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第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~
深夜のコンタクトと国王二人の憂鬱。
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※ウォルヴァンシア国王、レイフィードの視点で進みます。
――Side レイフィード
イリューヴェルの第三皇子がウォルヴァンシア王宮に滞在するようになってから、
早三週間の時が過ぎた……。
相変わらず面倒な脱走常習犯だし、一国の王である僕にも口の悪さは一向に変わらない。
おそらく、一ヶ月やそこらじゃ矯正は不可能だろう。
あの子を根本から変える、何か心理的に大きな出来事でもなければ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深夜、僕は自室の寝台に水晶玉を置き、寝そべったまま通信を開始した。
今日も一日、困った子の相手と政務で忙しかったからね。
水晶玉に映り始めた男は、この前連絡をとった時よりも顔色が悪くなっていた。
「イリューヴェル、その顔……、何か悪い物でも食べたのかい? 絶賛具合が悪いです、休ませてくださいみたいな顔色をしているよ」
『……わかっていて聞いているだろう、お前は。はぁ……、少々周りがごたついているんだ。気疲れもする』
「それは僕も一緒だよ。誰かさんの困った息子のせいで、毎日が大忙しだよ」
北の大国を統治するイリューヴェル皇国のトップである男は、表面上は笑顔の僕が向けた嫌味に、気まずそうに視線を下に落とした。
『すまない。……お前には大変な苦労をかけている』
「色々言いたい事はあるけれど、今はやめておいてあげるよ。それより、そっちの問題は片付きそうなのかい? 僕が把握している情報から考えると、遊学が終了した時点で、あの子はどこかに行ってしまうよ」
『やはり……、その可能性が高いか』
イリューヴェルの顔色がさらに悪くなったように曇る。
かつてのエリュセード学院時代の友人は、皇帝になってから色々と変わってしまったと言ってもいいだろう。
まず、言葉遣いだね。学生時代のイリューヴェルは、今のカインと同じ言葉遣いをしていた。
口が悪くてすぐに怒る性格だったし、一時期は僕も扱いに苦労させられたものだよ。
大人になった、とでも言えばいいかな。皇帝としての立場や責任、そういう縛りが彼の気質を変化させていった。
「皇帝としては優秀でも、父親としては壊滅的だもんねぇ、君……」
『その自覚はある……。全て俺の短慮が招いた事だ』
「上の二人がまともに育ったのは救いだったけどね? だけど……、カインの件は根深いよ。仕事と視察に忙しかったなんて理由は、あの子には通じない」
カイン・イリューヴェル……、その子供が歩んできた今までの人生は、周りが敵だらけだったと言ってもいいだろう。
皇妃であられるミシェナ殿が産んだ、強き竜の血筋を受け継ぐ第三皇子。
その頃、すでに第一皇子と第二皇子の優秀さが際立っていて、次期皇帝候補はこの二人のどちらかだと言われていたらしい。
(けれど、イリューヴェル皇国は、強い竜の血を残す必要性もあるからね……)
皇妃ミシェナ殿は、気が弱く大人しい女性だった。
しかし、彼女の生まれた家は、古の時代、勇敢なる強さを見せた竜の末裔の家系。
たとえ性格が気弱だろうと、身の内に流れる竜の血は濃く絶大な力を秘めている。
そんな彼女と、イリューヴェルが血を結べば……、当然、さらに強い竜の子が誕生する事になる。
(だけど、なかなか子供に恵まれなかったらしいんだよね)
そのせいで、ミシェナ殿の血には劣るけれど、それに次ぐ側室が二人皇宮に入れられたらしい。
皇妃が中々産む事が出来ない子供を、それも、皇子を産んでしまった二人の側室。
すくすくと問題なく育った皇子二人は、とても仲が良く優秀で品行方正な子へと成長した。
立場だけの役目を果たせない自分に、ミシェナ殿は相当心を病んでいたらしく……。
第三皇子をやっと産めた時には、……幸せとは無縁の闇が大口を広げて待ち構えていた。
「ミシェナ殿は自分から告げ口したりするタイプじゃないからね。自分と子供がどんな目に遭っていたか、口にする事さえ出来なかったんだろう」
『時々顔を見に行く事は会ったが、身体の具合が悪いと言っていたから、それで憂い顔をしているのかと思っていたんだ……』
「はぁ……、どこぞの女帝陛下に『愚鈍』と呼ばれる所以だね~」
『うっ……』
次期皇帝の指名決定権は、このイリューヴェルが有している。
一番目に生まれたからといって、その座が約束されるわけでもない。
それ故に、第三皇子のカインは一部の者達にとっては疎ましく感じられる存在だったのだ。
皇妃と皇帝の正統なる血筋を引く強き可能性を秘めた子供。
もしこの子供が、将来的に一部の者達にとって脅威となる存在へと成長してしまったら……。
皇帝が興味を抱き、気に掛けるようになってしまったら……。
いつ起こるかもわからない次期皇帝候補指名の日を危惧した者達は、
皇妃であるミシェナ殿とカインに嫌がらせを行い、それはカインの成長と共に悪化していったと聞く。精神的に追い詰めて、可能性は潰そうとしたってところかな。
だけど、一番手っ取り早い『暗殺』の方法を赤ん坊の時に使わなかったのは、イリューヴェルの介入を恐れてなのか……、その辺りの詳細はわからないけれど、皇妃親子への風当たりは年々激しさを増し、最終的にはその影響で、最悪の評判を受ける皇子が出来上がってしまった。
……それが、今のカインの姿だ。
『俺が気付いた時にはもう、カインは手がつけられないほどの人格になっていた。なんとか改善しようとも考えたが、その度に別件に手をとられ……』
「結果、さらに状況は悪化して、今までのツケを払う羽目になった、と」
『遅すぎるとはわかっているのだがな……』
「まぁ、頑張ってみるのは悪い事じゃないよ。それでカインを繋ぎ止められるかはわからないけれどね」
イリューヴェルは、皇帝としての手腕は確かなものがある。
けれど、人間関係においては……、息子と同じく不器用な部分が目立つから、この件は色々大変だろうね。皇宮内の改革を行っても、肝心の人間関係の問題部分が残って待ち構えている。
神殿に籠っているミシェナ殿、全てを敵だと認識し反抗期真っ只中の息子。
この問題を紐解いていくには、相当の労力と時間がかかるだろう。
「それと、君が派遣したカインの観察役達、あまり役に立ってないようだよ」
『全部、一人で対処している……という事か』
カインがウォルヴァンシア王国に来てから三週間、彼を見守るように陰に隠れて護衛をしている集団がいる。同じくイリューヴェル皇国から、何者かの手によって派遣されてきたらしき物騒な集団に対しての人材達だ。
カインの身に危険が迫った時に、助けに入れるようにというイリューヴェルの親心なのだろう。
しかし……、残念ながら、カインはたった一人で全てを対処しきる能力があった為、彼らの出番はいまだになしだ。
「深夜になると、城下町や、その外に遊びに行っているようだしね。ちなみに、人の目がある所では襲われていないようだよ」
『一人になった所を狙われているという事だな』
「その黒幕も、早いところ捕まえて対処した方がいいだろうね」
『皇宮での調べは進んでいるが、まだ隠れた鼠がいるようだからな。一気に追い詰められればいいのだが……』
「早くしないと息子が逃げちゃうよ~。死ぬ気で頑張るといいさ」
他人事のように言ってはみたけど、僕だって家族は仲良くが一番だと思っているからね。
出来るなら、皇宮内の膿を一掃して、イリューヴェル親子の関係が修復されるように祈っているよ。
「君もカインも、不器用だからね~。大事な事をお互いに伝え合わないし、一人で抱え込んでしまうところもそっくりだよ」
『俺は不器用などでは……』
「エリュセード学院時代を思い出してみなよ。君が先代皇帝の問題で荒れていいた時期、『誰』が一番苦労させられたんだっけ?」
若干黒さを含んだ笑みを水晶玉に向けてやれば、当時の事を思い出したかのように言葉に詰まった。そうだよね……、忘れちゃ駄目だよね……。……あの頃、僕がどれだけ苦労したか。
『す……すまなかった』
「まぁ、もう終わった事だからいいけどね。……時間は、あと一週間ほどしかないんだ。本当に急いだ方がいいよ」
『……』
「それと、一度カインと正面から向き合った方がいい。皇宮内の改革を終わらせても、肝心のカインがそちらに戻る意志を見せないんじゃ意味がないからね」
『ウォルヴァンシアに来い、という事か?』
「抜け出せる時間が確保できるなら、ね。第一皇子と第二皇子に頼んでみたらどうだい?」
すでに成人しているイリューヴェルの二人の皇子は、国政にも積極的に向き合う人格者だと聞いている。きちんと訳を話せば、協力してくれる気がするんだけどね。
そう僕が提案してあげたというのに、イリューヴェルの顔は冴えない。
「もしかして……、息子と話すのが怖いとか言わないよね? 皇宮内の改革を成し遂げて、もう一度父親として向き合うって言ってたんじゃないのかい?」
『勿論カインとは話をする気ではいる。だが……、ちゃんと話を最後まで聞いてもらえるかという自信が……な』
「……」
確かに、あの子が素直に話を聞くかと言われれば……、難しいだろうね。
イリューヴェルと二人きりにしたとしても、きっと大人しく最後まで話を聞く可能性は低い。
となると……、やはり第三者が立ち会う必要性があると思うんだよね。
「やっぱり、一度こっちに来た方がいいよ。遊学終了と同時にどろんされたくないならね……」
『なんとか……都合をつけてみよう』
「そうしたまえ。あ、それと、悩めるお父さんに朗報をひとつあげよう」
『朗報?』
きっと驚くだろうね。僕だって、あの光景を見て|吃驚(びっくり)したんだから。
「カインがね、笑うようになったんだよ」
『――っ!!』
「それも嫌味や皮肉じゃない、心からの笑顔だよ? 信じられないだろう? まさに奇跡のような光景だったからね」
ユキちゃんの部屋を訪ねた時、偶然視界に映ってしまったのだ。
僕や教師陣に反抗し、暴言や皮肉が多く捻くれた部分が目立っていたカインが、このウォルヴァンシアに来て、初めての素直な屈託のない笑顔をその顔に浮かべて……。
三つ子やユキちゃんとクッションの投げ合いをする姿なんて、本当に子供らしかったんだよ。
一応、ユキちゃんもカインも、自国では成人しているんだけど、僕やイリューヴェルからすれば、まだまだ子供同然だからね。
あんな風に、感情を良い意味で素直に表に出せるということは……、まだ救いがあるという事だ。
「羨ましそうだね~、イリューヴェル?」
『……』
「父親の自分でさえ見た事がないのにー! って顔してるよ?」
横を向いて不機嫌そうにしているのは、内心羨ましくて拗ねているからだろう。
子育てを皇妃や側室達に任せきりにしてきたのが悪いのだけど、こうやって素直に気持ちを表情に浮かべているイリューヴェルを見ていると、昔を思い出すね。
本当は誰より情が深いくせに、立場や責任に縛られて自分のやりたい事が出来ない性格。
得をするより、損をする方が多い人生とも言えるだろう。
「拗ねている暇があったら、時間を是が非でも作ってくる事だね。おそらく……、これが最後のチャンスだ。カインを……、父親の君が救ってあげなさい」
『レイフィード……』
たとえ、暴言や暴力を向けられようと、それはイリューヴェルが受け止めるべき自身の罪だ。
辛くても……悲しくても……、否定されて心が悲鳴を上げても……目を逸らしてはいけない。
『必ず……、時間を見付けてそちらに向かう。カインの事……、どうかよろしく頼む』
「もうすでに押し付けられちゃってるからね~。……最後まで、ちゃんと面倒見てあげるよ」
最後に、『すまない……』とイリューヴェルが頭を垂れた後、水晶玉の向こうには揺らぎが生じた。今日の通信はこれで終わり……。あとは、イリューヴェルがどこまで頑張れるか、かな。
「本当に……、不器用な親子だよねぇ」
僕達ウォルヴァンシアの民は、それとは真反対に愛情表現に遠慮がない。
互いを大切に想っている気持ちは態度や言葉で伝え合うし、イリューヴェル皇国の一部の権力者達のように、欲深い考えで行動する事も滅多にない。
日々の平穏と、大切な人達の笑顔が生き甲斐と言ってもいいだろう。
ウォルヴァンシアの民に刻まれているのは、――『親愛』。
それを魂に刻んでいるから、僕達は大切な人達と幸せを共有していけるのだろう。
願わくば……、この国の恩恵が、イリューヴェル親子にも幸福をもたらしますように。
何も映さなくなった水晶玉をサイドテーブルに置くと、僕は眠りを乞いに瞼を閉じた。
――Side レイフィード
イリューヴェルの第三皇子がウォルヴァンシア王宮に滞在するようになってから、
早三週間の時が過ぎた……。
相変わらず面倒な脱走常習犯だし、一国の王である僕にも口の悪さは一向に変わらない。
おそらく、一ヶ月やそこらじゃ矯正は不可能だろう。
あの子を根本から変える、何か心理的に大きな出来事でもなければ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深夜、僕は自室の寝台に水晶玉を置き、寝そべったまま通信を開始した。
今日も一日、困った子の相手と政務で忙しかったからね。
水晶玉に映り始めた男は、この前連絡をとった時よりも顔色が悪くなっていた。
「イリューヴェル、その顔……、何か悪い物でも食べたのかい? 絶賛具合が悪いです、休ませてくださいみたいな顔色をしているよ」
『……わかっていて聞いているだろう、お前は。はぁ……、少々周りがごたついているんだ。気疲れもする』
「それは僕も一緒だよ。誰かさんの困った息子のせいで、毎日が大忙しだよ」
北の大国を統治するイリューヴェル皇国のトップである男は、表面上は笑顔の僕が向けた嫌味に、気まずそうに視線を下に落とした。
『すまない。……お前には大変な苦労をかけている』
「色々言いたい事はあるけれど、今はやめておいてあげるよ。それより、そっちの問題は片付きそうなのかい? 僕が把握している情報から考えると、遊学が終了した時点で、あの子はどこかに行ってしまうよ」
『やはり……、その可能性が高いか』
イリューヴェルの顔色がさらに悪くなったように曇る。
かつてのエリュセード学院時代の友人は、皇帝になってから色々と変わってしまったと言ってもいいだろう。
まず、言葉遣いだね。学生時代のイリューヴェルは、今のカインと同じ言葉遣いをしていた。
口が悪くてすぐに怒る性格だったし、一時期は僕も扱いに苦労させられたものだよ。
大人になった、とでも言えばいいかな。皇帝としての立場や責任、そういう縛りが彼の気質を変化させていった。
「皇帝としては優秀でも、父親としては壊滅的だもんねぇ、君……」
『その自覚はある……。全て俺の短慮が招いた事だ』
「上の二人がまともに育ったのは救いだったけどね? だけど……、カインの件は根深いよ。仕事と視察に忙しかったなんて理由は、あの子には通じない」
カイン・イリューヴェル……、その子供が歩んできた今までの人生は、周りが敵だらけだったと言ってもいいだろう。
皇妃であられるミシェナ殿が産んだ、強き竜の血筋を受け継ぐ第三皇子。
その頃、すでに第一皇子と第二皇子の優秀さが際立っていて、次期皇帝候補はこの二人のどちらかだと言われていたらしい。
(けれど、イリューヴェル皇国は、強い竜の血を残す必要性もあるからね……)
皇妃ミシェナ殿は、気が弱く大人しい女性だった。
しかし、彼女の生まれた家は、古の時代、勇敢なる強さを見せた竜の末裔の家系。
たとえ性格が気弱だろうと、身の内に流れる竜の血は濃く絶大な力を秘めている。
そんな彼女と、イリューヴェルが血を結べば……、当然、さらに強い竜の子が誕生する事になる。
(だけど、なかなか子供に恵まれなかったらしいんだよね)
そのせいで、ミシェナ殿の血には劣るけれど、それに次ぐ側室が二人皇宮に入れられたらしい。
皇妃が中々産む事が出来ない子供を、それも、皇子を産んでしまった二人の側室。
すくすくと問題なく育った皇子二人は、とても仲が良く優秀で品行方正な子へと成長した。
立場だけの役目を果たせない自分に、ミシェナ殿は相当心を病んでいたらしく……。
第三皇子をやっと産めた時には、……幸せとは無縁の闇が大口を広げて待ち構えていた。
「ミシェナ殿は自分から告げ口したりするタイプじゃないからね。自分と子供がどんな目に遭っていたか、口にする事さえ出来なかったんだろう」
『時々顔を見に行く事は会ったが、身体の具合が悪いと言っていたから、それで憂い顔をしているのかと思っていたんだ……』
「はぁ……、どこぞの女帝陛下に『愚鈍』と呼ばれる所以だね~」
『うっ……』
次期皇帝の指名決定権は、このイリューヴェルが有している。
一番目に生まれたからといって、その座が約束されるわけでもない。
それ故に、第三皇子のカインは一部の者達にとっては疎ましく感じられる存在だったのだ。
皇妃と皇帝の正統なる血筋を引く強き可能性を秘めた子供。
もしこの子供が、将来的に一部の者達にとって脅威となる存在へと成長してしまったら……。
皇帝が興味を抱き、気に掛けるようになってしまったら……。
いつ起こるかもわからない次期皇帝候補指名の日を危惧した者達は、
皇妃であるミシェナ殿とカインに嫌がらせを行い、それはカインの成長と共に悪化していったと聞く。精神的に追い詰めて、可能性は潰そうとしたってところかな。
だけど、一番手っ取り早い『暗殺』の方法を赤ん坊の時に使わなかったのは、イリューヴェルの介入を恐れてなのか……、その辺りの詳細はわからないけれど、皇妃親子への風当たりは年々激しさを増し、最終的にはその影響で、最悪の評判を受ける皇子が出来上がってしまった。
……それが、今のカインの姿だ。
『俺が気付いた時にはもう、カインは手がつけられないほどの人格になっていた。なんとか改善しようとも考えたが、その度に別件に手をとられ……』
「結果、さらに状況は悪化して、今までのツケを払う羽目になった、と」
『遅すぎるとはわかっているのだがな……』
「まぁ、頑張ってみるのは悪い事じゃないよ。それでカインを繋ぎ止められるかはわからないけれどね」
イリューヴェルは、皇帝としての手腕は確かなものがある。
けれど、人間関係においては……、息子と同じく不器用な部分が目立つから、この件は色々大変だろうね。皇宮内の改革を行っても、肝心の人間関係の問題部分が残って待ち構えている。
神殿に籠っているミシェナ殿、全てを敵だと認識し反抗期真っ只中の息子。
この問題を紐解いていくには、相当の労力と時間がかかるだろう。
「それと、君が派遣したカインの観察役達、あまり役に立ってないようだよ」
『全部、一人で対処している……という事か』
カインがウォルヴァンシア王国に来てから三週間、彼を見守るように陰に隠れて護衛をしている集団がいる。同じくイリューヴェル皇国から、何者かの手によって派遣されてきたらしき物騒な集団に対しての人材達だ。
カインの身に危険が迫った時に、助けに入れるようにというイリューヴェルの親心なのだろう。
しかし……、残念ながら、カインはたった一人で全てを対処しきる能力があった為、彼らの出番はいまだになしだ。
「深夜になると、城下町や、その外に遊びに行っているようだしね。ちなみに、人の目がある所では襲われていないようだよ」
『一人になった所を狙われているという事だな』
「その黒幕も、早いところ捕まえて対処した方がいいだろうね」
『皇宮での調べは進んでいるが、まだ隠れた鼠がいるようだからな。一気に追い詰められればいいのだが……』
「早くしないと息子が逃げちゃうよ~。死ぬ気で頑張るといいさ」
他人事のように言ってはみたけど、僕だって家族は仲良くが一番だと思っているからね。
出来るなら、皇宮内の膿を一掃して、イリューヴェル親子の関係が修復されるように祈っているよ。
「君もカインも、不器用だからね~。大事な事をお互いに伝え合わないし、一人で抱え込んでしまうところもそっくりだよ」
『俺は不器用などでは……』
「エリュセード学院時代を思い出してみなよ。君が先代皇帝の問題で荒れていいた時期、『誰』が一番苦労させられたんだっけ?」
若干黒さを含んだ笑みを水晶玉に向けてやれば、当時の事を思い出したかのように言葉に詰まった。そうだよね……、忘れちゃ駄目だよね……。……あの頃、僕がどれだけ苦労したか。
『す……すまなかった』
「まぁ、もう終わった事だからいいけどね。……時間は、あと一週間ほどしかないんだ。本当に急いだ方がいいよ」
『……』
「それと、一度カインと正面から向き合った方がいい。皇宮内の改革を終わらせても、肝心のカインがそちらに戻る意志を見せないんじゃ意味がないからね」
『ウォルヴァンシアに来い、という事か?』
「抜け出せる時間が確保できるなら、ね。第一皇子と第二皇子に頼んでみたらどうだい?」
すでに成人しているイリューヴェルの二人の皇子は、国政にも積極的に向き合う人格者だと聞いている。きちんと訳を話せば、協力してくれる気がするんだけどね。
そう僕が提案してあげたというのに、イリューヴェルの顔は冴えない。
「もしかして……、息子と話すのが怖いとか言わないよね? 皇宮内の改革を成し遂げて、もう一度父親として向き合うって言ってたんじゃないのかい?」
『勿論カインとは話をする気ではいる。だが……、ちゃんと話を最後まで聞いてもらえるかという自信が……な』
「……」
確かに、あの子が素直に話を聞くかと言われれば……、難しいだろうね。
イリューヴェルと二人きりにしたとしても、きっと大人しく最後まで話を聞く可能性は低い。
となると……、やはり第三者が立ち会う必要性があると思うんだよね。
「やっぱり、一度こっちに来た方がいいよ。遊学終了と同時にどろんされたくないならね……」
『なんとか……都合をつけてみよう』
「そうしたまえ。あ、それと、悩めるお父さんに朗報をひとつあげよう」
『朗報?』
きっと驚くだろうね。僕だって、あの光景を見て|吃驚(びっくり)したんだから。
「カインがね、笑うようになったんだよ」
『――っ!!』
「それも嫌味や皮肉じゃない、心からの笑顔だよ? 信じられないだろう? まさに奇跡のような光景だったからね」
ユキちゃんの部屋を訪ねた時、偶然視界に映ってしまったのだ。
僕や教師陣に反抗し、暴言や皮肉が多く捻くれた部分が目立っていたカインが、このウォルヴァンシアに来て、初めての素直な屈託のない笑顔をその顔に浮かべて……。
三つ子やユキちゃんとクッションの投げ合いをする姿なんて、本当に子供らしかったんだよ。
一応、ユキちゃんもカインも、自国では成人しているんだけど、僕やイリューヴェルからすれば、まだまだ子供同然だからね。
あんな風に、感情を良い意味で素直に表に出せるということは……、まだ救いがあるという事だ。
「羨ましそうだね~、イリューヴェル?」
『……』
「父親の自分でさえ見た事がないのにー! って顔してるよ?」
横を向いて不機嫌そうにしているのは、内心羨ましくて拗ねているからだろう。
子育てを皇妃や側室達に任せきりにしてきたのが悪いのだけど、こうやって素直に気持ちを表情に浮かべているイリューヴェルを見ていると、昔を思い出すね。
本当は誰より情が深いくせに、立場や責任に縛られて自分のやりたい事が出来ない性格。
得をするより、損をする方が多い人生とも言えるだろう。
「拗ねている暇があったら、時間を是が非でも作ってくる事だね。おそらく……、これが最後のチャンスだ。カインを……、父親の君が救ってあげなさい」
『レイフィード……』
たとえ、暴言や暴力を向けられようと、それはイリューヴェルが受け止めるべき自身の罪だ。
辛くても……悲しくても……、否定されて心が悲鳴を上げても……目を逸らしてはいけない。
『必ず……、時間を見付けてそちらに向かう。カインの事……、どうかよろしく頼む』
「もうすでに押し付けられちゃってるからね~。……最後まで、ちゃんと面倒見てあげるよ」
最後に、『すまない……』とイリューヴェルが頭を垂れた後、水晶玉の向こうには揺らぎが生じた。今日の通信はこれで終わり……。あとは、イリューヴェルがどこまで頑張れるか、かな。
「本当に……、不器用な親子だよねぇ」
僕達ウォルヴァンシアの民は、それとは真反対に愛情表現に遠慮がない。
互いを大切に想っている気持ちは態度や言葉で伝え合うし、イリューヴェル皇国の一部の権力者達のように、欲深い考えで行動する事も滅多にない。
日々の平穏と、大切な人達の笑顔が生き甲斐と言ってもいいだろう。
ウォルヴァンシアの民に刻まれているのは、――『親愛』。
それを魂に刻んでいるから、僕達は大切な人達と幸せを共有していけるのだろう。
願わくば……、この国の恩恵が、イリューヴェル親子にも幸福をもたらしますように。
何も映さなくなった水晶玉をサイドテーブルに置くと、僕は眠りを乞いに瞼を閉じた。
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しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
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