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幕間 その11 宿の乗っ取り

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 リーシャとセリサの悲鳴が聞こえた
〝キャー〟という物凄い悲鳴だった。慌てて僕は魔力探査をする。

 が、おかしい。

 敵の気配が何も引っ掛からない。

 というか、この時間はカルディさん達が警戒している。
 カルディさん達三人の気配はするし、彼らもすぐにリーシャ達の所へ向かっているようだ。

 彼らの警戒網を突破できるような敵が侵入したのだろうか?

 もし、彼女達に危機が迫っているなら、壁をぶち破って向かうところだが、流石にそれは止めておいた。
 もし、ゴキブリを見て彼女達が騒いだだけならシャレにならない……。

 急いで彼女達の部屋へ駆けつけると、二人で抱き合って布団を被っていた。
 周囲にはカルディさん達がすでに到着している。

「何があったんですか?」

 しかし、カルディさんも肩を竦めてみせるだけだ。
 リーシャ達の布団に近づく。

「どうしたの? 何があったの?」

 するとリーシャが震えながら、こちら見てきた。
 そして窓に向かって指を差した。

「あそこから急にお面のお化けが入ってきました」

「お面のお化け?」

「はい。凄く怖い顔をしてこちらを睨んでいました」

 リーシャ達の話を聞いた。

 カルディさん達は要領を得ないようだ。

 リーシャ達は月が綺麗だという事で、窓を開けていたらしい。
 すると、いきなり窓からお面が室内へ入って来たということだ。そして、それはリーシャ達が悲鳴を上げると窓から出て行ったそうだ。

 そしてそのお面だが……。

「じゃあ、角が二本あって怒った表情をしていたんだね?」

「はい。そうです」

 話を聞いていたが、僕には何があったか大体推測出来た。
 まず前提として、そのお面は魔力による攻撃性のあるものではない。
 これはカルディさん達が魔力探査で警戒しているから間違いない。しかも、この〝怖くて二本の角があるお面〟というのは日本人なら誰でも分かるはずだ。
 うん。多分、般若の面だ。
 そして、それを使って、誰か知らないけど、いたずらで宿泊客に嫌がらせをしているのだろう。

「それはいたずらだよ。心配ない。僕達の魔力探査に引っ掛かっていない以上、害意があるわけじゃない。その気になればリーシャ達の魔力でも燃やしてしまえる」

 セリサが怒った表情になった。

「ちょっと待ってよ。じゃあ、それでもこの宿に泊まるってわけ?」

「う~ん。僕としてはいたずらなんて無視してこの宿に泊まった方がいいと思うけどね。料理は最高、露天風呂も最高。値段は安い。リーシャ達が不安なら僕達の部屋を区切って、その一部に衝立をして寝ればいいさ」

 そう言うとセリサは少し表情を和らげた。が、リーシャは怯えた表情をしている。
 まぁ、どちらにしてもここですべきことは一つだろう。

「ちょっと待ってて。これから女将さんに話を聞いてくるから。おそらくだけど、このいたずらと宿の閉館には関係があるんだと思う。それについて聞いてくるよ」

 そう言って、僕は一人で出て行った。

 そして、深夜に近い時刻になっていたが、僕は女将さんに話をすることになった。

「まぁ、そういう事があったわけですよ。僕としては別に気にならないですが、彼女達はそうでもないらしくて、何か事情があるなら話してもらえませんかね?」

 女将さんは困ったような表情をした。そして頭を下げてきた。

「まず、最初にお詫び申し上げます。当宿にてこのような思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

「どういうことでしょうか?」

 女将さんは頭を上げた。

「実はこの宿を乗っ取ろうとしている者達が居ます。その者達がこの宿に泊まろうとする客に対して嫌がらせをしているのです。最近ではこの宿にはお客様が寄りつこうとしません。そのため、私達は閉館せざるを得ないです」

「しかし、僕達はこの宿に入ることが出来ました。他の客がこの宿へ入らない理由が分かりません。この街は観光地のようでもあります。新規の客はいるはずなのですが」

「それは、あなた方は武芸者の様に見えるからでしょう。そのような者達には手を出しませんが、一般の観光客がこの宿に入ろうとすると、乗っ取ろうとしている者の手下が脅すのです。この宿に入ったら俺達が何をするか、分からないぞ、と」

「それは奉行所に行けばいいのではないでしょうか?」

「ダメです。おそらく乗っ取ろうとしている者と奉行所の一部、おそらく上層部は関係があります。だから、被害届を提出しても、受け付けてもらえないのです」

 なるほどね。これはもしかすると……。

「僕達が街中で見た宿はいずれもあまり手入れをされていないようでした。もしかすると、それらの宿も乗っ取られたのではないでしょうか?」

「はい。そうなります。既に十以上の宿が乗っ取りにあっています」

「犯人は誰か分かっているのですか?」

「この街に古くからある地上げ屋だと思います。もう私達も諦めようと思っています……」

「それは、この宿を閉館して、乗っ取ろうとしている者に宿を売却するつもりですか?」

「……はい。そういう事になります」

 女将さんは悲しげな表情をしていた。
 僕はその場では何も言わず、皆のもとへ帰ることになった。

***********

「何その話? 酷くない?」

 セリサは僕の話を聞いて、滅茶苦茶キレてる。

「何とかなりませんか?」

 リーシャも僕に対して不満げな表情で見ている。
 ビルドがこちらを見てきた。

「なぁ、なんかいい方法はないかね? 武芸者を見て喧嘩を吹っ掛けて来ないってことは、逆に云えば相手は大した事なんじゃないのか? 俺は何も出来ないが、このメンバーならなんとかなるんじゃないのか?」

 僕はここでガルレーンさんを見た。四人の戦闘メンバーの中で考え方の統率が出来ない可能性があるのはこの人だからだ。ガルレーンさんは無表情で、僕に語り掛けてきた。

「兄ちゃん、俺は人助けをしたくない、ってわけじゃないぞ。この守るべき三人を天秤にかけて何を優先するか、って話だ。この街に住み着いている種族はそれほど強くない。おそらく、その乗っ取りをしようとしている奴らも強くはない。その気になれば、そいつらのアジトに行って倒しちまえばいい」

 僕はここで首を横に振った。

「それはダメでしょう。奉行所の上層部が乗っ取り犯と共謀している以上、単に乗っ取り犯を僕達が倒してしまっても、摘発されるのは僕達でしょう。
 それに下手をすると、この宿の女将さんが、用心棒を雇って乗っ取り犯に報復しようとした、と警察に捕まってしまうかもしれません。僕達が単に相手を倒してしまえばいいというわけではありません」

「おいおい、じゃあどうする? 何もしないでこのまま見過ごすのか?」

「まさか。やる以上は乗っ取り犯と奉行所の一部を捕まえること、奪われた宿を取り返すことも、全部達成するつもりです」

「どうすんだ?」

「ええ、これから僕の考えを話します」

 そう言って、僕は皆に犯人から宿を取り返す方法を提示していくのだった――。

 宿が乗っ取られそうになっているという話だが、僕としては素直に信じたわけではなかった。
 仮に女将さんが誤認、あるいは虚偽の説明をしているケースだと、僕達は無実の人間を攻撃することになってしまう。僕達は、街のギルドや街の人達から、女将さんの話が真実であるかの確認を取った。
 結果としては女将さんの言葉は事実だった。

 不動産屋とそこにヤクザ者が絡んで街中でみかじめ料などを収集し始めて、やがては不動産の乗っ取りを始めたそうだ。最近は、この連中のせいで街の治安や雰囲気が悪化しているとの事だった。

 確認が取れたのでカルディさん達も含めて、皆で作戦を遂行することにした。

 今回の作戦の目的は不動産屋とヤクザ者をこの街から排除すること、そして、奉行所内部の人間でこの者に与している者達を見つけ出すことである。

 女将さんに事情を説明し、僕達の作戦に乗ってもらうことになった。
 女将さんは最初乗り気ではなかった。僕達の力を信じられなかったし、ここで乗っ取り犯に抵抗するほどの気力がもう残っていなかった。が、旦那さんは別だった。
 この宿には婿入りだったそうだが、先代の想いを考えるとここで諦めるわけにはいかないということだった。
 そして、二人の夫婦に協力してもらって、乗っ取り犯に接触することにしたのだった。

 今日の正午に、乗っ取り犯達には宿へ来るように指定してもらった。

 宿にはもちろん、僕たち以外の客はいない。

 が、僕の案で僕以外のメンバーは外へ向かってもらっていた。

 しばらくして、宿の前に誰かが来たような気配がある。

 乗っ取り犯が来たようだ。

 僕は隠れてその様子を見ていた。
 三人だ。見るからに人相が悪い。時代劇なら完璧な悪役を演じられる。

 三人は女将さんとその旦那さんに案内されて、一つの部屋に入っていった。
 僕はその部屋の前に行って、聞き耳を立てていた。中で会話が始まる

「やっと、宿を売却する気になったか。じゃあ、早速書類に署名してくれ」

 そう言うとガサゴソ音がする。犯人が書類を取り出しているのだろう。
 が、ここで旦那さんが反論した。

「いや、売らない。というか、既に別の者に売った」

 これを聞いて、三人がキレた。

「ああ!? 何ふざけたことを抜かしやがる!!」

「本当だ。もう既にこの宿は強引に売らされた。私たちの所有物じゃない。持ち主は彼だ」

 そう言われて僕は出ていくことにした。ふすまを開けて、笑顔で揉み手をしながら登場していく。

「これは、これは。わざわざ出向いて頂いて有難う御座います。この度はご足労おかけ致しまして……」

「ふざけんじゃねぇぞ!!」

 三人のうちの一人がキレた。

 乗っ取り犯は三人いて、真ん中が多分ボスだろう。左右は小物と言った感じだ。
 小物の一人が僕の胸倉を掴んできた。すると、ここでボスが喋り出した。

「おい、小僧、どういうことだ?」

 僕はここで、小物の手を振りほどきながら、女将さん達に冷たく命令した。

「あなた達は出て行って下さい。もう〝用済み〟ですので」

 そう言うと、二人は部屋から出て行った。
 そして、僕は二人が座っていた場所に腰掛け、僕の荷物から書類を取り出した。

「これが、この宿の地権書になります。これを見てもらえば分かりますが、今朝の時点で僕がこの宿を買い取ったことになります」

 ボスに地権書を渡すと、ボスは暫くそれを眺めてから、こちらを見てきた。

「何が言いたい?」

「はい。あなた方には僕からこの宿を買い取ってもらいたいのです」

 ボスは少し考えてから返答してきた。

「いくらで買い取ってもらいたい?」

「はい。100億ガルドになります」

「ふざけんじゃねえ!!」

 手下の一人がまたキレた。そりゃそうだろう。こいつらがこの宿を買う金額が1億ガルドだった。

「いえいえ、これは妥当な金額ですよ? あなた方の1億ガルドは土地の値段だけです。建物の価値は全く評価していませんし、それにこの宿の今後利用した場合の収入も想定していない。しかも土地の価格も破格ですよね? 不動産競売に掛けた金額以下ですよ? おかしいですよね?」

 ボスが反論する。

「だが、100億ガルドは高すぎる。話にならない」

「いえ、妥当ですよ。だって、この旅館の地価は通常の売価なら10億ガルドしてもおかしくありません。毎年のこの宿の現金収支だって5千万ガルドは下りませんよ。この建物の設備ならあと200年は改修しなくても運営できます。100億なら安いですよ?」

「そんなことを言ってるんじゃない!!」

  ボスがキレた。

「じゃあ何が問題なんでしょうか?」

「お前はこの宿をいくらで買った?」

「1000ガルドですね」

「おまえ、ふざけてんのか?」

 一気に三人の雰囲気が変わる。そこで、僕は一度手をパンと叩いた。

「そうだ。僕が、あなた達が所有している宿を買い取りましょう。1つ10ガルドでいいですよ」

 そう言った瞬間だった。ボスが右手で合図をすると同時に、ボスの手下の一人が僕をぶん殴って来た。僕は吹っ飛ばされて襖の一枚にぶつかる。
 そして、手下の一人が、僕に馬乗りになって殴り続けてきた。僕の顔が血まみれになっていく。しばらくして、手下が僕を殴り飽きて、僕から離れた。
 ボスは僕が持っていた地権書を眺めている。

「これは本当の地権書だな。正直、これは偽造だと思っていたが、まさか本物だとは思わなかった。だからお前にコイツを殴らせたわけだが、それに……」

 そう言って、ボスは周囲を見渡した。

「てっきりコイツの仲間が隠れているのかと思ったが、この宿にはコイツとさっきの女将夫婦しかいないようだ。魔力の気配がしない。これはチャンスかもしれない」

 手下がボスに質問する。

「どういうことですか?」

「この三人をここで始末してしまえば足が付かない」

 僕はここで慌てて言葉を発した。

「そんなことしたら奉行所に捕まりますよ。人がいなくなれば直ぐに分かります」

「おまえ――この街で見かけない顔だが、この街の事を分かっていないようだな。この街の奉行所の定廻同心の幹部は俺と懇意だ。
 お前のような部外者が消えたって誰も捜索しない。それにさっき、お前は女将夫婦を用済みと言ったが、あれは嘘だろう?
 あの二人とお前は仲がいいはずだ。でなければこんなことはしない。逆に云えば、お前達三人を始末してしまえば、何も問題がないはずだ」

「待って下さい! 分かりました。その地権書は差し上げます。だから命だけは助けてください!!」

「ダメだな。お前は放っておくと五月蠅そうだ。この街の者でないなら殺してしまった方が早い。こいつを殺せ」

 そう言うと手下が二人僕の方へ近づいて来た。

 ――ので、そろそろ立ち上がることにした。

「よいしょ」

 そう言って、すくっと立った。すると三人が驚いた顔をしている。

 殴られすぎて顔が血まみれになっているのに、いきなり平然と立ち上がったので驚いたのだろう。
 僕は近くに準備して置いたタオルで顔を吹く。
 腹の中に仕込んでおいた血糊を、殴られるのに合わせて吹いていったので、顔が汚れてしまっていた。
 それから、手もタオルで綺麗にしていく。

 そして、一瞬で移動した。
 三人の後ろで止まる。
 そして、僕の手にはボスが持っていたはずの地権書が握られていた。

「ええ、これは本物ですよ。間違いないです。こうでもしないと、あなたが引っ掛かってくれないと思っていたので」

 ボスがこちらを見る。

「どういうことだ?」

「別にその気になれば、僕はあなた達三人から身を守るなんて簡単でした。ただ、それでは意味がありません」

「何を言っている?」

「あなた達と奉行所に繋がりがあることを証明したかったんですよ。単にあなた方を捕まえても意味が無い」

「バカか? 俺達は何もしていない。どこに罪がある?」

 僕は襖の後ろにしかけてあった水晶体を取り出した。
 そして、三人に向かって、その内容をリピートする。

「ほらね? ここで、あなたが僕と女将さん達を殺すって言ってるでしょう? それに定廻同心とも関りがあるって。これで無実は無理だと思いますよ?」

 ボスは考えている。

「待て、分かった。この宿には今後一切手を出さない。また、これまでに、この宿が被った損失を全額補償する。だからその水晶体を渡してくれ」

 それを聞いて、僕は水晶体を相手に渡してやった。が、ボスはそれをすぐに床に叩きつけて破壊した。

「お前、バカか? 普通渡すか?」

 しょうがないので、僕はまた別の襖へ瞬時に移動して、その裏にあった水晶体を取り出す。

「今のも録画撮影出来ています。これも要りますか?」

 そう言って、その水晶体を放り投げてやる。もちろん、まだある。天井とか。

「クソが!! この餓鬼が!!」

 ボスがキレている。

「おい、連中を呼べ。もうどうなっても知らん!!」

 そう言うと手下がどこかへ緊急信号を発し始めた。
 が、しばらくしても水晶体からは誰も返答してこない。

「どうした。何故反応しない?」

 僕は知っている。誰も反応しない理由を。
 ガルレーンさん、ファードスさん、カルディさんの三人が、このボスの事務所に乗り込んで今頃暴れているはずだ。で、〝奪われた他の宿の地権書〟と〝犯人のグループが奉行所に賄賂を贈っていたことを示す書類〟の確保しているはずだ。

 僕はあの三人とは関わりの無いフリをしなければいけない。
 三人が事務所で暴れているのは間違いなく犯罪行為だ。
 が、僕達はやがてこの街を去る。
 別に、あの三人が後で指名手配になろうが大したことじゃない。
 というか、多分、カルディさんの結界魔法でうまく姿を変装出来ているはずなんだけど。

 いや、問題はそこじゃないか。
 ガルレーンさんだ。
 あの人は前もそうだったけど、バンバン殺していく。
 今回の相手は殺す必要が無いくらい弱い連中だ。
 一応、カルディさんにガルレーンさんの制止役を買って出てもらったけど、無理かもしれない……。

 そんなことを椅子に座って考えていると、ボスがこちらを見ている。

「お前か?」

「何のことでしょうか?」

 すっとぼけてみる。

「お前だけは殺す」

 そう言って、ボスが魔力を放出してきた。
 流石にここで暴れられると、宿が壊れるので、一瞬で移動して首筋を殴った。
 それと同時にボスが気絶した。

 残りの手下を見て、質問してみる。

「やります?」

 二人とも首を左右に振っている。

 しばらくそこで待っていると、奉行所の定廻同心が宿へ来る音が聞こえてきた。
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