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番外編 Side:虹川月乃
後編 誕生日ルール
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ホテルに戻って、征士くんが予約していた日本料理の料亭で夕食となった。
個室で二人きり。特別な会席膳。お祝いなので、日本酒も頼んだ。思えば、征士くんとゆっくり外で飲むのは初めてかもしれない。
「美味しいわね。でも、飲んじゃって平気?」
「今日はここに泊まるから。月乃ほどお酒に弱くないよ」
言われれば、接待やパーティなどあるはずだが、彼が酔っぱらっている姿をあまり見たことがない。きっとアルコールに強い体質なのだろう。時々家では酔っているけれど……。
お料理も美味しく、日本酒を追加注文した。
……結果、私は少し酔ってしまった。
「大丈夫? 月乃」
「征士くん~。どうしてあなたは酔わないの~?」
「そんなに外で酔えるわけないだろ。酔っぱらった月乃を介抱しなきゃね」
征士くんは、ホテルの高そうなダブルの部屋を予約していた。
私を支えて部屋へ入る。すごく豪華な部屋。黒と紫と金色がベースとなって、洋室なのに和を感じさせる。征士くんは私をソファに座らせてくっついてきた。
「月乃。誕生日のお願い」
「何~?」
くっついてきた征士くんの体温が心地良い。
「『征士』って呼んで?」
酔っていても、さすがに恥ずかしくなった。
「えっと……」
「早く」
「ま、征士」
初めての、呼び捨て。征士くんは嬉しそうだ。私は酔いがすっかり醒めた。
「月乃。月乃」
「ま、さし……。何で、こんなこと……?」
「ずっと、対等になりたかったんだ。いつまでも僕は年下。この誕生日だけは、普通の夫婦らしく。願っていたんだ」
幸せそうに笑って、私の右の薬指に指輪をはめてくれた。
綺麗な透き通る翠色。エメラルドの指輪だ。
「結婚記念日の贈り物。結婚十年目は錫婚式っていうんだって。アクセサリーを贈ってもいいんだってさ。月乃、似合うよ」
「──知ってるわ。わざわざ私の誕生石ありがとう。私からも贈り物があるの」
私はネックレスを取り出した。
「私から征士に贈るのは変だけど……スイートテンダイヤモンドネックレス。縦に十個ダイヤモンドが連なっているのよ。一応特注で、男性向けにして……裏に名前も入れたんだけれど。ネックレスは嫌?」
四月の誕生石。結婚十周年。ダイヤモンドしか思い浮かばなかった。
征士くんは端整な顔を泣き笑いにした。贈り物を受け取ってくれた。
「嫌じゃない。ネックレスなら服の下でも着けられる。いつだって身に着ける。ありがとう、月乃」
ダイヤモンドネックレスを、その場で着けてくれた。でもダイヤモンドの輝きは、彼の美貌には敵わない。
「月乃。月乃。愛している」
「私も愛しているわ。征士」
ダイヤモンドネックレスを挟んで、抱きしめられた。十代の頃と変わらない、大きな瞳、美しい鼻梁、瑞々しい薄い唇。唇を、額に押し当てられた。
「くすぐったいわ」
「そんなこと言わないで。僕がどれだけ月乃のこと愛しているか知っている?」
横抱きに、抱き上げられた。
そのまま歩いて、ダブルベッドに二人で倒れ込んだ。
「征士がどれだけ私のことを愛しているかなんて──誰よりも、知っているわ。ちょっとばかり重い愛だけれど……。やっぱり避けないで、受け止めるわ。誰にも私の征士が取られないように」
もう避けるのはやめよう。愛してくれる夫の為に。何より愛する夫の為に。
「月乃の名前は、何回呼んでも呼び足りない。すぐに月乃不足になってしまう。愛する月乃。一生僕の隣にいてね」
ベッドの上でも抱きしめられた。耳をくすぐる私の名前。美しい声で私を呼ぶ。私も抱きしめ返した。
「私も征士なしでの人生なんて考えられないわ。愛している」
私も征士くんの耳元で囁いた。さらさらの黒髪の感触も、ずっと変わらない。
征士くんは私の長い髪の毛を、指に巻きつけた。
「もっと、名前を呼んで? 月乃」
「征士」
「月乃、もっと」
「征士、征士」
征士くんは満足したような吐息をついた。そして、素早く唇を奪った。
「僕には、絶対、一生、月乃だけ。こんなに素敵な誕生日プレゼント、ありがとう。『征士』って呼んでもらえて、どんなに僕が嬉しいかわからないだろうな」
「……少し、わかるわ。あなたに『月乃』って呼ばれて嬉しい。常に呼ばれると、征士が格好良すぎるから、心臓が持たないけれど。今日だけ、ね」
それからお風呂に入って、着替えて、再びベッドに横になった。征士くんは痛いほど私を抱きしめた。
「僕が、月乃にプロポーズした夜みたいだ……」
あのときも、ロマンティックな夜だった。
「そうね。でも十年ってあっという間だったわ。征士は年々格好良くなっているけれど、本質は変わらない」
「月乃だって綺麗なまま。十年前より、ずっと綺麗だ。月乃は、僕の物。僕は月乃の物。忘れないで」
深い深いキスをされた。永遠に私達は、愛し続けるだろう。
♦ ♦ ♦
四月三日になった。窓から朝日が見える。
「おはようございます、月乃さん」
「おはよう、征士くん」
呼び捨てと口調は、四月二日に置いてきた。やはりこちらの方がしっくりくる。
「月乃さん、月乃さん」
「なあに? 征士くん」
「誕生日だけ、毎年『月乃』って呼んでもいいですか?」
ささやかな誕生日プレゼントだ。
「勿論、構わないわよ。私の誕生日には、何しようかしら?」
「じゃあ『征士』って呼んでください」
私は思わず笑い声を上げた。
「それじゃ征士くんが喜ぶだけじゃないの。……でもいいかしら。ね、征士」
「はい、月乃。誕生日だけ、特別です」
私達の間に、誕生日特別ルールが出来た。
個室で二人きり。特別な会席膳。お祝いなので、日本酒も頼んだ。思えば、征士くんとゆっくり外で飲むのは初めてかもしれない。
「美味しいわね。でも、飲んじゃって平気?」
「今日はここに泊まるから。月乃ほどお酒に弱くないよ」
言われれば、接待やパーティなどあるはずだが、彼が酔っぱらっている姿をあまり見たことがない。きっとアルコールに強い体質なのだろう。時々家では酔っているけれど……。
お料理も美味しく、日本酒を追加注文した。
……結果、私は少し酔ってしまった。
「大丈夫? 月乃」
「征士くん~。どうしてあなたは酔わないの~?」
「そんなに外で酔えるわけないだろ。酔っぱらった月乃を介抱しなきゃね」
征士くんは、ホテルの高そうなダブルの部屋を予約していた。
私を支えて部屋へ入る。すごく豪華な部屋。黒と紫と金色がベースとなって、洋室なのに和を感じさせる。征士くんは私をソファに座らせてくっついてきた。
「月乃。誕生日のお願い」
「何~?」
くっついてきた征士くんの体温が心地良い。
「『征士』って呼んで?」
酔っていても、さすがに恥ずかしくなった。
「えっと……」
「早く」
「ま、征士」
初めての、呼び捨て。征士くんは嬉しそうだ。私は酔いがすっかり醒めた。
「月乃。月乃」
「ま、さし……。何で、こんなこと……?」
「ずっと、対等になりたかったんだ。いつまでも僕は年下。この誕生日だけは、普通の夫婦らしく。願っていたんだ」
幸せそうに笑って、私の右の薬指に指輪をはめてくれた。
綺麗な透き通る翠色。エメラルドの指輪だ。
「結婚記念日の贈り物。結婚十年目は錫婚式っていうんだって。アクセサリーを贈ってもいいんだってさ。月乃、似合うよ」
「──知ってるわ。わざわざ私の誕生石ありがとう。私からも贈り物があるの」
私はネックレスを取り出した。
「私から征士に贈るのは変だけど……スイートテンダイヤモンドネックレス。縦に十個ダイヤモンドが連なっているのよ。一応特注で、男性向けにして……裏に名前も入れたんだけれど。ネックレスは嫌?」
四月の誕生石。結婚十周年。ダイヤモンドしか思い浮かばなかった。
征士くんは端整な顔を泣き笑いにした。贈り物を受け取ってくれた。
「嫌じゃない。ネックレスなら服の下でも着けられる。いつだって身に着ける。ありがとう、月乃」
ダイヤモンドネックレスを、その場で着けてくれた。でもダイヤモンドの輝きは、彼の美貌には敵わない。
「月乃。月乃。愛している」
「私も愛しているわ。征士」
ダイヤモンドネックレスを挟んで、抱きしめられた。十代の頃と変わらない、大きな瞳、美しい鼻梁、瑞々しい薄い唇。唇を、額に押し当てられた。
「くすぐったいわ」
「そんなこと言わないで。僕がどれだけ月乃のこと愛しているか知っている?」
横抱きに、抱き上げられた。
そのまま歩いて、ダブルベッドに二人で倒れ込んだ。
「征士がどれだけ私のことを愛しているかなんて──誰よりも、知っているわ。ちょっとばかり重い愛だけれど……。やっぱり避けないで、受け止めるわ。誰にも私の征士が取られないように」
もう避けるのはやめよう。愛してくれる夫の為に。何より愛する夫の為に。
「月乃の名前は、何回呼んでも呼び足りない。すぐに月乃不足になってしまう。愛する月乃。一生僕の隣にいてね」
ベッドの上でも抱きしめられた。耳をくすぐる私の名前。美しい声で私を呼ぶ。私も抱きしめ返した。
「私も征士なしでの人生なんて考えられないわ。愛している」
私も征士くんの耳元で囁いた。さらさらの黒髪の感触も、ずっと変わらない。
征士くんは私の長い髪の毛を、指に巻きつけた。
「もっと、名前を呼んで? 月乃」
「征士」
「月乃、もっと」
「征士、征士」
征士くんは満足したような吐息をついた。そして、素早く唇を奪った。
「僕には、絶対、一生、月乃だけ。こんなに素敵な誕生日プレゼント、ありがとう。『征士』って呼んでもらえて、どんなに僕が嬉しいかわからないだろうな」
「……少し、わかるわ。あなたに『月乃』って呼ばれて嬉しい。常に呼ばれると、征士が格好良すぎるから、心臓が持たないけれど。今日だけ、ね」
それからお風呂に入って、着替えて、再びベッドに横になった。征士くんは痛いほど私を抱きしめた。
「僕が、月乃にプロポーズした夜みたいだ……」
あのときも、ロマンティックな夜だった。
「そうね。でも十年ってあっという間だったわ。征士は年々格好良くなっているけれど、本質は変わらない」
「月乃だって綺麗なまま。十年前より、ずっと綺麗だ。月乃は、僕の物。僕は月乃の物。忘れないで」
深い深いキスをされた。永遠に私達は、愛し続けるだろう。
♦ ♦ ♦
四月三日になった。窓から朝日が見える。
「おはようございます、月乃さん」
「おはよう、征士くん」
呼び捨てと口調は、四月二日に置いてきた。やはりこちらの方がしっくりくる。
「月乃さん、月乃さん」
「なあに? 征士くん」
「誕生日だけ、毎年『月乃』って呼んでもいいですか?」
ささやかな誕生日プレゼントだ。
「勿論、構わないわよ。私の誕生日には、何しようかしら?」
「じゃあ『征士』って呼んでください」
私は思わず笑い声を上げた。
「それじゃ征士くんが喜ぶだけじゃないの。……でもいいかしら。ね、征士」
「はい、月乃。誕生日だけ、特別です」
私達の間に、誕生日特別ルールが出来た。
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