【完結】前世で私を斬った将軍殿下が、今世では跪いて愛を誓ってきました

朝日みらい

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第三章 陰謀の影

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 その日、わたしは盛大にため息をついていました。

 「……どうして、わたくしばかり」

 王宮の宴——和平を祝う舞踏会。
 豪奢なシャンデリアの下、煌びやかな宮廷服を纏った貴族たちが舞い、笑い合い、剣よりも鋭い言葉を交わす場。

 その隅っこで、わたくしは視線を刺され続けていたのです。

 「裏切り者の娘よね」
 「あんな伯爵令嬢が殿下の婚約者だなんて」

 ひそひそ話は耳に届かぬふりをしていても、きちんと届くものです。
 あまつさえ、向かいで扇を掲げて笑っているのは、最近何かと目立つ侯爵家のご令嬢。

 完璧すぎるカールの金髪、薔薇色のドレス——見るからに「敵役」として舞台に立つような華々しさ。
 今日も今日とて、敵視丸出しの視線を送ってくるのです。

 (……ですよね。来ましたね。ライバル令嬢ポジションの方)

 「まぁセリーヌ様。お召し物がとても……質素でいらして」

 嫌味を隠す気もない挨拶。
 正直ここで「お気遣いありがとう」と笑えば良いのか、内心では「質素趣味で悪かったですね」と叫びたいわたし。

 ——しかしその瞬間。

 「質素? 俺の目から見れば誰よりも美しいがな」

 さりげなく割って入った低い声。
 わたしの背後から現れたのは、誰あろうレオンハルト殿下その人です。

 「……殿下!?」
 「何か問題があったのか?」

 冷ややかな青の視線を向けられ、侯爵令嬢は顔をひきつらせました。
 その場に居合わせた令嬢方も、一斉に気まずそうに口を噤む。

 (ず、ズルい……! そうやってさらっと守りに入るの、本当にズルいです!)

 わたしの心臓はまたしても大忙しになっておりました。



 けれど陰謀の影は笑いごとではありませんでした。

 舞踏会の後半。
 貴族同士が盃を交わす中、給仕がわたしに差し出したワインがありました。

 妙に色濃く沈んだ液体。
 隣でにこりと微笑む侯爵令嬢。

 (……あれ、絶対なにか入ってますよね?)

 嫌な予感がして口をつけることを躊躇いましたが、社交の場で断るのも露骨すぎる。
 わたしが逡巡していると、不意に杯がするりと取り上げられました。

 「悪いが、これはいただけない」

 冷たい声が割って入る。
 レオンハルト殿下がワインを奪い、剣呑な視線を給仕へと投げていました。

 次の瞬間、給仕は青ざめて逃げようとしましたが、その襟首はあっという間に彼の手で掴まれて。

 「な……なにを!?」
 「毒気があるな」

 ワインの杯を棚に投げ捨てると、中の液体が石床に広がり、鼻を刺す匂いが漂いました。
 確認するまでもなく怪しい、露骨すぎる暗殺未遂。

 そして、事件はそこで終わりませんでした。



 (……身体が……重い?)

 思わず息を呑みました。
 胸の奥にじりじりとした痺れが広がり、指先から冷えていく感覚。

 (まさか……ほんの少しでも口をつけてしまった?)

 たしかに舐めただけのはず。けれど、それだけで十分だったのでしょう。
 視界が揺らぎ、足がもつれて床に崩れそうになった瞬間——。

 「セリーヌ!」

 強い腕に抱き上げられました。
 ふわりと浮く感覚とともに、広い肩の上に凭れかかる。

 「俺が君を失うなど、もう二度とごめんだ!」

 怒りと恐怖を滲ませた、その叫び。
 耳朶を震わせる声に、視界が涙で滲みました。

 「れ、殿下……っ」
 途切れ途切れに声を出すわたしを、彼は腕に抱いたまま胸元へとさらに抱き寄せます。

 「大丈夫だ。俺が必ず守る……だから、泣くな」

 わたしの頬に触れる掌が温かく、髪を撫でる仕草がこれ以上なく優しいのです。
 毒の冷えが怖いはずなのに、彼の体温に包まれていると、不思議に恐怖が和らいでいくようで。



 重苦しい場面だったはずなのに、不思議と涙の端には安堵も混じっておりました。
 だって、確かに彼は……命がけでわたしを庇ったのです。

 前世で命を奪われたあの日から、どうしても消えなかった疑問。
 彼は本当に冷徹な人なのか。

 その答えが、今ここにはっきりと示されていたのだと思います。

 「……殿下は、不器用すぎます」
 思わず漏れた言葉に、彼は少しだけ苦笑しました。
 「そうかもしれん。だが、不器用でいい。君を守るためなら」

 その逞しい腕に抱かれたまま、わたしは胸の奥で小さな安堵を覚えてしまっていました。
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