【完結】前世で私を斬った将軍殿下が、今世では跪いて愛を誓ってきました

朝日みらい

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第一章 再会の衝撃

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 春の陽ざしはやわらかでした。
 王都の宮殿奥に設けられた庭園は、戦乱が終結した今、ようやく平和を取り戻した証のように、見事に整えられた花々で彩られております。

 白や紅の薔薇が咲き誇り、小鳥の囀りが高らかに響く。噴水から流れる水音は、午後の日差しを浴びて細やかな虹を描いていました。
 わたくしは、その場に似つかわしくないほど硬直した背筋を伸ばし、紅茶を口に含むふりをしながら、ただひたすら緊張に耐えていたのです。

 「今日、正式に顔を合わせるのよ」
 朝から幾度も母に言われた言葉が、耳の奥に残っていました。
 相手は、王国が誇る第二王子にして将軍殿下——レオンハルト様。

 名は知っております。
 戦場で数々の武功を重ね、その冷徹な采配により〈戦神〉とまで呼ばれるお方。
 恐ろしくも栄誉ある婚約先。
 政略としては最高の結びつきであり、平和を強固にするための大義。

 ……ですが。

 「まさか、そのお方が……」

 わたしの胸の奥には、誰にも告げられぬ秘密がありました。
 記憶を反芻すれば、喉の奥から冷えた鉄の匂いが蘇る。

 前世のこと。
 わたしはかつて、敵国の姫として生まれ落ち、逆臣として捕らえられ、そして——。

 その剣で、たしかに斬られたのです。



 「——セリーヌ・アルフォード嬢ですね?」

 澄んだ声が、空気を切りました。

 わたしの胸が跳ね、その瞬間、すべての音が遠のいた気がします。
 視線を上げれば、そこに立つのは。

 銀糸を編んだような髪が陽を反射し、整いすぎたほどの顔立ちが影を作る。
 厳しくも冷静な青い瞳。
 一歩踏み出せば大地すら従わせるような威令を宿した、将軍殿下——。

 「——あぁ……」

 わたしは息を吸い込み損ねました。
 紅茶の湯気が白く昇り、指先が震える。ティーカップがカタリと震え、案の定、わずかに中身が縁から溢れました。

 「おや……」
 わたしの粗相に気づいた彼が小さく眉を寄せます。
 その仕草さえ凛然としていて、叱られるよりもずっと苦しい。

 違うのです。
 礼儀がなっていないのではありません。
 震えて仕方がないのです——恐怖と、もう一つ、説明のつかない動揺とで。

 「……セリーヌ嬢」

 彼が歩み寄ったその刹那。
 驚くべきことに、屈強な将軍殿下が——わたしの前で片膝をつきました。

 「えっ……!?」

 わたしは目を見開きました。
 冗談? 見間違い? しかし、そうではない。
 膝を折り、まるで忠誠を誓うかのように、彼は静かにわたしを見上げています。

 「私はこの命にかけて、貴女を愛し、そして守ると誓いましょう」

 ……何を。
 この人は、何を言っているのですか?

 前世、わたしの命を奪った、その手で。
 わたしに、愛を——?



 「せ、殿下……」

 どうにか声を搾り出したものの、喉が乾いて上手く言葉になりませんでした。

 「わたくしに……なぜ、そのような……?」

 問いかけた視線を、避けられない。
 その青い瞳に映されるだけで、全身が射抜かれるようでした。

 彼はわずかに微笑みました。
 戦神と呼ばれる者がこんなにも穏やかに笑うなど、誰が信じましょう。

 「理由など要るだろうか。俺が君を愛している。ただ、それだけで十分だ」

 「っ!」

 言葉を返す余裕もなく、わたしはただ頬に熱を覚えました。
 今世の彼と、前世の彼、重なるのは姿だけ。
 けれど、その声音は——まるで、別人のように優しかったのです。

 (わたくしは、なにをしているの……?)

 心の奥から声が響くけれど、制御できません。
 鼓動は速まるばかり。逃げたい。なのに足が動かない。



 その後の茶会は、記憶が霞んでしまうほどに落ち着きませんでした。
 菓子の味を感じる余裕もなく、言葉もぎこちなく。

 「顔色が優れないな」

 隣から響いた声。しかめた横顔が美しすぎて、息が止まりそうになります。
 「熱でもあるのか?」と、大きな掌が伸ばされ——。

 「ひゃっ……!」

 思わず椅子を揺らしてしまいました。
 しかし彼は構わず、その手をわたしの頬に触れさせる。
 指先はわずかに硬質で、それでいて穏やかに温かい。

 「やはり、すこし熱いな。無理をするな」

 「め、滅相もありません! 大丈夫ですわ、殿下!」

 慌てて声を上げ、視線を逸らしました。
 けれど頬に残る微かな熱が、余計に心臓を乱すのです。

 前世で刃を突きつけられたことを思い出すたび、体の奥が凍り付くようなのに——。
 なぜか今は、逆に。あまりにも、あたたかい。



 それだけでは終わりませんでした。

 庭園を抜ける時、わたしが裾を踏んで転びそうになった瞬間、彼は自然に腰を支え、片腕で引き寄せてきたのです。

 「きゃ……!」

 思わず胸に収まったわたしを、鍛え上げられた腕がすっぽりと包みます。
 広い肩越しに見える空が、やけに遠い。

 ——震えが止まりません。

 拒絶しなければならないのに。
 本来なら「お放しください」と毅然と言うべきなのに。

 わたしの唇から出たのは、掠れた呟きだけでした。

 「どうして……そんなふうに、優しいのですか」

 レオンハルトは一拍置いて、笑います。
 その目は冗談ではなく、真剣そのもの。

 「優しくしたい相手が、君だからだ」

 そして、そのままわたしの手をとり、指先に口づけを落としました。

 「っ……!」

 胸が揺さぶられ、頭が真っ白になります。
 耳元で囁かれた声が、甘く、苦しく、生きている心臓の奥底まで浸みわたるようでした。

 「俺は必ず、証明してみせよう。言葉だけだとは思わせない」

 その言葉は、わたくしを呪いから解き放とうとする誓いのようでもありました。

 前世でわたしを斬った手が、今はわたしを包み込み、愛を誓う。
 それは残酷な運命の悪戯か、神から与えられた救済か——。

 答えはまだわかりません。
 けれど、瞳を逸らせないわたしの心は、すでに揺れに揺れておりました。
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