ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

時計塔前での大騒動

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『キュイ~……』

 私の具合が良くなってから、また三十分後……。
 いつまで経っても戻って来ないルイヴェルさんを心配した私達は、レイル君に支払いをして貰ってシャルニャの子供と一緒に外へと出る事にした。
 行き交う人の顔をキョロキョロと見まわしながら、王宮医師様の姿を探す。
 
「どこに行ったんでしょうか……」

「流石に一時間も戻って来ないのはおかしいからな……。少し捜し歩いてみるか」

「はぁ~……、俺達に勝手な行動をするなとか言ってやがったくせに、何なんだろうな、まったく」

 すっかり大人しくなってくれたシャルニャちゃんも、私の腕の中から心細そうに小さく鳴き声を漏らしている。その頭をよしよしと撫で、一度中心地の大広場に向かってみたのだけど……。
 あれ? さっきよりも人の数が多い……、というよりも、何かを見物してる感じが。
 何かを取り囲むように時計塔の周囲に集まっている大勢の人達。
 私達もその場所へと恐る恐る歩み寄って行く。

「喧嘩か……?」

「なんだか皆さん……、盛り上がってますね」

 女性よりも男性の見物客的な人達が多く、勇気を出して人の群れを潜り抜けていくと……。
 時計塔の前では、まさに大乱闘の大喧嘩が繰り広げられていた。
 柄の悪そうな筋肉質の男性達が沢山……、武器を構えて雄叫びのような声をあげている。
 すでに何人か地面に呻きながら転がっていて、血を流している人もいた。

『キュイ~っ』

「シャルニャちゃん?」

 身を乗り出した愛らしいシャルニャちゃんが、楽しそうに鳴き声を上げる。
 何をそんなに喜んでいるのか、私にはよくわからないけれど……。
 
「たった一人にあんな大勢なんて卑怯でしかないが、意外と良い勝負になってるなぁ」

「おい、誰か騎士団呼んだのか? 女子供が怯えちまってるじゃねぇか」

「はぁ、闇町の雑魚集団か~。アイツらも凝りねぇなぁ」

 たった一人対大勢? 闇町の雑魚集団? 周囲で喧嘩の様子を見ている男性達が口にしたその言葉の直後に、私の隣にいたカインさんとレイル君から、「「げっ!!」」という残念な声が上がった。

「どうしたんですか?」

「ユキ……、ちょっと目ぇ閉じとけ」

「え?」

 問答無用でカインさんの右手に視界を塞がれた私は、一体何の意図があってそうされたのか理解出来ずに困惑してしまう。闇一色になってしまった世界の向こうで、男性達の悲鳴が響いてくるのだけど……、なんだか物凄く気になる!
 さっき見物客の人達は、多勢に無勢の状態で喧嘩が起こっていると言っていた。
 一人を大勢が取り囲んで甚振るなんて、卑怯にもほどがある。
 ブンブンと顔を振ってようやくカインさんの妨害から視界を取り戻すと、すぐ近くにボッコボコにされた男性が転がってきた。
 その人の腕をすかさずカインさんが掴み、ポイッと遠くに投げ捨ててしまう。

「ったく……、ショック受けても知らねぇぞ?」

「だから、一体どういう事なんで……、す、か、――え?」

 一人を取り囲んでいたらしき男性達の人垣が割れ、その向こうに見えたのは……。

「えええええええええええええええええ!?」

 突進してくる荒くれ者達にも怯まず、右手に装着した黒の鋭く長い爪の手甲と共に冷静顔で惨い返り討ちの目に遭わせている一人の男性……。
 繰り出される長い足からの蹴りは容赦なく向かってくる人達の顔やお腹を蹴り飛ばし、息を乱す事もない。……すみません、あれ、ウチの保護者様だと思うんですがっ!!
 大食堂に戻って来ないで、昼食抜きの大乱闘ってどういう事なの!?

「あーあぁ、一気に片着けちゃえば早いのに、また遊んじゃってー」

「え?」

 すぐ背後で聞こえた声に三人で振り向くと、またニッコリ笑顔の男性に出会った。
 青い髪を軽く掻き上げたかと思うと、男性は危険な大乱闘会場へと……。

「あ、危ないですよ!!」

 と、叫んで止めてはみたものの……、正直、乱暴者の男性達が危険なのか、それとも騒ぎの中心で返り討ち祭りをやっているルイヴェルさんが危険なのか、ちょっと迷ってしまった。
 けれど、青い髪の男性は怯えた気配も見せず、怒り狂っている男性の一人の肩を叩いている。

「あのさー、皇都で面倒起こすなって、いつも言ってるよねー?」

「ああ!? なんだごらぁあああっ!!」

「おいっ、馬鹿!! そいつは!!」

 自分よりも細身の笑顔全開の相手に苛立ったのか、乱暴者の一人は湾曲した大剣を振り回し青い髪の男性の頭上に振り下ろした。――しかし。
 
「なん……、だとっ!?」

 真っ二つに叩き斬られてしまう!! 絶望と共に走った予感は、見事に外れた。 
 地面に空しい音を立てた大剣と、その場から消えた青い髪の男性……。
 狙いを定めた獲物を見失った顔をした乱暴者の大きな体躯が、背後にその気配を感じた瞬間、自分が何を仕掛けられたのかも認識出来ない内に、他の仲間達の群れへと吹き飛んで行った。
 
「ふぅ……、学習能力のない悪い子ちゃんは、一度腕のひとつでも斬り落としてあげた方がいいのかなー」

「あぐ、ぁあ……」

 軽やかに地面へと着地し、仲間を巻き込んで撃沈した乱暴者の方を向いたのは、あの青い髪の男性。今のは……、この人がやったの?
 私には捉えられなかった乱暴者が制裁を受けた瞬間の光景。
 カインさんは微かに身体を震わせ、息を呑んでいる。
 レイル君の方は顎に指先を添えて、真剣な眼差しで青い髪の男性を見つめているようだ。

「流石だな……。動きが全然見えなかった」

「マジかよ……」

 青い髪の男性は、まだ時計塔の周囲で暴れている人達に視線を定めると、今度は私にも見える動きで一度に何人もの乱暴者たちを相手にし、容赦なく沈めていった。
 ルイヴェルさんも、余裕が有り余っているのか欠伸を漏らしながら突っ込んでくる人達をあっちに投げ飛ばし、ある時は、空の彼方に蹴り飛ばし……。まさに、鬼、ううん、大魔王の蹂躙劇。

「多勢に無勢って……、何なんだろう」

『キュイ~!』

 大きな歓声を受け、やがて乱暴者達は駆け付けてきた騎士団の人達の手によって連行されて行った。見物客の皆さんも解散し、その場に残ってのは私達三人と、手甲についた血を振り払っているルイヴェルさんと、のほほんと王宮医師様の隣に立っている青い髪の男性だけ。

「ルイちゃん、ルイちゃーん、ああいう時は、瞬殺した方がいいよー。その方が俺達も助かるし」

「周囲に無関係な者達がいる以上、無理な相談だ。大体、もう少し治安維持を強化したらどうだ?」

「はは、やってはいるんだけどねー。雑魚レベルの子達って、雑草みたいに変なとこしぶといから」

「確かにな……。まさか何年も前の報復を仕掛けてくるとは思わなかったが、やはり阿呆には学習能力は皆無だな」

「だよねー」

 ……ルイ、ちゃん?
 今、あの青い髪の男性……、ルイヴェルさんの事、ルイちゃん、って言った?
 どう考えても、ちゃん付けの似合う人じゃないでしょう!?
 外見的にも中身の大魔王さ的にも!! 私とカインさんの顔から一気に血の気が下がっていく。

「あっちも知り合いなわけか……」

「俺よりも互いの事を知っている関係なんだが……」

「それよりも……、さっき、あの青い髪の人の事、騎士団の人達が『団長』って呼んでなかった? レイル君……」

「あぁ……。本人はまだバラしたくないみたいだったが、あっさりとバレたな。部下の口から」

「マジかぁ……」

 さっきの光景、屍の山となった乱暴者達を連行して行く途中、騎士団の人達が青い髪の男性へと丁寧な口調で挨拶をし、「助かりました! 団長!!」と口にしていた事実。
 あれを見た私とカインさんは、彼がガデルフォーン皇国の騎士団長様である事に気付いた。
 騎士団員の可能性は読んでいたけれど、まさか頂点だったとは……。
 高校生くらいの少年的姿をしているルディーさんがウォルヴァンシアの騎士団長をやっていると聞いた時と同じくらいか、それ以上の衝撃に包まれた気がする。
 
「おい、ルイヴェル。お前、俺達の事放り出して何やってんだよ」

「最初はセレス姉さんからの説教を受けていたんだがな。通信後に少々買い物に出たら、あの連中と鉢合わせた」

「で、喧嘩を売られたというわけか……。別に買わなくても良かっただろう」

「適当にあしらってやるつもりだったんだがな。俺からの断りの言葉を聞いても、何故か激怒してしまった挙句、相手をしなければ皇都の住人に危害を出すと脅してきた。そうなった場合、相手をしてやらなければ周囲に被害が及ぶだろう?」

 それ、絶対にあの人達の神経を逆撫でするような煽りを平然とやらかした結果ですよね!?
 私とカインさん、レイル君の内心でのツッコミは、きっと同時に繰り出されたに違いない。
 なるほど……、それで大広場での大参事になったと。
 
「でもまぁ、ルイちゃんの恐ろしさを再体験したから、暫くは大人しくしてくれると思うんだよねー」

「それも僅かな期間だろうがな。だが、……いつの間にか時間が経ち過ぎていたようだ。ユキ、カイン、レイル、すまなかったな」

「ルイちゃんがいない間、大事なお姫様が具合悪くしちゃって大変だったんだよー?」

「ほぉ……。それをお前が救ったと、そういうわけか?」

 その場にいなくても、ガデルフォーンの騎士団長さんからの僅かな言葉で全てを把握したルイヴェルさんが私の頭にポンと手を置いた。

「完食を目指すのは良いが、自分の胃袋の限界を考えてから食べるようにしろ」

「は、はい……。面目ないですっ」

 あんなにも恐ろしい大乱闘をこなした後に、この至極冷静なお説教。
 自分は何も荒事などしていないと、その涼しげな美しいお顔が大嘘を語っているかのように見えた。
 
「こちらの騎士団長さんのお陰で、大分具合も良くなりました。えっと……」

 改めて、ガデルフォーンの騎士団長さんに薬を分けて貰った事を話している最中に、私は青い髪の団長さんの名前をまだ聞いていない事に気付いた。
 役職名で呼ぶよりも、出来ればご本人のお名前を呼びたい。
 
「もうちょっと後でバラそうと思ったんだけどなー。ルイちゃん、君のせいだよね?」

「勿体ぶる必要がどこにある? さっさと名乗ったらどうだ?」

 お名前を尋ねた私に、騎士団長さんはその頬を指先で軽く掻いて苦笑した後、右手を差し出してきた。

「初めまして。俺はガデルフォーン皇国の女帝陛下に仕える騎士、サージェスティン・フェイシア。一応騎士団長なんて役職に就いてるけど、気軽に仲良くしてくれると嬉しいな」

 はい、握手。人好きのする笑顔でそう自己紹介をしてくれたサージェスティンさんの手を握り返すと、その優しい温もりが伝わってきた。

「初めまして、サージェスティンさん。ウォルヴァンシア王国から遊学に来ました、ユキ・ウォルヴァンシアです。一か月間、どうぞよろしくお願いします」

「あぁ、サージェスでいいよ。堅苦しいのは嫌いだから、俺もユキちゃんって呼ばせて貰うね」

「ふふ、はい。よろしくお願いします。サージェスさん」

 ガデルフォーン遊学、初日。
 到着早々、触手を飼っているような美しい宰相様との出会いを経て、今度はガデルフォーン騎士団長のサージェスさんと出会いました。
 ニッコリとした笑顔が良く似合う、だけど……、騎士団長としての凛々しい強さも見せつけてくれた人。――さて、次に出会うのはどんな人達なのか。
 騒ぎが終わり、それぞれに挨拶を済ませた私達は、皇宮へと仲良く戻る事になった。
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