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~カイン・イリューヴェル編~
竜の皇子と王兄姫、戸惑いの距離~カイン×幸希~
しおりを挟む――Side 幸希
「カインさん、一応支度は出来たんですけど……、変じゃないですかね?」
「ん? ……おう、問題ねぇよ」
カインさんのお父さんから用意して貰った、光沢のある美しい青色のドレス。
髪は女官さん達に頭の高い位置まで結い上げて貰い、そこから長く柔らかな蒼い髪が流されている形となっている。そして、結んだ髪の部分には、白い宝玉のあしらわれている髪飾りを着けて貰った。
その姿を見せに来たのだけど……。何故か、カインさんが頬を薄桃色の気配に染めて横を向いてしまった。
どこか変な部分でもあったのだろうか。
自分の姿を改めて見下ろしてみると、確かに、私には少し大人っぽすぎるスリット入りのドレスだとは思うし、お化粧も見た目の年齢を引き上げるかのように施されている。
問題ないとは言われたものの、やっぱり似合っていないのでは……。
カインさんの部屋を少し見まわした後、私は不安を宿した眼差しで再度問いかけた。
「変な所があったら、言ってくださいね? 今からカインさんのお兄さん達やイリューヴェル皇帝さんの前に出る訳ですし、似合っていない格好で出るのは、ちょっと……」
「は? そんな訳ねぇだろうが! 十分……、似合ってる」
「え?」
「似合ってる……けど、親父の用意したモンで、お前の新しい魅力とかに気づかされると、……正直、面白くねぇんだよ」
傍へと近寄る私を眩しそうに見つめながら目を細めたカインさんが、少しだけ拗ねた様子で本音を漏らしてくれた。自分ではなく、別の男性が用意した物を身に纏ってほしくないという言葉に、私の口元が自然と和んでいく。
何だか可愛い反応だなぁと小さく笑う私に、ヤキモチ妬きのカインさんは口をへの字に歪めて、私の頬を抓んでくる。
「い、いひゃいです、カインさんっ」
「うるせぇ、ニヤニヤしてんじゃねぇよ」
乱暴な仕打ちではあるけれど、ふふ、やっぱり可愛い。
私はちょっとだけ痛みの残る頬を押さえた。
そして、背を向けたカインさんがベッドの方へと向かい、突然目の前で服を脱ぎ始めてしまった!!
どうして、私の前で脱ぐの!?
「え、ちょっ、か、カインさん!! な、何をやってるんですか!?」
「何って……、一応これでも、イリューヴェルの第三皇子ってやつだからな。お前に恥をかかせるわけにゃいかねぇだろ」
着替えを目にしないように背を向けると、カインさんがバサバサと洋服を脱ぎ捨てながら理由を口にした。
これから二人で向かうのは、この厳かな気配漂うイリューヴェル皇宮の玉座の間だ。
大国を治めるイリューヴェルの皇帝、カインさんのお父さんと、そのご家族にご挨拶をして、その後は中庭でお茶の時間を過ごす事になっている。
初めて訪れたカインさんの故郷、遥か北の地に鎮座するこの大国を見渡せる場所にある巨大な皇宮……。
竜皇族(りゅうおうぞく)の国、イリューヴェル皇国。
エリュセードの数ある国々の中でも、永い歴史の中にその名の勇声と繁栄を刻み続けてきた北の大国。
カインさんはこの国で生まれ……、辛い日々を過ごしながら成長した。
皇妃であり、イリューヴェル皇帝さんの正妃でもあるミシェナ様の息子として生まれた第三皇子様。
三番目に生まれたその身の上故に、カインさんはお兄さん達の側に立つ権力者の人々に貶められながら生きる事を強いられてきた。
身体と心の脆かったお母さんと共に、皇宮内で陰口や嫌がらせを受けながら、時にはその命を危険に晒される事もあった……。それは徐々に負の歪みとなってカインさんを蝕み、彼は自分の周りにある世界を全て否定し、誰からも嫌われる最悪の人格破綻者となってしまった。
いや、そう見えるように振る舞う事を、自分に強いてしまうようになったのだ。
そして……、私達が暮らす王国、ウォルヴァンシアへと遊学に訪れた事をきっかけに、彼は自分の人生をもう一度立て直すべく、新しいを道を歩み始めた……。
お父さんであるイリューヴェル皇帝さんとも、一応は和解が出来ているみたいなのだけど……。
カインさんにとって、この国は、この皇宮は、辛い思い出の多い場所。
私と彼が出会って、二年以上の月日が経っているけれど……。
カインさんの心にはまだ、晴れる事のない悲しみの雨が降り続けている気がしていた。
「あの……、大丈夫、ですか?」
「何がだよ」
「いえ、その……。皆さんの前に行くのに、あまり気が進まないのなら……、私だけで行っても」
玉座の間には、カインさんのお父さん、そして、……第一皇子と第二皇子であるお兄さん達が待っていると事前に聞かされていた。彼にとって、血を分けたお兄さん達。……深い、溝のある関係の。
それに、カインさんの事をあまり良くは思っていない臣下の人達も待ち構えている。
いくらイリューヴェル皇帝さんが皇宮内の不穏分子や淀みを過去に払い落としたとはいえ、カインさんの悪評は彼自身が作り上げてしまったもの……。臣下や民の人達からの目は、まだまだ厳しい。
そう思って、控えめに提案をしてみたのだけど……。
「ユキ……」
「んっ……。カイン、さん?」
不意に、背後から肌の露出した逞しい両腕が私の胸元にまわり、ぎゅっとこの身体を抱き締めた。
首筋に笑いの気配が肌を擽るように零れ落ち、私はその腕に両手を添えて振り返る。
「心配してくれて、有難な……。ま、イリューヴェル皇族きっての問題児だからな、俺は。当然、皇宮の奴らの大半が、俺を恐れてい忌み嫌ってやがるだろう」
「だったら……」
「だけどな。それも全部、俺が好き放題やってきた当然の報いなんだ……。ガキみてぇに捻くれて、何もかもをブッ飛ばしたくて堪らなかった頃に、俺はイリューヴェルの名を地に貶めるような真似をし続けた。睨まれたって、文句言われまくったって、当然なんだよ」
「カインさん……」
私の頬や首筋に口付けを降らせながら、きつく縋るように抱き寄せられた温もり。
自分のやって来た事を自覚し、それによる『結果』を真っ直ぐに受け入れているカインさん……。
自分に浴びせられる非難の言葉や態度から、決して逃げる気はないのだろう。
「本当に、大丈夫……ですか?」
「あぁ……。今までにも散々そういうのは受けてきたしな。だけど、今回はちょっと違うな」
「違う?」
「お前が、俺の傍にいてくれる……。この世界で唯一人……、俺が愛し抜きたいと心から想う、お前がよ」
「んっ、か、カイン……、さんっ」
「お前の存在ひとつで、俺は百人力以上なんだよ……」
その力強い腕の感触が、次第にぴったりと身体のラインに沿っているドレス越しに私の肌をなぞりはじめ、あらぬ動きを……。私はその腕の表面を慌てて捻りあげると、カインさんの方に身体を向け、大声で叫んだ。
「だ、駄目です!! こういう触れ合いはっ」
「何でだよ」
「な、何でって……、れ、レイフィード叔父さん達にも言われてるじゃないですか!! 私が『成熟期』を迎えて、け、結婚するまでは絶対に一線を越えては駄目だって!!」
頬に宿る堪え切れない程の羞恥心と熱を感じながら抗議すると、上半身裸のカインさんは物凄く不満そうに眉根を寄せた。恋人同士になって早二年以上……。
キスまでの触れ合いはあるけれど、それ以上は絶対に駄目だと、レイフィード叔父さん達からきつく言われているのだ。それなのに……、時折カインさんは自分の中でその想いを堪え切れずに、あからさまな行動に出てしまう時がある。
「触っただけだろうが……。嫌なのかよ」
「い、嫌……じゃ、ありませんけど、カインさん、いつもそう言って止まらないじゃないですかっ」
「むしろそのまま、俺に奪わせろ」
何を不機嫌度マックスで恐ろしい発言をしているの、この人は!!
そして、早くその心臓に悪い鍛え上げられた素晴らしい身体に壁を! 服を!!
その場から全速力で逃げようと踵を返した瞬間、左腕を掴まれまたすぐに引き戻されてしまう。
今度は、カインさんの逞しい胸板にぐっと私の胸が押し付けられる形で拘束されてしまったのだけど……。
やめて!! その切なそうな熱に潤んだ真紅の瞳で私を捕えないでください、カインさん!!
「こんなにも好きだって想ってんのに……、まだ、駄目なのかよ」
「だ、だって、……れ、レイフィード叔父さん達が」
「お前はどうなんだよ? 俺に抱かれたくねぇのかよ」
「だ、だ、抱くって、あの、そ、そのっ」
そんな真顔で聞かれたら……、うぅ、な、何て答えればいいのっ。
カインさんが私を愛してくれているように、私だって……、この人の事が世界で一番大好きだし、その……、あ、愛してる、けど。キスだけでも私には刺激が強いというか、幸せ過ぎて蕩けそうというか……、それ以上に進むのが正直、怖いと感じている。
「す、好き、です、けど……。ま、まだ、は、早いんじゃないかな~……、と」
「そうかそうか。二年以上も付き合ってんのに、『まだ』早ぇのか? ……お前な、世の中の男が全員禁欲上等だと思うなよ」
「うっ……」
好きだからもっと触れ合いたい。愛しているから、相手の全てを感じたいのだと……。
カインさんが心の底から私を求めてくれている事は、素直に嬉しいと思っている。
だけど、今までのカインさんの行動や言動を観察していると、……事を成そうとしたら、絶対に凄い事をやってきそうな気がして仕方がない。自分の感情に素直というか、色々と直情傾向にある人だから……。
「それに、今から謁見なんですからっ」
「まだ時間はあんだろうが……。なぁ、駄目なのか? こんなに待っても、お前に触れる事を許してくれないのかよ」
「そ、それは……」
カインさんの事を愛している気持ちは本物。
だけど、レイフィード叔父さん達との約束を破っていいものかと、悩む自分がいるのも確かで……。
近付いてくるカインさんの唇を受け止めながら、閉じる事なく私の視線を抱き締める真紅の眼差しに、身体が甘い疼きを注ぎ込まれてしまう。
私だけを愛してくれる竜の皇子様……。
彼の愛情は、燃え盛る炎よりも熱くて、逃れられない恋情の檻の中に私を簡単に閉じ込めてしまう。
「俺だって……、お前の気持ちを尊重してやりたいって、そう、思ってる」
「カインさ、……んぅっ」
「……けどな、お前と毎日一緒にいるんだぜ? 好き過ぎて狂っちまうのは当たり前だろ」
「はぁ、……カイン、さん」
「駄目か? お前の全部……、俺に見せるのが、怖いか?」
わざと逃げ道を与えるように、唇がほんの少しの間だけ離れては、また深く私の中に熱を差し入れてくる。
もう一体……、何度この問答を繰り返した事だろうか。
レイフィード叔父さんやお父さんを裏切る事の出来ない私は、何だかんだ理由を並べながら、それを逃げ道にしてきただけ……。この人の想いの激しさに焼き尽くされてしまいそうな心地に何度も陥りながら、心の奥底では、奪ってほしいと願う自分がいる事に……、気付いている。
答えに窮していると、部屋の外から足音が近づいてくる気配に気付き、カインさんが私から手を離してくれた。
「さっさと着替えるから、お前は外で待ってろ」
「は、はい……」
乱れた呼吸を整え、私は胸元に手を添えながら外へと向かう。
一瞬だけ、背後を恐る恐る振り返ると、皇子としての正装に着替えながらその真紅の双眸を辛そうな気配に揺らすカインさんの姿が見えた。
この異世界エリュセードは私の世界と違い、二十四ヶ月で一年という区切りを作っており、その一巡りでひとつ歳をとる。
数え方も、一月、二月、という名称ではなく、それぞれの月に名前がついているのだけど……。
あちらの世界で言えば、軽く四年以上はカインさんに我慢をして貰っているという話になるわけで……。
流石に私としても、酷い仕打ちをしているな、という自覚は、ある。
「はぁ……」
もうここはひとつ、覚悟を決めて、カインさんの愛情を受け止めるべきだろうか。
でも、もし結ばれた事をレイフィード叔父さんとお父さんが知ったら……。
うん、恐ろしい予感と想像が私の頭の中にわんさかと浮かんでは消えていく。
命は……、まぁ、助けて貰えるだろうけれど、カインさんのトラウマになりそうな何かが起こりそうで、私は物凄く怖くて堪らない。あの二人の兄弟は、やると言ったら必ずやるのだ。
お仕置きと称して、カインさんにどんな酷い事をするか……。
(カインさん……、貴方の無事を願う私としては、やっぱり……)
部屋の外に出た私は、困惑と心配の溜息を吐き出した。
カインさんには申し訳ないけれど……、やっぱり、私が成熟期を迎えるまで我慢して貰わないと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「イリューヴェル、第三皇子殿下、カイン・イリューヴェル様。ならびに、ウォルヴァンシア王国、王兄、ユーディス様のご息女、ユキ・ウォルヴァンシア殿下のお越しにございます」
金装飾の巨大な両開きの扉が開かれ、私とカインさんは隣同士に並んで玉座の間へと足を踏み入れていく。
皇帝の玉座へと続く、真っ直ぐに先へと広がる真紅の絨毯……。
てっきり臣下の人達も中にいると構えていた私は、気づかれないようにそっと辺りに視線を走らせてみたけれど、人は数えるほどしかいなかった。
まず、玉座の椅子に座っている漆黒の長い髪と同色の厳かな服を纏っている、カインさんそっくりの顔だちをしたイリューヴェル皇帝さん。
イリューヴェル皇帝さんの傍には、臣下らしき男性が静かに瞼を伏せ控えている。
さらに、少し離れた場所に、金色の髪と真紅の双眸を宿した優しそうな顔だちの男性と、黒銀髪の、感情の読めない表情をしている男性が一緒に並んでいた。
もしかして……、あの人達がカインさんのお兄さん、なのだろうか。
待ち構えていたイリューヴェル皇帝さんの目の前で皇族に対する礼をとった私達に、二人の男性も同じように礼の形を示してくれた。
「よくぞ戻った……、カイン」
「ご無沙汰しております……、父上」
公式の場だから、なのだろう。
カインさんは普段の口調を捨て、皇子としての気品に溢れた微笑を浮かべ、自分のお父さんに帰還の挨拶を並べている。その姿に、カインさんのお兄さん達と思われる男性達は驚きに小さく目を瞠り、互いに顔を見交わしていた。
イリューヴェル皇国にその悪名を轟かせた三番目の皇子が、礼儀を守り、イリューヴェル皇帝さんに膝を屈するとは、思ってもみなかったのだろう。
着崩す事もなく、カインさんは皇子の正装をしっかりと着こなした姿で、お兄さん達だと思われる二人の男性へも頭を下げている。
「兄上方もお元気のようで……、このカイン、心より安堵いたしました」
「あ、あぁ……。お前も、息災のようで、何より、だ」
「……カイン」
金髪の男性は、カインさんの礼儀正しさと、ありえない爽やかな微笑に恐れ戦いているようだ。
黒銀髪の男性の方は……、表情はあまり動かないものの、その片眼鏡(モノクル)越しから、青天の霹靂を目にしたかのように眉を顰めていた。
気持ちはよーくわかります。私だってこんなカインさんは滅多に見られませんから。
それに、カインさんは二人のお兄さんの出来に劣ると貶められていた過去があるけれど、本当は誰よりも努力家だ。決して先に生まれたお二人に劣るような存在ではないのだと、前にレイフィード叔父さんから聞いた事がある。
ただ、周囲の心無い人達が、カインさんの能力を邪魔だとばかりに否定し、踏みつけ続けただけ……。
その話を聞いた時は、心の底から歯痒く悔しい思いを抱いたものだったけれど、そんな人達にカインさんを理解してもらわなくても、私達がちゃんとわかっているから大丈夫なのだと、そう思うことにした。
負の連鎖と、自身の存在を縛り付ける呪縛から解き放たれたカインさんは、誰に何を言われても、もう、自分を見失ったりはしない。だから、大丈夫。
「ユキ姫殿も、元気そうで何よりだ。初めて訪れるこのイリューヴェルの地故、わからぬ事や戸惑う事も多いだろう。――アースシャルク、グランヴェルト、ユキ姫殿の助けとなるように」
「「御意。心を尽くさせて頂きます」」
二人のお兄さん達は、イリューヴェル皇帝さんからの言葉に厳かな態度をもって応えると、私の方へとその歩みを向けてきた。顔だけを見れば、金髪の男性の方は、カインさんと似通った部分が少なく、もう一人の黒銀髪の男性の方がカインさんと兄弟だと思えるような気がする。
お二人は目の前で立ち止まると、私の左手をとり、手の甲にそれぞれ優雅な物腰で口付けた。
「私は、イリューヴェルの第一皇子、アースシャルク・イリューヴェルと申します。お会い出来て光栄です。ウォルヴァンシアの可憐な花、ユキ・ウォルヴァンシア姫」
人の心を瞬時に虜とするような優しい笑みを浮かべた金髪の男性が、第一皇子様……。
数年前、カインさんの命を蝕み、死の淵へと追いやろうとした首謀者を兄に持つ側室女性の息子さん。
確か、禁呪を行使した男性は壮絶な最期を迎えたと聞いているけれど、この人は今、どんな気持ちでカインさんに向き合っているのだろうか……。
瞳を不安の気配に揺らした私は、心の内が漏れないように笑みを浮かべ、礼を返した。
すると、もう一人の黒銀髪の男性が私に小さく頭を下げ、その表情同様に、あまり感情のこもらない低い声音で挨拶を向けてきた。
「お初にお目にかかります。ウォルヴァンシア王兄、ユーディス様のご息女、ユキ・ウォルヴァンシア殿下。イリューヴェル皇国、第二皇子、グランヴェルト・イリューヴェルと申します」
「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。アースシャルク様、グランヴェルト様。滞在中は色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」
笑顔を向けても、その表情が動くことはない。
義務的な役目は果たしたとばかりに、グランヴェルトさんは元いた場所へと下がっていく。
その背を見送ったアースシャルクさんが、くすりと仕方ないな~と言いたげに小さな笑いを零し、教えてくれた。
弟、グランヴェルトは元から愛想に欠ける性格をしているから、決して私の事を嫌っているわけではないのだと。
「大丈夫です。同じような人を、知っていますから」
むしろ、そちらの人の方が、さらに何を考えているのかわからないというか、無表情さ決定戦があれば……。
(絶対に、フェリデロード家のおじ様が圧勝とする思う、うん)
幼い頃に可愛がっていて貰ったお蔭で、微妙な表情の変化や言いたい事はわかるけれど、初対面でおじ様の顔や態度を目の当たりにした人は、絶対に困惑すると思う。
それに比べれば、グランヴェルトさんはまだまだ。可愛いらしいレベルの無表情さだ。
私に悪意を持っていない事もすぐにわかったし。
それよりも、問題だと感じられるのは、お兄さん達のカインさんへの反応だろう。
アースシャルクさんも、グランヴェルトさんも……、やっぱりカインさんとの間に出来た深い溝のせいで、必要以上に関わる事を怖がっているのだろうか。
その様子に、勿論イリューヴェル皇帝さんが気付いていないわけもなく、堅苦しい挨拶はやめにして、中庭の方に移ろうと声をかけてくれた。
久しぶりに揃った家族の時間。
多分……、イリューヴェル皇帝さんは、どうにか家族の関係を修復しようと頑張るつもりなのだろう。
心なしか、その真紅の双眸に燃え上がるような闘志の気配が感じられるのだけど……。
先に退出し始めたお兄さん達を見送った後、残されたのは私とカインさん、イリューヴェル皇帝さん。
そして、臣下の男性だけだった。
「陛下……、下手に手を出すとこじれますよ」
「無論、それは承知の上だ。だが、これからもカインが遠慮せずに帰って来れるようにする為には、多少の荒療治は必要だろう」
「……だそうですが、カイン皇子、これからも頻繁に帰って来られるおつもりで?」
疲労を吐き出すように頬杖を着いたイリューヴェル皇帝さんと、あまり歓迎はしていないというような眼差しでカインさんを見遣った薄黄色の柔らかな髪質をした男性が、答えを求めてきた。
カインさんを嫌っているのか、そうではないのか……、見定めるには難しい態度だ。
「ご安心ください。案じずとも、私はウォルヴァンシアの地を安住の地だと定めておりますからね」
「……使い慣れないせいか、顔が引き攣っておられますよ。ろくでなしのカイン」
「なっ……」
何て酷い事を言うの!! 思わず、臣下である男性に抗議の声を上げようと口を開きそうになった私を、カインさんがそれよりも早く言葉を受け取り、飄々と返した。
「息が詰まるかと思ったぜ。――ファウニス」
正装を着崩し、元の口調に戻ったカインさんが、こちらへと近寄って来た男性に向けて、突然その右拳を凄い勢いで繰り出した。ぼ、暴力沙汰に発展!?
大慌てでそれを止めようと前に出たけれど、事態は意外な方へと転がってしまった。
カインさんの右ストレートを難なく片手で受け止めた男性、ファウニスさんが皮肉を纏った笑みを浮かべながら受け止めた。互いの両手を組み合わせた直後、不気味な笑いが両者から零れ出す。
「テメェこそ、敬語とか得意じゃねぇくせに、よく頑張ってるもんだなぁ?」
「お前に言われたくないぞ、カイン。たまに帰って来ても、俺には会いに来ずにさっさと帰るような薄情者には、な!!」
「テメェに顔見せたら、面倒な説教が待ってんだろうが……!! 俺はそんなモンを聞いてるような暇はねぇんだよ。悪ぃな」
「ははっ、説教? 俺は自由奔放で捻くれた悪友のどうしようもない素行を思い遣って声をかけてやってるんだろう? 少しは有難がれよ、このろくでなし!!」
どう見ても口喧嘩をしているようにしか見えないのだけど……、何故かどちらも顔は笑っている。
楽しそうに、ギリギリと両手を押し合い、言い合っている二人に戸惑っていると、イリューヴェル皇帝さんが私に手招きを寄越してきた。逃げておいで、そう言われている気がする。
「すまないな、ユキさん……。あれでも、あの二人は意外と仲が良くてな……」
「あれで、ですか?」
「あぁ。あれで、だ。あの者はファウニスといって、カインよりも歳は上だが、非常に頭の良い将来有望な青年でな。俺の補佐官の一人として重宝しているのだが……、本性はあのように、カインとよく似ている」
「はぁ……」
まさかの、カインさんのお友達。
お友達……、いたんだ。イリューヴェルには辛い思い出が溢れているのかと心配していたけど……。
うん、すっごく面倒で怖いオーラがダダ漏れになっている割に、なんだかとっても楽しそう。
「ファウニスはあれでも、カインの事を心配していてな。国中から嫌われていたカインの事を見つけては、説教をかましていたようだが……、気が付けばあの状態になっていた」
「まさに、悪友、という感じですね……」
お説教は功を奏さなかったみたいだけれど、何だかんだで気が合うのだろう。
二人はいつの間にか押し合いをやめ、しっかりと抱き合っていた。
男の子の友情は、何だか難しそうで、私にはよくわからないけれど……、カインさんが嬉しそうな顔をしているから、うん、良かった。
「ところで、ユキさん」
「は、はい」
「よければ、今日は俺の隣でお茶をどうだろうか? 未来の息子の花嫁と義父の信頼関係を深めるべく、色々と……」
「え? あ、あのっ」
いつの間にか、私の身体はイリューヴェル皇帝さんのお膝の上に横向きで抱き上げられており、カインさんによく似た魔性の美貌がすぐ間近まで迫っていた。
きっとカインさんが歳を重ねたら、こんな風に壮絶で圧倒的な色香に満ち溢れる事だろう。
――って、そうじゃない!! 何でこんなに近いの!!
イリューヴェル皇帝さんは、ただじゃれているつもりなのかもしれないけれど、私のような小娘には刺激が強すぎて、し、心臓が、心臓がっ。
「ユキに触るんじゃねぇよ!! この色ボケクソ親父ぃいいいいいいい!!」
「陛下、ミシェナ様達に言いつけますよ」
魔力の塊となった一撃がイリューヴェル皇帝さんの顎を強打した!
そして、復活する暇もなく、二撃目が今度は顔面に……。
カインさんがやったのはまぁ、いつもの事なのだけど……。
ファウニスさんも容赦なく叩き付けていたのを、私はばっちりと見てしまった。
いいのかなぁ、一応、……大国の皇帝さんなのだけど。
私を腕の中に奪い返したカインさんが、足の裏でぐりぐりとイリューヴェル皇帝さんの顔面を踏みつける。
「ユキは俺のなんだよ!! 触んな!! 見るな!! 同じ空気を吸うんじゃねぇ!!」
「若い娘さんの艶姿に当てられたからと言って、節操がないのはいけませんよ、陛下」
「ち、ちが……、た、ただ、俺はユキさんと良好な関係を築く為にっ」
いえ、親睦を深める為に顔を近づける必要は全くないと思います、イリューヴェル皇帝さん。
だけど、イリューヴェル皇帝さんはレイフィード叔父さん曰く、『グラヴァードはたまに無自覚で女の子に迫っちゃう時があるんだよねぇ。天然というかアホというか』らしい。
グラヴァードというのは、イリューヴェル皇帝さんの名前だ。
だから、今の行動にも何も含みはなくて、本当に私と仲良くなりたくてやってしまっただけなのだろう。
無意識の色香……。天然とはなんと末恐ろしいのか。
私は苦笑を零しながら、イリューヴェル皇帝さんの威力に慄いてしまうのだった。
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