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~サージェスティン・フェイシア編~
魔竜の騎士は狼王の姫に翻弄される9~サージェスティン×幸希~
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「それじゃあ、皆さんお疲れ様でした~」
「お疲れ様~! 気を付けて帰りなよ~!」
町全体が優しいオレンジの気配に包まれた頃。
私は一日の仕事を終えて、勤めている羊凛族の喫茶店を後にした。
週に三回のアルバイト。上品さと落ち着いた雰囲気の職場と、優しく紳士的な中年紳士の姿をしたマスター。それから、面倒見の良い先輩達。
ディヴェラーデ家絡みの騒動が起こる三ヶ月程前からお世話になっていて、復帰後も温かく迎えてくれている、素敵な職場だ。
「あれ?」
お土産に貰ったケーキ入りの箱を手に噴水広場に着くと、そこにいつもの姿はなかった。
一人でも自由に転移の陣を使えるから移動は簡単なのだけど……、ふぅ、ウチには色々と過保護な人が多いから。大抵は誰かが送り迎えを担当してくれている。
何か用事があってお迎えが遅くなっているのかな……?
帰路に着こうと広場を後にする人々、店じまいの露天商、後は……、夕暮れ時の雰囲気に浸りながらベンチで仲睦まじくしているカップル、などなど。
そんな周囲の様子を見まわした私は広場の隅にあるベンチへと歩み寄り、そっと腰を下ろした。
「ふぅ……」
何事もなく、穏やかに過ぎてゆく日常。
当たり前の事のようで、当たり前じゃない……、とても幸せな時の流れ。
禁呪により窮地に立たされた私の身体は、この地上での命は、どうにかその危機を脱する事が出來た。ルイヴェルさん達が、そして、サージェスさんが守ってくれた命。
たとえ天上に神としての器があっても、ユキ・ウォルヴァンシアとしての生は私にとって……、かけがえのない、大切なひとつの在り方。
「本当に……、良かった」
今までにも危険な目には色々と遭ってきたけれど、やっぱり、心臓を握り潰されるかのような辛さは、何度経験しても慣れる事はない。
あの夜、もし、サージェスさんを失っていたら……。
私は、たとえ自分が助かっても、……壊れていたかもしれない。
ディヴェラーデ侯爵家の前当主様が創り出した空間から逃げ出し、天上の器に戻ってからサージェスさんを助けに戻るまで、ずっと、ずっと……。
背筋を伝う冷たい感触に不安を波のように煽られながら理性を保ち続けたあの夜。
サージェスさんの、酷い傷を負いながらも命を失わずに戻って来てくれた姿を目にした時の、抑えきれない程の、溢れる、想い。
願わくば、もう二度とあんな事態を招く事がありませんように……。
あの夜の出来事が、一生分の辛い事を一纏めにしたもので……、これからのサージェスさんの人生が、沢山の幸福に包まれていますように。そう、強く願う。
『ミャァァ……』
「……ん?」
物思いに耽っていると、不意に可愛らしい声が聞こえた。
猫の鳴き声に似ているけれど……、膝に響くような低い音……、え?
恐る恐る自分の膝に視線を移動させてみた私は、そこに真っ黒な物体を発見してしまった。
ずしっと重みを乗せているそれは、またさっきと同じように小さな鳴き声を上げる。
膝に乗っているのは真っ黒な頭の部分、ひょこひょこと時折動いているのは……、猫のそれと似た、二つのお耳。
首から続いてお座りの状態となっているのは、黒い毛並みと、一部に青の綺麗な色合いが混ざった、どっしりとした体躯。お尻からは長く太い尻尾が地面に続いているようだ。
「豹……?」
日本であれば、町中で猛獣の類と遭遇すれば大きな騒動になってしまうところだけど、この異世界エリュセードではそこまで驚く程の事でもない。
様々な種族や生き物がいて、上手く共存している世界。
だから、こうやって猛獣の類が人懐っこく甘えてきても、特に動じる事はない。
……の、だけど。
「何やってるんですか? ――サージェスさん」
『あっ、やっぱりバレちゃったー? ユキちゃんてば鋭いなー』
わからないわけがない。
どんな姿になっていても、大好きな人から伝わってくるこの温かな気配を、決して掴み逃したりなんかしない。――というよりも、普通の野良豹か、そうでないかなんて、すぐにわかりますよ。
ぺしっとサージェスさんの頭を軽く叩くと、彼は楽しそうに笑う声を続けながら人の姿へと変じた。青い髪の、魔竜の騎士様、ではなくて、豹の姿をしている時と同じ色彩を抱く髪色を纏った、私とあまり歳の変わらない姿に。日本で言えば、十五、六歳、ぐらいかな。
「それが、サージェスさんのもうひとつの姿なんですね。豹麗族、それが、お父さんの種族」
「うん。どうやら遺伝的には母さんの血筋の方が強かったみたいでね。豹麗族の姿は、まだ少年期同然なんだ」
ウォルヴァンシア王国の騎士団長であるルディーさんとは逆のパターンだ。
ルディーさんも二種族の血筋を受け継ぐ人だけど、普段は少年期の姿でいる事が多い。
反対に、サージェスさんは大人の姿でいる事が多く、というより、今のこの姿を私はこれまでに一度も見た事がない。
「ふふ、何だか新鮮ですね」
少し幼くなった顔立ちと、小悪魔めいた印象の漂うサージェスさんの髪に手を伸ばし、そのサラサラとした感触を楽しむ。
「ん~、ユキちゃん、くすぐったいよー。どうせなら、こっち」
私の手を引き寄せ、サージェスさんは自分の頬にその温もりを押し当てた。
豹麗族、だからかな……。仕草や気配、手のひらを感じながら私を見るその眼差しが、どこか猫っぽく感じられる。
「あったかいね……、ユキちゃんの手」
「サージェスさんも、あったかいですよ」
きっと、互いに思うのは……、あの夜の事。
一緒に生き延びる事が出来たからこそ、今、この温もりを感じ合えている。
ディヴェラーデ侯爵家での晩から、一ヶ月と少し……。
禁呪による後遺症でフェリデロード家のお屋敷から出られなかった私を、この人は何度も見舞いに来てくれた。そして、健康な状態に戻ってから会ったのは、今日が初めての事。
「ごめんね、快気祝いに中々来れなくて……。陛下から押し付けられた仕事が長引いちゃって、ようやく、だよ」
「ふふ、沢山お見舞いに来てくれたんですから、大丈夫ですよ」
「……でも、俺はユキちゃんに会いたくて堪らなかったよ?」
ストレートに告げられてしまった本音に、夕日の柔らかな光に紛れながら顔がほんのりと喜びの色に染まってゆく。
もう……、周囲に人がいるのに、どうしてこの人はこんなにも恥ずかし気なく、素直な言葉を音に乗せる事が出来るのだろうか。嬉しいけれど……、少しだけ、困る。
――だけど。
「サージェスさん」
「ん?」
与えられてばかりじゃ、私はいつまでも成長しないままだ。
そう思って自分からサージェスさんの唇に温もりを重ねてみたのだけど……。
サージェスさんが何度か瞬きを見せ、自分の唇に指先を添えた。
「……サージェスさん?」
さっきの私と同じだ。夕陽の色に紛れて染まる、喜びの色。
口元を覆ったサージェスさんが少しだけ視線を逸らした。
「あの……、ね。俺、自分からするのも好きだけど、今みたいに不意打ちされちゃうと」
「はい?」
気付かない間に、私の腰にまわされていた片腕。抱き寄せられた温もり。
私の耳を猫っぽい仕草でぺろりと舐め、サージェスさんが至近距離で視線を合わせてきた。
「嬉しさのあまり、オオカミさんが目を覚ましちゃうよ?」
「オオ、カミ……? あ」
こつんと触れ合った額。困ったように笑顔を浮かべるサージェスさん。
自分で思っていたよりも、私からの積極的な愛情表現は彼を喜ばせる事が出来たらしい。
だけど、それは男性的にいえば、嬉しい事でもあり、想いが高まりすぎて困る事でもあり、と。
「が、ガオッとなるのは……、二人きりの場所でお願い、しますっ」
「うん。それも十分に俺の事煽ってるからね? でも、ユキちゃんがキスしてくれたから、今日は何を言われても、何をされても頑張れそうだよー」
「え?」
頑張るって何を? お仕事が終わって時間が出来たから顔を見に来てくれたんじゃないの?
もしかして、すぐにどこかへ行ってしまうのだろうか? ……また、離れ離れ。
一人で何やら張り切っているサージェスさんの横で、一気にテンションダウン。
「あの……、何か、ご用事が?」
「うん。ちょっとこれから、ウォルヴァンシアの王様とユキちゃんのお父さんにお願いをしに行こうと思って」
「二人に……? あの、何かあったんですか? 大事なお話ですか?」
「うんうん、すっごく大事な話だよー。『娘さんを俺に下さい』って、殴られる覚悟で行くからねー」
「へぇ……、そうなんですか。私を、――え?」
素敵なニコニコ笑顔でさらっと言われた目的内容に、芽生えた寂しさが一気に吹き飛ぶ。
な、なななな、い、今っ、今っ、何を言ったの!? この人は!!
心の準備も何もなく、私をすっ飛ばして何をしようとしているの!!
腰を引き、離れかけた私を逃がさないようにサージェスさんの悪戯っぽい笑顔が追ってくる。
豹麗族の姿から普段の竜煌族の姿へと戻り、私の両手を取って包み込む。
「ユキちゃん、俺と結婚してください」
「……」
冗談でも、からかっているわけでもない……。
綺麗なアイスブルーの瞳に滲む、私への想い。偽りのない、深い愛情。
私がサージェスさんに仕掛けた不意打ちなんて比にならない、胸の高鳴り。
お互いに想い合っているのだから、その関係が続けばいつかは……。
そう思う事もあった。好きな人のお嫁さんになれる日を夢見る事も。
――だけど。
「サージェスさん」
「うん」
「せっかく助かった命を、また捨てる気なんですか!?」
「え?」
本当は、サージェスさんの胸に飛び込んだり、涙を零しながらプロポーズの言葉を受け入れるべきなのだろうけれど、私の反応は違っていた。
まだ成熟期を迎えてもいない私に結婚を申し込むなんて!!
その上、これからレイフィード叔父さん達に許しを請いに行くなんて!!
いくらサージェスさんが強くても、ガデルフォーン騎士団を率いる人でも、無謀過ぎて心臓が止まるかと思った!! 過保護の化身ともいうべきウォルヴァンシアの保護者さん達を相手にそんな事言ったら、間違いなくサージェスさんがボコボコにされてしまう!!
一息でそう叫んだ私に、広場を行き交う人達から不思議そうな視線が送られてくる。
……い、いけない。つい、我を忘れて……。
コホンッと咳払いし、ゆっくりとベンチに座りなおす。
「ユキちゃん、欲しかった反応と全然違うよー……」
「す、すみません……。で、でもっ、やっぱり無理ですよ。せめて成熟期を迎えるまでは……」
「そのつもりだったんだけどね……。もう、ユキちゃんと会えない日々を過ごすのは嫌だな、って、この前の騒動の時に思ったんだ。俺の知らないところで、君が傷付く姿はもう見たくない」
「サージェスさん……」
「毎日、ずっと一緒は無理でも、必ず顔を合わせたい。一緒に一日を始めて、夜は二人で一緒に眠る。そんな幸せを、叶えたいと思っちゃ駄目かな?」
私の両手を引き寄せ、サージェスさんは同じ温もりを重ねながら自分の頬を包み込ませる。
優しくて、切ない……、心からの祈りを帯びた声音。
私だって、サージェスさんと一緒にいたい。同じ国で暮らして、同じ場所に住んで、寄り添いながら夜を一緒に過ごしたい。
朝起きた時、愛しい人の温もりが必ず傍にある幸せ……。
サージェスさんが私の心を、さらに揺さぶりかける。
「ユキちゃん、俺と家族になろう? ね?」
「うっ……!!」
何ですか!! その孤独の中を生きてきたみたいな寂しそうなお顔は!!
今私の胸に何か刺さりましたよ!! ずきゅぅううううんんっ!! って!!
あぁっ、心拍数が跳ね上がって、胸がドキドキして、今すぐにサージェスさんを抱き締めたくなるような衝動が!!
で、でも、でも……っ、今ここでプロポーズを受け入れてしまったら、サージェスさんが過保護四天王その他諸々に×○▽□……!! そ、それだけは、それだけは……!!
「だいじょーぶ。ユキちゃんのお父さん達にわかってもらえるように、心を尽くして話をするから」
「だ、駄目です!!」
「えぇ……、ユキちゃん心配性過ぎだよー。お許しが出たら俺と結婚出来るんだよ? 尽くし系の旦那様が出来るんだよー? お得な事がいっぱいだよー?」
「特典主張をされても駄目です!!」
「じゃあ……」
ポンッ! と、一瞬で黒豹の姿になったサージェスさんが、すりすりと私に頭を擦り付けてアニマル効果で落としにかかってくる。
あぁ、このもふもふとした感触が恨めしい。知らず、両手がサージェスさんを抱き締め、よしよしと撫で始めてしまう。うぅ、可愛すぎてずっと触っていたくなる。
毎日この毛並みをよしよしと撫でまわし、時にはブラッシングをして、一緒にベッドで眠る夜。
あざとい!! あざとすぎますよ!! サージェスさん!!
全身全霊で私を陥落させようとするなんて!!
「……はぁ、今ここで断り続けても、無駄なんですよね?」
『うん。ありとあらゆる手で攻め落とす気でいるよー』
つまり、私がサージェスさんの事を好きでいる限り、この人が私の心を知っている限り、逃げ道はない、と。多分、私が本気で嫌がれば引いてくれるのだろうけれど……。
残念な事に、私はレイフィード叔父さん達の事を除けば、すぐに頷いてプロポーズを受けていたはずだ。だから、サージェスさんを本気で拒むのは、無理。
「私も一緒にお願いしますけど……、危なくなったら、引いてくださいね?」
『それはどうかなー。本気で愛した人に求婚したんだもん。死んでも勝ちに行く気だよー』
やる気満々で雄々しい鳴き声を上げ、サージェスさんは黒い前足を私の肩に乗せた。
あぁ……、もう、本当に大丈夫なのかなぁ、この人。
私はがっくりと項垂れながら、先行きに不安を感じるのだった。
「お疲れ様~! 気を付けて帰りなよ~!」
町全体が優しいオレンジの気配に包まれた頃。
私は一日の仕事を終えて、勤めている羊凛族の喫茶店を後にした。
週に三回のアルバイト。上品さと落ち着いた雰囲気の職場と、優しく紳士的な中年紳士の姿をしたマスター。それから、面倒見の良い先輩達。
ディヴェラーデ家絡みの騒動が起こる三ヶ月程前からお世話になっていて、復帰後も温かく迎えてくれている、素敵な職場だ。
「あれ?」
お土産に貰ったケーキ入りの箱を手に噴水広場に着くと、そこにいつもの姿はなかった。
一人でも自由に転移の陣を使えるから移動は簡単なのだけど……、ふぅ、ウチには色々と過保護な人が多いから。大抵は誰かが送り迎えを担当してくれている。
何か用事があってお迎えが遅くなっているのかな……?
帰路に着こうと広場を後にする人々、店じまいの露天商、後は……、夕暮れ時の雰囲気に浸りながらベンチで仲睦まじくしているカップル、などなど。
そんな周囲の様子を見まわした私は広場の隅にあるベンチへと歩み寄り、そっと腰を下ろした。
「ふぅ……」
何事もなく、穏やかに過ぎてゆく日常。
当たり前の事のようで、当たり前じゃない……、とても幸せな時の流れ。
禁呪により窮地に立たされた私の身体は、この地上での命は、どうにかその危機を脱する事が出來た。ルイヴェルさん達が、そして、サージェスさんが守ってくれた命。
たとえ天上に神としての器があっても、ユキ・ウォルヴァンシアとしての生は私にとって……、かけがえのない、大切なひとつの在り方。
「本当に……、良かった」
今までにも危険な目には色々と遭ってきたけれど、やっぱり、心臓を握り潰されるかのような辛さは、何度経験しても慣れる事はない。
あの夜、もし、サージェスさんを失っていたら……。
私は、たとえ自分が助かっても、……壊れていたかもしれない。
ディヴェラーデ侯爵家の前当主様が創り出した空間から逃げ出し、天上の器に戻ってからサージェスさんを助けに戻るまで、ずっと、ずっと……。
背筋を伝う冷たい感触に不安を波のように煽られながら理性を保ち続けたあの夜。
サージェスさんの、酷い傷を負いながらも命を失わずに戻って来てくれた姿を目にした時の、抑えきれない程の、溢れる、想い。
願わくば、もう二度とあんな事態を招く事がありませんように……。
あの夜の出来事が、一生分の辛い事を一纏めにしたもので……、これからのサージェスさんの人生が、沢山の幸福に包まれていますように。そう、強く願う。
『ミャァァ……』
「……ん?」
物思いに耽っていると、不意に可愛らしい声が聞こえた。
猫の鳴き声に似ているけれど……、膝に響くような低い音……、え?
恐る恐る自分の膝に視線を移動させてみた私は、そこに真っ黒な物体を発見してしまった。
ずしっと重みを乗せているそれは、またさっきと同じように小さな鳴き声を上げる。
膝に乗っているのは真っ黒な頭の部分、ひょこひょこと時折動いているのは……、猫のそれと似た、二つのお耳。
首から続いてお座りの状態となっているのは、黒い毛並みと、一部に青の綺麗な色合いが混ざった、どっしりとした体躯。お尻からは長く太い尻尾が地面に続いているようだ。
「豹……?」
日本であれば、町中で猛獣の類と遭遇すれば大きな騒動になってしまうところだけど、この異世界エリュセードではそこまで驚く程の事でもない。
様々な種族や生き物がいて、上手く共存している世界。
だから、こうやって猛獣の類が人懐っこく甘えてきても、特に動じる事はない。
……の、だけど。
「何やってるんですか? ――サージェスさん」
『あっ、やっぱりバレちゃったー? ユキちゃんてば鋭いなー』
わからないわけがない。
どんな姿になっていても、大好きな人から伝わってくるこの温かな気配を、決して掴み逃したりなんかしない。――というよりも、普通の野良豹か、そうでないかなんて、すぐにわかりますよ。
ぺしっとサージェスさんの頭を軽く叩くと、彼は楽しそうに笑う声を続けながら人の姿へと変じた。青い髪の、魔竜の騎士様、ではなくて、豹の姿をしている時と同じ色彩を抱く髪色を纏った、私とあまり歳の変わらない姿に。日本で言えば、十五、六歳、ぐらいかな。
「それが、サージェスさんのもうひとつの姿なんですね。豹麗族、それが、お父さんの種族」
「うん。どうやら遺伝的には母さんの血筋の方が強かったみたいでね。豹麗族の姿は、まだ少年期同然なんだ」
ウォルヴァンシア王国の騎士団長であるルディーさんとは逆のパターンだ。
ルディーさんも二種族の血筋を受け継ぐ人だけど、普段は少年期の姿でいる事が多い。
反対に、サージェスさんは大人の姿でいる事が多く、というより、今のこの姿を私はこれまでに一度も見た事がない。
「ふふ、何だか新鮮ですね」
少し幼くなった顔立ちと、小悪魔めいた印象の漂うサージェスさんの髪に手を伸ばし、そのサラサラとした感触を楽しむ。
「ん~、ユキちゃん、くすぐったいよー。どうせなら、こっち」
私の手を引き寄せ、サージェスさんは自分の頬にその温もりを押し当てた。
豹麗族、だからかな……。仕草や気配、手のひらを感じながら私を見るその眼差しが、どこか猫っぽく感じられる。
「あったかいね……、ユキちゃんの手」
「サージェスさんも、あったかいですよ」
きっと、互いに思うのは……、あの夜の事。
一緒に生き延びる事が出来たからこそ、今、この温もりを感じ合えている。
ディヴェラーデ侯爵家での晩から、一ヶ月と少し……。
禁呪による後遺症でフェリデロード家のお屋敷から出られなかった私を、この人は何度も見舞いに来てくれた。そして、健康な状態に戻ってから会ったのは、今日が初めての事。
「ごめんね、快気祝いに中々来れなくて……。陛下から押し付けられた仕事が長引いちゃって、ようやく、だよ」
「ふふ、沢山お見舞いに来てくれたんですから、大丈夫ですよ」
「……でも、俺はユキちゃんに会いたくて堪らなかったよ?」
ストレートに告げられてしまった本音に、夕日の柔らかな光に紛れながら顔がほんのりと喜びの色に染まってゆく。
もう……、周囲に人がいるのに、どうしてこの人はこんなにも恥ずかし気なく、素直な言葉を音に乗せる事が出来るのだろうか。嬉しいけれど……、少しだけ、困る。
――だけど。
「サージェスさん」
「ん?」
与えられてばかりじゃ、私はいつまでも成長しないままだ。
そう思って自分からサージェスさんの唇に温もりを重ねてみたのだけど……。
サージェスさんが何度か瞬きを見せ、自分の唇に指先を添えた。
「……サージェスさん?」
さっきの私と同じだ。夕陽の色に紛れて染まる、喜びの色。
口元を覆ったサージェスさんが少しだけ視線を逸らした。
「あの……、ね。俺、自分からするのも好きだけど、今みたいに不意打ちされちゃうと」
「はい?」
気付かない間に、私の腰にまわされていた片腕。抱き寄せられた温もり。
私の耳を猫っぽい仕草でぺろりと舐め、サージェスさんが至近距離で視線を合わせてきた。
「嬉しさのあまり、オオカミさんが目を覚ましちゃうよ?」
「オオ、カミ……? あ」
こつんと触れ合った額。困ったように笑顔を浮かべるサージェスさん。
自分で思っていたよりも、私からの積極的な愛情表現は彼を喜ばせる事が出来たらしい。
だけど、それは男性的にいえば、嬉しい事でもあり、想いが高まりすぎて困る事でもあり、と。
「が、ガオッとなるのは……、二人きりの場所でお願い、しますっ」
「うん。それも十分に俺の事煽ってるからね? でも、ユキちゃんがキスしてくれたから、今日は何を言われても、何をされても頑張れそうだよー」
「え?」
頑張るって何を? お仕事が終わって時間が出来たから顔を見に来てくれたんじゃないの?
もしかして、すぐにどこかへ行ってしまうのだろうか? ……また、離れ離れ。
一人で何やら張り切っているサージェスさんの横で、一気にテンションダウン。
「あの……、何か、ご用事が?」
「うん。ちょっとこれから、ウォルヴァンシアの王様とユキちゃんのお父さんにお願いをしに行こうと思って」
「二人に……? あの、何かあったんですか? 大事なお話ですか?」
「うんうん、すっごく大事な話だよー。『娘さんを俺に下さい』って、殴られる覚悟で行くからねー」
「へぇ……、そうなんですか。私を、――え?」
素敵なニコニコ笑顔でさらっと言われた目的内容に、芽生えた寂しさが一気に吹き飛ぶ。
な、なななな、い、今っ、今っ、何を言ったの!? この人は!!
心の準備も何もなく、私をすっ飛ばして何をしようとしているの!!
腰を引き、離れかけた私を逃がさないようにサージェスさんの悪戯っぽい笑顔が追ってくる。
豹麗族の姿から普段の竜煌族の姿へと戻り、私の両手を取って包み込む。
「ユキちゃん、俺と結婚してください」
「……」
冗談でも、からかっているわけでもない……。
綺麗なアイスブルーの瞳に滲む、私への想い。偽りのない、深い愛情。
私がサージェスさんに仕掛けた不意打ちなんて比にならない、胸の高鳴り。
お互いに想い合っているのだから、その関係が続けばいつかは……。
そう思う事もあった。好きな人のお嫁さんになれる日を夢見る事も。
――だけど。
「サージェスさん」
「うん」
「せっかく助かった命を、また捨てる気なんですか!?」
「え?」
本当は、サージェスさんの胸に飛び込んだり、涙を零しながらプロポーズの言葉を受け入れるべきなのだろうけれど、私の反応は違っていた。
まだ成熟期を迎えてもいない私に結婚を申し込むなんて!!
その上、これからレイフィード叔父さん達に許しを請いに行くなんて!!
いくらサージェスさんが強くても、ガデルフォーン騎士団を率いる人でも、無謀過ぎて心臓が止まるかと思った!! 過保護の化身ともいうべきウォルヴァンシアの保護者さん達を相手にそんな事言ったら、間違いなくサージェスさんがボコボコにされてしまう!!
一息でそう叫んだ私に、広場を行き交う人達から不思議そうな視線が送られてくる。
……い、いけない。つい、我を忘れて……。
コホンッと咳払いし、ゆっくりとベンチに座りなおす。
「ユキちゃん、欲しかった反応と全然違うよー……」
「す、すみません……。で、でもっ、やっぱり無理ですよ。せめて成熟期を迎えるまでは……」
「そのつもりだったんだけどね……。もう、ユキちゃんと会えない日々を過ごすのは嫌だな、って、この前の騒動の時に思ったんだ。俺の知らないところで、君が傷付く姿はもう見たくない」
「サージェスさん……」
「毎日、ずっと一緒は無理でも、必ず顔を合わせたい。一緒に一日を始めて、夜は二人で一緒に眠る。そんな幸せを、叶えたいと思っちゃ駄目かな?」
私の両手を引き寄せ、サージェスさんは同じ温もりを重ねながら自分の頬を包み込ませる。
優しくて、切ない……、心からの祈りを帯びた声音。
私だって、サージェスさんと一緒にいたい。同じ国で暮らして、同じ場所に住んで、寄り添いながら夜を一緒に過ごしたい。
朝起きた時、愛しい人の温もりが必ず傍にある幸せ……。
サージェスさんが私の心を、さらに揺さぶりかける。
「ユキちゃん、俺と家族になろう? ね?」
「うっ……!!」
何ですか!! その孤独の中を生きてきたみたいな寂しそうなお顔は!!
今私の胸に何か刺さりましたよ!! ずきゅぅううううんんっ!! って!!
あぁっ、心拍数が跳ね上がって、胸がドキドキして、今すぐにサージェスさんを抱き締めたくなるような衝動が!!
で、でも、でも……っ、今ここでプロポーズを受け入れてしまったら、サージェスさんが過保護四天王その他諸々に×○▽□……!! そ、それだけは、それだけは……!!
「だいじょーぶ。ユキちゃんのお父さん達にわかってもらえるように、心を尽くして話をするから」
「だ、駄目です!!」
「えぇ……、ユキちゃん心配性過ぎだよー。お許しが出たら俺と結婚出来るんだよ? 尽くし系の旦那様が出来るんだよー? お得な事がいっぱいだよー?」
「特典主張をされても駄目です!!」
「じゃあ……」
ポンッ! と、一瞬で黒豹の姿になったサージェスさんが、すりすりと私に頭を擦り付けてアニマル効果で落としにかかってくる。
あぁ、このもふもふとした感触が恨めしい。知らず、両手がサージェスさんを抱き締め、よしよしと撫で始めてしまう。うぅ、可愛すぎてずっと触っていたくなる。
毎日この毛並みをよしよしと撫でまわし、時にはブラッシングをして、一緒にベッドで眠る夜。
あざとい!! あざとすぎますよ!! サージェスさん!!
全身全霊で私を陥落させようとするなんて!!
「……はぁ、今ここで断り続けても、無駄なんですよね?」
『うん。ありとあらゆる手で攻め落とす気でいるよー』
つまり、私がサージェスさんの事を好きでいる限り、この人が私の心を知っている限り、逃げ道はない、と。多分、私が本気で嫌がれば引いてくれるのだろうけれど……。
残念な事に、私はレイフィード叔父さん達の事を除けば、すぐに頷いてプロポーズを受けていたはずだ。だから、サージェスさんを本気で拒むのは、無理。
「私も一緒にお願いしますけど……、危なくなったら、引いてくださいね?」
『それはどうかなー。本気で愛した人に求婚したんだもん。死んでも勝ちに行く気だよー』
やる気満々で雄々しい鳴き声を上げ、サージェスさんは黒い前足を私の肩に乗せた。
あぁ……、もう、本当に大丈夫なのかなぁ、この人。
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