【完結】運命を占う令嬢は王子に恋をしてしまいました

朝日みらい

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第二章 恋の星が告げるもの

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 まさかこんなことになるなんて――そう思ったのは、星盤が今夜も青白く揺らめいた瞬間でした。

 侯爵令嬢イザベラ様の恋を占った結果は、確かに王子殿下を指していました。
 ええ、それだけなら驚きで済んだのです。

 けれど星々は、その先を映してしまったのです。
 王子の傍らに立つ「星詠みの娘」の姿を。

 ……息を呑んで固まったわたしをよそに、殿下がその場に現れたのは神の悪戯でしょうか。

「君の占いはいつも正しい」
 そう仰った殿下の微笑は、真摯で――でも見透かされそうで。

 ……駄目です。心臓が早鐘のように打って、まともに言葉が出てきません。



「セレナ」
「は、はいっ!?」

 突然名を呼ばれて背筋が跳ねました。殿下の金の髪が炎のように揺れて、星明かりを受けて輝いています。

「先ほどの占い……聴こえていた。その恋が私に行き着く、と」
「そ、それはっ……! 占いですから。深く考えず……」

 ああ、だめです。声がうわずって、まるで嘘をついている人みたい。

「そしてもうひとつ。……私の未来の傍らに、星詠みの娘がいると」
「~~っ!」

 どうしてそんなに穏やかに言えるのでしょうか。私なら恥ずかしくてその場にうずくまってしまいそうなのに。

 殿下はふと歩み寄り、わたしの前に立たれました。
 その距離、とても近い。香木の淡い匂いが胸いっぱいに広がります。

「星が語る言葉を、私は信じたい」
「……ど、どうしてですか」
「君が告げることだからだ」

 真剣な眼差しで言い切られてしまうと、反論なんてできません。
 胸の奥がきゅっと痛んで、でも同時に嬉しいような熱を抱えてしまいます。

 ――あぁ。私ったら、ほんの少し期待している?



 足元がふらつきそうになった瞬間、殿下の手がすっと伸びてきました。

「大丈夫か?」

 あたたかい、しっかりとした掌。指先が絡むと、心が震えてしまいます。

「だ、大丈夫です……っ」
「無理をするな。疲れているのだろう」

 そうして支えられたまま、わたしはどぎまぎしました。
 だってこんなふうに殿下に触れられるなんて、想像すらしたことがなかったから。

 手を離してほしいと願う一方で、ほんの少しだけ、この手をずっと握っていたい――なんて、身勝手にも思ってしまいました。



 けれど。

「まあ……殿下とセレナ、なんとお似合いでしょう」

 イザベラ様の明るい声が響き、私は慌てて手を引きました。
 見ると、彼女はいつもの如くにこやかで、しかしどこか小悪魔のようでもあります。

「セレナ、ご安心なさいませ。占いの結果を聞いて、わたくし腹を立てたりはいたしませんわ」
「イザベラ様……」
「だって、恋は戦いですもの。星がそう告げたなら、むしろ燃えるというものですわ!」

 あまりに堂々と笑顔で宣言されて、私は口をぱくぱくさせるしかありませんでした。
 まさか自分が“恋の相手候補”として睨まれるなんて、想像していなかったのです。

「セレナ、正々堂々と勝負ですわ。殿下を射止めるのは、わたくしか、あなたか。とても楽しみ」

 軽やかにウィンクされて、私は蒼ざめました。
 いやいやいや、そういう話じゃ! 私は恋するつもりなんて――。

 ……でも。
 手のひらに残る温もりが、私の否定をむなしく打ち消していました。



 その夜わたしは部屋にこもり、窓辺から夜空を見上げました。

 星々は凛と瞬き、きらめきながらも冷たい。
 答えを求めても、何も示してはくれません。

 ――どうして。
 ずっと未来を占い、道しるべを見つけてきたのに。
 いざ自分の心のこととなると、何ひとつ読めなくて。

「占い師なのに……」

 ぽつりと呟いて頬を覆いました。
 あのとき殿下に手を取られただけで、これほど心が乱れるなんて。

 ああ、これが――恋心?

 認めるのが怖くて、でも胸は甘い痛みに満ちていました。



 翌朝。星読みの部屋で書き物をしていると、ひょっこり顔を出したアンドリュー兄さま(と私は呼ぶ)が皮肉な声を投げてきました。

「ずいぶん顔色が赤いな、セレナ嬢。風邪か、それとも――恋煩いか?」
「なっ、何を……!」
「おやまあ図星の顔だ。本当に絵に描いたようにわかりやすい」

 机に突っ伏しそうになる私を、彼は楽しそうに眺めています。
 もう、やめてください……!

「まあいい。だが肝に銘じろ。星に頼らなくとも、自分で選ばねばならぬ時が来る」
「……兄さま」

 その言葉が胸に残りました。
 自分で選ぶ――。
 そんなこと、私にできるのでしょうか。



 夜明けの女神像の影が長く伸びるころ、私はまた星盤に向かっていました。
 けれど盤は沈黙したまま、未来を映してはくれません。

 どうして、こんなにも曖昧で。

 瞼を閉じれば思い出すのは――あの手の温もり。
 真剣な瞳で「君を信じる」と仰った声。

「……殿下」

 囁きが夜に溶けていきます。

 恋の星は静かに軌道を描いて。
 そこに私自身の未来が紡がれてしまっていることを、もう否応なく感じ始めていました。
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