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第一章

第20話 甘えん坊なシャーロット②

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 門限が迫ってきても、僕は帰らなかった。
 義理の両親に心配と迷惑をかけたくはなかったが、寝入る前のシャルの泣きそうな顔を思い出すと、一人にはできなった。

 両親に何をして詫びようかと考えていると、

「ノア君……?」

 かすれた声が聞こえた。

「シャル、おはよう。といっても、もう夜に近いけどね。気分はどう?」
「少し、楽になりました。ただ、関節という関節が痛いです……」
「完全に熱だね」

 額に手を当ててみると、かなり熱い。
 汗もかいていた。

「一回着替えた方がいいよ。外に出てるから、終わったら呼んで」
「はい……あっ」

 シャルが色っぽい声を出した。

「どうしたの?」
「肩が痛くて脱げません……手伝ってください」
「えぇっ⁉︎ 着替えを手伝うのはさすがに……」
「だめ……ですか?」

 シャルが涙目になって首をコテンと傾ける。
 ……何、この可愛い生物。
 これのお願いを断れる男とか、この世にいないでしょ。

「わかった。手伝うよ」
「本当ですか? やった」

 シャルがへにゃりと笑った。
 熱に浮かされて明らかに幼児退行しているな、これ。
 うん、手のかかる妹だと思う事にしよう。

「じゃあ、脱がせるよ」
「はーい」

 学校指定のシャツのボタンを外していく。
 その下は下着だけだった。

 見ないようにと思っていても、少しだけ盛り上がった純白のブラジャーと、キュッとしまったウエスト、縦に長いおへそに目がいってしまう。
 後ろに回り込み、腕からシャツを引き抜く。

 無事にミッションを終えた時、僕は思わず息を吐いてしまった。
 やっと終わったー……

「ノア君、ブラも替えたいです」
「……えっ?」

 何を言っているんだ、この子。

「ちょっと肩が痛くて自分じゃ難しそうです……ホックを外せば取れるので」

 シャルの中ではすでに、僕がやることになっているらしい。
 仕方ない、腹を括るか……
 って、ちょっと待った。

 危ない。
 重要な事を忘れていた。

「シャル、その前に着替えを用意しないと」
「確かにそうですね……すみません。そこの一番上に入っています」

 シャルがタンスを指差した。
 一番上にあった服を取り出してシャルのそばに置き、再び背後に回り込む。

「えっと……ホックを外せばいいんだよね」
「はい」

 シャルの背中はほっそりとしているが、決して肉がないわけではなく、柔らかそうだった。
 それに他の部分と同様、いや、それ以上に白い。

 僕は生唾を飲み込んだ。
 やばい、長くは耐えられない。早く終わらせよう。

 幸い、手間取る事はなかった。
 前を覗き込みたくなる衝動を、理性を総動員して抑えつつ、服を着させるところまで成功する。

「えへへ、着替えさせてもらっちゃいました」

 シャルが服をつまんで嬉しそうに笑った。
 ちょ、本格的にまずいって。

「きついかもしれないけど、下はさすがに自分で着替えてね。お腹は減ってる?」
「えー、仕方ないですね……お腹は少し減ってます」
「わかった。おかゆ作ってくるからちょっと待ってて」

 僕は逃げるようにシャルの寝室を飛び出した。

「っはー……」

 思わずソファーに倒れ込んだ。
 このまま眠ってしまいたいくらいには疲れていた。精神的に。
 だが、色々な意味で眠るわけにはいかない。

「……よしっ」

 頬を叩いて自分を奮い立たせ、台所へ向かう。
 使われた形跡はあまりないものの、料理器具は一式揃っていた。
 魔道具も充実している。

 魔道具は、魔力を注ぐだけで特定の魔法効果を生み出せる道具だ。
 火を起こしたり、逆に冷やしたり冷凍したりする事もできる。

 僕は魔力だけは多いので、魔道具を使ってもまず魔力切れになる事はなかった。



 おかゆの入った鍋や皿を持って部屋に戻ると、なぜかシャルが頬を膨らませていた。

「遅いです、ノア君」

 どうやら寂しかったらしい。
 本当に幼くなっているな。

「ごめんごめん。そのかわり美味しくできたよ」
「じゃあ許してあげます」

 何様だこいつ。
 まぁ、嬉しそうだからいいけど。

「はい、お皿とスプーン。勝手に選んだけど、これでいいよね」
「はい」

 頷くものの、シャルは受け取ろうとしない。
 ……まさか、

「しんどいので、食べさせてください」

 やっぱりか……もう何でもいいや。
 スプーンの上でふぅふぅと冷ましてから差し出す。

「ん……おいしいです」
「よかった」

 食べ始めたら食欲が出てきたようで、シャルは完食した。
 洗い物を済ませて帰る事を告げると、シャルは途端に眉尻を下げて悲しそうな表情になった。

「もう帰っちゃうんですか……?」
「うん。もう遅いからね」

 後ろ髪を引かれないと言ったら嘘になるが、そろそろ本気で帰らないとまずい時間だ。

「幸いにも明日からは土日だし、ゆっくり休みなよ。おにぎり作って冷蔵庫に入れてあるから」

 冷蔵庫も魔道具だ。
 魔力は満タンにしておいたので、しばらくはもつだろう。

 さすがに申し訳なく感じたのか、シャルも引き留めようとはしてこない。
 それでも揺れる瞳が、布団をギュッとつまんでいる手が、彼女の心情を雄弁に告げていた。

「……明日も来ようか?」

 気がつけば、そんな事を口走っていた。
 シャルの顔がパッと輝いた。

「本当ですかっ?」
「ほ、本当だよ。ただし、シャルが薬を飲んでちゃんといい子で休んでいたらね」
「絶対? 絶対ですよ?」
「うん、絶対」

 指切りをしてシャルの家を出る。
 何とか実家にたどり着く頃にはいろいろな限界が来ており、両親にめちゃくちゃ心配された。
 本当に申し訳ない。



 翌日は、昼前にシャルの家に到着した。

「こんにちは、シャル。体調はどう?」
「も、問題ないです……」
「そっか。よかった」
「ど、どうぞお入り下さい」
「うん」

 出迎えてくれたシャルの足取りはずいぶんとしっかりしていたが、何やら様子がおかしい。

「あの……お茶で良いですか?」
「いいよいいよ。まだ病み上がりなんだから、横になっててもいいし」
「いえ……大丈夫です」

 おずおずと僕の隣に腰掛ける。
 しょんぼりしているようだ。

 どうしたものかと思っていると、シャルが突然、頭を下げた。

「あ、あの、昨日は申し訳ありませんでしたっ!」
「……えっ?」

 どうした。藪から棒に。

「その、色々ご迷惑をおかけして、見苦しい姿をお見せしてしまいました……」
「記憶はあるんだ?」

 シャルが顔を真っ赤にして頷いた。

「本当にすみません……」

 羞恥だけでなく、罪悪感もかなり感じているようだ。
 これは良くないな。

「シャル。誤解のないように言っておくけど、僕は昨日からここまで、迷惑だなんて一度たりとも感じてないからね」
「えっ……」
「そりゃ色々恥ずかしかったし、疲れたのは事実だけど、絶対に迷惑なんかじゃなかったよ。むしろ、頼りにしてくれたのが嬉しかったくらい。甘えたければいつでも甘えればいいよ。困っている時に助け合うのが友人でしょ?」

 前にシャルが言ってくれたセリフをお返しすれば、彼女の瞳にみるみる雫が溜まっていき、重力に従って流れ落ちた。

 僕は震える華奢な体をそっと抱きしめた。
 僕の胸元に顔を埋めて泣きじゃくるシャルの体は、力を込めれば折れてしまいそうなほど頼りない。

 彼女自身でも気づかぬうちに、この小さな体に色々なものを溜め込んでいたのだろう。
 そのはけ口となれるなら、こんなに嬉しい事はない。

 シャルのサラサラの髪を撫でる。
 不思議と、邪な気持ちは一切湧いてこなかった。



 泣きやんだシャルの顔は羞恥で赤く染まっていたものの、いくらか晴れやかなものになっていた。

「スッキリした?」
「はい……ありがとうございます」
「さっきも言ったけど、甘えたい時は甘えればいいし、泣きたい時は泣けばいいよ」
「いいんですか? きっと甘えすぎてしまいますし、面倒な女になってしまいますよ?」
「大丈夫。面倒だと思った時はちゃんと言うから」
「ぜひそうしてください……それで、あの、ノア君」

 シャルが様子を窺うように見上げてくる。

「何?」
「早速……甘えてもいいですか?」

 可愛いな、おい。

「いいよ。どうして欲しい?」
「頭、撫でてほしい……です。すごく、安心します」
「それくらいならお安い御用だよ」

 毛流れに沿って撫でてやれば、シャルは気持ちよさそうに目を閉じた。
 猫みたいだ、とエリアと話したのを思い出した。

「……ノア君のせいで、どんどんダメになってしまいそうです」
「僕の前でダメになるにはいいんじゃない? いつもは曲がりなりにもちゃんとしているんだし」
「曲がりなりにもとは何ですか、曲がりなりにもとは」

 シャルが太ももをぽかぽか叩いてくる。
 痛くはないが、くすぐったい。色々と。

「ごめんごめん」

 シャルがフンと鼻を鳴らして叩くのをやめた。
 一拍置いて、僕らは同時に笑い出した。
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