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幕間 その12 変な草

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 定廻同心が来て、犯人を引き渡すことになった。

 同時に、水晶体の一つを定廻同心に渡した。

 しかし、事件をもみ消される可能性もあるので、予備の水晶体は隠しておいた。
 あとはこの予備の一つをギルドに持って行って街中に放送すれば万事解決だ。
 女将さんと旦那さんが僕達に頭を下げてきた。

「有難う御座いました」

 僕は一応お詫びをする。

「いえいえ、いいですよ。それよりも襖の一枚と血糊で床を汚してしまって済みません」

「こちらこそ、とんでもない。それくらいの事でしたら、気にしないで下さい」

 そう言って、夫婦は笑顔を見せてきた。
 すると、ビルドの声が玄関の方から聞こえてきた。

 僕は皆のところへ行ってみた。
 カルディさんがこちらへ話し掛けてきた。

「うまくいったみたいだね」

「はい。僕があの四人の中では一番弱く見えますからね。体は硬いですから、魔力を隠して適度に殴られる分にはちょうどいい役ですからね。それよりも……」

 僕は少し目を細める。

「殺してないでしょうね?」

「大丈夫……だと思う」

 曖昧な表現だ。
 多分、ガルレーンさんが相当派手にやったのだろう。
 ガルレーンさんの方を見た。
 が、ガルレーンさんは知らん顔をしている。
 ビルドが質問してきた。

「それより、どうなる? 俺達はこの街に居られないのか?」

「いや、この街に残った方がいいだろう。僕が一応、被害者になっている。被害者がいないのでは立件できない。まぁ、最悪、僕達はこの街から急いで逃げてしまえばいい。どうにでもなるだろう」

 正直、この街の種族は弱い。僕達からすると脅威ではない。
 すると女将さん達が近づいて来た。

「大丈夫だと思いますよ。定廻同心の一部とあの不動産やと一緒に悪さをしていた人達が一斉に捕まったみたいです。前々からこの街の住人はあの人達をよく思っていなかったのですが、今回は隠せない程の表沙汰になってしまいました。あなた方を責める人はいないんじゃないでしょうか」

「そうだと助かります」

「しばらくはこの宿に泊まって頂いて構いませんよ。料金は無料で構いません」

 料金無料は悪いかと思ったが、まぁ、数日ならいいかという事で泊まらせてもらうことにした。

 この後、数日間、僕達はギルドと奉行所の両方に事情聴取されることになった。
 ギルドで内容を放送しただけあって、流石に事件の揉み消しは行われなかった。
 調べてみると、犯人達は不動産乗っ取り以外にも、多くの犯罪行為への関与があったらしい。
 最終的に、犯人達は腕を切り落とされた上で街の外へ追放だろうとのこと。

 それを聞いて驚いてしまった。

 この世界で腕を無くして街外へ行くなど、死にに行くようなものだ。
 しかし、この世界ではそうでもしないと、報復がそれなりに面倒だかららしい。
 懲役刑は軽犯罪に限られるようだ。事実上の死刑かもしれない。

 地権書に関しては、今回は超法規的措置として、元の所有者に土地が返還されるとのこと。
 ただ、一度宿を奪われた人達は他の仕事を始めたりしているので、それなりに今後は大変そうだ。
 まぁ、本人たちが頑張るしかないだろう。

*************

 宿に泊まって四日目には宿を出ることになった。
 あの宿はやはり人気があったらしく、この街には沢山の観光客が来るようで、新規の客が流入していた。
 僕達が長居しては迷惑だろう。
 女将さん達には引き留められたが、早期の復興を願って、早々に出ることにした。
 女将さん達も従業員を減らしていたので大変そうだった。

 皆でどの宿にしようかな、と歩いているとリーシャがキッチン等も使える宿がないか、と言い出した。
 探してみると、そのような宿は無いが、空き家ならあるという話を聞きつけて一つの家を借りることにした。
 ペンションのような感じで日数に応じて家を借りれるらしい。

 リーシャはキッチンを見て喜んでいる。何が良いのか訊いてみることにした。

「リーシャはどうしてキッチンがある方がいいの?」

「私は料理が好きなのと、後は、この街に来てからの宿での料理を自分でも作ってみたいからですね」

「あの天ぷらとか?」

「はい。そうです。ただ、作り方が分かりませんが……」

「じゃあ、僕が教えてあげるよ」

「分かるんですか?」

「うん。元の世界にもあったからね」

 そんな話をしていると、ビルドとセリサが聞きつけて寄ってきた。

「天ぷら作るのか?」

「ああ、リーシャがやってみたいんだって、僕は以前の世界でも天ぷらを作ったことがあるから、やり方は分かる。だから後は具材を手に入れてこないと」

「なら、俺も手伝うぞ。話を聞いた限りではこの街の周辺は危険なモンスターもいないらしい。野生動物ばかりだから、俺でも手伝えるはずだ」

 そうか。ビルドが手伝ってくれるか。
 いつもならガルレーンさんと食料調達に行くところだが、たまにはビルドと一緒に行っても面白いかもしれない。
 するとセリサはこう言ってきた。

「じゃあ、私とリーシャは、荷物を整理したら、あとで一緒に天ぷらに必要な材料を買ってくるよ。ついでに、何か面白そうな食材もあれば買ってくるし」

「そうか。じゃあ、街中の買い出しはセリサ達に任せるよ。僕とビルドは一緒に街の外へ出て、肉・魚や山菜を探してくる。なるべく、屋台で食べたことのない食材を探してくるよ」

 そう言って、僕とビルドは街の外へ出掛けていくことになった。

 二人で山を歩いて行く。
 山の木々は苔が生しており、日本の山中とほとんど同じ風景だった。
 見ていると懐かしさを感じてしまう。

 今の体だと、聴覚能力が優れているので、少し物音がすると何かの野生動物がいる気配を察することができる。今までの感じだと、野ウサギや鹿もいるようだ。
 ただ、今、捕らえてもしょうがないので、後に回すことにする。

 適当に山中を歩いていると、綺麗な池が見えてきた。直径は1キロメートルくらいの池で、遠くには滝が見える。山の上から流れてきた水がこの池に溜まっているようだ。

 水の通明度は高く、川魚が泳いでいるのが見える。ビルドに話しかけた。

「魚がいるじゃん。どうする? 僕が捕まえようか?」

「いや、折角ここまで来たんだし、釣りでもしていこうぜ」

 そう言うと、ビルドは荷物袋を漁り始めた。携帯型の釣竿を持ってきていた。ここへ来る前に買い物に行ったと 思ったが、これを予測していたのか。ビルドはこういう時、いつも気が利く。
 二人で竿を垂らすとあっという間に魚が引っ掛かる。

「なんだこれ? 魚が食いついてくる感じだな? 普通は魚ってもっと釣れないもんじゃないの?」

 すると、ビルドがこう返答してきた。

「いや、こういうことはあるぞ。羽翼種の島でも普段だれも釣りに行かない場所なんかだと魚の警戒心が弱くて、釣り針を見た瞬間にエサだと誤認して食いついてくる。
 ただ、この手の食いつき方をするケースは、大抵は小さい魚の場合が多いな。大きい魚は流石に知能があるからか、そんなに簡単には釣れない」

 へー、と思いながら、二人で魚を釣っていく。
 冬場、氷に穴を空けてワカサギ釣りは行われるが、こんな感じでどんどん魚を釣っていくのかもしれない。
 二人で二時間ほど魚を釣りまくった。
 釣った魚は一つが十センチメートルくらいのサイズで、僕が土魔法で作ったバケツに片っぱしから入れていく。
 氷魔法で絞めてもいいが、ここから宿までの距離なら殺さない方が鮮度はいいだろう。

 しばらくして、バケツがいっぱいになったら、今度は適当に山に入って山菜を集めることにする。
 そして、山菜を探し始めた瞬間だった。

「うほーーーーーー!!」

 なんだあいつ? 変な声を出しやがって。

 ビルドの方へ近づいて行って声を掛ける。

「おい、どうした?」

「見ろよこれ!!」

 ビルドが指差した場所を見ると、何かの草が生えているようだ。
 ただ、僕からすると何が面白いのか分からない。

「ただの草じゃないの?」

 ビルドは指をチッチッチと振ってから得意げに答えた。

「これはマンドラゴラだ」

「マンドラゴラ?」

「そう、俺はこれを図鑑で見たことがある。この葉の形はマンドラゴラで間違いない。これは霊薬として希少価値があるが、普通に食べても美味いらしい。ただ……」

「ただ?」

「この草は引き抜かれる時に悲鳴を上げるはずだが、その声を聞いてしまうと死ぬ」

 バカか。そんなもの見つけて引き抜くやつはいないだろう。そう思ったがビルドは何故かこちらをチラチラ見ている。

「お前ならいけるんじゃないか?」

 何言ってんだ、コイツは。

「ボケ!! そんなもん引き抜いて死んだらどうすんだよ!!」

「いや、いけるはずだ。これは引き抜いた瞬間に闇魔法を使ってくる。それを無効化できれば問題ない。お前ならいける気がする」

「おいおい、〝気がする〟っておかしいだろ! 死ぬかもしれないことを他人に奨めてんじゃねーよ!!」

「大丈夫だ。お前は魔族の体だ。この手の耐性はかなりあるはず。問題ないはずだ」

 二人でしばらく罵り合っていたが、結局、僕が引き抜くことになった。
 ビルドは遠くへ行って耳を塞いでいる。
一応、ベゼルから教えてもらった結界を自分に張って、耳栓もしている。本当にヤバけれベゼルが教えてくれるはずだ。
 と言う訳で引き抜くことにした。

 マンドラゴラの上部の草をグシリと掴む。ニンジンを引き抜くような感じでいいのだろう。
 あまり考えず、勢いよく引き抜いた。

『ぐぎゃあああああーーーー』

 耳栓に関係なくヒドイ悲鳴が聞こえてきた。
 悲鳴が鳴り終わると同時に、木の上から虫たちが降って来た。虫もこの声を聞くと死ぬらしい。

 で、マンドラゴラを見てみる。

 球根部分が人型になっていて、しかも顔が人の様な表情をしていて口はパクパク動いている。顔は老人だが、ブサイクで気持ちの悪い造形だ。
 次の瞬間、マンドラゴラがこちらを睨んできた。

「うわ! !」

 僕は思わず、マンドラゴラを手放してしまった。
 マンドラゴラは空中で一回転した。
 そして、右手と左ひざでシュタっと着地して、ものすごい勢いで逃げていった。
 唖然としていると、ビルドが叫びながらこっちへ走ってくる。

「早く追いかけろ! 逃げられるぞ!!」

 その声に反応して僕は追いかけようとした。

 が、止めた……。アホくせぇ。

 何で、訳の分からん草葉っぱを追いかけなきゃいかんのよ……。

 ビルドが追いかけて行ったが、マンドラゴラには結局逃げられてしまった。
 ビルドは、がっかりしている。
 ビルドには悪いが、別にマンドラゴラを食べなきゃいけないわけじゃない。
 今回は諦めてもらった。そして、二人で他の山菜や小動物を取ってから、僕達は家路につくことになった。

 僕達が家に辿り着くとリーシャ達はとっくに家に帰って来ていた。
 リーシャが僕達二人を迎えてくれた。

「あ、お帰りなさい。どうでした?」

「ああ、結構大量に取れたね。皆で食べる分は十分にあると思う」

 ビルドが残念な顔をしながら話を始めた

「いやー、でもさ、マンドラゴラがいたんだよ。でも逃げられちゃってさー」

「え? マンドラゴラですか?」

「そうそう、マサキが引き抜いてくれたんだけど、その後、逃げ出しちゃってさー。あれは美味いらしいんだよね……残念だった」

 すると、リーシャが意外な事を言い出した。

「マンドラゴラならありますよ」

「「えっ?」」

 思わず僕とビルドの声が被ってしまった。
 すると、セリサがキッチンの方から出てきた。手には何か奇妙な形のものを持っている。

「ほれ」

 そう言って、セリサが見せてきた物は間違いなくマンドラゴラだった。しかも亀甲縛りにされている。セクシーだ。

「どこにあったの?」

「八百屋に決まってるじゃない。今日、珍しく入荷出来たらしいのよ。山から走って来たとかって話だったわね。値段が高いから買い手がいないらしかったんだけど、折角だからってことでカルディさんがこれを買ってくれたのよ」

 ビルドと思わず顔を見合わせてしまった。間違いなく僕達から逃げた個体だ。

 まぁ、食べれるならそれでいいと思う……。
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