Lionheart

氷柱華

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Second clover

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clover 花言葉 『素敵な出会い』『平和』『調和』

 正直な話、私は人間なんて矮小で、非力で、脆弱な生き物で、どうしようもなく貪欲な下等生物だと考えていた。いや、今もそれは変わらないのだが、その貪欲さに私は驚かされている。
「まったく、正気じゃないですよー。どれだけの情報量を詰め込めば気がすむんですかねぇ。ひょっとして私腕輪つけっぱなしにしてません?」
「彼はそういう人間だろうね。ほんと、俺は天才じゃないなんてよく言ったもんだよ」
「能力は超一流、足掻くこと諦めないことに対しては天才的……まあ、例外もあるようですけどねー」
「それが彼の強さじゃないのかな」
そういって彼は笑う。声をあげてではなくまるで愛おしいを見るかのように、銀の髪をふわりと揺らして彼はフワリと笑う。
「俺の命は惜しくない」
そういった彼の目が恐ろしかった。恐怖や諦めからくる言葉でなく、決意のこもった瞳でこちらを見据えていた彼の言葉は本気だった、おそらく本当に死んでもその命は惜しくなかったのだろう。そんな眼を私は初めて目の当たりにした。
(全ては彼女のため、ですかねー)
どんなに勧めても私の珈琲は飲んでくれませんでしたし、ほんとどこまであの子のことが特別なんですか。私に恋愛、恋や愛といった感情は分からない。けど、お気に入りという感情は分かる。彼は何だかそれに近い感性を持っている気がします。
「少し、ちょっかいかけたいですねー」
「……おい」
「冗談ですよー、そんな怖い眼しないでよ近道さん」
クスクスの楽しそうに笑う私を彼がひどく冷めた眼で見てくる。
 これだから人間はたまらない。

 2人はどうやら依頼が舞い込んだらしく店を後にする。最初はなんでもなかった事件がだんだんときな臭さを帯びてくる。最初は楽しそうに見ていた彼もその表情に焦りが見える。どうやら探偵もこの事件の異常性に気づいたらしく、徐々に警戒の色を強めていく。だが彼は気づいてしまう。過去の経験と膨大な知識が彼に答えを与えてしまった。わかった上で知らないふりができるほど彼は強くはない。その答えに向かってつき進んでいく。
 そしてその先で彼の大切なものが奪われた。糸が切れたように膝から崩れ落ちる彼は異形を前に少女の亡骸を抱きかかえ、「なあ、朝日。いつまでまたせんだ?こんな時にあれだが珈琲を淹れてくれないか」と。
 正直流石に見ていられなかった。感情というものを私は知らない。けれどこれはおそらく憐れみだ、この感情の名を私は知っている。このまま彼は絶望の淵であの怪物にすり潰され、死んでいく。ああ、やはり人間は脆弱で非力だ。やっと面白い素材を見つけたというのに。私はゆっくりと眼を閉じた。肉の潰れる音、皮を突き破る音、断末魔の悲鳴。私の横で彼が叫んでいる、彼がここまで感情を露わにするのは珍しいが……私が彼らのために動く理由にはならない。だが不意に彼の声が止まる。代わりに聞こえてきたのは探偵の声だった。
なんといったのかは聞き取れない、だがその目はあの時の彼のそれだった。ユラユラと立ち上がった彼は今は亡き彼女の前に立ち塞がる。命は惜しくない、だが彼はそれ以上に大切なものを奪われてなお彼は絶望しなかった。腕を穿たれ腹を抉られ、それでも彼は立ち向かう。意味がないとわかっていても彼はその脚を怪物に叩き込む。少女に伸ばされる腕をその体で受け止める。狂気に飲まれた青年はそれでいてその矜持、誓いだけは決して捨てない。ああ、彼は……なんと人間らしい。
「近道さん、気が変わりましたー。いきますよー」
胸元から鍵を取り出し有り余る私の魔力をもって時間を繋げる。彼らを救いに、ただ事件の前に跳ぶのは後。まずは力尽きた彼の元に向かうとしよう。

辛うじて保った意識で、膝立ちで亡骸の前に立つ彼の命ももうすぐ尽きる。だというのにまだ諦めていない。体をひきずりせめて彼女だけでもと怪物を前に立ちふさがる。その姿に打ち震える。ああ、魂とはなんと美しい。
「お前ら……遅い。遅すぎる。だがまあ……後は頼んだ」
そう言って前に倒れる探偵を近道さんが受け止める。
「ちがうよ、彼女を救うのは君だよ」
そう言って何もない空間で鍵を回す。それに対して探偵は小さく今にも消えそうな声で言う。
「任せろ」
ああたまらない、気が変わった。彼らの事がどうしようもなく愛おしい。ずっと見ていて飽きないお気に入りが増えてしまった。なら彼らにとっての平和を守るために力を使うのも悪くない。それを近道さんの望むことでもあるらしい。
私達はまた時空の狭間で観測する。
さて、彼らは次にどう動く?
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