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第二章 拒絶と誘惑
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「……どうして、殿下はわたくしなどを」
あの日の茶会から数日。
わたしはずっと胸を押さえるような心のざわめきに苛まれていました。
あの人——レオンハルト様は、あれほど真剣に跪き、誓いを告げた。
前世においてはわたしの命を断った方が、今世では命を懸けて愛を語るなど。
そんなこと、どうして信じられるでしょう。
◆
政略婚約の名目は公然と知られております。
和平を強め、両家の後ろ盾を固めるため。
わたしだって分かっています。
……分かっているからこそ、あの言葉を信じてしまえば、後で必ず傷つけられると怯えるのです。
だから——拒絶しなければ。
◆
王宮の回廊。
白を基調とした大理石の廊下を歩いていたところ、角を曲がったところで人影と出会いました。
「セリーヌ嬢」
その声に、反射的に背筋が固まります。
振り返らずともわかる。
この凛とした呼びかけは、彼。
「……殿下」
おそるおそる振り向けば、やはりそこには圧倒的存在感を放つお姿が。
軍装ではなく王子らしい緋の上着に身を包んでいて、何をどうしても視線が持っていかれます。
「調子はどうだ。体はもう本調子か?」
「……はい。ご心配いただくほどのことはございません」
努めて無関心を装ったのに、彼の目には通じません。
青い瞳がわたしをひとつたりとも逃がさぬように射抜いてきます。
「セリーヌ嬢。本気で訊いているんだ。無理をしていないだろうな?」
「……っ」
心臓が乱れるのを誤魔化すように、わたしは足を速めました。
けれど彼は軽やかに歩幅を合わせ、簡単に隣へ並んでしまいます。
◆
「なぜ、そんなにわたしにかまうのですか」
思わず吐き捨ててしまったのは、自分でも驚きでした。
冷ややかに言ったつもりが、声が震えている。
彼は立ち止まり、静かに微笑みました。
「なぜか? 君が好きだからだ」
「……っ!」
あまりにも単純で、あまりにも真剣すぎて、胸が鳴ってしまう。
耳まで熱くなったわたしをご覧になり、彼はさらに追い討ちをかけるように言葉を重ねます。
「政治のためだなどと思っているのだろう?」
「……ち、違うのですか?」
「違う。君を愛するのは、俺の我儘に過ぎない」
そう囁きながら、彼がそっとわたしの手を取ります。
抗う間もなく、その大きな掌に包まれてしまいました。
「ひゃ、離してください……!」
「嫌だ。こうしていなければ、君がまた逃げてしまうから」
掌を握り込まれ、わたしの頬にまで赤みが走ります。
熱を帯びたその視線から逃れようと顔を逸らしても、繋がれた手がそれを許しません。
◆
「わたくしを……惑わせないでください」
「惑わせているつもりなどない。ただ正直に言葉を伝えている」
ぐうの音も出ません。
その真っ直ぐすぎる言葉に、わたしの心が簡単に揺さぶられるのが恐ろしい。
「君が怯えていることはわかっている。前に進むのは怖いだろう」
「っ……」
目を伏せた瞬間、彼の手がそっとわたしの髪に触れました。
「ひ、人前ですよ……!」
「かまわない。誰が見ていようと、俺の気持ちは揺るがない」
なんて自信でしょう。
けれど、不思議とぞっとするほどではなく、胸の奥がくすぐったい感覚に包まれてしまうのです。
◆
「セリーヌ」
名前を呼ばれるだけで、体が跳ねました。
本来なら眉をひそめるべき場面なのに、逆に心臓が高鳴るばかりで。
「君は俺を信じない。それでもいい。だが、君が俺を拒もうとするたび、俺はもっと踏み込むからな」
低く囁く声が、危うく官能的で。
記憶の奥、剣の冷たさばかり刻まれていたはずなのに、今は彼の温度に飲み込まれそうでした。
「……どうして、そんなにも」
「決まっている」
彼は視線を逸らさず、真剣に言いました。
「俺は君に生涯を賭けたいんだ」
◆
拒む言葉は用意していました。
「殿下にとって不都合ですわ」とか、「政略のためにすぎません」だとか。
でも、気づけばそれらは喉で消え、ただ燃えるような視線と、あたたかな掌の中で、心臓が裏切りを続けていたのでした。
……わたしは、どうしてこんなに。
敵だったはずの人に、どうして惹かれてしまうのですか?
あの日の茶会から数日。
わたしはずっと胸を押さえるような心のざわめきに苛まれていました。
あの人——レオンハルト様は、あれほど真剣に跪き、誓いを告げた。
前世においてはわたしの命を断った方が、今世では命を懸けて愛を語るなど。
そんなこと、どうして信じられるでしょう。
◆
政略婚約の名目は公然と知られております。
和平を強め、両家の後ろ盾を固めるため。
わたしだって分かっています。
……分かっているからこそ、あの言葉を信じてしまえば、後で必ず傷つけられると怯えるのです。
だから——拒絶しなければ。
◆
王宮の回廊。
白を基調とした大理石の廊下を歩いていたところ、角を曲がったところで人影と出会いました。
「セリーヌ嬢」
その声に、反射的に背筋が固まります。
振り返らずともわかる。
この凛とした呼びかけは、彼。
「……殿下」
おそるおそる振り向けば、やはりそこには圧倒的存在感を放つお姿が。
軍装ではなく王子らしい緋の上着に身を包んでいて、何をどうしても視線が持っていかれます。
「調子はどうだ。体はもう本調子か?」
「……はい。ご心配いただくほどのことはございません」
努めて無関心を装ったのに、彼の目には通じません。
青い瞳がわたしをひとつたりとも逃がさぬように射抜いてきます。
「セリーヌ嬢。本気で訊いているんだ。無理をしていないだろうな?」
「……っ」
心臓が乱れるのを誤魔化すように、わたしは足を速めました。
けれど彼は軽やかに歩幅を合わせ、簡単に隣へ並んでしまいます。
◆
「なぜ、そんなにわたしにかまうのですか」
思わず吐き捨ててしまったのは、自分でも驚きでした。
冷ややかに言ったつもりが、声が震えている。
彼は立ち止まり、静かに微笑みました。
「なぜか? 君が好きだからだ」
「……っ!」
あまりにも単純で、あまりにも真剣すぎて、胸が鳴ってしまう。
耳まで熱くなったわたしをご覧になり、彼はさらに追い討ちをかけるように言葉を重ねます。
「政治のためだなどと思っているのだろう?」
「……ち、違うのですか?」
「違う。君を愛するのは、俺の我儘に過ぎない」
そう囁きながら、彼がそっとわたしの手を取ります。
抗う間もなく、その大きな掌に包まれてしまいました。
「ひゃ、離してください……!」
「嫌だ。こうしていなければ、君がまた逃げてしまうから」
掌を握り込まれ、わたしの頬にまで赤みが走ります。
熱を帯びたその視線から逃れようと顔を逸らしても、繋がれた手がそれを許しません。
◆
「わたくしを……惑わせないでください」
「惑わせているつもりなどない。ただ正直に言葉を伝えている」
ぐうの音も出ません。
その真っ直ぐすぎる言葉に、わたしの心が簡単に揺さぶられるのが恐ろしい。
「君が怯えていることはわかっている。前に進むのは怖いだろう」
「っ……」
目を伏せた瞬間、彼の手がそっとわたしの髪に触れました。
「ひ、人前ですよ……!」
「かまわない。誰が見ていようと、俺の気持ちは揺るがない」
なんて自信でしょう。
けれど、不思議とぞっとするほどではなく、胸の奥がくすぐったい感覚に包まれてしまうのです。
◆
「セリーヌ」
名前を呼ばれるだけで、体が跳ねました。
本来なら眉をひそめるべき場面なのに、逆に心臓が高鳴るばかりで。
「君は俺を信じない。それでもいい。だが、君が俺を拒もうとするたび、俺はもっと踏み込むからな」
低く囁く声が、危うく官能的で。
記憶の奥、剣の冷たさばかり刻まれていたはずなのに、今は彼の温度に飲み込まれそうでした。
「……どうして、そんなにも」
「決まっている」
彼は視線を逸らさず、真剣に言いました。
「俺は君に生涯を賭けたいんだ」
◆
拒む言葉は用意していました。
「殿下にとって不都合ですわ」とか、「政略のためにすぎません」だとか。
でも、気づけばそれらは喉で消え、ただ燃えるような視線と、あたたかな掌の中で、心臓が裏切りを続けていたのでした。
……わたしは、どうしてこんなに。
敵だったはずの人に、どうして惹かれてしまうのですか?
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