210 / 328
第八章
第210話 ファーストキス
しおりを挟む
「エグかったな……」
「エグかったですね……」
優とあかりはすっかり語彙力をなくしていた。
二人揃ってベッドに手をつき、天井を見上げて息を吐き出した。相手も同じ動作をしていることに気づき、顔を見合わせて笑い合う。
「なんか、人間って本当に感動すると言葉出ねえんだな……」
「陳腐になっちゃう感じですかね」
「だな。いやぁ……」
優の言葉の続きはため息となって空気中に溶けた。
「はあ~……」
あかりも処理しきれない感情を吐き出すように息を吐いた。
十分ほど経って、ようやく彼らの脳みそは活動を再開した。
あの曲のここの歌い方がよかった。シャウトが格好良すぎる。あそこをあえて裏声でいくのも味があった——。
毎回のライブで二十曲前後を歌うのだ。話すネタは尽きなかった。
優とあかりの目のつけどころは似ていた。
お互いの感想に共感し、ここもよかったと自分の感想を付け足す。それに相手が共感してまた別の部分にも言及して盛り上がる、というのを繰り返していた。
「いやぁ、本当に最高でしたー……ありがとうございます」
「おう。こっちこそありがとな。母さんじゃねえけど、七瀬ならいつでも歓迎だから」
「ふふ、ありがとうございます」
あかりが躊躇いがちに優の肩に頭を乗せてきた。
「な、七瀬……⁉︎」
優は動揺で体をビクッと震わせてしまった。
あかりは照れたように笑って、
「少しだけ、こうしてていいですか?」
「お、おう」
優はどもりつつ返事をした。心臓がうるさいほど脈打っていた。
あかりからこうして明確に甘えられたのは初めてだった。
(もしかして、七瀬も結構俺のこと好きになってくれてるのか……⁉︎)
あかりの性格を考えても、好きでもないのに甘えてくるとは思えなかった。
(な、ならこれくらいはいいよな?)
優は何度か躊躇うように手を伸ばしたり引っ込めたりした後、意を決してあかりの肩を抱いた。
「っ……!」
あかりは驚いたように顔を上げた。元々色づいていた頬をさらに赤く染めてモジモジと下を向いた。
(か、可愛いしやわらけえ……!)
初めてまともに触れた女の子の肩は、細くも丸みを帯びていた。
弾力のある柔らかさが妙に艶かしくて、優は指先に力を込めてその感触を楽しんだ。
あかりは羞恥に耐えるようにぎゅっと目をつむっていた。
それでも、優から離れようとはしなかった。むしろ、ほんの少しずつ体重をかけてきていた。
優はますます調子を良くした。
あかりからの好意を確信したことで、心のトリガーは外れかかっていた。
「——七瀬」
あかりがそろそろと顔を上げた。
優は彼女の白い頬に手を当て、わずかに潤む瞳をじっと見つめた。
不安や羞恥、それにわずかな期待といった色も見受けられたが、一番色濃く出ているのは迷いの感情だった。
おそらく優のしたいことには察しがついていて、その上でしていいのか、するべきタイミングなのか迷っているのだろう。
今はまだそのときではないんじゃないか——。
わずかに残った理性が訴えかけてきた。
しかし、男としての欲望を抑えきることはできなかった。
優は最後にもう一度あかりの目を見てから、その唇に自らのそれを押し当てた。
あかりは瞳を真ん丸に見開いた。拒む素振りは見せなかった。
もしかしたら一秒にも満たないかもしれない、触れるだけのキス。
(き、キスしちった……!)
緊張で味などわかるはずもない。
しかし、口付けをかわしたという事実だけで優には十分すぎた。
心臓が口から飛び出そうになりながらあかりに視線を送った。彼女もまた優を見ていたようだが、目が合った瞬間にサッと視線を逸らした。
それが決してネガティヴな意味を持ち合わせていないことは、顔を背けたことであらわになった耳の赤みが物語っていた。
好きだ——。
優は湧き上がった衝動のまま抱きしめた。
「七瀬っ……サンキューな」
「は、はいっ……」
あかりもそろそろと抱きしめ返してくる。ほんのりと汗の混じった匂いが鼻をかすめるが、優は全く嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ興奮した。思い切り吸い込みたいくらいだ。あかりに嫌われたくないため思いとどまったが。
抱きしめていれば自然と柔らかくも弾力のある二つの塊が優の胸に当たることになるし、背中に腕を回しているため、指先や腕からも女の子特有の柔らかさが伝わってくる。
慣れに比例して、彼は匂いも含めたそれらの感覚をより鮮明に認識できるようになっていた。そうすれば、男子として健全な反応をしてしまうのは仕方のないことだった。
ベッドで隣同士に腰掛けているため、抱き合うためにはお互いに体を捻る必要がある。
体勢的には楽ではなかったが、優は正面から出なくてよかったと思った。体全体を密着させれば、到底ごまかせるものではないからだ。
昂りは一向に収まる気配を見せなかったが、それでも少しずつ冷静さを取り戻した。
優はふと腕の中の彼女に目を向けた。
「な、七瀬」
「はい」
「もう一回……いいか?」
あかりの頬が再びじわじわと赤みを帯びていく。
彼女はオロオロと視線を彷徨わせた。優の鼻のあたりを見たままコクンと小さくうなずき、わずかに顎を上げて目を閉じた。
優は我慢できずに唇を押し当てた。
続けて二度、三度と感触を味わうように口付けを落とす。
「んっ……」
あかりが驚いたような声を上げた。
優は彼女を解放しようとはしなかった。受け入れてくれているという事実に大胆になっていた。
——彼の正気を取り戻させたのは、階下からの母親の声だった。
「そろそろご飯できるわよー!」
「っ……!」
優はイタズラが見つかった子供のようにビクッとあかりから離れた。
それまでとは違った意味で心臓が跳ねた。
「優ー?」
「お、おう! もうそろ行くっ」
「はーい」
廊下から台所に戻っていく美咲の足音が、やけに大きく聞こえた。
「……」
「……」
お互いに視線を合わせられなかった。
気まずい雰囲気の中、たどり着いた結論は同じだった。
「と、とりあえず下行くかっ」
「そ、そうですねっ」
照れくさそうに笑みを交わし合い、彼らは足早に階段を駆け降りた。
夕食の間、美咲は機嫌よくあかりに話しかけ続けた。
優も今日ばかりはそのハイテンションぶりに感謝をした。おっとりとした母親だったのなら、食卓には気まずい雰囲気が流れていたことだろう。
あかりはかなり振り回されていたが、とりあえず食前の気まずい空気は霧散していた。
あかりは洗い物くらいはさせてくださいと申し出たが、美咲がそれを断った。父親が帰ってきてからまとめて洗うというのが百瀬家の常だと。
あかりは申し訳なさそうにしつつも、素直に引き下がった。
夕食が早めに終わったため、優はもう少しだけ二人の時間を過ごせるのではないかと期待していた。
事に及ぼうとまではさすがに考えていなかったが、もう少し関係を進めるチャンスだとも思っていた。
しかし、食後のお茶を飲み終わったタイミングで、あかりは「そろそろお暇します」と腰を上げた。
「そ、そうだな」
優は落胆を表に出さないように努めた。
普通に帰るって言い出してもおかしくない時間帯だしな、と自分に言い聞かせた。
しかし、これまでにはなかった手応えを感じていたため、この機を逃したくないという焦りにも似た感情も芽生えていた。
遠慮するあかりを説得し、電車で家まで送って行った。少しでも一緒にいたかったし、単純に帰り道が心配でもあった。
彼女の家の前まで来たとき、優は思いきって切り出した。
「あ、あのさっ。今週の土日、両親は旅行でいねえんだけど、またライブでも観に来ねえか?」
「っ……!」
青白い街灯の下で、あかりの瞳が大きく揺れた。
家に二人きりはさすがに気が早かったか、と優は後悔した。
「……まだ」
あかりはゆっくりと言葉を紡いだ。
「まだ、私が観ていないDVDもありますよね?」
「っ……!」
それは、最初からお互いに答えをわかっている質問だった。
優はコクコクとうなずいた。
「お、おうっ」
「……じゃあ、日曜日の試合後にお邪魔してもいいですか?」
「も、もちろん!」
優は食い気味にうなずいた。
あかりはクスッと笑った。優が近づくと、緊張でわずかに身を強張らせた。
「なあ、最後に一回だけ……いいか?」
「……仕方ないですね。一回だけですよ?」
あかりが目を閉じて唇を突き出した瞬間、優はそれを塞いでいた。
唇のみずみずしさとぷるぷるとした柔らかさ、そして鼻腔をくすぐる甘い匂いをもっと感じていたくて、優は離れようとするあかりの後頭部を押さえた。
息が持たずにようやく解放すると、あかりがぷはぁ、と大きく息を吐いた。
赤面したまま手の甲で口元を覆いながら、優にジト目を向けてくる。
「な、長すぎですっ……!」
「わ、悪い! 一回だけって約束だったから……」
「っ……! もう、本当に卑怯ですね、百瀬先輩は」
「えっ?」
「なんでもありません」
あかりはふっと口元を緩めた後、真面目な表情になった。
「今日は楽しかったです。わざわざ送っていただいてありがとうございました」
「あ、あぁ」
急にかしこまったあかりの変化に、優はついていけなかった。
「帰り道は気をつけてくださいね。それではおやすみなさい。また明日です」
「お、おう。じゃあな」
あかりはぺこりと頭を下げ、そそくさと家の中に入ってしまった。
「照れ隠し……なのか?」
これだけキスをさせてくれたのなら、嫌だったわけではないだろう。
女の子って難しいなと思いつつ、優は帰路についた。
もっとも、疑問を覚えていたのはほんの少しの間だけだった。
電車に乗るころには、あかりとキスができたという事実にニヤけてしまう口元をどうにかして真一文字に保つこと、そして柔らかい感触や甘い匂いの記憶に反応しそうになる愚息を宥めることに意識の大半が持ってかれていた。
結局、好きな人とファーストキスをした当日に平常心に戻ることなどできるはずもなく、優は口元を手のひらで覆いながら電車に揺られる羽目になった。
ワンオクの曲を聴くことで別の興奮を引き起こし、具足もなんとか鎮めることができた。
「エグかったですね……」
優とあかりはすっかり語彙力をなくしていた。
二人揃ってベッドに手をつき、天井を見上げて息を吐き出した。相手も同じ動作をしていることに気づき、顔を見合わせて笑い合う。
「なんか、人間って本当に感動すると言葉出ねえんだな……」
「陳腐になっちゃう感じですかね」
「だな。いやぁ……」
優の言葉の続きはため息となって空気中に溶けた。
「はあ~……」
あかりも処理しきれない感情を吐き出すように息を吐いた。
十分ほど経って、ようやく彼らの脳みそは活動を再開した。
あの曲のここの歌い方がよかった。シャウトが格好良すぎる。あそこをあえて裏声でいくのも味があった——。
毎回のライブで二十曲前後を歌うのだ。話すネタは尽きなかった。
優とあかりの目のつけどころは似ていた。
お互いの感想に共感し、ここもよかったと自分の感想を付け足す。それに相手が共感してまた別の部分にも言及して盛り上がる、というのを繰り返していた。
「いやぁ、本当に最高でしたー……ありがとうございます」
「おう。こっちこそありがとな。母さんじゃねえけど、七瀬ならいつでも歓迎だから」
「ふふ、ありがとうございます」
あかりが躊躇いがちに優の肩に頭を乗せてきた。
「な、七瀬……⁉︎」
優は動揺で体をビクッと震わせてしまった。
あかりは照れたように笑って、
「少しだけ、こうしてていいですか?」
「お、おう」
優はどもりつつ返事をした。心臓がうるさいほど脈打っていた。
あかりからこうして明確に甘えられたのは初めてだった。
(もしかして、七瀬も結構俺のこと好きになってくれてるのか……⁉︎)
あかりの性格を考えても、好きでもないのに甘えてくるとは思えなかった。
(な、ならこれくらいはいいよな?)
優は何度か躊躇うように手を伸ばしたり引っ込めたりした後、意を決してあかりの肩を抱いた。
「っ……!」
あかりは驚いたように顔を上げた。元々色づいていた頬をさらに赤く染めてモジモジと下を向いた。
(か、可愛いしやわらけえ……!)
初めてまともに触れた女の子の肩は、細くも丸みを帯びていた。
弾力のある柔らかさが妙に艶かしくて、優は指先に力を込めてその感触を楽しんだ。
あかりは羞恥に耐えるようにぎゅっと目をつむっていた。
それでも、優から離れようとはしなかった。むしろ、ほんの少しずつ体重をかけてきていた。
優はますます調子を良くした。
あかりからの好意を確信したことで、心のトリガーは外れかかっていた。
「——七瀬」
あかりがそろそろと顔を上げた。
優は彼女の白い頬に手を当て、わずかに潤む瞳をじっと見つめた。
不安や羞恥、それにわずかな期待といった色も見受けられたが、一番色濃く出ているのは迷いの感情だった。
おそらく優のしたいことには察しがついていて、その上でしていいのか、するべきタイミングなのか迷っているのだろう。
今はまだそのときではないんじゃないか——。
わずかに残った理性が訴えかけてきた。
しかし、男としての欲望を抑えきることはできなかった。
優は最後にもう一度あかりの目を見てから、その唇に自らのそれを押し当てた。
あかりは瞳を真ん丸に見開いた。拒む素振りは見せなかった。
もしかしたら一秒にも満たないかもしれない、触れるだけのキス。
(き、キスしちった……!)
緊張で味などわかるはずもない。
しかし、口付けをかわしたという事実だけで優には十分すぎた。
心臓が口から飛び出そうになりながらあかりに視線を送った。彼女もまた優を見ていたようだが、目が合った瞬間にサッと視線を逸らした。
それが決してネガティヴな意味を持ち合わせていないことは、顔を背けたことであらわになった耳の赤みが物語っていた。
好きだ——。
優は湧き上がった衝動のまま抱きしめた。
「七瀬っ……サンキューな」
「は、はいっ……」
あかりもそろそろと抱きしめ返してくる。ほんのりと汗の混じった匂いが鼻をかすめるが、優は全く嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ興奮した。思い切り吸い込みたいくらいだ。あかりに嫌われたくないため思いとどまったが。
抱きしめていれば自然と柔らかくも弾力のある二つの塊が優の胸に当たることになるし、背中に腕を回しているため、指先や腕からも女の子特有の柔らかさが伝わってくる。
慣れに比例して、彼は匂いも含めたそれらの感覚をより鮮明に認識できるようになっていた。そうすれば、男子として健全な反応をしてしまうのは仕方のないことだった。
ベッドで隣同士に腰掛けているため、抱き合うためにはお互いに体を捻る必要がある。
体勢的には楽ではなかったが、優は正面から出なくてよかったと思った。体全体を密着させれば、到底ごまかせるものではないからだ。
昂りは一向に収まる気配を見せなかったが、それでも少しずつ冷静さを取り戻した。
優はふと腕の中の彼女に目を向けた。
「な、七瀬」
「はい」
「もう一回……いいか?」
あかりの頬が再びじわじわと赤みを帯びていく。
彼女はオロオロと視線を彷徨わせた。優の鼻のあたりを見たままコクンと小さくうなずき、わずかに顎を上げて目を閉じた。
優は我慢できずに唇を押し当てた。
続けて二度、三度と感触を味わうように口付けを落とす。
「んっ……」
あかりが驚いたような声を上げた。
優は彼女を解放しようとはしなかった。受け入れてくれているという事実に大胆になっていた。
——彼の正気を取り戻させたのは、階下からの母親の声だった。
「そろそろご飯できるわよー!」
「っ……!」
優はイタズラが見つかった子供のようにビクッとあかりから離れた。
それまでとは違った意味で心臓が跳ねた。
「優ー?」
「お、おう! もうそろ行くっ」
「はーい」
廊下から台所に戻っていく美咲の足音が、やけに大きく聞こえた。
「……」
「……」
お互いに視線を合わせられなかった。
気まずい雰囲気の中、たどり着いた結論は同じだった。
「と、とりあえず下行くかっ」
「そ、そうですねっ」
照れくさそうに笑みを交わし合い、彼らは足早に階段を駆け降りた。
夕食の間、美咲は機嫌よくあかりに話しかけ続けた。
優も今日ばかりはそのハイテンションぶりに感謝をした。おっとりとした母親だったのなら、食卓には気まずい雰囲気が流れていたことだろう。
あかりはかなり振り回されていたが、とりあえず食前の気まずい空気は霧散していた。
あかりは洗い物くらいはさせてくださいと申し出たが、美咲がそれを断った。父親が帰ってきてからまとめて洗うというのが百瀬家の常だと。
あかりは申し訳なさそうにしつつも、素直に引き下がった。
夕食が早めに終わったため、優はもう少しだけ二人の時間を過ごせるのではないかと期待していた。
事に及ぼうとまではさすがに考えていなかったが、もう少し関係を進めるチャンスだとも思っていた。
しかし、食後のお茶を飲み終わったタイミングで、あかりは「そろそろお暇します」と腰を上げた。
「そ、そうだな」
優は落胆を表に出さないように努めた。
普通に帰るって言い出してもおかしくない時間帯だしな、と自分に言い聞かせた。
しかし、これまでにはなかった手応えを感じていたため、この機を逃したくないという焦りにも似た感情も芽生えていた。
遠慮するあかりを説得し、電車で家まで送って行った。少しでも一緒にいたかったし、単純に帰り道が心配でもあった。
彼女の家の前まで来たとき、優は思いきって切り出した。
「あ、あのさっ。今週の土日、両親は旅行でいねえんだけど、またライブでも観に来ねえか?」
「っ……!」
青白い街灯の下で、あかりの瞳が大きく揺れた。
家に二人きりはさすがに気が早かったか、と優は後悔した。
「……まだ」
あかりはゆっくりと言葉を紡いだ。
「まだ、私が観ていないDVDもありますよね?」
「っ……!」
それは、最初からお互いに答えをわかっている質問だった。
優はコクコクとうなずいた。
「お、おうっ」
「……じゃあ、日曜日の試合後にお邪魔してもいいですか?」
「も、もちろん!」
優は食い気味にうなずいた。
あかりはクスッと笑った。優が近づくと、緊張でわずかに身を強張らせた。
「なあ、最後に一回だけ……いいか?」
「……仕方ないですね。一回だけですよ?」
あかりが目を閉じて唇を突き出した瞬間、優はそれを塞いでいた。
唇のみずみずしさとぷるぷるとした柔らかさ、そして鼻腔をくすぐる甘い匂いをもっと感じていたくて、優は離れようとするあかりの後頭部を押さえた。
息が持たずにようやく解放すると、あかりがぷはぁ、と大きく息を吐いた。
赤面したまま手の甲で口元を覆いながら、優にジト目を向けてくる。
「な、長すぎですっ……!」
「わ、悪い! 一回だけって約束だったから……」
「っ……! もう、本当に卑怯ですね、百瀬先輩は」
「えっ?」
「なんでもありません」
あかりはふっと口元を緩めた後、真面目な表情になった。
「今日は楽しかったです。わざわざ送っていただいてありがとうございました」
「あ、あぁ」
急にかしこまったあかりの変化に、優はついていけなかった。
「帰り道は気をつけてくださいね。それではおやすみなさい。また明日です」
「お、おう。じゃあな」
あかりはぺこりと頭を下げ、そそくさと家の中に入ってしまった。
「照れ隠し……なのか?」
これだけキスをさせてくれたのなら、嫌だったわけではないだろう。
女の子って難しいなと思いつつ、優は帰路についた。
もっとも、疑問を覚えていたのはほんの少しの間だけだった。
電車に乗るころには、あかりとキスができたという事実にニヤけてしまう口元をどうにかして真一文字に保つこと、そして柔らかい感触や甘い匂いの記憶に反応しそうになる愚息を宥めることに意識の大半が持ってかれていた。
結局、好きな人とファーストキスをした当日に平常心に戻ることなどできるはずもなく、優は口元を手のひらで覆いながら電車に揺られる羽目になった。
ワンオクの曲を聴くことで別の興奮を引き起こし、具足もなんとか鎮めることができた。
16
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる