと親友関係になるまでは油断が出来ないと申しますか」

「なぁ? もう手加減なくぶっ飛ばしていい? 天然、マジむかつく」

「?」

「はぁ……。もういいや。とにかく、仕事の方はその地上通いと両立させられるように、ちゃんと考えとけ。仕事溜め込みやがったらマジで怒るからな? あと……、お前、これからすぐ討伐任務だから。一ヶ月くらい、嬢ちゃん禁止な」

「……は?」

「と・う・ば・つ・に・ん・む! 天界と魔界の共通区間に、ヤバイのが出やがったんだよ。こっちに侵入されても困るから、ちゃんと片付けとけ。あ、それと、特別に少しだけ寝る時間をやる」

「…………い」

「嫌だとか言いやがったら、一ヶ月寝台から出れねぇように大天使パワー見せてやんよ」

「……わかりました」

 討伐以外にもわんさかと仕事を用意しているのだろう。
 自分勝手な事をした罰なのだろうが、そうか……、一ヶ月も、シャルロットに会えないのか。
 自覚症状のない残念な男はどんよりと肩を落とし、よろよろとしながらラジエルの神殿を後にしたのだった。

「……厄介な相手を好きになったもんだなぁ、シグルドめ」

 遠くなっていく背中を静かに見つめながら、ラジエルは再び宙に浮いている自慢の椅子に戻り、叡智を集めた書物を呼び出して、それをパラパラと捲った。
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