先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第一章

第35話 美少女後輩マネージャーにまたくすぐられた

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香奈かな、起きて」

 たくみは香奈の両肩に手を添えて、前後に揺らした。
 前回の経験から、深い眠りに入らせてはならないことはわかっている。

 しかし、香奈は眠りも深ければ、深くなる速度自体も速いようだった。
 前後左右に揺らしても赤髪がサラサラとなびくだけで、頬をペチペチしてもむにゃむにゃ言うばかり。全く起きる気配がない。

「うーん……」

 さて、困った。
 すぐに思いつく手としては、巧が香奈にされる予定だった(と思われる)くすぐりがあるが、

(香奈から僕はともかく、僕から香奈はよくないよなぁ……)

 セクハラなどの基準も年々厳しくなっている昨今だ。
 さすがに起こすときにくすぐった程度で香奈が巧を訴えるかも、などとは考えないが、嫌な思いはさせてしまうかもしれない。

 前に勢いで香奈が際どいことを言ったり行ったりしたら自分もくすぐるから、などと言ってしまったが、本当にする気は微塵みじんもなかった。

「……結局、これかな」

 巧は水を入れたコップとバスタオルを用意した。
 香奈をソファーに仰向けで寝かせ、頭から背中にかけてバスタオルを下に敷く。

 まずはコップを頬に押し当ててみた。

「ん……」

 嫌がるそぶりは見せたが、まぶたは閉じられたままだ。

「仕方ない。覚悟してね、香奈」

 タオルがずれてしまわないように固定する。必然的に香奈の顔を覗き込むような体勢になってしまうが、こればかりは仕方ない。
 コップの水をちょろっと彼女の顔にかけると、

「うわっ⁉︎」

 香奈が体を揺らし、瞳をカッと見開いた。
 巧はホッと息を吐いた。意外と数滴でも効果は抜群のようだ。

「おはよう、香奈」
「お、おはようございますっ……⁉︎」

 香奈が何やらあたふたしている。
 目的は達せられたので、巧は馬乗りのようになっていた体勢を解除した。

 香奈のルビー色の瞳が、巧と彼の手にあるコップを行き来する。

「も、もしかしてまた寝ちゃってました……?」
「わずかな沈黙のうちにね。全然起きないから水かけちゃった、ごめん」
「あっ、い、いえ、こっちこそすみません!」

 香奈が勢いよく頭を下げた。
 頬を染めて視線を逸らしながら、

「その、寝ちゃダメだっていうのはわかってたんですけど、先輩の手つきが気持ちよくて……」
「それは光栄なことだけど、やっぱり男の一人暮らしの家で寝ちゃうっていうのはよくないかな」
「はい、ごめんなさい……」

 香奈はすっかりしゅんとしてしまっている。
 巧はクスクス笑った。

「そんなに反省しなくていいよ。香奈からのイタズラタイムと帳消しで許してあげる」
「えっ……」

 彼女はガーンという効果音でも聞こえてきそうな表情を浮かべた。
 巧の思った以上にショックを受けているようだ。

(ここまで絶句って言葉が似合う顔もないな)

 巧は思わず笑ってしまった。

「た、巧先輩っ。い、今、私のイタズラタイムと帳消しって言いました……?」
「そりゃそうでしょ。というより、結構優しいほうだと思うよ?」
「そ、そうかもしれませんけどっ、なら、私は湧き上がるこの衝動をどう処理すればいいんですか……!」

 香奈がブルブル手を震わせた。
 巧はくつくつ笑いながら、

「何で禁断症状出てんのさ」
「だ、だってずっと楽しみにしてたんですもん! 少しだけっ、少しだけやらせてください! こう、ちょんちょんって」

 香奈がセリフに合わせて人差し指を数回突き出した。

「えー、だめ。それ逆にくすぐったそうだし」
「じゃ、じゃあ、本当に優しめに触るだけでいいですからっ! そ、そもそも、本件は私めが全面的に悪いのは当然といたしましても、ほんの少しだけではありますが巧先輩にも非があると思われます!」
「なんで後輩刑事みたいな口調になってるのかは置いておくとして、その心は?」
「だ、だって頭撫でるのうますぎるし、私がリラックスしてしまうような空間なのが悪いんですもん!」
「なるほど……じゃあ、香奈がもっと危機感を持つような空間にすればいいんだ?」

 巧は口元を緩め、ゆっくりと香奈に近づいていった。

「へっ……? い、いや別にそういうわけじゃ——」
「冗談だよ」

 巧は足を止め、からからと笑った。

「意外と騙されやすいよね。香奈って」
「あっ……か、揶揄ったんですか⁉︎」

 元々染まりつつあった香奈の頬が、完熟いちごでも見劣りするほどの色味をつけた。

「うん、ごめんね。だからその代わり、激しくしないならちょっとだけ好きにしていいよ」
「っ先輩……!」

 香奈が感動している。
 巧としてもイタズラされたいわけではないのだが、名前で呼ばれたがっている彼女を苗字で呼んでしまったことには罪悪感を覚えていた。

 寝てしまったのはそれはそれとして、巧自身の心情として罰は受けておくべきだと思ったから、あえて香奈を揶揄ったのだ。

(今度は平静を貫いてやる)

 巧は試合のときと同等以上に気を引きしめた。

「じゃあ行きますよー! さあさあ先輩、そちらにお直りになって、あっち向いてください」

 香奈がソファー、次に彼女とは反対方向を手で示した。

「えっ、何で?」
「しょ、正面からだと少し恥ずかしくて」

 香奈がはにかんだ。

「なら全然やんなくてもいいんだよ?」
「いいえダメです! これは罰なんですから」
「言っとくけど、前みたいにフルスロットでやったら手首締め上げるからね?」
「……それはそれでいいかも」
「嘘でしょ」
「引かないでくださいっ、さすがに冗談です! 痛いの嫌ですし……あっ、でも、ちょっと乱暴な先輩は見てみたい気もしますけどっ」
「難しい注文だね」

 巧は苦笑いを浮かべた。

「巧先輩、喧嘩したこととかあります?」
「口喧嘩なら何度かあるけど、手を出した記憶はないなぁ」
「じゃあ、フルスロットでやっちゃってもいいってことですか?」
「ハンムラビ法典」
「……ハム?」

 どうやら知らないようだ。

「ハムじゃなくてハンムラビ法典。ハンムラビって人が作ったルールブックみたいなもんだよ。その中の有名な言葉に、目には目を、歯には歯をっていうのがある。僕にもフルスロットでされる覚悟があるならやってごらん」

 巧はニヤリと笑って香奈を見た。

「や、やめておきます」

 彼女は頬をひきつらせた。
 巧のそれはただの虚勢だったが、効果は抜群だったらしい。

「よろしい」
「じゃあ、行きます」

 香奈がそっと巧の脇腹に指を這わせた。

「どうです? 巧先輩」
「っ……全然平気だよ」
「嘘ですね。筋肉動いてますもん」
「その判定法はっ……ずるいよ……!」
「すごい、面白いです! ヒクヒク動いてるー!」

 香奈が楽しそうな声を上げた。

「くっ……か、香奈っ、もうい、いいんじゃないっ……」
「えー、仕方ないなぁ——」

 香奈が露骨に不満げな表情を浮かべつつも、指の動きを止めた。

「——じゃあ、普通に触ります」
「何、普通に触るって」
「くすぐらずに触るってことです。先輩、結構筋肉あるんですね」

 香奈が巧の腹筋を指で押した。

(筋肉触らせるくらいは教室でやってる人もいるし、そんなにくすぐったくもないからいいか)

 気恥ずかしさはあったが、香奈が楽しそうだったので、巧は許容することにした。

「一応鍛えてはいるからね」
「なるほど。だからあんまり背が伸びなかったんですか」
「だとしたら香奈はムキムキってことになるけど……痛い痛い」

 巧が皮肉に皮肉で返すと、無言でつねられた。

「いいんですー。女の子は小さいのがステータスになる場合もあるんですから」
「それはそうだね。僕も香奈がもうちょっと大きかったら嫌だし」
「頭撫でづらくなりますもんね」
「そうだね……って、僕を頭撫でたがる変態にしないで」
「いいんじゃないですか? 変態紳士」
「よくないよ」

 軽口を叩きあう最中も、香奈の指はひっきりなしに巧の筋肉を押したり撫でたりしている。
 彼女は艶っぽい声で、

「先輩、硬いです……」
「明らかにわざとだよね?」
「私もビキニ着ても恥ずかしくないくらいを維持はしてますけど、こんなに硬くならないんですよね」
「それは男女の身体的特徴の違いじゃない? それぞれ違う魅力があるっていうか」
「たしかに。先輩は筋肉質な子のほうが好きですか?」
「えー、どうなんだろう。ムキムキすぎてもあんまりかもしれない」
「あっ、じゃあ私ちょうどいいかも。触ってみます?」
「香奈」

 巧はくるっと振り向いた。

「えっ?」
「それはイエローカードだよ。香奈はともかく、僕が香奈の体をベタベタ触るのはよくないからね」
「あっ、はい。すみません」

 香奈が素直に頭を下げた。
 判定に不満はないようだ。

「香奈は結構お調子者気質だからなぁ」
「えっ、可愛いってことですか?」
「そういうところだよ」
「間違いないですね」

 香奈と巧は顔を見合わせ、声を上げて笑った。



 夜。
 巧がちょうど夕食を済ませたころ、スマホがメッセージの受信を告げた。
 香奈からだった。

 ——明日の夜、空いてますか?
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