無垢なる密蕾は、愛しき腕にて咲き誇らん

古都助(幸織)

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~サージェスティン・フェイシア編~

魔竜の騎士は狼王の姫に翻弄される2~サージェスティン×幸希~

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 ――Side 幸希

「ユキ姫様~、今日もサージェスティン様への差し入れ作りをなさっているんですか?」

「あ、リィーナさん」

 ウォルヴァンシア王宮の一階にある厨房の一角にて。
こんがりと焼けたクッキーの甘い香りに笑みを浮かべていると、ひょいっと私の隣に、メイドのリィーナさんが現れた。
 よくこの時間帯に私が厨房を使っている事は、王宮のメイドさん達なら誰もが知っている事だから、様子を見に来てくれたのだろう。
人好きのする、明るい笑顔の似合うリィーナさんに笑みと挨拶を返し、台の上にずらりと並んでいるクッキーを一枚取って手渡す。

「ん~!! 美味しいです~、ユキ姫様~!!」

「ふふ、ありがとうございます」

「もぐもぐ……。はぁ~、本当に幸せ者ですよね~、サージェスティン様ってば。こんなに尽くしてくれる恋人、滅多にいませんよ~。しかも、この料理の上手さっ。あぁ~、いいですね~、私もユキ姫様みたいなお嫁さん欲しいです~」

「そうですか? ふふ、私も、もし男性だったら、リィーナさんみたいに可愛らしい頑張り屋さんのお嫁さんが欲しいなぁ~って思いますよ」

「え~、本当ですか~?」

そんな冗談を言い合いながら、サージェスさんの分であるクッキーをラッピング袋に詰め、リボンで口を結ぶ。元から料理が好きで、よく何かを作っては人に振る舞う事が多かった。
でも、特定の誰か……、サージェスさんという恋人が出来てからは、あの人が喜んでくれる顔が見たくて、差し入れ作りに熱中し始めたというか。
……ううん、本当は、会いに行く口実が欲しいだけ。
この異世界エリュセードの裏側にある、ガデルフォーン皇国の騎士団長様。
それが、サージェスさんのお仕事。一国を守護する存在として、大勢の騎士団員の皆さんを統率している存在。初めて出会った時は、面倒見の良いお茶目なお兄さんのようだと思っていたのに、いつの間にか、あの人の事ばかりを考えるようになってしまっていた。
 成熟期の男性と、少女期の私……。大人と、子供。
 相手にはして貰えない、好きになれば辛いだけ。そう思って諦めていたのに……。
 サージェスさんは強引な手段で私の本音を引き摺り出し、『ユキちゃん、俺と恋愛しない?』と、あの何を考えているのか読めない愛想の良い笑顔で『告白』を口にした。
 あれから……、もう、二年。
 最初の頃は、サージェスさんの恋人としてその隣に立つ事に不安があったけれど……。
戸惑いも、不安も、あの人が全部その両腕に包み込んでくれているから、だから、私はこうやって幸せを感じながら日々を過ごせている。
 だけど、……最近、少し困った悩みを抱えるようになっていて。
 サージェスさんに会いたい。だけど、会うと、少し……、気まずい。
 三ヶ月前のあの日、ようやく、心も、身体も、結ばれる事が出来たのに。
 いつも本音を隠しているような、あのアイスブルーの瞳に見つめられながら、特別な想いと共に抱いて貰えたのに……。
 もう、あれから三ヶ月……。そう、三ヶ月も……、私はサージェスさんから逃げ続けている。
 あの晩の事を思い出すと、胸の奥が燃えるように熱くなって、身体が火照ってしまう。
 愛する人に触れられ、見つめられ、全てを暴かれながら、愛し抜かれた夜の幸せ。
 
「サージェスさん……」

 確かに幸せだった。あの人の全てを受け入れると、そう決めたのは私自身。
 だけど……、サージェスさんの私を見つめるあのアイスブルーの瞳が、伝わってきた愛情の深さが、私の想像以上だった事を自覚させられた夜でもあった。
 余裕の仮面を脱ぎ捨てた、サージェスさんの一途で深い想い。
 それでも、サージェスさんは必死に自分を抑え込みながら、私を気遣う姿勢を崩さずに抱いてくれた。そして、一度果てたその後に、バスルームに駆け込んでしまったサージェスさん。
 腰が痛いのを我慢して様子を覗きに行った私は、そこで見てしまった。
 サージェスさんが、私の名前を切なさと辛さの混じった声音で呼びながら、自分の分身を『慰めている』、その姿を。
 見てはいけないものを見てしまった。知らなくていいものを、知ってしまった。
 大人の男性が、私の事を想いながら、必死に自分の中にある欲望と闘っていた。
 その現実から目を離せず、私は彼の姿を見つめ続けてしまった……、の、だけど。
 バスルームにいたサージェスさんが私の存在に気付いてしまい、その時に、私を見つめたあの人のアイスブルーに宿っていた熱情の深さに、私は。
 愛されている幸せを感じながら、同時に、物凄く恥ずかしい気持ちになってしまって……。
 ――あの晩以降、次に抱かれる時にはどうされてしまうのかを考えると、なかなかお屋敷に行く事が出来なくなってしまった。
 
「ユキ姫様~、大丈夫ですか~? 何だか顔が真っ赤ですよ~」

「えっ!? あ、あ~、え~と、だ、大丈夫です!! さ、さてとっ、作業作業!!」

「あ~、もしかして、サージェスティン様の事を考えてらしたんですか? ふふ、ユキ姫様ったら可愛い~!!」

「ち、違いますよ!! こ、今夜の夕食は何かな~と、普通の事を考えていただけです!!」

 無理のある言い訳を口にしながら、私は大慌てでラッピング作業を再開した。
 人の恋愛事に好奇心旺盛なリィーナさんにはお見通しなのだろうけれど、指摘されると、やっぱり恥ずかしくて……。私は少しだけ意地悪をする事にした。

「そういえば……、リィーナさんはどうなんですか?」

「へ?」

「アイノスさんです。最近、二人でいる事が多いって聞いたんですけど」

「ぇえええええええっ!? だ、誰ですかっ、そんな根も葉もない噂を流したのは!!」

 予想通り、人の恋愛事情には積極的でも、自分の事になると大慌てになるリィーナさん。
 このウォルヴァンシア王宮の二階にある、王宮大図書館で司書をやっている男性、アイノスさんに求愛されたリィーナさんは、私と同じ立場だ。
 成熟期の、大人の男性に愛されている者同士。私としては、早く両想いになれるといいなぁ、と、二人の事を陰ながら応援している。
 積極的なアイノスさんからのアタックにたじたじなリィーナさんだけど、その姿がまた可愛いというか何というか、彼女の事を可愛がりたくなるその気持ちがよくわかるというか。

「まだ受け入れてあげないんですか?」

「うぅ……っ、ユキ姫様、仕返しなんて酷いですよっ」

「ふふ、ごめんなさい。でも、アイノスさんは良い人ですし、リィーナさんも、惹かれているんでしょう?」

「そ、それは……」

 さっきの私と同じように、リィーナさんは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 少女期である私達は、恋心の自覚が酷く遅い。
 だから、時間をかけてゆっくりと……、自分にとっての唯一人を定める。
 私も、サージェスさんへの想いを自覚したのは、出会ってから二年くらい経ってからの事だったから、戸惑う気持ちはよくわかっているつもり。
 でも、リィーナさんの中で育まれている恋心は、もうすぐ、もうすぐ、花開く時がくる。
 そんな予感がしている。

「あ、アイノスさん、なんかっ、き、嫌いですっ。私の事をからかってばっかりなんですからっ」

「ふふ、頑張ってくださいね」

「うぅ~っ!! ユキ姫様の意地悪~!!」

 涙目で違う違うと繰り返す彼女を微笑ましく眺めながら、私は厨房でのひとときを過ごしたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「え? お休み、ですか?」

「はい。せっかく来て頂いたのに申し訳ないのですが、団長は今日、体調を崩されたようで、屋敷の方で休養しておられます」

「そう、ですか……」

 手作りのクッキーを持って訪れた、ガデルフォーン皇宮の騎士団の入り口。
 騎士服姿の男性が申し訳なさそうに私へと小さく頭を下げると、また中へと戻って行ってしまった。

「サージェスさん……」

 たとえ体調が悪くても、サージェスさんは滅多に仕事を休んだりする事のない人。
 それなのに、休みを取っているという事は……。

「――っ」

 居ても立ってもいられなくなってしまった私は、騎士団を後にした。
 皇宮内を全速力で駆けながら、心に想うのは、サージェスさんの事ばかり。
 騎士団のお仕事を休む程に具合が悪いの? 何か、重い病気にでもかかったの?
 悪い想像と不安で胸の中を掻き回されながら、皇宮に向かって急ぐ。
 けれど、その矢先に――。

「きゃっ!!」

「うわっ」

 皇宮回廊の曲がり角から現れた誰かにぶつかってしまい、危うく後ろに倒れ込みそうになってしまった。

「おっと、……大丈夫ですか? お嬢さん」

 転んでしまう。そう予感したけれど、ぶつかった相手である貴族風の身なりをした男性が私の腰に腕をまわし、ぐっと力を入れて、自分の方に引き戻してくれた。

「あ、ありがとうございましたっ」

「いえ。御身にお怪我がないようで何よりです。ユキ姫殿」

 ガデルフォーン貴族の人達が纏う正装姿の、二十代半ば程に見える青髪の男性。
 紳士的な物腰と、優しい微笑を湛えた美しい人。以前に、ガデルフォーンでの夜会で顔を合わせた事のある人だ。
 確か、ディヴェラーデ侯爵家の……、跡取り息子さんで、名前は、ルヴァートさん、だったはず。
 今までに出会った貴族の人達は沢山いるけれど、この人の事は、不思議と、印象に残っていた。
 
「ユキ姫殿とお会いできるとは、今日はとても運が良い日です。私の事などお忘れかもしれませんが、以前に一度、夜会でご挨拶をさせて頂きました。ディヴェラーデ侯爵家の長子、ルヴァートと申します」

「は、はいっ、覚えています。お久しぶりです」

「それは光栄の至り。ユキ姫殿に覚えて頂けていたとは。もしよろしければ、これから一緒にお茶の席でも如何でしょう? 我が屋敷にご招待させて頂けませんか?」

「え~と、その、すみません。用事の途中なので、また、次の機会に」

 ウォルヴァンシアの王兄姫としての私は、自国や他国の人達に誘われる事が多々ある。
 けれど、迂闊に誘いを受けると困った事になる場合もあるので、大抵は、レイフィード叔父さんの許可を得てからという事にしている。
 それに、今は一刻も早くサージェスさんの許に辿り着きたい。
 早口にお断りの言葉を口にして、私がルヴァートさんの隣を過ぎ去ろうとすると。

「我が国の、騎士団長の許に行かれるのですか?」

 行く手を塞いだ、ルヴァートさんの右腕。意味深な含みのある低い音のした方を、引き寄せられるように見上げる。

「え? あ、は、はい。でも、どうしてわかったんですか?」

「いえ、ユキ姫殿と騎士団長殿どの噂は時々耳にしますので……。もしよろしければ、この手紙を、彼に渡しては頂けないでしょうか?」

 ルヴァートさんが上着の内側から取り出した、一通の手紙。
 自分が渡そうとしても、絶対に受け取って貰えない。
 そう悲しそうに微笑んだルヴァートさんに首を傾げながら、手紙を受け取る。
 サージェスさんとルヴァートさんは、騎士団長と貴族という関係上、色々と繋がりがあるのだろうけれど。絶対に受け取って貰えない、って……、どうして?

「あの……、サージェスさんと、何かあったんですか?」

「いえ、何も……、何も、ないのですよ」
 
 何もない。その事が、どうしようもなく……、悲しい事であるかのように、ルヴァートさんは俯き加減に答える。
 基本的に、私が知る限り……、サージェスさんは、誰かと関係をこじらせるような事を自分からする人じゃない、と、思う。ルヴァートさんも、優しい物腰をしている人だし、逆も、なさそう。
 なら、どうして? どうして、サージェスさんは、手紙を受け取ってあげないの?
 
「どうか、よろしくお願いいたします。ユキ姫殿。では」

「は、はい」

 去って行く悲しげな背中を見送った後、預かった手紙を改めて眺めてみた。
 薄茶色の封筒。綺麗な文字で綴られた、サージェスさんの名前。
 裏側には、ディヴェラーデ侯爵家のものらしき、黄金色の封蝋が押されてある。
 貴族の中には、ガデルフォーン皇国の女帝であるディアーネスさんに取り入ったり、気に入られる為に、あらゆる手を使う人がいると聞く。
 騎士団長であるサージェスさんも、その橋渡し役的な意味で、賄賂的な物を送り付けられる事がある、と。そう、前に話していたような……。
 でも、ルヴァートさんの場合は、そういう意味合いの手紙じゃない。
 あの悲しそうな笑みを思い返しながら、何故だか、そう思えた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「いらっしゃいませ、ユキ姫様」

 ガデルフォーンの皇都内にある、サージェスさんのお屋敷。
 貴族の人達が屋敷を構えている区画とは真逆の、そこから遠く離れた、静かな場所に立つお屋敷。
 小さな噴水の横を通って玄関まで辿り着いた私は、訪問者の気配を察して出てきてくれた家令の男性に出迎えられた。
 サージェスさんは昨夜から高熱が続いているらしく、薬を飲んで安静にしているらしい。
 恐らく、仕事の疲れが溜まっていたせいだと、家令さんは心配そうにしながら、私を中へと通してくれた。私の顔を見れば、何よりも効果絶大な、特効薬になるだろうから、と。
 家令さんと、僅かな人数の使用人さん達だけが管理している、サージェスさんのお屋敷。
 皇都の賑やかな場所から離れているせいか、いつ訪れても静かな場所だ。
 
「では、少々お待ちください。すぐに旦那様が参りますので」

「あの……、体調が悪いなら、寝室までお見舞いに」

「いえ、旦那様からのご指示なのでございます。この客間にて、ユキ姫様にお待ち頂くように、と」

「は、はい……。わかりました」

 静かに客間の扉が閉まった後、ソファーに座り、窓の外の景色を眺めながら息を吐いた。
 サージェスさんが体調を崩したと聞いて、駆けつけてはみたものの……。
 よくよく考えてみると、このお屋敷は二ヶ月もの間……、ずっと避け続けていた場所。
 あの寝室で抱かれた時、本当に、幸せで、幸せで、生まれて来て良かったと思えた。
 大好きな人の熱に溶かされて、優しい声音で愛を囁かれながら……、痛みと喜びを与えられた、忘れられない夜の想い出。
 
「サージェスさん……、気付いてる、よね」

 私が、このお屋敷に来る事を拒んでいた事。
私が、サージェスさんに抱かれる事を、拒んでいた事を。
 理由については、ある程度までは読まれている気がするけれど……、サージェスさんは無理に聞き出そうとはせず、私の事を待ち続けてくれている。
 あの人の愛情の深さと、抱かれて初めて知った……、サージェスさんの、激しさを抱く一面。
 変えられてしまうと思った。このまま、サージェスさんの愛情を受け続けたら、その想いに溺れ続けたら、私は――。
 でも、本人に相談しようにも……、なかなか。

「ユキちゃーん、待たせちゃってごめんねー」

「あ、サージェスさん。すみません、急に訪ねて来たりして」

 私が一人で悶々と悩んでいるところに現れた、黒シャツと白いズボン姿のサージェスさん。
 家令さんから聞いていた話では、まだ具合の悪さが続いている、という事だったけど……。
 
「ちょっと吃驚したけど、ユキちゃんなら大歓迎だよ。お見舞いに来てくれたんだよね?」

「は、はいっ。本当は差し入れ用のクッキーを騎士団まで届けに行ったんですけど、お休みだと聞いて」

「俺の事が心配になっちゃった?」

「えっと、……はい」

 お茶目な笑みと一緒に視線を向けてくるサージェスさんの姿は、普段と変わらず明るいもの。
 一瞬だけほっとしかけた私だったけど、その姿が近付いて来た時に気付いた。
 サージェスさんは……、多分、私が心配しないように無理をしている。
 今は騎士団長の立場に在るサージェスさんだけど、腕の良いお医者様としての面も持ち合わせている人だから、上手く自分の状態を誤魔化しているのだろう。
 その首筋から胸元へと流れ落ちた汗。よく見れば、サージェスさんの笑顔には、いつもに比べて明るさが足りない気がする。
 サージェスさんは立ち上がりかけた私を制すると、隣へと座ってきた。
 
「嬉しいよ。有難う、ユキちゃん」

「い、いえっ、そんな……、大したお見舞いの品もないんですけどっ。お、起きていて、大丈夫なんですか?」

 私の蒼髪をひと房その手に掬い上げ、サージェスさんが愛おしさを含んだ眼差しと共に、口付けてくる。日本男性だったら、簡単には出来ない愛情表現の一種。
 でも、この異世界エリュセードの人達にとっては、愛する人へ触れる事は、ごく自然な事。
 私も、家族や友人からのスキンシップには慣れてきたけれど、……好きな人にこうやって触れられると、まだまだ慣れられるのは先だと感じてしまう。
 サージェスさんの事を好きになればなる程、胸の奥にある気持ちが大きく膨らんで、見つめられる度に、触れられる度に、私の中の何かが変化していくようで……。

「心配させちゃってごめんね。最近仕事が忙しかったら、その疲れが出ちゃったみたいなんだよ。けど、薬も飲んだし、さっきまでぐっすり寝てたから、もうこの通り、元気元気」

「でも、……まだ、熱があるんじゃないですか?」

「まぁ、少しはね。心配してくれて有難う、ユキちゃん」

 無理をしてでも、私に会いたいと思ってくれた……。
 サージェスさんからのキスを頬に受けながら、私も彼の頬に同じものを返す。
 やっぱり、まだ肌が熱い。黒いシャツの開いた部分に見える肌には、幾筋もの汗が伝っている。
 
「サージェスさん、これ、差し入れ用のクッキーです。あとで食べてください」

「有難う。じゃあ、一緒に」

「それじゃ、帰りますね。サージェスさん、お身体お大事に」

「え? ユキちゃん、まだ来たばっかりだよ? 帰っちゃうの?」

「はい。元からそのつもりでしたし、今日はちょっと、用事があるので」

 こう言っておけば、サージェスさんが私を引き止める事はない。
 私が帰れば、寝室でまだゆっくりと休めるだろうし、……あ、そうだ。
 ルヴァートさんから預かった手紙を渡さないと。
 ソファーから立ち上がりかけた私は動きを止めてそれを思い出し、スカートのポケットから手紙を取り出した。

「もしかして、ユキちゃんから俺へのラブレ」

「違います。ディヴェラーデ侯爵家の、ルヴァートさんから預かった物です」

「へぇ……、そっかー」

「――って、サージェスさん!! 何ニッコリ笑顔で手紙を燃やしてるんですか!!」

「んー? 特に読んでも仕方ないからだよー。まぁ、届けてくれたユキちゃんには悪いけど、その代わり、一緒に夕方までお茶でもしようねー」

 ポイッと、躊躇なくソファーの裏側に捨てられた、ルヴァートさんの手紙。
 あぁ、本当に本人の言っていた通り、受け取る気がない、というか、読む気が微塵もない!!
 それに、帰ると言っている私の事情がいつの間にかなかった事になっている件について!!
 
「旦那様、お茶とお菓子をお持ちいたしました」

 そして、タイミング悪く運ばれてきた、ワゴンのティーセット!!
 家令さんの手によって、テーブルの上に次々と美味しそうなお菓子が何種類も並べられていく。
 その種類と量の……、この多さ!! とても二人で食べられる量じゃない!!
 
「ユキ姫様が来て下さると、旦那様はじめ、屋敷の者一同、心が弾みます。どうかごゆっくりとなさっていってください」

「は、はい……」

「今、当屋敷の料理人が腕によりをかけて、冷たいデザートも作っております。どうか、どうか、ごゆっくりと、お過ごし下さいませ」

 二回も、二回も、念を押すように家令さんが逃げ道を塞ぎにかかってくる!!
 振る舞われた物を残せない私の性格をお見通しなのか、「さぁ、ご遠慮なさらずにどうぞ」と、テーブルに並ぶ魅惑のお菓子へと促す家令さん。
 お屋敷の主人であるサージェスさんの願いを正しく汲んでいるというか、何という頼もしい後方支援に徹してくるのだろうか。これじゃあ、断れないっ。

「じゃ、じゃあ、少しだけ……。い、頂きますっ」

「いっぱい食べてねー、ユキちゃん」

 結局居残る事になってしまったけれど、サージェスさんが迷惑でないのなら、まぁ、いっか。
 でも、……ソファーの裏に落ちた手紙。サージェスさんはどうして、あんな扱いを。
 
「サージェスさん、さっきの手紙の事なんですけど、一応、内容を確認しておいた方がいいんじゃ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。一旦断った話を繰り返してきてるだけだからね」

「繰り返し、って……、一体何のお話を頂いたんですか? ……もしかして、お、お見合いの話、とか、ですか?」

「ふふ、確かに貴族の人達からそういう話を貰う時もあるけどね。でも、俺にはユキちゃんがいるし、ユキちゃん以外のお婿さんにはなりたくないから、その類の話は全部蹴ってるよ。安心して」

「そ、そうですかっ。あ、ありがとうございますっ。……でも、じゃあ、何のお話を」

 お見合い絡みでないとすると、じゃあ、やっぱり、女帝であるディアーネスさん絡み、かな?
 けれど、それも違う、と、サージェスさんに首を振られてしまう。
 焼き立てのマドレーヌを手に取り、それをひと口齧った後、サージェスさんが物憂げに息を吐いた。
 体調が悪い事はわかっているけれど、それ以外の何かに疲れているかのような気配が……。

「俺をね、『家族』にしたいんだって」

「……え?」

 そう口にしたサージェスさんの表情は、無茶ぶりを振られた人特有の、疲労感たっぷりのものだった。
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