無垢なる密蕾は、愛しき腕にて咲き誇らん

古都助(幸織)

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~ルイヴェル・フェリデロード編~

【結婚後】差し入れとハプニング2~ルイヴェル×幸希~

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 ――Side ルイヴェル


「ふぅ……。あれは幼い頃から落ち着きがなく、子犬のようにどこにでも行く部分があったが……」

「ルイヴェル、幼い頃よりは……、まだ落ち着きと穏やかさがあられると思うのだけど?」

 山中を照らす穏やかな夕焼けの光を受けながら、俺は地面に施した陣に手を当て探り入れ続けていた。俺の後を追ってこの山に訪れたユキ。あれが消えてから、どれだけの時を無駄にしたのか……。

「戻って来たら仕置きだな……」

 ようやく昼の時間を迎え、ひと心地着くという時に……、まさかいなくなるとはな。
 時間になっても戻って来ないユキに微かな不安を覚え山の中に行ってみれば、俺の腕の中に飛び込んで来たのは愛しい温もりではなく、あれのペットであるファニルだった。
 錯乱した様子で事情を話したファニルを連れ現場に向かうと……、そこには、空間に歪みが生じた痕跡がひとつ。
 ここが、魔力調整に歪みをもたらす場所でなければ、こんな風に手こずる事もなかった。
 さらに言えば、ユキを攫った人物が……、世界を巡る精霊でなければ。
 二つの面倒な要素が重なり合い、捜索は難航している。
 俺の傍で溜息を吐いている双子の姉、セレスフィーナから、あまりユキをいじめるなと窘められながら、一度その場から立ち上がった。
 もうすぐ……、闇の精霊の力が強まる、夜の世界が訪れる。
 何の為にユキを攫ったのか、一応は理由を聞いてやるつもりだが……、もし、万が一あれに傷でもつけるような事態になっていたら。

「ルイヴェル、言っておくけど……、世界を巡る精霊相手に理不尽な真似をしては駄目よ?」

「消滅させない程度にしておけばいい話だ」

「もう……。それも問題大ありよ」

 ユキはこの世界でも稀な存在と言える。
 精霊達が興味を抱き接触を図った可能性も考えられる、が……。
 今の俺の心はひとつだ。――最愛の妻との昼食時間を奪った罪は重い。
 視界の中で徐々に夕暮れの輪郭を失い、闇に呑まれていく景色……。
 やがて訪れた闇の世界に佇みながら、――近づいてくる気配に瞼を押し上げた。
 エリュセードを司る三つの月が静かにその姿を見せ始めている世界の中に、ひとつの影が差す。
 すぐさま向こうの意図を知り、団長服の外套を捌き、戦闘態勢に入る。
 薄闇となった世界から降り注ぐ無数の刃雨。魔術師団員達が即座に結界を張り、息を呑む気配が伝わってきた。

「随分と、仰々しい登場をする奴だ……。返り討ちで瞬殺される覚悟は」

 ――当然あるんだろうな? 
口元に笑みを浮かべ、詠唱なしに無数の氷の刃を生み出し、襲撃者に放つ。
 誰の許しを得ていると、刃を突き付け尋問したくなるほどだが、その腕に抱かれているユキの姿に安堵を覚える。たとえあの存在がユキを落としたとしても、問題はない。
 ユキに傷をつける事も、地に叩きつけられるような未来も全て、この手で捻り潰す。
 むしろ、あの男……、夜の世界から供給される闇の力を受けて活性化している精霊が俺の妻を抱き続ける事の方が不愉快だ。早急に取り戻す。
 考える暇も与えず、敵と認識した精霊へと干渉可能な攻撃用の術を連続してぶつけ続ける。
 だが、奴は素早い動きで巧みに俺の攻撃を避け、嘲笑いながら……、ユキの首筋へとその唇を近づけた。

「そうか……。消滅の道を辿りたいのなら、全力で手伝ってやろう」

 地上からの攻撃をやめ、奴の待つ大空へと戦いの舞台を移す。
 闇の精霊は、夜の世界にこそその真価を発揮する類の種族だが……、あの不快な気配を醸し出す青い瞳を見るからに。

「それは俺の伴侶だ。貴様のものではない……。今すぐに返せ」

「断る……。この娘は俺好みの容姿をしている。まぁ、性格は少々意外だったが……、それを馴らすのも愉しそうだ」

 ほぉ……。俺のものを無断でその腕に抱いておきながら、性格に難をつけるか。
 容姿だけしか見ていない、それの良さを全く理解していない……、この下種が。
 光に満ちた世界では、性格も大人しく乱暴な真似を好まないのが闇の精霊だが、どうやら自分達の領域である夜の世界が訪れ、気分が高揚し調子に乗っているようだな。
 だが……、人の姿をとれるという事は、高位の精霊には違いない。

「あまり悪戯が過ぎると、闇の精霊を束ねし王に折檻を受けるのではないか?」

 天上の神々とは別に、精霊にも各種族の王が存在する。
 王がいるからこそ、精霊達はそれに従い、世界をよりよく巡り役目を果たす事が出来るのだ。
 だが、物事には限度があり、過ぎた行いをする者には、王から罰が下される……。
 それをわかっているだろうに、いい度胸をしているな、こいつは。

「ルイヴェル~! ほどほどにしておかなきゃ駄目よ~!!」

 地上から聞こえてくるセレス姉さんの声音に、不安や緊張感といったものはない。 
 通常であれば、自国の王兄姫が攫われている状況は緊急事態だが、セレス姉さんも俺も、この事態には別段焦りを抱いていないからだ。
 ただ……。

「俺の怒りがどの程度で済むのか、自分でもわからないがな?」

 ユキ曰く、『ルイヴェルさん!! それは大魔王の微笑みです!! お願いですからやめてください!!』と、涙を浮かべて全力逃亡を図る程の表情と共に、俺は愛しい存在をこの腕の中に取り戻すべく、勝負をつけにかかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うぅっ、……ちょ、調子に乗ってすみませんでした~!!」

 それは、僅か五分後の事だ。
 人に喧嘩を売ったらどうなるか、その身で十分にわからせてやった俺は、無事に最愛の妻を奪い返す事に成功した。気を失っているようだが、特に問題はない。すぐに目を覚ますだろう。
 ――で、だ。目の前で膝を着き、俺に謝り倒している愚か者を、さて、どうやって仕置きしてやろうか。とりあえず右足の靴底で闇の精霊の頭を踏みつけながら、思案する。
 俺のユキを、その見目がタイプだからと言って、既婚者であるにも関わらず嫁にしようとした男だ。その無謀な勇気には拍手を送ってやるが、本人曰く、『最初は諦めようと思ったけど、夜が来て急にやる気が出ちゃって……!!』だそうだ。
 普段はその容姿に反して臆病な性格のようだが……、またユキに手を出されても問題だろう。

「国を出てから……、ずぅぅぅぅううっと一人で、そろそろ嫁さんが欲しかったんだ、俺」

「とりあえず、既婚者と恋人がいる者には手を出すな。今回のように手痛い報復を受ける羽目になるぞ」

「じゃあ、夫も恋人もいない、綺麗で美人で心優しい嫁さんを俺に見つけてくれ!!」

「自分で探せ」

 さらに話を聞けば、本当は住処としていた洞窟を出る気はなく、それをユキの手で強引に外へと連れ出され、夜の気配で頑張り過ぎてしまった、と。
 はぁ……、こんな面倒極まりない精霊など、洞窟に置き去りにして、一人で出てくれば良いものを。自分の嫁の世話焼きには、少々頭痛がする思いだ。
 やはり、目覚めたら仕置きだな。

「まぁまぁ、ルイヴェル。悪気はなかったみたいだし、もう許してあげたら?」

「セレス姉さん……。俺は自分の妻に手を出されたんだぞ? この程度で許せるわけが」

「「「「いやいや!! あれだけやったらもう十分でしょう!!!!!!」」」」

 どこがだ。俺達を取り囲み、全員一致でモノ申してきた団員達を睨み付けると、ところどころから小さな悲鳴が上がった。
 全身傷だらけで、靴底をどければ、頭に幾つものでかいタンコブを抱えている闇の精霊を見下ろす。この程度で気が晴れるわけがないだろう? 全員、俺の立場になって物事を考えてみろ。

「ん……」

「ユキ、起きたか?」

「ルイヴェル……、さん?」

 俺の腕の中で身動ぎをする気配をしたユキが、ゆっくりとそのブラウンの瞳を現した。
 少女期の時はあどけない寝起きの顔を目にしていたものだが、成熟期のユキは、その起きる様さえ艶を宿して見える。俺が見つけた、俺だけの最愛にして唯一の伴侶。
 寝起きのユキに微笑みかけてやりながら、その額へとキスを贈る。

「「「「団長~、私達の前で堂々と惚気ないでくださ~い!! 目の毒です~!!」」」」

「そうか。なら早々に自分だけの相手を見つけるんだな」

 別に団員達から抗議を受けようと、俺は気にしない。
 口元に笑みを浮かべながらユキを地面に下ろし、その頭を撫でてやる。
 本当は叱ってやりたいところだが、今回は闇の精霊の身勝手な行動が原因だ。
 次からは俺の見える位置で見学をさせる事にしよう。

「あの……、闇の精霊さんは、なんでこんな事に?」

「俺に喧嘩を売ったからだ。ユキ、ひとつ聞くが、俺の知らないところで、こいつに変な真似はされていないだろうな?」

 闇の精霊の傷ついた姿に驚き気遣いに出かけたユキを腕の中に留め、一応の確認をしておく。
 その身は穢されていないようだが、念には念を、だ。
 ユキは困ったように闇の精霊に視線を逸らし、――誤魔化す様に首を振った。

「な、なにもされてませんよ!! ね、ねぇ? 闇の精霊さん」

「あ、あぁ……。特に、問題になるような、事は、していない、と、思う」

「ほぉ……。つまり、何かあったわけ、か。ユキ、吐け。今なら説教時間を十分だけ減らしてやろう」

 どう考えても妖しい……。
 特に、ユキの場合は嘘を吐く時に、不必要な程に動揺の気配がみられる。
 まぁ、この程度の反応ならば、大事ではなさそうだがな。
 ユキの両頬を両手に挟み込み、ずいっと顔を近づけて脅しにかかる。
 すると、ついに耐え切れなくなったのか、小さな声で一言。

「ひ、額に……、き、キス、されました。で、でも、それだけですよ!! それだけ!!」

「そこの闇の精霊、首から下がなくなっても問題はないな?」

「問題大有りだ!!!!!!」

 団長服の外套の端でゴシゴシとユキの額を拭う。
 さっき俺の唇も触れた部分だが、最愛の妻の額とはいえ、男と間接キスをする羽目になるとはな。
 一瞬本気で消し飛ばしてやろうと考えたが、ユキの手前それはやめておく事にした。
 
「あのですね、ルイヴェルさん。この闇の精霊さんは、お嫁さんを探しているんです!! でも、精霊の女性では好みに合わないらしくて、人間や私達のような種族の女性を見つけてあげられたらな~と」

「男なら自分で伴侶を探せ。人の世話になろうなど、根性がないにもほどがある」

 鼻の先で嘲笑い、闇の精霊の頭にまた靴底を見舞ってやる。
 ユキ曰く、美人で大人しい従順な女性を所望のようだが、――俺ならそんなタイプは御免だ。
 大人しく穏やか、その点は良しとするが、人形同然のタイプはやめるべきだろう。
 何を言っても頷くだけの伴侶は、愛が一方通行にしかならない可能性が高い。
 
「とりあえず、闇の精霊さんとしての習性を少しどうにかして貰わないと、難しいですからね」

「ユキ、見合いの世話を焼いてやろうという物言いはやめろ。お前が苦労するだけだぞ」

「でも、凄く必死みたいですし……、ウォルヴァンシア王宮に連れて帰ろうかなと」

「待て、何故そうなる?」

 ユキも大人しく穏やかなタイプだが、こんな風に自分の意志を譲らず、勝手な真似をする時がある。俺がかまってやっている時も、度が過ぎれば憤慨し、自分なりの仕返しをしてくるからな……。
 それは不快ではなく、俺としては面白い妻を持てたと、内心ではほくそ笑んでいたりする。
 だが、闇の精霊を連れ帰るのは待て。下手をすると、王宮に居座るぞ。

「お嫁さん、欲しいんですよね?」

「あぁ、欲しい。もう一人で過ごすのは嫌なんだ……。国からは、親父殿が見合い相手を押し付けてくるし、……うぅっ」

「いっそ国に帰って見合いを受けろ。お前が犠牲になれば誰も苦労せずに済む」

「やだああああっ!! あんなドSな精霊女なんかと結婚したくなぁああああい!! うぅっ、それでなくても、王稼業を継いだら仕事で忙しくなるのに、奥さんぐらい癒し系がいい!!」

 瞬間、その場の全員の動きが止まった。
 今、このヘタレは何と言った? 王稼業を継ぐ、だと?
 誰もがあまり口にしたくない事だったが、俺の妻はぽかんと口を開けた後に尋ねてしまった。

「闇の精霊さんは、闇の精霊を束ねる王様の息子さんなんですか?」

 ユキからの問いに、闇の精霊はコクリと頷いた。
 ……これが、闇の跡取りだというのか? ヘタレで臆病で、夜になると調子に乗るド阿呆が。
 まだ年若い精霊のようだが、まぁ、こいつが王の座を継ぐのは遥か先の話だろう。
 だが、王の子育てが失敗している事だけは十分に伝わってくるところだ。

「闇の精霊達を束ねる王ともなれば、同じ属性の伴侶を得るのが普通だろう?」

 それ以外の選択肢などありえない。
 だが、押し付けられている見合い相手がタイプじゃないどころの話ではないらしく、闇の精霊は情けない涙を流しながら訴えてくる。

「無理なんだ……。闇の精霊の中には、俺好みの娘がいない。俺は、心から愛した者と添い遂げたいっ」

「外見だけで選び、人の妻を攫ったヘタレがよく言えたものだな。少しは自重しろ」

「でも……、精霊って、数えきれないぐらいにいるわよねぇ。じゃあ、頑張って探せば、闇の精霊にも一人くらい気に入る子がいるんじゃ」

 こんなヘタレを慰める必要はない。
 フォローを入れてくるセレス姉さんをひと睨みした俺だったが、ユキが腕を組みながら何かを思案している様子が視界に映った。……まだどうにかしようと世話を焼く気か? お前は。
 
「とりあえず、やっぱり王宮に連れて行きましょう」

「だから、何故その答えに辿り着く? 許可を出す気はないぞ」

「さぁ、行きましょうか。闇の精霊さん。それと、魔術師団の皆さん、ご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「待て、人の話を聞け。勝手に決めるな。そのヘタレ精霊と手を繋ごうとするな」

 闇の精霊を立ち上がらせ、支えとなるように寄り添おうとしたユキの肩を掴み、その歩みを止めさせる。駄目だと言っているのに、何故言う事を聞かない?
 こういう時は、少しでいいから夫の意見も聞いてくれと懇願したくなるところだ。

「大丈夫です! ウォルヴァンシア王宮の主はレイフィード叔父さんですから!! 話をすれば、一緒に頑張ろうって言ってくれるはずですよ!!」

 本気で頭が痛くなってくるんだが……。
 確かに陛下であれば、愛する姪御の願いをすんなりと受け入れるだろう。
 だが、その場合、この闇の精霊が王宮に住み着くという事だぞ?
 万が一、また欲が出て、お前に手を出そうとしたらどうするんだ?
 いや、そんな事は俺が全力で食い止めるわけだが……。
 肩を落とした俺に、セレス姉さんが同情に満ちた眼差しで背中を叩いてくる。
 魔術師団の者達も、「「「「ユキ姫様だから仕方がありませんよ~」」」」という目ですでに諦めきっているようだな。くそ……。

「はぁ……。わかった。もう勝手にしろ。その代わり……、俺のユキには絶対に手を出すな。次に馬鹿な真似をしでかしたら、闇の精霊達がいる国に強制送還だ」

 本気の殺意を込めて睨み付けてやると、闇の精霊は大きく震えながら誓いを立てたのだった。
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