ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~

玉座の間での話し合い

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※ガデルフォーン皇国騎士団長、サージェスティンの視点で進みます。


 ――Side サージェスティン


 ん~……、重要事を話し合う場の空気としては間違ってないとは思うんだけどねぇ……。この場にいる一部を除くメンバー達が、『ある人物』を絶対見ないようにしているこの空気。
 あ、ちなみに、俺の左隣にいる眼鏡を掛けた白衣姿の、一見無表情で報告書を読み上げてる銀髪の人の事だよー。
 淡々と昨夜の報告の続きと、今回の襲撃事件に関する見解とか色々、ウチの女帝陛下と、ウォルヴァンシアの国王陛下(若い姿で騎士服着用)に話しているんだけど……。わかる人が見てれば、その態度も声音も、纏っている気配も、……不機嫌満載だって事はわかるんだけどね。
 ほら、向かい側に立っている魔術師団の二人組、ユリウスとクラウディオも資料に視線を落として、絶対にそっちを見ようとしない。ルイヴェル・フェリデロードの方を。
 目が合ったが最後、どうなるかは……、この玉座の間に俺とルイちゃんが到着した時に、全員嫌というほど思い知ったからねー。
 入室直後、ルイちゃんに通常営業で喧嘩を売ってしまったクラウディオは、完膚なきまでに毒を向けられ、精神的にへこみまくってあえなく撃沈。
 傍にいたユリウスが慰めて、やっと立っていられるまでに回復したんだよねー……。
 いつもなら軽くあしらうぐらいで終わりなのに、容赦ない言動でズバズバと。
 ついでに、ウォルヴァンシアからのお土産を広げて、何やら楽しげに話し込んでいたウチの女帝陛下とウォルヴァンシアの王様の和やかムードも、早く話に入らせろとばかりに慇懃無礼モードで以下略。普段なら絶対にしない事だよ、うん。

(まぁ……、何でそんなに機嫌が悪くなっているのかは、知ってるんだけどねー)

 原因は唯ひとつ。ウォルヴァンシアの可憐な王兄姫こと、ユキちゃんだろう。
 俺がルイちゃんの部屋を訪ねた時に、丁度ド修羅場中だったし。
 その際に聞いた、ユキちゃんの発言……。
 直撃してしまったルイちゃんの内心は……、まさに、大ダメージ連撃ヒット状態だった、と。ご愁傷様だよね。
 だけどその反応は、言い換えれば……、ルイちゃんにとってユキちゃんが、とても大切な存在であるという事の表れでもあった。
  昔、ルイちゃんが、あのルイちゃんが、熱心に、いや、熱烈に? お世話をしてあげていた存在。あの修羅場の展開は、簡単に予想が出来た。
 で、今のこの気まず~い空気は……。
 可愛い妹をいじめすぎて、自業自得で大打撃を喰らったお兄ちゃん(保護者)が、その悲しみと傷を必死に自己修復しようと、周りに全力で八つ当たりをし始めたって感じかな。大人げないよねー……。ま、気持ちはなんとなーくわかるけど。

「以上、昨夜の件に関する報告を終わらせて頂きます」

「ご苦労であった。核を用いて創り上げた魔物達を傀儡にしていた輩共の足取りを、
魔力の残滓を追う事で追跡を命じてはあるが……」

「いまだ、賊の足取りを掴み、捕獲出来たという報告は上がって来ておりません、陛下。おそらく、これ以上の捜索は、あまり意味をなさないかと……」

 玉座に座し、思案に耽るディアーネス陛下の言葉に、左側に控えている宰相のシュディエーラが眉根を寄せて現在の状況を伝える。
 このガデルフォーン皇国には、皇宮に留まる必要のある陛下や俺達の代わりに、手足となって働てくれる存在がいるのは勿論のこと、魔術関連に精通したエキスパートがいっぱいいる。そういう人達を、シュディエーラが管理し、任務を与えているんだ。だけど、無理そうだね。まぁ、元から微かな魔力の残滓しか残していってくれなかったから、足取りが掴めないのも仕方ない、か。

「国内の『場』の確認はどうなっている?」

「御意。ご報告させて頂きます。昨夜の一件の後、皇宮内の調べを終え、幾つかの魔術師団部隊に指示を与えております。国内の『場』へと調査に向かわせた後、現時点での報告では、『例の場』を含めた複数の『場』の地下深くに亀裂が生じ、『干渉』が強まっているようです」

 陛下の問いかけに、ユリウスが資料をめくり『場』に関する報告を読み上げる。
 
「対処は?」

「朝の内に、私が部下をつれて対処に向かいました。干渉が強まっている他、術隠しの『ベール』の件もありますので。前回行った、外部と『場』の空間隔離の強度を強めております。力のある術者でも、今張り巡らしてある空間隔離の術は中々破れないでしょうから、これ以上の異変は起こらないとは思いますが……。注意を払いながら、術隠しの『ベール』を剥いでいくようにと、調査の続行を命じました」

「ふむ……。ご苦労であった。国内の『場』への干渉、術隠しの『ベール』、核を用いた魔物共の襲撃。過去の因縁を思わせる『女』の影……。レイフィードよ、お前はこれをどう見る?」

 片方だけ頬杖を着いた陛下が、右隣に立つ王様に問う。
 腕を組み、黙って話を聞いていた王様は、肩を竦め両手をやれやれというポーズに変化させた。

「そんなの、誰が見てもわかるんじゃないかな? 同時期にこれだけの事が起きている以上、関連性がないとは言い切れない。それに、僕の可愛い姪御のユキちゃんも、変なちょっかいを掛けられたようだしね……。僕的には、……ガデルフォーンだけの問題じゃない気がするよ」

「その件に関してですが、陛下」

「何だい、ルイヴェル?」

「二人組の子供に接触したユキ姫様の診察を行った所、……『呪い』と『|傀儡(くぐつ)』、二種類の術が施されているのを確認しました」

「ユキちゃんに……、呪い? 傀儡? ――対処は?」

「御意。解呪の術を施しておりますので、時期に全て消えさります。夜にもう一度診察を行いますが……。ユキ姫様が不用意にご自分の部屋を抜け出られた件、ご本人は、自分のせいだと仰っていますが、実際には『傀儡』の効果が作用されたものだと推察いたします」

 『傀儡』……、あまり聞きたくない過去の出来事を彷彿とさせる言葉だね。
 だけど、ルイちゃんの手によって解呪が行われているという事は、俺やディアーネス陛下達が過去に遭遇した兄皇子殿下達に掛けられていた『傀儡』とは別の種類かもしれない。
 なにせあの時の術は、体内どころか、魂の底にまで浸食するほどの根深いものだったから……。たった一度の解呪の術じゃ、中々解けないぐらいに、ね。
 陛下の兄皇子達に掛けられた傀儡の術。
 最終的には、あの金髪の女の子を陛下が消し去った事により、解呪と引き換えに、皇子達の命を奪う術が発動するというものだったから……。

(ユキちゃんがそんな目に遭わずに済んで良かった。……ほっと一安心だね)

 だけど……、ユキちゃんが遭遇した金髪の少女と、もう一人の子供。
 金髪の子じゃない方の子供の事はわからないけれど、……不味いね。
 二度もユキちゃんに接触してきた事を考えると、確実にそこには何らかの意図がある。あの自分の欲に素直そうな、我儘で自分本位な少女の事だ。
 
(ユキちゃんに向けている感情が、好意なのか嫌悪なのかはわからない。だけど、呪いと傀儡、二つの術を掛けた時点で、――そこにあるのは完全なる悪意だ)

 無邪気な子供の悪戯で済ませられるほど、やってる事は全く可愛くないからね。
 
「ルイちゃん、ユキちゃんの体内に作用している術は、自信を持って完璧だって言えるかな?」

 ルイちゃんの力を信じていないわけじゃない。
 ただ、一応確認しておきたかったんだよね。……万が一の事が起こらないように。
 だけど、……言ったタイミングと、今のルイちゃんの機嫌の事をすっかり忘れていたよ。
 
「俺はユキの専属医師だ。診察も治療も、――手を抜く気はない」

「そっかー、そうだよねー。うん、本当にゴメン。だから、今にも大魔術仕掛けてきそうな殺気全開のドSな視線やめてくれないかなー?」

「お前がくだらない事を聞くからだろう。……ふん」

 はい、本当にごめんなさい。俺が悪かったよ。
 ユキちゃんからの大嫌い発言で、まだまだ不機嫌極まりなく、拗ねているようにも見えるルイちゃん。根深いなぁ……、これ。
 いつもの冷静沈着な状態からかけ離れて、どこか子供っぽい拗ね方してるよねー。
 でも、自分でいじめちゃったんだし、ちゃんと謝る事をお勧めするよ、うん。
 
「そこの二人~、一応大事なお話をしているんだから、喧嘩はほどほどにね」

「ウォルヴァンシアの王様ー。俺、というよりも、ルイちゃんの方を叱ってあげて欲しいんですけど? この子、王様の可愛い姪御ちゃんをいじめすぎて、嫌われちゃったみたいですよー?」

 俺とルイちゃんの会話を聞いていたウォルヴァンシアの王様が苦笑を零す。
 別に喧嘩という行為はしてないよ? 俺はただ確認しただけだし、ルイちゃんが勝手に捻くれた答えを返してきただけ。
 正当な言い訳を口にした俺の発言を聞き、ウォルヴァンシアの王様は玉座の間をスタスタスタスタと早足で駆け下りてくる。
 ルイちゃんの前に立ち、その両肩をがしっと掴む王様。

「ルイヴェル……」

「はい」

「君の愛情表現が、他の誰よりも捻くれていて可愛げがない事はよぉーくわかっているよ? だけどね、まさか……、僕の可愛い可愛い姪御ちゃんを……、泣かせてはいないだろうね?」

「……」

 凄いね。満面の笑みで脅迫よろしく、ルイちゃんを圧倒しているよ。王様。
 そういえば、俺がルイちゃんの部屋に入った時、……ユキちゃん、泣いてたよね?
 泣くほど何をやったのかは知らないけれど、大人げない意地悪を仕掛けた事だけは確かだろう。その証拠に、ルイちゃんは視線をそろりと横にずらし、王様の追及の視線から逃げようする。いやー……、無理だと思うよ? 至近距離だし、両肩拘束されちゃってるし。

「ルイヴェル~、僕の目をきちんと見てごらん? やましい事がないなら出来るよね~?」

「……」

 他の人相手だったら逃げるか、応戦するか出来たのかもしれないけど……。
 この様子を見る限り、ルイちゃんは本気モードのレイフィード陛下に若干弱いみたいだね。このままだと、白状させられた挙句、お仕置きルートに直行かな?
 
(だけど、今はそんな事をしている場合じゃないからね……)

 俺は王様の方に近寄ると、まぁまぁと宥めにかかる。

「王様、一旦、その話は横に置いておきませんか? 今は、今後の対策や方向性を決める事が重要ですし」

「サージェスの言う通りだな。レイフィードよ、一度こちらに戻れ。話し合いが終わり次第、そこの王宮医師は好きにして良い」

「……わかったよ。ルイヴェル、話は後でしっかりと聞かせて貰うからね!」

「……御意」

 ディアーネス陛下の注意を受けたレイフィード陛下は、仕方なしとばかりに手を下ろす。そして、びしっと指先をルイちゃんに向けてそう言うと、大人しく玉座の方へと戻って行った。その様子をシュディエーラがクスクスと小さな笑いを零しながら、

「ウォルヴァンシアの方々は、本当に面白い方が多いですね」

 ……ユキちゃん達が到着した当日に、あのうねうねした触手軍団で出迎えよろしく襲撃した人が笑顔で言える台詞じゃないと思うんだけどなぁ。
 あ、触手の件に関しては、後日シュディエーラ本人から聞いたんだけどね。
 ウォルヴァンシアの人達を面白い、と評するなら、ガデルフォーン側の印象は、間違いなく、到着時点で『危険・色モノ・濃い・変人』の類で分類された確率が高いよ。一緒にされたら困るんだけどなー……と、その時は本気で思っちゃったし。
 シュディエーラは、真面目な話し合いの時は、あまり茶化すような事や不真面目な態度はとらないんだけど。怒るとねー……、ほんと、限界値超えちゃうと、凄いんだよ。触手どばぁあああああっ!! なんだよ。
 常識人で良い人がキレると怖いって見本だね。
 
「ユキにまで、不審な輩共の手が及んでいるとなると、護衛は絶対に外せまい。またいつ接触してくるやもしれん」

「あ、じゃあ、僕が常時ユキちゃんの傍にしっかりと」

「お前は、我と共に『ガデルディウスの神殿』に行く予定がある。却下だ」

「聞いてない!! 君の脳内だけで勝手に決定された予定なんて、僕は知らないんだけど!!」

 王様ー、陛下相手に勝てるとは思わない方がいいよー。その人、すっごい横暴な権力ぶつけにかかってくるから。
 
「ふふ、レイフィード陛下、諦めてください。ディアーネス陛下は、一度決められた事は絶対に実行されます。大人しく同行して頂いた方が、御身の為かと」
 
 シュディエーラの暢気な声音に、王様がどんよりとしながら肩を落とす。
 溜息と共に俺達を流し見た後、王様が改めて悟ってしまった表情で陛下を見る。

「……はぁ。そうだね。学院時代から知っていたはずなのに、無駄な抵抗をしちゃったよ。それで? いつ行くんだい?」

「この話し合いの後、すぐだ。前にも一度確認はしたが、不安要素は確実に取り除いておいた方が良い」

「その不安要素って、……『アレ』の事で良いんだよね?」

「あぁ」

 『アレ』という言葉と、両陛下が向かう予定の『ガデルディウスの神殿』。
 その二つが意味するのは勿論、……地下深くに封じられた『魔獣』の事に他ならない。ガデルフォーンの皇子達の魂が縛りつけられ、いまだ救いの手が伸ばせない危険な区域。
 ディアーネス陛下は玉座から立ち上がり、その長い睫毛に縁取られた瞼を閉じる。
 淡い薄紫の光が彼女の身体を包み込み――。
 女帝としての威厳と、滲み出る色香を纏う大人の女性が玉座の前に立っていた。
 ディアーネス陛下の本来の姿。ガデルフォーンの美しき女帝。
 
「ガデルディウスの神殿に異変があれば、それはガデルフォーンの悲劇を繰り返す事に他ならん。我はレイフィードと共に『魔獣』の状態を確認し、封じを強化する。ユリウス、クラウディオは、引き続き、『場』の守りを固め、調査を続行せよ。シュディエーラは、不審者の捜索に向かわせた者達の一部を呼び戻し、国内に異変がないか、民の安全を確保する為に指示を出すが良い。サージェスは騎士団がいつでも動けるように指示を伝達し、有事に備えよ」

「「「御意」」」」

「ルイヴェル、お前はウォルヴァンシアの者達と共に、ユキの護衛に集中せよ。また、我の指示あるまでは、ユキの皇宮内からの外出を禁じる。決して一人にはさせるな。いつ何が起きてもおかしくない事を胸に刻み、お前達の王兄姫を、命を賭けても守り抜け」

「御意」

 勅命を下す声音は、普段の少女めいた音ではなく、凛とした響きを保ちながらも、大人の艶めいた女性の響きが滲む威厳さを宿したものだった。
 ガデルフォーンの臣下たる俺達を含め、レイフィード陛下以外の全員が、この国の絶対たる王に頭を垂れ、忠誠の礼をとる。
 本当だったら、ラシュさんが継ぐべきだった皇帝の地位。
 絶対にまわってくることのなかった至高の玉座……。
 兄皇子達を助ける為とはいえ、ラシュさんも妹姫に凄い押しつけをしたもんだと当時は思っていたけれど……、その判断に間違いはなかった。
 今、俺達が礼を向けている相手は、間違いなく……、ガデルフォーンを統べるに相応しい存在だ。まぁ、昔から妙に老成したところがあるというか、あ、ごほんっ。
 命じられるだけで、歓喜さえ覚える王者の声音。全てを統治する絶対の存在。
 彼女に仕える道を選択した自分に、後悔は微塵もないと思える今。

「敵の存在が紛れもなく、過去に我らに苦汁を舐めさせたあの女であった場合の対処と、それ以外の、仕掛けられた時の対処、防衛を抜かりなく行う。皇宮を散々な目に遭わせられたからな……、過去の因縁も含め、あやつには女帝の裁きをその身に受けさせる」

 陛下の中では、まず間違いなく、ガデルフォーン国内で起きている異変の影に、あの金髪の少女が絡んでいると睨んでいるようだ。
 ま、疑いようもないしねー……。ユキちゃんの話と、昨夜の二度目に起きた襲撃事件。その際に感じた、懐かしくも苛立たしい少女の気配。
 そして、……ルイちゃんにとっても、因縁のある相手の影も出てきている。
 ガデルフォーン、ラスヴェリート、ウォルヴァンシア……。
 まぁ、これだけ沢山の異変を起こされたら、気付かない方が無理だけどね。
 荒らされ、干渉を受け、術隠しの『ベール』を仕掛けられた各地の『場』。
 ユキちゃんに接触してきた金髪の少女と不精髭の男、それと、もう一人の子供。
 極めつけは核から生まれた魔物の襲撃が二度……。
 さて、敵は一体何がしたいんだろうね。陛下や俺達への復讐? それとも……。

(俺達の国だけじゃ……、ないのかもね)

 別々の地で起きてはいるものの、それに関わっているとみられる存在が、共に行動していたとなると……。繋がりがあるのは確実だ。
 他に仲間がいるのかもしれないし、他の国々でも何か起こり始めているのかもしれない。

「それでは、俺は一度アレクとユキ姫様の許に戻ります。レイフィード陛下のご不在の間、どうかお任せを」

「頼んだよ、ルイヴェル。あ、それと、さっきの『ユキちゃん泣かせ』の件、帰って来たら、僕の部屋でじっくりしっかり聞かせて貰うからね?」

「……御意」

 ばっちり忘れられてなかったねー……。
 話し合いが終わり、皆が退出し始めた際、ルイちゃんが王様の釘刺しに頷いているのが見えた。

「あ、ルイちゃーん、俺も一緒に行くよ」

 騎士団に戻る前に、ユキちゃんの中で作用している術がきちんと仕事をこなしているか、それを確認したい。
 俺はルイちゃんと共に玉座の間を出ると、ウォルヴァンシアの副団長君の部屋へと向かった。





 ――ガデルフォーン皇宮・アレクの部屋の前。

「「……」」

 ひとつ誰かに聞きたいんだけどさ、これ……何かな?

「ニュイ~……」

 スリスリと桃色の身体を一頭の大きな銀色の狼に摺り寄せて気持ち良さそうに眠るファニル。
 しかも、副団長君の部屋のど真ん前だよ。
 蒼の双眸をちらりとこちらに向けているのは、銀色の狼君だ。

「アレク……、お前、ここで何をしている」

「ルイか。……すまない、自分の不甲斐ない理性と感情を反省しているところだ」

 あ、この狼、副団長君なんだ。
 何で自分の部屋で眠らずに、扉の前にいるんだか……。

「ユキはどうした」

「中で休んでいる」
 
 狼姿の副団長君に、扉の前をどくように促したルイちゃんが、ノブに手を掛け中へと入ろうとした。
 すると、ごろん……と、無防備にも、眠りに就いている女の子の姿が廊下にはみ出した。
 目には泣いた痕が見られるけれど、これ……、ルイちゃんのせいで泣いた時のとは違うよね。
 だって、俺達がこの部屋に連れてくる時には、涙も拭き終えていたし……。
 という事は……。
 辛そうな表情と、頬を伝う涙。俺とルイちゃんの視線が、項垂れている副団長君に向かう。

「副団長君……、『何』、しちゃったのかなー?」

「アレク、洗いざらい吐け」

 扉の向こうで泣きながら眠っていたのは間違いない。
 椅子でも、寝台でもなく、……扉の前で。
 二人の間に何があったのか、それはわからないけれど、良い事でないのは確かだろうね。
 しかも、副団長君が眠っているユキちゃんの許に近寄り、その頬を舐めているタイミングで、

「ルイヴェル、サージェス? ――ユキ!?」

 はい、面倒なお子様がご帰還ですよー。
 漆黒の髪に真紅の瞳を抱く、イリューヴェル皇国の第三皇子、カイン・イリューヴェル。
 そして、その隣には、案じる気配を宿したウォルヴァンシアの王子、レイル君。
 そうだねー、この状態見ちゃったら、吃驚だよねー。

 ルイちゃんの腕の中で眠っているユキちゃんに駆け寄り、その表情を見て眉を顰めた。

「何で……こいつ、泣いてんだよ。
 お前ら……、いや、おい、番犬野郎……、テメェ、『何』しやがった?」

「……」

 ライバルの本能ってやつかな。俺やルイちゃんじゃなくて、副団長君がユキちゃんに何かしたのだと気付いたようだ。
 俺達もその事情を聞こうとしていた所なんだけど、皇子君が混ざると面倒なんだよねー。
 怒りに任せて場を乱しちゃうから、ちょっと黙っててほしいんだけど、さて、どうしようか。

「カイン、少し黙っていろ……」

「あ? 俺は番犬野郎に事情を聞いてるだけだろうが!!」

「皇子くーん、今ルイちゃんに逆らうと酷い目に遭うよー?」

「はあ!?」

 と、せっかく注意をしてあげたっていうのに、それは意味を成さず、いまだに不機嫌続行中だったルイちゃんが短く詠唱を唱えた瞬間、……皇子君の身体に雷系統の術が走り、一瞬にして撃沈させてしまった。手荒いなー。

「大丈夫か、カイン皇子!! ルイヴェル、どうしたんだ。お前らしくないぞ」

「レイル、お前も少し黙っていろ」

 凄いね。一応目の前の二人は王族様なんだけど、物言いに躊躇いも容赦もないよ。
 ルイちゃんは副団長君に向き直り、ユキちゃんを腕に抱えたまま問いかける。

「お前の事だ。本意で泣かせたわけではないと思うが、
 何を言い、何をしたかは俺達に説明しろ」

「……それは」

 おすわりの状態になった副団長君の頭の上にファニルが乗っかり、代わりに説明しようとするけれど、俺達が今説明を口にしてほしいのは、目の前の彼だからね。
 ファニルを腕の中に収め、俺は壁の方に身を寄せた。

「ユキに……、俺を、『男』として見てほしいと、……願った」

「それだけか?」

「……自分の欲に身を任せて、ユキに触れようとした」

 ――シーン……。
 
 うん、真面目で堅物そうだなーって印象はあったけど、この子……思い詰めると暴走するタイプだね。
 事の全容を聞いてみると、俺とルイちゃんが副団長君の部屋にユキちゃんを放り込んだ後、
 寝惚けていた副団長君はユキちゃんを寝台に引き込んでしまい、
 やらかしたー!! と、我に返り自己嫌悪に陥り、その時はユキちゃんに宥められて場はどうにか治まったらしい。
 しかし、その後に、副団長君をゆっくり休ませる為に口にしたユキちゃんの発言が引き金になり、副団長君は理性にヒビが入って、嫉妬よろしく自分の想いを吐き出し始め、以下略と。
 まぁ、未遂に終わったから良いけど、ユキちゃんが何故泣いてしまったかは原因不明だ。
 外に出た副団長君と少し言葉を交わした後に泣いた事だけは間違いないらしいけど、
 ……本当に、ユキちゃんの心の中で何があったかは、彼女に聞いてみないとわかんないね。

「副団長君、ストレスってね……、日頃から溜め込むと良くないんだよ?
 君さ、普段から真面目なタイプでしょ? 自分の思ってる事抑え込んだり、
 悩み事があっても、自分でどんどんややこしくしていく系の」

「……」

「サージェスの言う通りだな。普段から我慢しすぎているせいで、
 後になって困った事態に陥る。……今回で言えば、困ったのはお前ではなく、
 このユキだがな」

 俺とルイちゃんに左右から挟まれてお説教を受けている副団長君が、しょんぼりと項垂れながら身を起こした。
 その蒼い瞳には、後悔や自責の念のような気配が窺えるけれど、彼はどこに行くんだろうね。

「ルイ、……ユキを頼む。俺は少し、……外を歩いて来る」

 どんよりと暗い雲でも背負っているかのように、副団長君は哀愁と共に去って行く。
 まぁ、反省は海より深くしているみたいだけど、重症気味だねー……。
 ルイちゃんの一撃で撃沈し気絶している皇子君をレイル君が背中に背負って立ち上がると、
 眠るユキちゃんを腕の中にお姫様抱っこ仕様で抱き上げたルイちゃんが、一度彼女の部屋に向かう事を告げ、廊下を歩き出した。
 俺も、ユキちゃんの体内の状態を確かめたかったから同行したけれど、その後、診察をさせて貰った時に、やっと本当の意味で安心する事が出来たよ。
 ルイちゃんの解呪の術は確実にユキちゃんの体内に植え付けられていた呪いと傀儡を根本から解呪にかかっていたし、完全に消え去るまで、あと一時間もいらない事がわかった。
 流石は、ウォルヴァンシアの王宮医師殿だ。手際は鮮やかで落ち度はひとつもない。
 俺は安堵を抱き、騎士団に戻る事を告げると、ユキちゃんの部屋を後にした。
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