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~アレクディース・アメジスティー編~
王兄姫の冒険と、副団長の困った葛藤4◆~アレク×幸希~
しおりを挟む――Side 幸希
宿屋の二階の一室にて、私の目の前で普段はふさふさの綺麗な毛並みであるはずのそれが、悲惨過ぎるほどにぼたぼたと足元に染みを作っている。
その少し……、どころか、かなり恐ろしい気配を、聞こえるはずのない地鳴りと共に響かせてくるかのように細められている蒼の双眸……。
宿屋に着いてすぐに銀色の狼に変じたアレクさんは、私にも同じ姿になるよう促した。
急に床に下ろされて最初は戸惑ったけれど……、そうしないと話が進まないような気がして、私は戸惑いながらも、蒼い毛並みを纏う狼へと変じたのだった。
そして、お互いに向かい合ってから……、静寂と妙な緊張感に満ちた時間が十分程経っている。
アレクさんはいまだに何も言わない。宿屋の人に拭く物を貸して貰いましょうと声をかけても、ゆっくりと首を振るばかり……。アレクさんは一体、何がしたいのだろうか。
確か、私に『仕置き』をすると、不穏な言葉や、何だか切羽詰っているような事も口にしていた気がするのだけど……。
『アレクさん、あの……』
『……ユキ』
『は、はいっ!!』
やっと口を開いてくれたかと思うと、アレクさんはそっと私の方に、その体躯を寄せてきた。
お互いの鼻先がちょんと触れ合いそうな程の距離間。
何だか、裁きの時を待つ人の複雑な心地を味わっているような……、何だか、今すぐにこの場から全力で逃げ出したいような、そんな気分。
『今回の事は……、お前に出掛けるきっかけを与えたルイにも責任があるとは思うが……。アルフレード殿下の件は、お前にとっても、突然の……、不慮の事故、のようなものだと思う』
『そ、そうですね……。一応、危ないところを助けて頂きましたので、その他諸々も含めて……』
ラディシュヴェリア王宮へのお誘いを断り難かった……、と、そう口にしてみたものの、実際はアルフレードさんの気迫に押されたというのが、本当の事情なのだけど……。
余計な事は伝えない方がいいと、私の本能が告げている。
私に対して思い遣りが深い、というか、両想いになってからも変わらない、アレクさんの過保護ぶり。
本当の事情を話してしまったら、アルフレードさんの身に危険が迫る。
私の予感は、きっと当たりすぎる程に当たっているに違いない。
あはは……、と、曖昧に笑っている私だったけど、ダンッ! と、その右前足を床に打ち付けたアレクさんの何だか怖い迫力に圧されて身体を震わせてしまう。
『確かに、他国の王族相手では、断り難かったのもあるだろう……。不可抗力という言葉もある……。そして、一人で出掛けたお前に追い付けなかった俺の非も』
『い、いえ、アレクさんは全然悪くないんですよ! 王宮でも言いましたけど、今回の件は……』
『まず、最優先事項として、お前に自覚して貰いたい事を言わせて貰う』
『はい……』
『俺達狼王族のような、獣と人の姿二つを有して生まれる者は珍しくもないが、改めて言わせて貰う。……お前は女性だ。たとえ人の姿でなくとも、触れさせてもいい境界線をちゃんと考えてくれ』
『はい。それはもう……、身に沁みて反省しています。で、ですけど、一応、アルフレードさんには触ってもいい部分を先に告げておいたんです。だけど……、と、途中から、何だかスイッチが入ってしまったみたいで』
最初は頭と背中だけの約束だったのに、もふもふに目がないアルフレードさんは触っている内に箍が外れてしまったらしく、あれよあれよの間に転がされてお腹まで触られてしまったのだ。
勿論、悲鳴を上げて抵抗しましたとも! だけど、流石はもふもふマスターのような人だった。
『さ、触り方を凄く心得ているというか、自分だけが楽しむんじゃなくて、触っている対象である私の事も、気持ち良くさせてく』
最後まで言えなかったのは、自分が迂闊な事を言ってしまった事に気付いたからだ。
案の上、アレクさんが再び心象風景的な意味で地鳴り的なものを響かせ始めてしまった!!
ずいっと、怒りに満ちた眼差しが、私を咎めるように突き刺してくる。
『……気持ち良く、なったのかっ』
『ち、違いますよ!! 動物的な意味でうっとり、じゃなくて、変なところは一切触られてませんから!!』
『他の男の手で……、お前が、気持ち良く……』
『変な言い方をしないでください!! 本当にそういう意味じゃありませんから!!』
というか、一体何をそんなに悔しがっているの、この人は!!
大声で変な誤解をしないでくださいと訴える私に、アレクさんはまたダンダン!! と、びしょびしょの床を前足で打ち付ける。あぁ、もう、これ、絶対に変な想像までしてる!!
『俺は……、部屋に乗り込んだ際、あられもないお前の姿をこの目に映し……、本気で、あの男を八つ裂きにしてこの世界から消してしまいたい、と……っ』
『ああっ、あの、あの事は、お願いですから忘れてくださいっ』
『忘れられるものか……! 俺が触れてそうしたならばまだしもっ、よりにもよって、あんな男の手で!!』
どうしよう……。アレクさんがいつにも増して凄い暴走をしそうな気配が溢れ出している。
どんなに違うのだと説明しても、多分彼の心の中では、私が他の男性に触られてあんな姿になった事が耐え難い大事だったのだろう。私も、流石にあんな姿になっていたとは思わなかったのだけど。
濡れた床を前足で打ち抜いてしまいそうな程のその荒れ様に……、私の意識はどんどん遠くなっていく。
多分、現実にあった出来事を、頭の中で相当の勘違い解釈と共に恐ろしい想像を繰り広げているうのだろう。
普段は冷静で穏やかな人なのに、本当に……、私の事になると色々おかしくなってしまうのは、何故なんだろう。
『言ってくれ、俺がお前の許に駆け付ける前に、他にどんな屈辱を……っ』
『く、屈辱という程のものではないんですけど……、あの、お願いですから、少し、落ち着きましょう? ね?』
アレクさんの毛並みに頭を寄せて落ち着いてほしいと宥めに入ると、アレクさんは前触れもなく、私の耳にがぶりと牙を立てた。い、痛いですよ、アレクさん!!
『アレクさんっ、な、何してる、ん、です、かっ』
『……すまないっ、ユキ。俺は、お前に対して手荒な真似だけはしたくないと思っているのに……っ。あの男に肌を許したお前に対して……、腹を立てているっ』
『だから、肌は許してませんから!! 変な誤解をいい加減にやめてください!!』
『同じ事だ……! お前の温もりに、俺以外の男が触れたかと思うと……っ、今までに鍛錬を積み重ねてきた騎士団員としての忍耐も、理性も、何もかも、意味を失くしてしまう……!』
結論、アレクさんは相当に重症のようです。
堪え切れない苛立ちを吐露し、私の耳から血が出る程にがじがじと噛み付いてくる。
私を傷つける事が何よりも怖いと何度も口にしていたアレクさんが、こんなにも……。
これ、……、王宮に招かれる前にただの動物と勘違いされてキスまでされた事を話してしまったりなんかした日には……。
(血の雨どころの話じゃなくなる気がする!!)
ぶるりと全身が恐怖に戦慄の震えを走らせていく。駄目、絶対に言っちゃ駄目!!
だけど、それはそれで何だかアレクさんへの裏切り行為のような気もして……。
ううん、今、この状態で口にしてはいけない事なんだから、後日改めて……、穏便に告白を。
『ごめんなさい、アレクさんっ。わ、私、これからはもっと慎みをもちますからっ、だ、だからっ』
『……本当、か?』
『はいっ、もう二度と、この時であっても気を抜いたりはしませんから!!』
でないと、何の罪もない男性達が、いつかアレクさんの剣の錆にされてしまいそうな気がするもの!!
必死になって約束を口にすると、ようやく愛しい人の怒りと混乱は収まったようだった。
感情を荒げて醜態を晒してしまった自分を恥じるように、私に背を向けてしょぼんと項垂れてしまう。
その姿は、豪雨の日に路地裏で拾ってくれる人を待ち望んでいる捨て犬のようにも見える。
……とても大きなわんちゃんだけど。
『アレク……、さん?』
『すまない……。俺は、お前の事になると、……情けない男になってばかりだ』
私を見ずに小さく呟いたアレクさんは、きっと寂しい色をその双眸に浮かべているのだろう。
本当に、私の事になると周りが見えなくなるというか。
ウォルヴァンシアの副騎士団長という立場にある輝かしい人なのに……、私の為に、こんなにも感情の全てを向けてくれるこの人を見ていると……。
「アレクさん、私が好きなのは、他の誰でもない貴方です。今回の事は、私も心から反省してますけど……、触れられて嬉しいと感じるのは、アレクさんだけなんですよ」
人の姿に戻り、そのずぶ濡れの体躯を背中からぎゅっと強く抱き締める。
確かにアレクさんは私の事になると暴走してしまう困った部分を抱いてはいるけれど、それも含めて……。
「大好きです、アレクさん」
『ユキ……』
濡れていた毛並みの感触が消えたかと思うと、逞しい背中が私の目の前に現れた。
狼の姿から、美しい銀色の髪を纏う青年の姿に戻ったアレクさんが、ゆっくりと私の方を振り返ってくる。
その双眸に揺れているのは、自分の事を恥じているようなそれと、大きな喜びの気配。
お互いに触れ合っているせいか、想い合う心だけでなく、濡れたぐっしょりとした感触も、私の服に染み込んでくる。こんなにも酷い有様になっているというのに、知らず苦笑が零れてしまう。
「アレクさん、身体を拭く物、貰ってきますね」
「すまない……」
確か、宿屋の一階に行けばタオルの類を貸して貰えるはずだし、濡れた服を乾かして貰えるサービスも、どこの国にも共通で用意されているはず。
私は一階へと向かう為、部屋の扉を開けて外に廊下に出ると、ほっと胸を撫で下ろした。
アレクさんも落ち着いてくれたし、これならお仕置きを受けずに済むかもしれない……。
そう、心からの安堵を抱いた、その瞬間。
『ユキ姫殿ぉおおおおおおおおお!』
「きゃあああああああ!!」
階段下から猛烈な勢いで駆け上がって来た大きな猫、じゃなくて、豹姿のアルフレードさんが全速力で私の方へと飛び込んできた。な、何でここにいるの!?
アルフレードさんに抱き着かれた衝撃で床に尻餅を着いてしまった私は、その大きな豹を受け止めながら戸惑う。
階段下からは、カインさんが怒声を上げながら後を追ってきたし、ルイヴェルさんは何だか両手をわきわきとさせながら、不気味にその銀フレームの眼鏡を煌めかせているし、本当に一体どういう事!!
「ユキ、そいつを捕まえとけ!! すぐに踏ん捕まえてやる!!」
「仕置きの途中で逃げるとは、ラディシュヴェリアの王子殿下の名が泣くと思うがな?」
『た、助けてくれ!! ユキ姫殿!! 君の臣下達を早くっ』
「えぇと……、か、カインさん、ルイヴェルさん、もうそろそろ、そのへんで……」
「誰が勘弁してやるかよ!! その変態野郎はお前の身体を好き放題に触りまくったんだぞ? 俺達が仕置きをしてやらなくて、他に誰がやるっていうんだよ!!」
「他国の王兄姫の身体に、みだりに触れた罪は重いからな。レイフィード陛下の御心を平穏に保つ為にも、俺達が仕置きの役目を負うべきだ」
いえ、ルイヴェルさんに至っては、アルフレードさんを苛めて愉しんでるだけでしょう!!
私の悲鳴に慌てて部屋を出てきたずぶ濡れ姿のアレクさんが、がっしりと私に抱き着いているアルフレードさんを目にし、腰に下げている……、愛剣の方に手をかけた。
「アルフレード殿下……、ユキに、何をしているんですか」
「あ、アレクさん、落ち着いてください!! は、離れてください、アルフレードさんっ」
「駄目だよ!! 君が俺を見捨ててしまったらっ、私は、私は……、悪魔達に身体を嬲られて弄ばれてしまう!!」
「誤解されそうな発言してんじゃねぇよ、テメェはあああああ!!」
「ぎゃああああっ、さ、触らないでくれるかな!! ゆ、ユキ姫殿っ、わ、私と君の中だろうっ、早く彼らに制止をっ」
どんな仲ですか、どんなっ!!
大きな肉球が服の上から私のお腹や肩にぐいぐいと助けてを求めて埋め込まれてくる。
うん、姿はとっても可愛くて私好みの猫、じゃなくて、豹さんだけど……。
散々、人の言葉を無視して私の狼姿を触りまくってくださったアルフレードさんには、本気でお仕置きが必要だと思う。同情なんてかけてはいけない。ここはひとつ、心を鬼にしよう。
「カインさん、ルイヴェルさん、やっぱり連行してあげてください」
『ユキ姫殿ぉおおおおおお!! 何故そんな冷たい事を言うんだい!! 私と君は、キスまでした仲じゃないかっ!!』
「なっ、ななななななな、何を言ってるんですか!!」
不味い!! 今、私の身体からアルフレードさんを引き剥がしにかかったアレクさんの肩が動揺に大きく震えたのが見えた。一旦落ち着いたとはいえ、アレクさんに聞かせていい内容じゃないのに!!
どんどん青ざめていく私と、アレクさんの代わりにがばりと大きな豹の後ろ襟首の部分を掴んで捕獲したカインさんが、殺気を滾らせた声音でアルフレードさんに脅しをかける。
「テメェ……、ユキを触りまくっただけじゃなく、キス、だあ? ふざけてんのか!!」
「こうなると思って伏せておいたんだがな……。アルフレード殿下……、この代償は高くつくと、覚悟しておくんだな」
『ひぎゃああああああああああああああ!!』
あぁ、カインさんよりも、ルイヴェルさんの方があきらかに大魔王様レベルの黒く荒ぶる炎を背景に背負っている気がする!! 哀れ、アルフレードさんは悪魔と泣き叫び称した二人に連行され、宿屋の階下へと消えて行った……。ご愁傷様です。
そして、あの王子様の迂闊な発言のせいで……、どうやら、消えかけていた『仕置き』の気配がすぐ傍から怒涛の勢いで溢れ出したと思った瞬間、私の身体が宙へと抱き上げられた。
濡れた身体のまま、アレクさんが自分の腕の中へと私を閉じ込め、感情を失ったかのような冷たい眼差しで私の唇を見つめてくる。これは……、一番危ないパターン襲来なんじゃ!?
「あ、アレクさんっ、あの、さっきのはですね」
くるりと元いた部屋の方に向き直ると、アレクさんは足音も荒く中へと戻り、誰も入って来れないように鍵を閉め、白いシーツの広がるベッドへと私を押し倒した。
仰向けに両手を押さえつけられ、アレクさんがその逞しい体躯で覆い被さってくる。
その蒼に浮かんでいるのは、一気に噴き出した激情の気配だ。
「ユキ、あの男に……、唇まで奪われたのか?」
「う、奪われたというか、あの、とりあえず、話を、んっ」
「この柔らかな温もりに、あの男の唇が……」
お互いの吐息の気配を感じられるほどの近さ。
アレクさんの声音は、その双眸に宿る激情とは真逆に、とても冷えたものだ。
感情を荒げて怒鳴るよりも、こんな風に……。
静かに、冷酷ささえ感じられるような声音で責められる方が、何倍も……、何十倍も、怖い。
「アレ……、んぅっ」
「……ユキ、やはりお前には、『仕置き』が必要だと、思う」
「だ、だから、さっきのは、です、ね、んんっ、やめっ」
アレクさんが少しかさついた温もりを私の唇に押し付けたかと思うと、私の抵抗を封じ込めながら濡れた舌を中に潜り込ませてくる。小さく開いている上下に揃った歯列の真ん中を割り開き、くちゅりと交わる粘着した音を響かせながら、奥に逃げ込もうとした私の舌を絡め取っていく。
目はしっかりと開けたまま、私を咎めるような気配で視線を交わらせながら、角度を変えて深い口づけを押し付けてくる……。
「ん、ぁ……、アレク、はぁ、さ」
「あの男は……、お前の、……この、中にも、入ったのか?」
「ちがっ、ふぁ、ん」
「俺だけに許された、お前の……、その、羞恥に染まった愛らしい表情を、あの男にも、見せた、のか?」
「違うんです……っ、んん」
生きる為に必要な酸素さえも上手く取り込めず、アレクさんに全てを奪われていく。
恥ずかしいくらいに響く口内の、唾液と舌が濃厚に交じり合う余韻……。
狼の姿でキスをされてしまった事は本当だけど、それは決して本意じゃない。
普通の動物と間違えられてされてしまった事なのだと、そう話したいのに、今起きているアレクさんの暴走は、さっきのものよりも酷く手のつけられないものになっていた。
その手が私の濡れたブラウスの中へとお腹の辺りから侵入を果たし、命の鼓動を奏でる方の膨らみを乱暴に下から手のひら全体を喰い込ませて揉みし抱いてくる。
「やぁ……、アレクさん、だ、駄目っ」
「あの男が触れた、お前の感触……。俺だけのものなのに、他の男の痕がついた」
「あぁ……、アレ、ク、さ」
「許さない……。獣の姿であっても、誰にも……、触れさせない」
アレクさんの指が私の胸の頂きを摘まむと、それを優しさのない動きで捻りあげた。
「い、痛っ……、痛い、ですっ。アレク、はぁ、……んっ」
口づけをやめる事もない。私の奥深くを求めて舌を絡め合い、胸からお腹にかけての肌の感触をまさぐりながら、アレクさんはどんどんその動きをエスカレートさせていく。
いつも優しい人が、私を傷つける事を嫌うこの人が、ここまで怒るなんて……。
原因は、アレクさんとの約束をキャンセルして勝手に出掛けてしまった上、他国の王子様に抗いきれなかった私の弱さだ。アレクさんの激しい怒りの感情と、重石のように重ねられる彼の身体の重さ……。
もう止まらないのだと、彼自身も止められないのだと、悟った。
「ごめんな、さ、んっ」
「許さない……。お前に、自分が……、女である事、男に触れさせる危うさを、理解して貰う、までは」
ブラウスの釦を外すのももどかしいとばかりに、アレクさんは性急な手つきで胸の真ん中辺りから服を左右に引裂いてしまう。本当に、普段のアレクさんでは考えられない仕業だった。
「獣の姿は、いわば生まれたままの姿とも言える……」
「んっ」
「ユキ、お前のこの素肌に、あの男の手が触れたのだと、わかるか……?」
「ご、ごめんな、さ、あっ」
「今、俺がこうやってお前の肌に触れているように、あの男もまた、同じ事をしていたんだ……」
露わになった私の上半身を、アレクさんは上体を起こし、その硬い指先で首筋から鎖骨へとなぞるように話しながら触れてくる。水に濡れたその感触は、ただ冷たいだけじゃない、私の内側さえも浸食する程に、酷く艶めいた熱を沁み込ませてくる感触だった。
アレクさんに、好きな人に咎められているとはいえ、生まれたままの身体をじっと真上から見下ろされ、指先で嬲られるその行為に……、背中が何かを期待するように甘く痺れてしまう。
「ユキ、俺が駆けつけるまでに好きにされ続けたこの身体には、あの男の感触がくまなくこびりついているのだろう? ……俺以外の、男の熱が」
「だ、だから、そういう意味で触っていたわけじゃ……、あぁっ」
「たとえそうであっても……、お前に触れている内に、あの男がお前を欲しくなったら、どうする気だったんだ……? 獣の性(さが)を抱く存在なんだ。触れている内に、その存在を余すことなく自分の物にしたくなったとしたら……」
ぐっと、下から心臓ごと持ち上げられるかのように膨らみを手のひらに抱き上げられた私は、頂きの中心にぐりっと硬い感触を押し込まれてしまう。
「アレク……、さん、もう、ゆ、許して……、くだ、さいっ」
目に涙を溜めて哀願を向ければ、アレクさんは私の左耳へと顔を寄せ、そっと不穏な事を囁いた。
いつも優しいアレクさんの声音が、今は嗜虐の気配を含み、私の鼓膜に毒を注ぎ込んでくる。
「許さない……。今回だけは。俺との約束を反故にし、他の男に触れさせた挙句、唇まで許したお前を……、今は、許してやる事が出来ない……」
「アレクさん……っ」
「俺がお前の事をどれだけ本気で、……深く、魂の底まで愛しているか、俺の全てを以て、お前に伝えたいんだ……。二度と、他の男に近づけなくなるくらいに」
完全に暴走してる……っ。それどころか、これ絶対に何か別のスイッチが入ってる!!
アレクさんは濡れた騎士服の上着や中の服を全て脱ぎ去ると、私のロングスカートにまで手をかけ始めた。
こ、これは、もしかしなくても、最後までする気なんじゃ……!!
確かにアレクさんとはそういう行為も時々してはいるけれど、今回は物凄く嫌な予感がする!!
絶対に傷つけないように気を遣う事が常のアレクさんが、アルフレードさんの件で完全に我を忘れて、私の全てを奪おうと牙を剥いている気しかしない。
だけど、こんな宿屋の一室で、奥の方にあるとはいえ、事に及ぶというのは……、物凄く困る。
声が響く可能性もあるし、まだ夕食も前の時間帯だ。宿屋の人が扉をノックでもしたら……。
「あ、アレクさん、やめましょうっ。私、十分に反省してますから!!」
「ユキ……」
「は、はいっ」
「他の男がお前に触れる事を躊躇うように、誰のものかわかるように……、俺の匂いを身体の奥深くにまで刻み付けたい……」
マーキング宣言!!
いえ、アレクさんの匂いは臭くもないし、とても爽やかだけど、あきらかにその手段が男女のそれだとまるわかりなので、私は起き上がろうと何とか抵抗の意志を見せた。
嫌だというわけじゃないけれど、絶対いつも通りじゃない気がするもの!!
今に至る一連の流れ的にも、エスカレート確実のこれからの内容に、眩暈さえ覚えてしまう心地だ。
「うぉ、ウォルヴァンシアに戻ってからにしましょう!! 今のアレクさんは情緒不安定というか、色々と怖いですっ」
と、迂闊にも彼を傷つけるような発言をしてしまった事に気付いても、もう遅い。
怖いと言葉を向けてしまった事で、アレクさんの双眸に寂しそうな、傷ついた子犬のような気配が宿ってしまった。やめてください!! 私、貴方のそういう庇護欲をそそる顔に弱いんですから!!
「俺は……、お前の事が、心配、なんだ。今日のように、俺が駆けつける前に、その身体や心に傷を負わないか……。お前の存在に惹かれ、いつ……、今日のように手を出されないかとっ」
駄目だ。今のアレクさんの暴走状態を見る限り、好きにさせてあげるしか収束の方法はない。
これが他の人だったら絶対に力を使って跳ね飛ばしているところだけど……、今私の存在を欲しがって感情の荒波に呑まれて不安定になっているのは、この世で一番愛しい男性だ。
今回は、全面的に私の行動に原因があるわけだし……、うん、大人しく、罰を受けよう。
私は抵抗をやめ、上体を起こしているアレクさんに両手を差し出した。
「わかりました。しっかりと受けます……、アレクさんからの罰を」
「ユキ……」
「その代り……、あの、あんまり……、痛くは、しないでください、ね?」
困った人だなぁと思いながらも、同時に溢れんばかりの愛おしさも感じながら、私は苦笑を零す。
今日はせっかくのデートの約束も破ってしまったし、私に出来る償いなら頑張ってやり遂げよう。
だけど、やっぱり手荒く扱われて痛い思いをするのだけは、ちょっとご遠慮したい。
そう思ってお願いをしてみたのだけど……、あれ? アレクさんが自分の口許を右手で押さえて横を向いてしまった。
「アレク……、さん?」
「そんな……、可愛い顔で、俺の理不尽な行為を、……受け入れないでくれ」
「え……。で、でも」
「自分でも……、わかっているんだ。何を浅ましく情けない真似をしているんだと。だが、そんな俺でさえ、お前はその深い想いを以て、受け入れてくれる……。どこまで優しいんだ」
ぼ、暴走が……、と、止まった、の、かな?
アレクさんは私の目尻に浮かんでいる涙の雫を温かな唇の感触を添わせて掬い取ると、いつものように優しい手つきで私の頬に触れてきた。
綺麗で穏やかな……、けれど、私への愛情を確かに感じられる蒼の双眸に抱き締められる。
「すまなかった……。何度も口にして悪いが、俺は、お前の事になると、何も見えなくなってしまう。普段あまり揺れる事のないこの感情も……、お前次第でどうにでもなってしまう」
自分の心を動かすのも、鎮められるのも……、私だけなのだと、アレクさんは気恥ずかしそうに言った。
私よりも大人の男性なのに、騎士団の仕事もしっかりとこなせる真面目な人なのに、何故だか私に対してだけは、どこか頼りない子供の印象を時折与える愛おしい人。
「いえ、今回は本当に……、私が油断し過ぎたのが原因ですし、今度からはちゃんと気を付けますから」
だから、何も不安に思う事はありませんよと微笑んでみせる。
それに、さっきから何度も同じやり取りをしているような気もするし、きりがない。
また謝ろうとするアレクさんに身体を起こして抱き着き、その耳に囁く。
「アレクさんのそういう困った部分も全部含めて、大好きなので問題ありません」
「ユキ……」
人によってはきっと、アレクさんの愛情や言動、その行動は、とても重たく感じられるものだとは思うけれど、私は彼の事が大好きだし、心から愛しているから、全部受け入れられる。
むしろ、余裕なく不安がるアレクさんは、とても可愛いのだ。
だって、貴方が言うその情けないと呼ぶ姿は、私にだけ、見せてくれるものでしょう?
私だけが知る事の出来るアレクさんの意外な一面なんだもの。どんなに困った重たい言動や無茶な行動でも、お互いに想い合っているから、大丈夫。
「愛してます、アレクさん。それにですね、私だって、いつアレクさんを魅力的な女性に奪われてしまうか、とか考えたら、アレクさんに嫌われるくらいには、淀んだ思いを抱える自信があるんですよ?」
「俺はお前以外に心を捧げられる相手はいない……」
「それでも、です。アレクさんはウォルヴァンシアの副騎士団長さんで、自覚はないでしょうけど……」
物凄くモテるんですよ? と、少しだけ頬を膨らませて事実を告げれば、アレクさんは意味がわからないと不思議そうに首を傾げた。
ウォルヴァンシアの騎士団には、ロゼリアさんをはじめ、ちゃんと女性の騎士さん達だって大勢いるのだ。
真面目で美しい腕の立つ副騎士団長様。女性にモテないはずがない。
訓練中や手合せの最中に集まっている団員さん達の中に、彼を羨望や特別な想いで見つめている女性が少なからずいる事を、私はちゃんと知っている。
それに、アレクさんを慕っているのは騎士団の人達だけじゃない。
王宮内、城下町の人達……、数えたらきりがないくらいに、彼は沢山の人達に想われているのだ。
「私も、アレクさんの恋人でいられるように、頑張って努力しないとって思うんです」
王兄姫という立場は、誰もが尊重し気遣ってくれる盾のようなものだ。
この世界に戻って来た時は、記憶も封じられていて、この世界に慣れるのにも時間がかかってしまったけれど、その立場に甘えていてはいけないと徐々に感じ始めるようになった。
私を想い、優しくしてくれる人達の心に報いる事が出来るように、自分なりに成長していく。
その努力を、忘れてはいけないのだと頑張ってきた月日……。
今では一人でも行動できるようになったし、それなりに一人で立てるようにはなったと思う。
だけど、アレクさんの恋人として恥ずかしくない努力は、まだまだ気を抜けないのだ。
この人が私を愛してくれるその想いに負けないように、頑張り続けたい。
「お前は、俺にとって勿体ないほどに大切な存在だ……。心優しく、俺のような男を全身全霊で受け入れてくれる慈愛の化身のような……。お前に相応しい男であれるように、俺の方が努力が必要なんだ」
「ふふ、何だかお互いに褒め合ってますね」
「そうだな……」
アレクさんはゆっくりと私をベッドに押し倒すと、私の目元や頬、鼻筋や唇に優しいキスを降らせながら、首筋へと下りていく。首筋に舌先が触れ、その皮膚に愛されている証の花が咲く。
私はアレクさんの頬や首筋に同じ感触を返し、その背中を抱き締めた。
「アレクさん、大好きです……」
「お前に名を呼ばれる度、その確かな愛情を言葉にされる度、……お前を求めるこの衝動に、抑えが利かなくなるんだ……」
「抑えなくてもいいですよ? 与えてください、貴方からの、愛のこもった罰を」
「ユキ……っ」
アレクさんの右手が私のスカートを性急に脱がせ、ベッドの外に投げ捨てる。
普段、剣を握っているその力強い感触が秘められた蕾を捉え、その中指をくちゅりと音を立てて内部の温かな部分に忍び込ませていく……。
何度もアレクさんに愛されているその場所は、すでに彼の熱情を感じ取って受け入れやすくなっている。
愛撫によって、とろりと彼の指に絡みつく淫らな蜜の気配。
恥ずかしい音だけど、愛する人に触れられているこの感触は、何物にも代えがたい至福の瞬間でもあった。
「すまない……、お前のお蔭で落ち着きはしたが、いつもよりも、深く、お前を求めたくなっている」
「アレクさんがそう望むのなら……、貴方がしたいように、愛してください」
「お前は、俺を甘やかしてばかりだな……」
ふっと、嬉しそうな笑いがアレクさんの唇から微笑と共に零れる。
アレクさんを受け入れる為にほぐされてゆく、中の疼くような感覚、
指がもう一本増やされたかと思うと、長い二本のそれが、私の内部を掻き乱し、奥へ奥へと擦り上げられていく。
「あ、ぁ……、アレク……、さん」
「ユキ、朝まで離してやれないかもしれないが……、許してくれるか?」
「ん……っ、離さないで、くだ、さいっ。私も、アレクさんが……、欲し、ぁああっ」
アレクさんの親指が私の淫核をぐっと押し潰しながら、指の動きを速める。
右耳を濡れた舌の腹で舐め上げられ、アレクさんが熱い吐息を注ぎ込む。
愛の言葉が鼓膜を震わし、耳どころか、頭の奥までそれが沁み込んで……、私の存在全てがアレクさんに浸食されてしまいそうだ。
「も、もう……、はぁ、だ、めっ」
「ユキ、一度果てた方がいいな」
「あぁっ、……やっ、指が、んぁっ」
「大丈夫だ。何も怖がる事はない……。お前の中にいるのは俺だ。他の誰でもない……、お前だけを愛する男の感触だ」
「アレク、はぁ……さ、んんっ」
ぐっと指を中で折り曲げられ、それが私の弱い部分に当たったせいで、限界が訪れてしまう。
びくんっと身体が快楽の波に浚われ、私はアレクさんの蒼の双眸に捉えられながら果てていく。
特別な人の前であっても、やっぱりあられもない姿を晒すのは慣れないものだ。
「お前は、どんな時であっても……、美しいな」
「アレク……、さ、んぅっ」
指をそこに収めたまま、アレクさんは賛辞の言葉を口にしながら、温もりを唇に寄り添わせてくる。
他の誰も見た事のない……、私を強く求めてくれる、アレクさんの先を望む欲情の気配……。
啄むように唇を食まれ続けていると、アレクさんが下肢を寛げる音がした。
深く重なり合っているキスのせいで下の方を見る事は出来ないけれど、アレクさんの冷たかった身体がすっかり熱くなってしまっている事や、私に触れてくるその性急さを感じていれば、下肢の方がどうなっているかは、見なくてもわかる気がした。
アレクさんと初めて結ばれた時は、流石にそんな逞しい物は入らないと一瞬怯えたものだけど、優しく宥めながら怖がらせないように気を遣ってくれたアレクさんのお蔭で、何とか繋がり合う初めての痛みにも耐えられた。
むしろ、好きな人と結ばれる喜びの方が大きくて、痛みさえも忘れて、アレクさんの背中にずっとしがみついていた気もする。
身体だけじゃない。想い合う心がさらに深く繋がり合ったあの瞬間、アレクさんの事を愛しているというその気持ちが、それに至る前以上に高まって心の中から溢れ出したのだ。
「ユキ、手加減は……、あまり期待しないでくれ」
「はい……」
硬い昂ぶりが熱を宿しながら、私の蜜口へとあてがわれる。
この瞬間は、何度体験しても心構えが必要というか、知らず、緊張の息を呑んでしまう。
アレクさんはいつもひとつになる際に、私の身体をしっかりと抱き締め、挿入による恐怖を軽減出来るように気を遣ってくれる。今日も同じようにアレクさんが肌を寄せ合って私を抱き締めると、ゆっくりと私の中へとそれを押し進めてきた。
アレクさん以外の人の大きさなんて知らないけれど、私の狭い蜜路を押し広げながら奥に入り込んでくるその熱杭は、いつも以上に大きく逞しい気がする。
「んっ……、はぁ、あっ」
「ユキ、すまない……。優しくしてやりたいと思うのに、やはり……、堪え切れそうにもない」
「い、いい、んで、すっ。大丈夫、です、から。沢山、愛して、くだ、さいっ」
「くっ……、ユキ、お前を壊さないように、辛くなったら何をしてもいいから、俺を止めて、くれっ」
「アレク、さ、んっ、はぁ……、ああっ」
最奥まで潜り込んできたそれが、一度入口まで引き戻されたかと思うと、本当に普段とは違う動きで、私の蕩けている蕾の中を求め始めた。愛するという想いが、愛されるという事が、決して優しいだけのものではないのだと刻み付けるかのように。アレクさんの少し荒々しい突き上げに、私はベッドが酷く軋む音を耳にしながら、しっかりと彼の背中にしがみつく。
「お前の中は……、その心の内と同じように、……熱く、蕩けるかのように、優しいっ」
「んっ……、やっ、そ、こ、駄目っ、アレクさんっ」
「無理だ……っ、お前の素直な反応が、俺の欲を煽って抑えを利かなくさせ、くっ」
濡れた身体から零れ落ちる汗を吸ってぐしゃぐしゃになっていくシーツの波。
アレクさんが普段抑え込んでいる感情の何もかもが、私を掻き抱くその腕の力強さから、壊されそうなほどに求められる熱から、私の存在全てへと流れ込んでくる。
溢れる程の愛情の奔流を感じながら、いつこの意識が飛んでもおかしくはないと思う。
アレクさんの愛情の大きさが、どこまでも果てなく育っていく様を目の当たりにしているようで、少しだけ怖いとも思えた。私の存在ひとつで幸せにも不幸にもなってしまう、強いけれど、酷く脆い人……。
「ユキ……っ、愛しているっ。深く……、強くっ」
「アレク……、さんっ、おねがっ、あっ、もう、少し、加減、んぁっ」
「我慢、して……、くれ、お前の、温もりを……、存在を……、全部、俺のものに、したい、ん、だっ」
徐々に途切れ途切れとなっていく愛しい人の辛そうな声音とは反対に、私の中で膨れ上がったそれが限界を感じているかのような動きで、私の一番奥を執拗に求め始めた。
本当に、普段とは違いすぎるその荒々しさに、全てを奪われていくかのような錯覚を覚える。
愛される事の喜びと恐ろしさ、彼の中に感じる頼りない不安の鼓動さえも、何もかもが、愛おしい。
「誰にも……、奪わせ、ないっ。ユキっ、俺だけに、お前の愛を、奪わせて、くれっ」
「アレクっ、さ、んっ、好き、好きですっ、だから、怖がらない、で、あああっ」
「くっ……!」
骨が軋みそうな程に腕の力が強まったかと思うと、アレクさんの分身が私の中をそれまでにないくらいの強い突き上げと共に、私のアレクさんに対する愛情ごと呑み込んでその想いをはじけさせた。
力を失ったアレクさんの大きな身体が、荒い吐息でその肩を上下させながら逸る鼓動を伝えてくる。
「すまない……、最初に言った通り……、手加減してやれなかった」
「だ、……大丈夫、です。ちょっと……、つ、疲れはしました、けど」
「ユキ……」
今までの行為と全然違っていたというか、アレクさん、本当にいつもどれだけ抑え込んでるんですかっ。
軽く触れてきた彼の唇の温もりを受けながら、苦笑を零さずにはいられなかった。
そういえば、時々ルイヴェルさんがアレクさんを見ながら私に、『適度に甘やかしてやれ』と言っていたのを思い出す。なるほど、だからルイヴェルさんは、溜め込ませすぎると、後で苦労するのはお前だと、そういう意図を含んで残念そうな目で私の方を見遣ったのだ。
わかってはいたつもりだけど、まだまだ自分の恋人の事を完璧には把握出来ていなかったらしい。
今回は、今までと比にならないくらいの暴走っぷりだったもの。アレクさんの底は計り知れない。
「ん……、ユキ、身体は辛くないか? 必要なら、水を貰ってくるが」
「いえ、もう少しだけ……」
「ユキ?」
すぐにその温もりが離れていくのは惜しい気がして、私は身体を起こそうとするアレクさんの首に両腕をまわして引き留めた。
「こうやってくっついていたいです……」
抱き寄せたアレクさんの頬に顔を寄せて、動物がそうするように甘えてみせると、すぐ傍で欲情の息を呑み込む気配がした。中に収まっていた熱杭が性急に引き抜かれたかと思うと、アレクさんは私を抱き起して、その片膝の上に自分よりも小さな身体を座らせるように動いた。
アレクさんの左腕に肩を支えられ、欲しいと訴えてくる蒼の双眸に見下ろされる。
「俺を甘やかして……、苦労するのはお前だぞ、ユキ?」
「私は、いつもアレクさんに甘やかして貰っていますよ?」
「……そういうのとは訳が違う。……際限なくお前を求めてしまいそうで、怖いんだ」
アレクさんは私の額に優しいキスの感触を落とし、空いている右手の方で胸の横から腰へとラインをなぞらせる。 耳元に唇を寄せ、「お前の声が枯れても、嫌だと泣かれても、俺のものにし続けてしまう……、それでもいいのか?」と。
さっきの行為の激しさを思い返してみると、それが何度も、ううん、それ以上に求められる危うさと怖さを感じたものの、私はアレクさんの逞しい胸板と肩に両手をかけて、自分からその唇に温もりを触れ合わせた。
「アレクさんになら……、壊されてもいいです。その代わり……、もっと、貴方の事を大好きになってしまうかもしれませんけど」
「ユキ……っ」
腕の中に抱き締められて、近づけられたのはアレクさんの喜びの気配。
零れ出る吐息の奥にある私の心ごと抱き締めるように深く口づけられ、私は再び、愛する人の重みを感じながら、濡れたベッドシーツの波へと沈んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アレクさんとウォルヴァンシアに戻って来てから数日。
流石に、戻ったその日は、アレクさんの愛情をこれ以上ない程に思い知ったせいか、一日中、ベッドの住人と化した。申し訳なさそうにベッドの傍で甲斐甲斐しく看病してくれたアレクさんは、代わる代わる訪れてくれたお見舞いの人達からそれぞれお小言を貰う羽目に。
私が許したとはいえ、自分を律する事が出来なかった罪悪感の為か、お昼頃に私の部屋にやってきたルディーさんに、自分を叩き斬ってくれとか言い出してしまって……。
とても賑やかな声を耳にしながら、寝るに寝られない時間を過ごしてしまった。
まぁ、途中で私の診察に現れたルイヴェルさんがアレクさんの後ろ首あたりに容赦のない手刀を叩き下ろしてくれたお蔭で、一応、静かにはなったのだけど……。
結局、ルイヴェルさんに教えて貰った珍しい食材は全部持ち帰る事が出来なかったし、手に入れていなかった残り二ヶ所分の材料も以下略。
また一人で調達に行くには、アレクさんの件もあるから、暫くは自重しなくてはならない。
その為、普通の材料でチルフェートデーのお菓子を作るしかないかと、一度は落胆したのだけど……。
なんと、ラディシュヴェリアのアルフレードさんから、私宛に荷物が届いた。
中身は、私が集めようとしていた材料が全て揃っていて、ルイヴェルさんからの話では、せめてもの罪滅ぼしだという事だった。私の予定を狂わせ、面倒な事態を引き起こした責任なのだと説明されたものの、ルイヴェルさんとカインさんからのお仕置きを受けた上、こんな事までして貰って本当にいいのだろうか……。
流石に最初は戸惑ったものの、無駄にするわけにもいかないと思い直した私は、後日、それらの材料を使って、沢山のチルフェートのお菓子を作り上げた。
テーブルいっぱいに作ってしまったものだから、アレクさん一人では食べきれないかなぁと不安に思ったものの、他の人に渡すくらいならと、見事にアレクさんは完食してしまった。
少し寄越せと乱入したカインさんと喧嘩になってしまうし、そこにまた他の人達の茶化しのような介入もあったりしたのだけど……、アレクさんが凄く喜んでくれたから、まぁ、いいかな。
――だけど翌日、アレクさんは食べ過ぎで騎士団の仕事を休んでしまい、ルイヴェルさんのお世話になってしまったという、ちょっと残念な後日談があったりするのだった。
fin
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