先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第十章

第281話 信じてるから

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誠治せいじ——」

 チームメイトの元に戻ろうとしている誠治に、たくみが声をかけた。
 何やら険しい表情だった。

「なんだ?」
「さっきまで、久東くとうさんとイチャイチャしてたでしょ」
「あっ、すまん。試合中なのによくなかったよな——」
「なんで抱きしめなかったの?」
「……はっ?」

 予想外の方向から責められ、誠治はポカンと口を開けたまま固まった。
 そんな彼の困惑にはお構いなしに、巧はピシッと指を突きつけ、畳みかけるように言った。

「慰めて、励ましてもらってたんでしょ? だったら、ありがとうって抱きしめるくらいの甲斐性は持たないとダメだよ。試合中だからってスキンシップを取っちゃいけないわけじゃないし、それとサッカーに集中しているかは別の話だからね」
「お、おう。お前が言うと、説得力が違えな……」

 誠治は肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
 巧と香奈かなの関係性が許されているのは、彼らが人一倍部活に真剣だからというのも大きい。
 というより、そうでなければ受け入れられることはなかっただろう。

「ま、そこら辺はおいおい説教するとして、今は武陵ぶりょうを倒す方法を考えよっか」
「説教されんのは釈然としねーけど、そうだな」

 二人が戻ると、コーチ陣もちょうど相談を終えたようで、後半の戦術が伝えられた。

「武陵の攻撃は基本的に中央突破だ。ウチも中を固めるため、スリーバックに変更する」

 今大会においてスリーバックを試すのは初めてだが、練習はしてきた。
 組むのは先発の飛鳥あすか大介だいすけ、それに左サイドバックの馬場ばばに代えて投入されたはやしだ。

 ボランチは武岡たけおかまこと、左ウイングバックは水田みずた、右ウイングバックは右サイドバックをやっていた町田まちだが務める。
 そして、まさると右サイドハーフの堀内ほりうちに代わって投入された蒼太そうたがトップ下、いわゆるツーシャドーを務め、ワントップに誠治を据える形だ。

「誠治は真っ向から力勝負をする必要はないと思うな。動きの質と量で上回ればいいと思うよ。相手の一番得意なフィールドで戦う必要もないし、誠治の武器はフィジカルだけじゃないんだからさ。相手もなかなか機動力はあるけど、それはあくまで二枚のセンターバックが連携してフォローし合ってるからなんとかなってる部分があるから、優とか蒼太を囮にして一対一の局面を作れれば、絶対マークは外せるよ」
「おう。やってみるわ」

 巧のアドバイスに、誠治は素直にうなずいた。
 フィジカルで勝てないんだからと言われていたら反感を覚えていただろうが、他にも武器があるのだからと鼓舞されれば、悪い気はしなかった。

「よっしゃ!」
「——ね、誠治」

 気合いを入れ直した誠治に、巧が拳を差し出す。

「おう?」
「絶対勝ってね、この試合」
「っ……あぁ、任せとけ!」

 誠治は力強くうなずき、拳を突き出した。

「必ずお前を全国の舞台に立たせて——」
「そうじゃないと僕、那須なす先輩にご飯奢らないといけないから」
「……はっ?」

 誠治は拳を宙にぶら下げたまま、再び口を半開きにして固まった。

「いや、実はさ、僕が復帰できてもできなくても、優勝できなかったら奢るって約束しちゃったんだよね~」
「……」

 見事に口車に乗せられちゃったよ、と頭を掻く巧に対して、誠治はもはやため息を吐くことしかできなかった。

「あっ、あとさ」
「今度はなんだよ? もう腹透かしは喰らわねえぞ——」
「信じてるからね、相棒」
「っ……!」

 誠治は目を見開いた。
 巧はその反応を揶揄うわけでもなく、穏やかな笑みを浮かべた。澄んだ紫色の瞳に浮かぶのは、全幅の信頼だ。

 誠治はガシガシと後頭部を掻き、照れくさそうに笑った。

「ったく……任せとけ」
「うん。誠治ならできるよ」

 彼らは今度こそコツンと拳を合わせ、笑みを交わした。

「あっ、誠治。最後に重要なことを言っておくね」
「あんだよ?」
「腹透かしじゃなくて肩透かしだよ。腹透かしじゃ、ただお腹空いてるだけだからね? あっ、もしかしてご飯を奢るっていうのと掛けたの? だとしたら美味いなぁ——ご飯だけにね!」
「……おう」

 怒涛のボケラッシュに、誠治はそれだけを答えるのがやっとだった。

(ったく……変なところでも頭回るよな、あいつ。なんか気ぃ抜けたわ)

 ピッチに足を踏み入れたというのに、誠治の口元には微笑が浮かんでいた。緊張感も重圧も、気がつけばすっかり消え去っている。
 白い息を手のひらに吐きかけながら、これも巧の狙いだったんだろうか、と考える。

「……ここまで計算してたんだろうな、あいつなら」
かがり——」

 誠治が苦笑していると、まことに声をかけられた。

「あいつにはどんな指示を受けた?」

 あいつ、というのが巧のことを指しているのは明白だった。
 さすがの王子様も、コーチ陣をそんな呼び方はしない。敬語もほとんど使わないが。

「二枚のセンターバックはお互いをフォローし合ってるから、優と蒼太を囮にして一対一の局面を作って動きの質と量で勝負しろ、って言われたっす」

 真は何も言わず、静かにうなずいた。
 その表情に驚きはない。

「……気づいてたんすか? センターバック二枚の連携を崩せばいけるって」
「見てればわかるだろ」
「ぐっ……」

 悔しいが、誠治は反論できなかった。
 真のそれは強がりではない。彼のサッカーIQと状況把握能力の高さは折り紙付きだ。そうでなければ、いくらドリブル技術があろうとも、一人でピッチを縦横無尽に駆け回ることなどできない。

 彼のこれまでの自己中心的なプレーは、敵味方の位置を把握してパスやシュートのフェイクを効果的に混ぜていたからこそなのだ。
 ドリブルの上手い選手はすぐに○○のメッシ、○○のネイマールと呼称されるが、その多くが第一線で活躍できない理由も、判断が悪いからだ。

 ——自分と真の能力差はわかっていても、それでもやはり、誠治は悔しかった。
 だから、少しだけ仕掛けてみることにした。

「それと、負けたらあいつ、那須先輩に飯奢らなきゃいけねーらしいっすよ」
「はっ?」

 真が何の話だ、と言わんばかりの怪訝そうな声を出した。
 その間の抜けた表情を見て、誠治は溜飲を下げた。



 巧と真の読みは正しかった。
 誠治の周りをチョロチョロと動き回る優と蒼太のマークのため、武陵は誠治へのダブルチームを解除したが、一対一では誠治に軍配が上がった。

 誠治は無理に体をぶつけることはせず、時には背後に、時には前に入り込み、自身のマーカーを混乱に陥れた。
 その素早い駆け引きに、武陵の守備陣は対応できなかった。

「——真さん!」
「やべっ……!」

 前に入り込むと見せて相手を食いつかせてから、空いたその背後のスペースに飛び込むプルアウェイの動きで完全にマークを剥がした誠治の元に、真からピンポイントのクロスが送られた。
 誠治はそれにきっちり頭で合わせ、後半十分、咲麗はついに武陵ゴールをこじ開けた。

 しかし、そのリードは長く続かなかった。
 出しどころに迷っていた大介が、激しいプレッシャーから逃げるように出したバックパスが中途半端で、そのまま相手のフォワードにボールを掻っ攫われてゴールを決められてしまったのだ。

「しまった……!」

 大介は唇を噛みしめてうつむいた。
 近くに出しどころがなければ、誠治をターゲットにロングボールを蹴ってしまえば良かったのだ。

「「「おおー!」」」
「武陵が追いついたぞ!」
「マジか⁉︎」
「サウジアラビア戦の柴崎しばさきみてえなミスだな!」

 思わぬ形で生まれた同点ゴールに、会場は沸いた。
 様々な観客の声が入り混じる中、その声はハッキリと大介の耳に届いた。

「——大介君!」
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