熱愛をご所望の令嬢は、子爵の欲望に翻弄されます

朝日みらい

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 ハモンドは、もともとは不毛な討論をやめさせて主導権を取り戻そうとしただけでした。

 最初はうまくいきました。

 エルセーヴは何も言えなくなりました。しかし次の瞬間、全くの失敗だったことがわかったのです。 

 貞淑を保つことと、彼女にキスをすることは両立しないという事実です。

  問題なのは彼女の口がストロベリーのように甘く温かいことでも、彼女の唇がバラの花びらを思わせる柔らかいベルベットのような感触だったことでもありません。エルセーヴがとっさに彼を突き飛ばそうとした後に、上体を崩すまいと必死に彼の襟元をつかんだことでもないのです。

 こうしたことは全てこれまで何度も想像していたので、心の準備はできていたことです。鼓動が早まり、亀頭が刺激を求めて勃起したことでさえも予想していました。

 そうではなく、ハモンドを動揺させたのは、エルセーヴの初心な反応だったのです。

 エルセーヴは夢中になって熱心にキスを返そうとしていましたが、その仕草は初々しく、稚拙と言っていいほどでした。 

 彼女の唇はスポンジのように柔 らかかったかと思うと、次の瞬間にはビクビクして硬くなります。

 可愛らしい鼻先の扱いをどうしたらいいかわからないらしく、頭をこちらにひねりあちらにひねりして、何とか口づけの邪魔にならないよう不器用に試行錯誤していたりします。

 ハモンドが口を開かせて舌を入れようとした時には、互いの歯がぶつかったほどです。

  つまり、エルセーヴはキスの仕方をまるで知らないのでした。

  これまでキスをしたことがない無垢な令嬢に、ハモンドの熱情は一気に燃え上がりました。

  20人をくだらない求婚を受けているとの噂のエルセーヴが22歳になるまでまともなキスを一度もしたことがなかったなんて。

(そんなことがあり得るのだろうか) 

 大抵信じがたい話ではありました。顔にぶつかってくるエルセーヴの鼻と同じくらい真実は明白です。そうだとはいえ、賞賛するざるを得ないのは、彼女は覚えがすこぶる早いということでした。

  早くも唇をどれくらい柔らかくすればいいのかの微妙なさじ加減を身につけ、舌の動きにこたえる方法を学んで、コツコツと実践しています。彼女が舌を差し入れ引き抜く度に、血管の熱が高まり、下腹部のうずきが激しくなってきます。

 沸き立つエルセーヴへの欲望にロマンティックさや優しさはありません。あるのは待ち受けのない荒々しい情欲や、みだらで原始的な交わりへの渇望ばかりです。

(彼女を奪い侵略し、自分のものにしてやるぞ) 

 頭の中のまだ機能している部分がエルセーヴを床に押し倒し、ドレスを腰までまくり上げる様を脳裏に映し出します。

 心地よい処女の襞に鋼棒を打つ のをハモンドが自制したのは、ロマンティックな感情が不意にわき上がったからではありませんでした。

 エルセーヴはキスをやめ、彼から離れよう、逃れようともがいていることに気づいたからです。

 その時、彼女をドアに押し付け 
、股間の勃起したものを彼女の柔らかな腹部に、ズボンの布地越しに擦り付けていたことをはっきりと意識しました。

 経験豊かな女性でなければ怯えるに違いない、露骨で淫らな誘いの行為だったのです。

 純粋で無垢なエルセーヴにとってみれば、まさしく汚らわしい振る舞いだったでしょう。

「ちきしょう。まったく」

 ハモンドは悪態をついてキスをやめ、体を離して髪をかき上げました。 

(言い訳のできない、紳士としてあるまじき行動をしてしまった……) 

 初めて娼婦と寝る学生のような振る舞いだったと、ひどく落ち込みました。この10年、欲望を叶える前にベッドのパートナーをたっぷり楽しませる技を磨いてきた紳士のすることではないのです。 

(自制を失ったのは恥ずべきことだ。エルセーヴの不慣れさが伝染したのだろうか) 

「悪かった」

 息を切らしながら、ハモンドは言いました。 

 自分のブーツの黒く輝くつま先に視線を落とします。彼女の顔を見られなかったからです。恥じているからではなく、顔を見たら同じことを繰り返してしまいそうで怖かったのです。

「はあ……残念だわ。水曜日のピクニックランチまでお預けね」

 エルセーヴは弱々しく笑いました。

 「水曜日だって?」

 ハモンドは危険を覚悟して彼女の顔を見ました。

  頬が上気し、唇は淡いピンク色になって激しいキスで腫れていました。目は新月の夜のような深い翳りを帯びています。

 エルセーヴは高ぶっていただけで、少しも怯えてなどいないのだと、ハモンドは気付いたのです。
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