Lionheart

氷柱華

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third clover

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 clover  花言葉「愛」「希望」「約束」


 転生物の小説が近頃書店にはよく並び、そして飽きられつつあるジャンルとなっている。状況的にはそれに似た物であるが、いやこれはどちらかと言うと死に戻りとも言えるのだらうか。大事な物を奪われ、命を奪われやってきた2回目のチャンスを逃すわけにはいかないと意気込んでいたのは数刻前。掴みとったのは最悪の状況、俺の隣に朝日はいない。俺が想定した中で最悪のシナリオが展開され、そのままエンドロールに向かっている。
 しかしこのシナリオはまだ幕を閉じていない。俺がこのふざけた台本をぶち壊してしまえばいいだけの話だ。まだハッピーエンドに変えられるのなら、俺は幾らでも足掻いてやる。あいつのためなら俺はどこまででも無茶が出来る。それはつい先ほど証明したんだ。何、二度も死んでるんだ、もう何も怖くない。自分の死よりも恐ろしいことがなにか、俺は知っている。


「本当に、困ったものですよ。貴方達2人は優秀なんですねぇ。まさかこんな簡単に黒幕わたしにたどり着いてしまうとは。でも、そのおかげで生贄を調達する手間が省けました。」
彼の元を離れ、単独で動いていた私は気づいたらここに居た。おそらく何処かの森の中にあるどこかだと思う。うん、どこか。つまり分かんない。いろいろ調査してて気づいたらここに居た。ちょっと薫から離れて調べ物してたら気が遠くなって気づいたらこんなとこで縛られている。これじゃあまた薫に怒られてしまうではないか。
芋虫のように這ってみたり地面に縄を擦ってみたりしたが縄が緩む気配は困ったことに全くない。最早どうしようもなかった。きっと私は時が来れば男の持つ儀式用のナイフで腹を裂かれその血で彼の刻んだ魔法陣を満たし、この世に居てはいけない化け物を呼んでしまうのだろう。だが、私は焦らない。焦る必要はない、だってきっとその時は訪れないから。わたしには頭が良くて、どんな時でもわたしの前に立って守ってくれる探偵がついてる。今回はたまたま後手に回ってしまった、でもきっと助けてくれる。だっていつでも薫は私を助けてくれたから。
 助けられてばかりでごめんねと心の中で謝りながら、それでも私はその時を、彼がここに現れるのを信じてる。だから私はいつだって笑っていられる。こんな時きっと彼なら不敵に笑ってみせるのだ。なら私も少しでも薫のようなカッコいい人になれるように真似てみる。
「なにがおかしい。死を前に気でも狂ったか?」
「ふふん、いや、別になんでもないよ」
私はまだまだ笑ってみせる。どんな時でも信じて待つ。だって薫は私のヒーローだから。
 

森の中を、木の根に躓くことを恐れず全力で駆ける。あいつがここに連れてこられたのはわかった。この森の中に小屋がある事も既に把握済みだ。しかし、夜の森は思ったより暗く、さらに同じような木が立ち並んでいるせいで今自分がどちらを向いているかわからなくなる。星を見ようにも木が邪魔で見ることができず、方角がわからない。しかし、そんなことよりも気をつけないとならないことがこの森にはある。
「っ!!」
反射的に体を反らし、突き出された腕を交わす。その腕には人の腕など容易く切断出来そうな鋏が付いており、一目で人間ではないと分かる。それは身の丈ほどある虫のような異形だった。空中を飛び回り森への侵入者を排除しようとしてくる気色の悪い生物。
「邪魔をするなよ、今忙しいんだ」
そんな間にも突き出される腕を避けていると視界の端で月光に照らされ何かが小さく煌めいた。何かと思って近づくとそれは見覚えのある髪留め、いつも朝日がつけていたものだった。
「でかしたぞ朝日」
その髪留めの先にあいつはいる。鬱陶しい羽音を避け、そちらにまた駆け出した。


「さて、そろそろ時間だ。君は終始笑っていたが今の気持ちはどうかね?」
視界の中でナイフが存在感を増していく。先端の輝きが先ほどより強くなっているようにかんじた。表情はこわばり、笑顔はひきつる。彼は間に合わないの?いや、きっと大丈夫。絶対来る。
「やっと怯えてくれた。強がるのもしんどいだろう」
男が嫌らしい笑みを浮かべて一歩、また一歩と近づいてくる。嫌だ、もう死にたくない。もうあんな風に無残に死ぬのは嫌だ。数刻前の自分も無残に死んだ。激しい痛みと後悔に苛まれながら。思い出しただけで吐き気がこみ上げる、嫌だ、死にたくない。また薫にあんな顔をさせたくない。私はやっぱりダメなのかな。薫の助手に相応しくないのかな?
「薫…ごめんね」
強く、目を閉じた。近づく死を直視したくなくて、もうなにも見たくなくて。これで終わるならもう二度となにも見たくない。ああ、薫もあの時こんな風に思ってたのかな、なのに私は嫌だって、逃げないって言ったんだ。酷いことしちゃったな。人生最後が後悔だなんて嫌な人生だったなとその時をまつ。
  しかし、いつまでたっても終わりは来ない。少しだけ、今どうなってるか見てみよう。最後にあいつを睨みつけるくらいはできるかも。そう思い開いた目に飛び込んできたのは一面に広がる茶色。そこにじんわりと広がってくる赤色。私はこの茶色に見覚えがある。
「よお、ポンコツ。待たせたな」
お気に入りのトレンチコートを着て、帽子を被ったそのシルエットを私はずっと待っていた
「信じてたよ、薫」
やっぱり彼はヒーローだった。

今まさにそれは振り下ろされていた。ボロボロの体は悲鳴をあげ、今にも脚を止めそうになる。度重なる奴らとの戦闘は俺から体力を奪った。だが、目の前の光景を目にした瞬間体に再び血が流れ出す。ぐんと体は軽くなり、一歩が深く鋭さを増していく。最早なにも考えていられず、勝手に伸びた腕がそれとの間に割り込み貫かれるが不思議と痛みはない。ナイフが掌を串刺しにし、血が流れていてもこの激情が、この怒りがその痛みすらも忘れさせる。
「よおポンコツ。待たせたな」
なんて顔してんだ。今にも泣きそうなのに満面の笑みを浮かべて。どうやらこいつは最後まで信じて待ってくれてたらしい。やっぱり朝日は強い。信じるのがどれほど辛いことか俺は知ってる。
「それで、俺の助手を貸してやったんだ。高くつくぞ」
「貴様、探偵の!いやまて、そんなバカな、外には奴らがいたはず。どうやってここまで」
どこまでも小物らしい台詞。練習してたのではないかと疑うほどの器の小ささを見せつけてくる。こんな奴に朝日を奪われたかと思うと腹が立つ。
「そんなもん、全員蹴散らしてきた。他に質問は?」
他人をここまで憎んだのはいつ以来だろう。ここまで許せないのはいつ以来だろう。俺がここまで理性を失うのはいつ振りだろう。
「ないか、なら死ね」
深く、鋭く、速く、強く。踏み込んだ一歩は男との間をゼロに。そしてゼロからふるった脚を叩きつけ今度は1に。男の悲鳴、ぐしゃりとした感覚、よろめいた男に遠心力を教えてやる。蹴った脚を軸足に月を描くように軸と反対の脚を振るう。怒りに任せたどこまでも冷たい感情で初めて人に向けて本気の攻撃を、どこまでも洗練された会心の回し蹴りは男の顎を捉えた。
最後の時男はなにを思ったのか、知ろうとも思えない。







「おはよう薫!ねえこれ見て見て!」
ドアベルをけたたましく鳴らしながらあいつが入ってきた。いつも通りのバカ元気が台風のように吹き付ける。昨日あんな目にあったというのに元気な奴だ。
 目の前に突き出された新聞には昨日の事件のことが載っており、俺の事を褒め称える文が並んでいた。全くもってくだらない。結局救えなかったのだ。被害者が出ている、それではダメだ。全員を救うまで俺は満足できない、満足してはいけないのだ。
「嬉しくないの?」
「当たり前だ、死者が出てる。ベストじゃない結果に満足はできないな」
目の前で呆れたように朝日が大きくため息をつく。
「ストイックだねぇ薫は。私は立派だと思うよ、犯人も捕まえれたしそれに」
目の前でコトリと音を立て、世界一落ち着く香りが漂ってくる。
「私を助けてくれたでしょ?」
そう言って上機嫌に朝日は部屋の掃除を始める。鼻歌交じりに訪れた平和な日常。やはりこの日々が愛おしい。穏やかな日々のために払った代価は安くはない。しばらく左手は使えそうにないがその分あいつには働いてもらおう。そのくらいの権利はあるはずだ。
 せめてあいつの前では天才であり、何かあったら頼れる存在で居ようと自分に誓ってからしばらくたった。あいつにとって俺は頼れる存在だろうか。まだまだ自信はもてない。与えられた分の借りすら返せてない。ならこれからいつまでだって俺はあいつの側で不敵に笑ってみせよう。
 いつか朝日と釣り合った相棒になる為に。
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