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幕間 その3 怪腕種との出会い

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 僕は今日も一日、午後は水上バイクで遊びまくった。ファードスさんも新しいボードを手に入れて満足そうだ。 僕が不動産を買うことになったので、そこにファードスさんの荷物も置いておくことになった。いつか、そこを別荘代わりに使えるようになればいいのに。

 ホテルで夕食を食べた後、夜は街にビルドと繰り出さなければいけない。この街の大半の飲み屋を制覇するつもりだ。ビルドも気合が入っている。いい友を持った。
 二人でガンガン飲んでいると、誰かが近寄ってくる気配がする。

 が、正直、ロクな目に合わない。

 僕がピラミッドでダンジョンの守護者を倒した話は、あっという間に広まった。
 マスコミに顔を撮影されたのもあるし、刀を持って着物を着ているわけだから、ちょっとした有名人だ。
 一目見れば誰でも分かる。魔力を操作すれば服を変えられることもできるが、ベゼルから、それはやめろ、と言われた。万が一の時、今の服の方が防御力は高いからだそうだ。

 そんなわけでビルドと酒を飲んでいると、変なのが絡んでくる。写真を一緒に撮影してくれ、というのはいい。 が、中にはどこかの新興宗教でお布施をしてくれ、あるいは、営業マンが何かを買ってくれないかと酒を飲んでいても声を掛けてくるのだ。守護者を倒して得た報酬額が大きいことを知っているから、妙な奴らが寄ってくるようになっていた。

 そして、また変なのが近づいてくる気配がする。
 だから、見ないようにする。

「おう、兄ちゃん、ちょっと話いいか?」

 ただ、今回の声はいつもと違った。
 何というか、楽しげに声を掛けてきた。
 そこで無視せずにその方向を見てみる。

 するとガタイのいいオッサンが一人そこに立っていた。しかも後ろには大剣が二本ある。

「何か御用でしょうか?」

「あんたが、ピラミッドの守護者を倒した、ってことでいいんだな?」

「はい。そうなります」

「おお、そうか、そうか」

 オッサンは嬉しそうに頷いている。

「俺はな、怪腕種って種族なんだが、まぁ、武芸者だ。で、出来ればあんたに手合わせ願いたい。ダメだろうか?」

 オッサンの風貌を見る。髪の毛は角刈りだが、やや長め。そしておでこの上の方には二本の角がある。鬼人という感じか。腕は種族の名前の通りか、やや長い腕をしているようにも見える。ただ、筋肉ムキムキだ。体には刀傷のようなものがあり、それなりの戦闘経験があるのだろう。

 こちらを見て楽しそうに笑っている。
 僕はこう答えていた。

「ええ、是非、こちらこそ手合わせをお願いしたい――」

**************

 月夜の海砂漠に二人で立っていた。
 彼の名はガルレーン=ベイザルグというらしい。飲み屋で飲んでいたが、ビルドには彼と手合わせをするということで、一人で飲んでもらうことにした。

 ガルレーンを見る。強そうだ。魔力の保有量は決して多いわけじゃない。
 が、多分、力は相当ある。
 おそらくだが僕と同じタイプの戦士だろう。

 普段は二本の剣で戦うようだが、今は一本の剣しか持っていない。
 という事は、僕は舐められているわけだ。二本も要らない、と。

 まぁ、目に物を見せてやる、と思う。
 戦う場所に選んだ砂漠は、月夜の光で周囲が光り輝いていた。
 月が地球よりは近いせいか、巨大な月がこちらを照らしている。また、その光を受けて二人の影が長く伸びていた。
 ガルレーンが話し掛けてきた。

「兄ちゃん、左腕はケガしてんだろう? 大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。もうほとんど治っていますので」

 相手が二本の剣を持つなら、ギブスを外して戦ってもいいが相手も一本だ。ギブスを外したくない、負けたくないと思った。

「そうか。じゃあ、始めるか」

 そう言った瞬間だった。
 ガルレーンは一瞬でこちらへ飛び込んできた。

 ――ガキン――

 刀で一撃を受ける。同時に自分とガルレーンの足元にあった砂が、数十メートル飛び散っていく。

 刀で相手の剣を抑えていると、ガルレーンが喋り出す。

「おお、すげぇな。この一撃を抑えられたのはいつ以来か」

 そう言って、楽しそうにもう一度剣を振りかぶってこちらへ打ち降ろしてきた。
 ドン、という強い衝撃を刀で感じる。また、僕の両足の砂が遠くへ飛んで行く。
 ガルレーンはこの後、連撃で打ち降ろしてきた。

 流石に手が痺れる感覚があるので、距離を取った。
 が、一瞬でガルレーンは距離を詰めてきた。そして、横なぎに剣を振り払ってくる。

 それを刀の横腹で受け止めるが、遠くへ吹っ飛ばされた。空中で態勢を整えて、地面にズザザと着地した。
 ガルレーンはこちらへ追撃することなく、こちらをジッと見ている。
 そして、続けた。

「うん。まぁ、面白いな。ただ、ここで止めよう」

 そう言って、引き返していく。
 僕は慌てて声を掛けた。

「待って下さい。お話があります」

 ガルレーンは振り返った。

「何だ? 俺はもう行きたいんだが」

「剣を教えてもらえませんか?」

 そう言うと、ガルレーンは不思議そうな顔をした。そして、答える。

「いや、悪いが、俺はまだ武者修行中の身だ。他人に教える程の腕じゃない」

「……そうかもしれませんが、僕から見るとあなたは相当強いです。どうか剣を教えてもらえないでしょうか?」

「剣と刀じゃ業物が違うぞ。それでもいいのか?」

「はい」

 ガルレーンは考え込んでいる。

「う~ん。悪いがやっぱダメだ。面白そうにない」

「あ、待って下さい。せめてじゃあ、お酒だけでも」

 そう言うと、ガルレーンの顔が崩れた。

「お、そうか。悪いな。じゃあ、酒くらいは奢ってもらおうか」

 そう言って、この後ガルレーンと一緒に街へ繰り出すことになった。

 んが、ガルレーンの飲み方は半端じゃなかった。
 大ジョッキが次から次へとあっという間に空になっていく。しかも、並行して安酒は飲まずに高級な酒をガバガバ飲んでいく。ちょっと、あんた、常識が無いんじゃないの……。

 しばらく財布の中身が心配になるような飲み方をされた後、ガルレーンが話し掛けてきた。

「いやー、ここ最近酒を飲んで無くてな。助かったよ。命の水だからな」

 どうもダメな大人な気がする。

「いえいえ、いいですよ。それよりガルレーンさんはどうしてこの街へ来たのですか?」

「お前が倒したピラミッドの守護者だよ。あれの評判を聞いて戦おうと思った。俺は戦闘スタイルを見てもらって分かったと思うが、遠距離魔法や広範囲魔法を使われる相手とは相性が悪い。が、代わりに接近戦は強い。そういう相手がいる話を聞きつけては世界中を回っているというわけだ」

「そうだったんですか。多分、ガルレーンさんなら無傷で倒せたでしょうね」

「その傷は守護者にやられたのか?」

「はい。腕を切り落とされました」

「ん? でもさっきお前、もう大丈夫って言ってなかったか?」

「まぁ、ちょっと変わった体質でして……」

「ふ~ん。なんか事情があるみたいだな。まぁ、俺はそういうのは気にしないというか、興味が無いんだが」

 そう言って、注文してあった度数の高い酒のボトルを一気飲みしていく。

「あの、ガルレーンさんに剣を教えてもらえないでしょうか?」

 ここでもう一度話し掛けてみることにした。

「う~ん。さっきも言ったが、俺は世界中を旅している。お前に剣を教えている暇はないぞ」

 僕は困惑した表情をしてしまった。すると、それを見て、少しガルレーンは考えているようだった。

「まぁ、酒を奢って貰ったからな。いいぞ。ただ、三日だけだ。明日もあの砂浜に来い。相手をしてやる」

「有難う御座います」

 思わず僕は頭を下げていた。

*************

 翌日、朝からガルレーンさんに会いに行った。リーシャには申し訳ないが、夜に勉強を教えるということで我慢してもらった。
 ガルレーンさんに頭を下げてから、剣を教えてもらっていく。

 ベゼルとは違うタイプの戦闘スタイルだ。ベゼルはおそらく、物凄い加速からの一閃を得意とした戦闘スタイルだと思う。ただ、ガルレーンさんは両手に剣を持ちそれぞれを器用に操って戦うスタイルらしい。右手が攻撃用で、左手の剣は主に防御に使うらしい。

「なんだ、兄ちゃんは必殺技が無いのか」

「ええ、相手との距離を詰めるのはある程度出来ているんですが、そこから先が続かないですよね」

「なら、俺達の技の応用が役に立つかもしれない」

「どうするんですか?」

「俺達の剣の中は空洞になってんだよ。で、俺達は相手に打ち下ろしの攻撃をする時は、剣の内部で土魔法を使って、剣の重量を上げてから打ち下ろす。すると、単純だが、攻撃力が上がる」

 原理がいまいち分からない。質量保存の法則はどうなってんだよ……。
 しかし、今ままで考えてみると、空中で魔力を使えば氷が生成できていた。考えてみると、魔力があれば質量を作れるのかもしれない。それに、エネルギーは加速度と質量に依存する。確かに、打ち下ろしの際に質量を増加させてやれば、攻撃力は跳ね上がるだろう。

 土魔法は今までに苦手だと思っていたので、あまり使ったことがないがやってみることにする。
 刀を鞘から抜いて、大きくその場からジャンプした。空中で十分な高さを確保したら、刀を振りかぶって刀に土魔法を使う。刀が重くなり体が下に引っ張られる感覚があった。そこで、さらに自分に風魔法を使って、地面に向かって加速する。同時に刀を力任せに振り下ろす。

 ――ドン――

 物凄い衝撃音と共に、周囲に砂が飛び散っていった。

「おお、そうだ、そうだ。そういう感じで良いんだよ」

 ガルレーンさんが拍手してくれた。

「兄ちゃんは体が細いが、どういう訳か力が凄い。多分、俺よりは力があるだろう。今は左腕が使えないが、今教えた土魔法での両手打ち下ろしがあれば、それなりに相手に大ダメージを与えらるはずだ」

 そんな感じでガルレーンさんから色々と教わっていた。

*********

 ガルレーンさんと出会ってから、既に一週間経っていた。

 僕の左腕は既に完治しており、毎日ガルレーンさんに会いに行っていた。ガルレーンさんは、最初は三日しか教えないと言っていたが、毎日酒を奢ってやると、ちょろかった。翌日も同じ場所に来てくれた。
 そして、その日の夜もまた酒を奢る。一緒に修行→酒で釣ろうとする→ガルレーンさんがニヤ付く→僕の財布が軽くなる、を繰り返した。
 そして、僕の中では今後どうするか既に決定していた。

 今夜は昼間の修業を終えた後、いつもの飲み屋ではなく、ガルレーンさんを皆が泊っているホテルへ連れて行った。部屋をノックせずに、皆がいる扉をいきなり開けた。

 すると、中ではリーシャ、セリサ、そしてビルドが羽を出したままで座っていた。
 そして、ガルレーンさんを見て、三人は慌てて羽を隠した。カルディさんはポカーンとしている。一方、ファードスさんは無表情だ。
 僕はズカズカとみんなの前に歩いて行った。

「今日は皆さんにお話があります」

 そう言うと、皆がさらに僕に注目しているのを感じる。

「ここに今日、怪腕種のガルレーンさんに来てもらいました。今後は、彼に僕達の旅に同行してもらおうと思います」

 すると、ガルレーンさんが呆れたような声を出した。

「おいおい、兄ちゃん、俺は修行中だって。お前達と一緒に行く気はないぞ」

 そう言われるとは思っていた。が、もちろん対策は考えてある。
 僕は、スススとワイン保冷庫へ近づいていく。そして、中に置いてあったカルディさんの高級酒を取り出した。そして、それをグラスに注ぐ。

 で、それをガルレーンさんに差し出した。

 ガルレーンさんは即座にグラスを飲み干す。

 この人は目の前に酒があると、反射的に飲んでしまうタイプだった。病気である。
 ガルレーンさんが飲み干してから、僕は続けた。

「人族の国へ行けば、このような酒が飲み放題なのですが、残念です。ここでガルレーンさんと別れることになるとは」

 そう言って、悲しげな表情をしてみせた。
 ガルレーンさんが急に反応した。

「おい、待て。本当か? 酒が飲み放題というのは」

「はい。本当です。僕の故郷ではそういう風習がありました」

 嘘を付いていく。嘘がバレた時は、バレた時の僕が対処すればいい。今の僕が知ったことではない。
 ガルレーンさんは少し考えていたが、こう答えた。

「よし、いいだろう。一緒に行ってやる」

 それを聞いてから、皆を見た。

「リーシャとセリサはガルレーンさんが一緒に旅をするのは嫌か?」

 セリサが答える。

「いや、あたしはマサキがいいならそれに従うよ。その人は今の対応を見る限り、変な人では無さそうだし」

 そう思っていた。多分、皆に事前に説明するよりは、ガルレーンさん本人をいきなり見せればいいと思っていた。
 ガルレーンさんは羽翼種の羽を見ても全く興味を示さなかった。しかも、相手の種族名すら聞こうとしない。この数日一緒にいたが、裏表のない人だと思った。多分、そういうのはセリサにも伝わったのだろう。

「リーシャはどうだ?」

「私もマサキさんがいいなら別に一緒で構いません」

 リーシャは少し困ったような表情をしている。慎重だな。

「ビルドはどうだ?」

「俺も構わないぞ。というか、その人は、こないだ声掛けてきた人じゃないか」

「そう。あの後、毎日一緒に修業してもらっていた」

「ああ、そういうことか。ならいいんじゃないの。お前がそう言ってるわけだし」

 僕はカルディさんの方を見た。

「カルディさん、正直、僕達がこの砂漠の国へ来るに当たって、上空を飛ぶだけでは越えられない場所も増えてきました。今後、あのサウンドリバイアサンのような巨大種が制空権を握っている場所を通過しなければいけないかもしれません。その時は、地上を歩いて行くしかないでしょう。なら、その時には戦力が多い方がいいはずです」

 カルディさんに説明すると同時に、ガルレーンさんにも、これから闘する機会がありますよ、という話を提示していく。流石に嘘ばかりついていても仕方ない。
カルディさんは僕の方を見ていたが、直ぐに答えた。

「私も構わないよ。というか、君と同じで、この国へ来る直前のことを思い出していた。確かに、今後そのような局面が訪れるかもしれない」

 そう言って、ガルレーンさんの方を見た。

「怪腕種の方ですか? 確か、獣族の上位種ですよね? しかし、最終的には五メートルから十メートルの背丈になるのではないでしょうか? あなたを見た限りではまだ、三メートルありません。まだ、かなり若い方なのではないでしょうか?」

 ガルレーンさんが笑う。

「おう、そうだな。まだ俺は若い。だから、こうやって旅をしている。俺達の種族は若い時に世界中を回って修行をする。そして、腕を磨いてある程度の年齢になったら、故郷へ帰る。俺は、まだ旅を初めて間もない」

 そう言ってガハハと笑う。てっきりそれなりの年齢かと思ったが、そうではないようだ。
 この後、ガルレーンさんは皆と握手をして、一緒に旅することになった。
 僕達の旅仲間が一人増えたのだった。
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