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~カイン・イリューヴェル編~
竜の皇子と王兄姫、戸惑いの距離6~カイン×幸希~
しおりを挟む――Side 幸希
「きゃあああああ!!」
「ニュイ~!!」
『もふもふパニック』の最中に起こった、とんでも大パニック!!
準決勝まで進んだ私とファニルちゃんは二人で力を合わせて、もふもふの小さな動物達を捕獲する為に走り回っていたのだけど……。
何故か対戦相手のペットである白いわんちゃんが突然巨大化し、会場内で暴れ始めてしまったのだ。
その際に、捕獲した『もこもこミニ羊ちゃん』達は一斉に会場内へと解き放たれ、対戦相手の女性や私とファニルちゃんを飲み込んで溢れ出した。
波の中、溺れるように流されていく私達……。
会場内の観客達は我先にと悲鳴を上げながら逃げ出している。
確かにこのまま会場内にいると、巨大化したわんちゃんに踏み潰されてしまいかねない。
早々に逃げ出して避難した方が身のためだろう。
完全に我を見失っている巨大わんちゃんは、会場の柱を張り倒し、逃げ惑う人々を追って会場内を歩き回る。
その度に凄い足音が響くから、もこもこミニ羊ちゃん達もさらに怯えて混乱状態で観客達を飲み込んでいく。
「ふぁ、ファニルちゃっ、だ、だいじょう、ぶっ!?」
「にゅっ、ニュイィイイイ~!!」
一緒に流されているファニルちゃんが涙目で、小さなお手々を私に向かって伸ばしてくる。
私も一生懸命に右手を伸ばし、ファニルちゃんを助けようと手を伸ばす。
「も、もう、ちょっと……!!」
瞬間、勢いよく巨大わんちゃんの足が会場に叩きつけられ、私とファニルちゃんは宙へとはじき出されてしまった。ぶわぁっとミニ羊ちゃん達も一緒に巻き上げられる光景を目にしながら、魔力を使って飛ぶ事も忘れていた私は、そのまま地面へと向かって叩きつけられるように落下していく。
「きゃあああああ!!」
「ニュィイイイイイイ!!」
「ユキィイイイイイイ!!」
怪我を覚悟して目を閉じた瞬間。会場に響いたのは誰かの絶叫だった。
抱きとめられる感触と、瞼の裏を焼く、眩い閃光の気配。
「おい、ユキ!! 大丈夫かっ!! ユキ!!」
「んっ……」
一瞬だけ気絶していたらしい私は、柔らかなクッションのような場所で目を覚ました。
私の頬を叩きながら呼んできたその人がカインさんである事を認識した私は、大泣きして縋り付いてきたファニルちゃんのもふもふボディに顔を塞がれてしまった。
「ん~~~!!」
「アホか!! ユキが窒息死しちまうだろがああああ!! このもふもふがああ!!」
「ニュイ~ッ!! ニュイッ、ニュッニュッ」
べりっとファニルちゃんが私の顔から引き剥がされたかと思うと、カインさんが私をその胸に抱き起した。
物凄く……、心配そうな、青ざめた表情。
今は決勝をやっている時間帯のはず……。どうして、ここにいるの?
頭上に見えたのは、役目を終えて消えていく転移の陣だった。
「はぁ……、とりあえず、無事みてぇだが……、あの巨大わんこ野郎、よく俺のユキに……!!」
「ニュイ~!!」
拳を握り締め、カインさんは私を腕に抱き上げると、キッと巨大わんちゃんを睨みつけた。
ファニルちゃんも、よくもやってくれたな! と、闘気を剥き出しにしながら報復態勢だ。
それに空中の方では、見知った人影が魔力で出来た光の鞭を振るいながら巨大わんちゃんと戦っている。
「あれは……、ルイヴェル、さん?」
「最悪な事に、アイツと準決勝であたっちまったんだよ」
その最中に、こっちの会場の騒ぎが伝わってしまったらしく、二人は私の許に駆けつけてくれたのだそうだ。
大事な……、準決勝の舞台を、投げ出してまで。
華々しい準決勝の舞台を放り出してまで駆けつけてくれた事に、不謹慎だけど嬉しくなってしまう。
「私は……、大丈夫、です。だけど、あのわんちゃんが」
「あぁ? あんな化けモン、さっさと始末しちまえがいいだろうがっ」
「駄目です!! あの子は、最初は普通の可愛いわんちゃんだったんです!! それが、途中で、急に、あんな姿にっ」
だから、殺しては駄目!!
そう訴えた私に、カインさんは困惑を覚えながらも、空中にいるルイヴェルさんへと大声を上げた。
絶対に殺すな、気絶させるだけに留めろ、と。
それを把握したルイヴェルさんが、光の鞭を幾重にも繰り出し、巨大わんちゃんが動けないようにその体躯に巻き付けて拘束してくれた。
グルル!! と獰猛に唸る巨大わんちゃん……。
その姿に向かって、私の対戦相手であり、わんちゃんの飼い主である女性が悲痛な悲鳴をあげた。
「エリィちゃああああああん!!」
全身、ミニ羊に揉まれたせいか、毛だらけになっている貴族風の豪奢な身なりをした女性。
彼女と、そのパートナーであるペットのわんちゃんと競っている最中に騒動が起こったのだ。
「私のエリィちゃんに何するのおおおお!!」
「何だ、あれ……」
「えっと、対戦相手の方、です」
半狂乱で巨大わんちゃんの許に走る女性を、地に下りてきたルイヴェルさんがその肩に手をかけて押し留める。
「説明しろ。自分のペットに、何をした?」
「わ、私は……、エリィちゃんの身体能力が上がるように、商人から買った薬を飲ませただけよっ。それなのに、それなのに、こんなに巨大化しちゃって……、うぅっ」
「はぁ……。紛い物を掴まされたようだな。自分のペットを愛しているのなら、もう少し食べさせる物には注意を払え」
この騒動の原因が彼女にある事がわかると、ルイヴェルさんは催眠作用のある術を発動させ、巨大わんちゃんを眠らせる事に成功したようだった。
けれど、すぐに元の大きさに戻せない為か、武闘大会の運営の人達や国の術者の皆さんが集まり、飲んだ薬の正体を調べる為に、『もふもふパニック!』は強制的に中止を余儀なくされてしまった。
『ピンポンパンポーン! 武闘大会準決勝の再開を宣言しま~す!! カイン・イリューヴェル殿下~、ルイヴェル・フェリデロードさ~ん、すぐに会場に戻ってくださ~い!!』
会場内に響き渡ったアナウンスを聞いて、私はカインさんに準決勝に戻るようにと告げると、ゆっくりと地面に足を下ろした。……しかし、地面に足を着けた途端、鈍い痛みが。
それをどうにか顔に出さずに済んだけれど、不味い……、これは完全に、足首を捻ってしまっている。
歩く事は出来るけれど、このままじゃ……。
「どうした、ユキ?」
「い、いえ、ちょっと、騒動があったせいで、疲れちゃっただけです。ゆっくり行きますから、カインさんは準決勝に戻ってください」
余計な心配をかけるわけにはいかない。
だって、あんなにも頑張って武闘大会を勝ち抜いてきたのだから……。
私は飛び跳ねてきたファニルちゃんを抱え、その場を動けばバレると危惧して、カインさんを先に促した。
「お前、一人で大丈夫か?」
「はい。事情を運営の方々に説明しなければいけませんし。それに、……準決勝で勝ったら、次は決勝、でしょう? 私、応援してますから」
「ユキ……。わかった。お前の為にも、絶対に、俺は……」
そう微笑んで、武闘大会の準決勝に戻ろうと背を向けたカインさんに手を振っていると、途中まで行きかけた彼の足が止まった。
くるりと私の方に顔だけを振り向かせたカインさん……。笑顔が、何だか怖い。
「なーんて……、俺がお前のわっかりやすい嘘に騙されるとでも思ってんのかよ!!」
「え、きゃあああっ」
ダダダダダッ! と一瞬で戻って来たカインさんが、また私をその腕に抱き上げて、全力状態で走り出した。
混雑している人垣の間を器用に潜り抜け、走り続ける。
「か、カインさん!! 準決勝が!!」
「そんなモン知るか!! 足、痛めたんだろ? 何で言わないんだよ!!」
「だ、だって、カインさん……、あんなに武闘大会で優勝する事を楽しみにしてたじゃないですかっ」
この武闘大会で優勝出来れば、私と一夜を過ごせると、あんなに気合を入れていたのに。
だからこそ、もう逃げずにカインさんの全てを受け止めようって、そう、決めていたのに……。
走り続けるカインさんに呼びかけながら、私は準決勝に戻ってほしいと訴える。
ただの捻挫の類だろうし、こんなに必死になる必要はない。
けれど、カインさんは準決勝よりも私の方が大事だからと言って、足を止めてはくれない。
早く行かなければ、不戦敗になってしまうかもしれないのに。
「カインさん!! 止まってくださいっ、準決勝に早く!!」
「黙ってろ!! えーと、医務室は……、って、うわああっ!!」
「きゃああっ!!」
会場内の通路を走っている最中に、カインさんの足が何かに引っかかったのか、前のめりに倒れこんでしまう。
その拍子に腕の中にいた私も宙に放り出され……、今度は別の腕に抱きとめられた。
「ユキちゃん、確保―、ってね。足は大丈夫かな?」
「え? さ、サージェス、さんっ?」
予想外な事に、ガデルフォーンの騎士団長であるサージェスさんが私をその腕に抱きかかえ、にっこりと愛想の良い笑みを浮かべ、窮地を救ってくれた。
どうしてこの会場にサージェスさんが……?
カインさんの方も寸での所で体勢を立て直せたようだけど、突然の出来事に一瞬でその焦った表情を怒りに染め上げた。
「テメェ……、今わざとやりやがったろ!!」
「ルイちゃんから連絡貰ったんだよー。医務室に向かう途中の皇子君を止めて、ユキちゃんを保護しろってねー」
「止め方考えろよ!!」
「猪突猛進な生き物ってさ……、多少強引じゃないと、止まらないんだよね」
「俺は暴れ馬か何かか!!」
流石サージェスさん……。
どんな時でも冷静に笑顔で物事を受け止めるというか……、喰ってかかってくるカインさんを物ともせずに相手をして宥めている。
だけど、ルイヴェルさんはどうしてサージェスさんに連絡を?
突然の登場に呆けていると、私の腕の中でファニルちゃんが「ニュイ~」と疲れたように鳴いた。
「ほら、皇子君。早く準決勝に戻りなよ。ユキちゃんは俺が責任をもって手当しておくからさ」
「俺が連れてく」
「だーめ。何のためにルイちゃんが俺に連絡してきたと思ってるの? 君を準決勝に行かせる為でしょう?」
「ルイヴェルの野郎が……、そんなわけねぇだろ。俺が武闘大会で優勝したら、ユキと、その……、とにかく、アイツは面白くねぇって顔で準決勝戦り合ってたんだぞ!!」
二人が準決勝を戦っていた事はさっき知ったけれど、今のカインさんとサージェスさんの口振りを聞いていたら、何だか物凄く嫌な予感が……。
待って、武闘大会でカインさんが優勝したら、私が何をご褒美にしているのかを、まさか知られているの!?
カインさん、まさか自分でそれを暴露したとか言いませんよね!?
「あ、あの、サージェスさん、私とカインさんの事、何か、知って……?」
「うん。武闘大会で優勝したら、念願の初夜なんでしょ? おめでとー。ユキちゃん、初めてでしょう? 優しくしてもらいなよー」
いやああああああああああああああ!!
バッチリしっかりバレてるー!!
二人だけの秘密のはずが、サージェスさんにバレているなんて!!
ううん、ルイヴェルさんの事も言ってたし、もしかしなくても、ルイヴェルさんにまで筒抜け!?
あぁ、今すぐに意識を失って全てを忘れてしまいたいっ!!
だけど、都合よく気絶出来るわけもなくて、結局……、サージェスさんと押し問答をした後、カインさんは観念して準決勝へと戻って行った。
準決勝に戻ってくれたのは嬉しいけど、秘密を知られてしまった私は、ファニルちゃんのもふもふな毛並みに顔を埋め、ぷるぷると震えだした。
「ん? どうしたのかなー?」
「うぅっ……、な、何も、言わないで、ください」
「何って、何かなー?」
うぅ、絶対にわかってる。
私がカインさんにあげるご褒美の初夜を知られて羞恥に震えてるって、この人には絶対にバレてるっ。
それをわかっていて、あえて面白がって言葉をかけてくるのだ。
「ふふ、冗談だよ。もうこれ以上は言わないから、しっかり手当をしようねー」
「すみません……。ご迷惑、おかけ、します」
「気にしなくてもいいよ。丁度ユキちゃんの顔も見たかったし、一石二鳥だねー」
「ニュイ~! ニュイッ、ニュイッ!!」
「うん、ファニルにも会いたかったよー。相変わらずぽっちゃりボディだねー」
元々ファニルちゃんはガデルフォーンの稀少生物で、サージェスさんとも面識があるから、故郷の香りがするサージェスさんに構って貰いたいのだろう。
二人はもふんっと頬を擦り合わせて再会の抱擁をしながら、歩き始めた。
騒動が治まったお蔭で、会場内には徐々に平穏が戻りつつある。
『もふもふパニック!』が中止となってしまったから、観客は全て武闘大会の方に流れていっているようだ。
「サージェスさん……、カインさんは、勝てるでしょうか」
「んー……。そうだねぇ、あまりこういう事は言いたくないんだけど、相手があのルイちゃんだからねー。ちょっと、いや、かなり? むしろ絶対に無理……、かなぁ」
「ですよね……」
ルイヴェルさんは、優秀な魔術師であると同時に、荒事にも慣れている。
その戦闘能力は、ガデルフォーンの騎士団長であるサージェスさんから言わせても、鬼、いや、大魔王を遥かに超えるものらしい。
「俺も強いと自負してる方だけど、ルイちゃんも凄いからねー。皇子君レベルじゃ……」
古の魔獣vsひよこレベルだと苦笑されてしまった私は、その恐怖感にぶるりと震えた。
わかってはいた事だけど……、このままじゃ、カインさんは。
「あの、サージェスさん、手当が終わったら、試合を見に行ってもいいですか? 私、……カインさんを応援したいんです」
「それはいいけど……、そっか、ルイちゃんじゃなくて、皇子君を応援しちゃうのか。まぁ、恋人同士なんだから、それは仕方ないけど……。多分それ、逆効果になるかもよ?」
「え……」
「妹のように可愛がってきたユキちゃんが、皇子君だけを応援してる姿を見ちゃったら……、ルイちゃん、絶対に機嫌損ねちゃうよー? 八つ当たりしたくなって、皇子君をボコボコにしちゃうかも……」
「そ、それは駄目です!!」
カインさんがそんな事になってしまったら……!!
想像してしまった私は、陰からカインさんの戦いを見守るだけで我慢する事に決めた。
ルイヴェルさんが本気になったら……、本当にカインさんが重傷状態に陥りかねない。
「ふふ、それが無難だろうねー。さて、じゃあ医務室に急ごうか」
「はい」
落ち着ける場所を求め、サージェスさんは先を急いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
準決勝の場へと駆けつけた私は、サージェスさんと一緒に階段上の回廊からその様子を目にした。
傷だらけになりながらも、竜手を振るいながらルイヴェルさんに向かっていくカインさん。
けれど、実力が違いすぎるせいか……、どんどん血だらけになっていく。
「一応、手加減はしてくれてるみたいだけどね。やっぱり、無理かな」
「カインさん……っ」
応援の声を上げられない私は、回廊の縁に力を込めてその姿を見守り続ける。
どうやら、カインさんに対するハンデとして魔術の行使を控えているのか、ルイヴェルさんは強烈な蹴りや拳で応戦し、カインさんの攻撃をかわす度に、手痛い一撃を繰り出している。
全く傷を負っていないルイヴェルさんと、今にも倒れそうになっている傷だらけのカインさん。
勝敗がわかりきっているのか、観客の人達がカインさんへと罵声を浴びせるのが聞こえた。
必死で戦っている人に対して、どうしてそんな事が言えるの!!
「ユキちゃん、ああいうのは気にしちゃ駄目だよ。自分の価値を自分で落としてるって、気付いてないタイプの可哀想な人達だからね」
「は、はい……。わかって、ますっ」
一瞬、ファニルちゃんに丸飲みにしてもらおうかと考えてしまった。かなり本気で。
そんな自分を慌てて掻き消した私は、どんどん追いつめられていくカインさんに涙を零しそうになる。
「降参した方が浅い傷だけで済むんだけど……、まぁ、皇子君には負けられない理由があるからね。ルイちゃんの方は……、凄いねー。手加減は出来てるけど、戦いを楽しんでるみたいだよ」
「でも、カインさんの方が一方的にやられていますっ。あれの何を楽しむって言うんですかっ」
「うん、実力差は明確。だけど、皇子君は絶対に降参なんかしないって感じだからねー。その心意気を買ってるっていうか、ユキちゃんの為に頑張る皇子君を見てるのが楽しい、というよりも、嬉しいんだろうね」
サージェスさん曰く、保護者的な立場を自負しているルイヴェルさんからすると、この試合にはとても意味があるのだそうだ。
カインさんの想いを試す意味合いがあり、どこまでも粘ってくるその姿勢を見て、心の中で安堵と共に喜んでいる、と。確かに、ルイヴェルさんは私にとって、幼い頃にお世話になったお兄さん的存在であり、今でも色々とお世話になっている無敵の保護者様だけど……、それにしては、攻撃に容赦がない。
このままでは、カインさんが気絶するまで攻撃を仕掛けていくに違いない。
「だけど、多分ねー……、って、あれ? ユキちゃーん! どこ行くのー!!」
居ても立ってもいられなくなってしまった私は、階段を駆け下り、最前列へと走った。
サージェスさんの治療のお蔭で、足はもう痛くない。
このままカインさんが倒れるまで見守っている事なんて、私には出来ない。
たとえ負けるとしても、私は……、私は!!
「はぁ……、はぁ」
無事に最前列へと辿り着いた私は、息を大きく吸い込み……。
「カインさあああああん!! 負けないでぇえええええ!!」
ルイヴェルさんの一撃を受けそうになっていたカインさんが、私の声に気付いて反射的に身をそらし、攻撃を避けて着地した。
私の方に視線を向け、大きく目を見開いている。
私が応援したら、ルイヴェルさんが怒ってしまうかもしれないと言われたけれど、黙ってみているだけなんて、絶対に嫌だ!!
「ユキ……」
「絶対に、負けちゃ、駄目ですっ。カインさん、私との約束を守ってくれるんでしょう? なら、――絶対に、勝ってください!!」
その声を聞いたカインさんが、ゆっくりと構えをとり、不敵な様子でニヤリと微笑む。
そして、勢いよく地を蹴って、ルイヴェルさんへと突っ込んでいった。
一撃目は容易くかわされたけれど、カインさんは今までとは違う速さで連続の蹴りや拳を繰り出し、ルイヴェルさんを防戦状態に追い込んでいく。
「ユキの一言で動きが変わるとはな……、惚気のつもりか?」
「はっ!! 当たり前だろうがっ。俺はな、アイツが、ユキが傍にいてくれれば、何だって出来んだよぉおおっ!!」
瞬間、カインさんの凄まじい威力を宿した蹴りがルイヴェルさんの横腹を捉えた。
けれど、それを後ろに飛び退く事でかわしたルイヴェルさんが、宙へと飛び上がる。
「お前では、俺に傷をつける事が出来ても……、倒せはしないだろう」
「倒す!! テメェがどんだけ強かろうが、俺が必ずぶっ倒してやる!!」
カインさん……!!
ルイヴェルさんが飛び上がり着地した巨大な柱の根元を、カインさんが破壊力のある竜手で突き崩し、柱を無残な姿へと変えていく。
それにより足場のバランスを崩したルイヴェルさんに襲い掛かるカインさん。
だけど、またその攻撃が避けられ、観客が残念な声を上げた直後、おかしな変化が起こった。
別の場所に着地するかと読んでいたらしきカインさんが攻撃に向かおうとしたというのに、ルイヴェルさんの動きがおかしい。というよりも、柱の倒壊と共にそのまま……。
「きゃああああ!! ルイおにいちゃあああああああん!!」
受け身も取らず、ルイヴェルさんが無防備な状態で場外へと叩きつけられてしまったのだ。
うっかり、昔呼んでいた愛称で叫んでしまったけれど、これは一体どういう事態なの!?
審判の人が急いで駆け寄ると、高らかにマイクの音を響かせた。
「る、ルイヴェル・フェリデロードぉおおおお!! 試合続行不可能!! 勝者、カイン・イリューヴェル殿下ああああああ!!」
「……は?」
その審判に、会場中が一瞬にして静まった。
猛攻と共に絶対的な勝率を示していたルイヴェルさんが、何故急に場外に落ちてしまったのか。
階段を下りてきたサージェスさんが急いでルイヴェルさんの許に向かう姿を見つけ、私もついて行った。
勝者のカインさんも、観客達も、茫然としたまま……。
「おい、どういう事なんだよっ」
「皇子君、ユキちゃん……、落ち着いて聞いてくれるかな?」
「は、はい」
ルイヴェルさんの状態を診察したサージェスさんが、外傷を治癒しながら深刻そうな顔で言葉を紡ぐ。
まさか、突然の病とか!? 強い不安を胸に抱きながら続きの言葉を待っていると……。
「寝てる」
「「え?」」
ちらりとルイヴェルさんの顔に近寄ってみれば……、確かに、健やかな寝息が。
審判の人も、「ぇえ……」と、酷く残念そうな顔をしている。
何故、大事な準決勝中に寝てるの?
「多分……、何日か寝てなかったんじゃないかなー? すっごく気持ち良さそうに寝ちゃってるよ」
「ルイヴェルさん……」
「ルイヴェル・フェリデロード……、まさかの準決勝で、居眠り敗退……、です、か」
審判の人の声がマイクに乗ってしまったのだろう。
バッチリそれを聞いてしまった観客達から放たれ始める、罵詈雑言の苦情の嵐。
カインさんも気が抜けたように地面に膝を突き、「マジかよ……っ」と頭を抱えてしまっている。
まぁ、普通はない。試合中に眠る人なんて……。
だけど、マイペースなルイヴェルさんらしいというか、なんというか。
「こんなの……、こんなのぉっ、納得出来るかああああああ!!」
「か、カインさんっ、落ち着いてくださいっ」
「まぁ、いいんじゃない? どうせあのまま戦ってても、皇子君負けただろうし」
まさかの準決勝突破の理由が、相手の居眠りだなんて……。
真っ向から全力で戦っていたカインさんからすれば、到底納得出来るものではないだろう。
だけど、勝ちは勝ち。
改めて高らかな勝者の報告を会場中に響かせた審判の人もまた、テンションが微妙に低かった。
応援ありがとうございます!
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