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第三章 陰謀の影
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その日、わたしは盛大にため息をついていました。
「……どうして、わたくしばかり」
王宮の宴——和平を祝う舞踏会。
豪奢なシャンデリアの下、煌びやかな宮廷服を纏った貴族たちが舞い、笑い合い、剣よりも鋭い言葉を交わす場。
その隅っこで、わたくしは視線を刺され続けていたのです。
「裏切り者の娘よね」
「あんな伯爵令嬢が殿下の婚約者だなんて」
ひそひそ話は耳に届かぬふりをしていても、きちんと届くものです。
あまつさえ、向かいで扇を掲げて笑っているのは、最近何かと目立つ侯爵家のご令嬢。
完璧すぎるカールの金髪、薔薇色のドレス——見るからに「敵役」として舞台に立つような華々しさ。
今日も今日とて、敵視丸出しの視線を送ってくるのです。
(……ですよね。来ましたね。ライバル令嬢ポジションの方)
「まぁセリーヌ様。お召し物がとても……質素でいらして」
嫌味を隠す気もない挨拶。
正直ここで「お気遣いありがとう」と笑えば良いのか、内心では「質素趣味で悪かったですね」と叫びたいわたし。
——しかしその瞬間。
「質素? 俺の目から見れば誰よりも美しいがな」
さりげなく割って入った低い声。
わたしの背後から現れたのは、誰あろうレオンハルト殿下その人です。
「……殿下!?」
「何か問題があったのか?」
冷ややかな青の視線を向けられ、侯爵令嬢は顔をひきつらせました。
その場に居合わせた令嬢方も、一斉に気まずそうに口を噤む。
(ず、ズルい……! そうやってさらっと守りに入るの、本当にズルいです!)
わたしの心臓はまたしても大忙しになっておりました。
◆
けれど陰謀の影は笑いごとではありませんでした。
舞踏会の後半。
貴族同士が盃を交わす中、給仕がわたしに差し出したワインがありました。
妙に色濃く沈んだ液体。
隣でにこりと微笑む侯爵令嬢。
(……あれ、絶対なにか入ってますよね?)
嫌な予感がして口をつけることを躊躇いましたが、社交の場で断るのも露骨すぎる。
わたしが逡巡していると、不意に杯がするりと取り上げられました。
「悪いが、これはいただけない」
冷たい声が割って入る。
レオンハルト殿下がワインを奪い、剣呑な視線を給仕へと投げていました。
次の瞬間、給仕は青ざめて逃げようとしましたが、その襟首はあっという間に彼の手で掴まれて。
「な……なにを!?」
「毒気があるな」
ワインの杯を棚に投げ捨てると、中の液体が石床に広がり、鼻を刺す匂いが漂いました。
確認するまでもなく怪しい、露骨すぎる暗殺未遂。
そして、事件はそこで終わりませんでした。
◆
(……身体が……重い?)
思わず息を呑みました。
胸の奥にじりじりとした痺れが広がり、指先から冷えていく感覚。
(まさか……ほんの少しでも口をつけてしまった?)
たしかに舐めただけのはず。けれど、それだけで十分だったのでしょう。
視界が揺らぎ、足がもつれて床に崩れそうになった瞬間——。
「セリーヌ!」
強い腕に抱き上げられました。
ふわりと浮く感覚とともに、広い肩の上に凭れかかる。
「俺が君を失うなど、もう二度とごめんだ!」
怒りと恐怖を滲ませた、その叫び。
耳朶を震わせる声に、視界が涙で滲みました。
「れ、殿下……っ」
途切れ途切れに声を出すわたしを、彼は腕に抱いたまま胸元へとさらに抱き寄せます。
「大丈夫だ。俺が必ず守る……だから、泣くな」
わたしの頬に触れる掌が温かく、髪を撫でる仕草がこれ以上なく優しいのです。
毒の冷えが怖いはずなのに、彼の体温に包まれていると、不思議に恐怖が和らいでいくようで。
◆
重苦しい場面だったはずなのに、不思議と涙の端には安堵も混じっておりました。
だって、確かに彼は……命がけでわたしを庇ったのです。
前世で命を奪われたあの日から、どうしても消えなかった疑問。
彼は本当に冷徹な人なのか。
その答えが、今ここにはっきりと示されていたのだと思います。
「……殿下は、不器用すぎます」
思わず漏れた言葉に、彼は少しだけ苦笑しました。
「そうかもしれん。だが、不器用でいい。君を守るためなら」
その逞しい腕に抱かれたまま、わたしは胸の奥で小さな安堵を覚えてしまっていました。
「……どうして、わたくしばかり」
王宮の宴——和平を祝う舞踏会。
豪奢なシャンデリアの下、煌びやかな宮廷服を纏った貴族たちが舞い、笑い合い、剣よりも鋭い言葉を交わす場。
その隅っこで、わたくしは視線を刺され続けていたのです。
「裏切り者の娘よね」
「あんな伯爵令嬢が殿下の婚約者だなんて」
ひそひそ話は耳に届かぬふりをしていても、きちんと届くものです。
あまつさえ、向かいで扇を掲げて笑っているのは、最近何かと目立つ侯爵家のご令嬢。
完璧すぎるカールの金髪、薔薇色のドレス——見るからに「敵役」として舞台に立つような華々しさ。
今日も今日とて、敵視丸出しの視線を送ってくるのです。
(……ですよね。来ましたね。ライバル令嬢ポジションの方)
「まぁセリーヌ様。お召し物がとても……質素でいらして」
嫌味を隠す気もない挨拶。
正直ここで「お気遣いありがとう」と笑えば良いのか、内心では「質素趣味で悪かったですね」と叫びたいわたし。
——しかしその瞬間。
「質素? 俺の目から見れば誰よりも美しいがな」
さりげなく割って入った低い声。
わたしの背後から現れたのは、誰あろうレオンハルト殿下その人です。
「……殿下!?」
「何か問題があったのか?」
冷ややかな青の視線を向けられ、侯爵令嬢は顔をひきつらせました。
その場に居合わせた令嬢方も、一斉に気まずそうに口を噤む。
(ず、ズルい……! そうやってさらっと守りに入るの、本当にズルいです!)
わたしの心臓はまたしても大忙しになっておりました。
◆
けれど陰謀の影は笑いごとではありませんでした。
舞踏会の後半。
貴族同士が盃を交わす中、給仕がわたしに差し出したワインがありました。
妙に色濃く沈んだ液体。
隣でにこりと微笑む侯爵令嬢。
(……あれ、絶対なにか入ってますよね?)
嫌な予感がして口をつけることを躊躇いましたが、社交の場で断るのも露骨すぎる。
わたしが逡巡していると、不意に杯がするりと取り上げられました。
「悪いが、これはいただけない」
冷たい声が割って入る。
レオンハルト殿下がワインを奪い、剣呑な視線を給仕へと投げていました。
次の瞬間、給仕は青ざめて逃げようとしましたが、その襟首はあっという間に彼の手で掴まれて。
「な……なにを!?」
「毒気があるな」
ワインの杯を棚に投げ捨てると、中の液体が石床に広がり、鼻を刺す匂いが漂いました。
確認するまでもなく怪しい、露骨すぎる暗殺未遂。
そして、事件はそこで終わりませんでした。
◆
(……身体が……重い?)
思わず息を呑みました。
胸の奥にじりじりとした痺れが広がり、指先から冷えていく感覚。
(まさか……ほんの少しでも口をつけてしまった?)
たしかに舐めただけのはず。けれど、それだけで十分だったのでしょう。
視界が揺らぎ、足がもつれて床に崩れそうになった瞬間——。
「セリーヌ!」
強い腕に抱き上げられました。
ふわりと浮く感覚とともに、広い肩の上に凭れかかる。
「俺が君を失うなど、もう二度とごめんだ!」
怒りと恐怖を滲ませた、その叫び。
耳朶を震わせる声に、視界が涙で滲みました。
「れ、殿下……っ」
途切れ途切れに声を出すわたしを、彼は腕に抱いたまま胸元へとさらに抱き寄せます。
「大丈夫だ。俺が必ず守る……だから、泣くな」
わたしの頬に触れる掌が温かく、髪を撫でる仕草がこれ以上なく優しいのです。
毒の冷えが怖いはずなのに、彼の体温に包まれていると、不思議に恐怖が和らいでいくようで。
◆
重苦しい場面だったはずなのに、不思議と涙の端には安堵も混じっておりました。
だって、確かに彼は……命がけでわたしを庇ったのです。
前世で命を奪われたあの日から、どうしても消えなかった疑問。
彼は本当に冷徹な人なのか。
その答えが、今ここにはっきりと示されていたのだと思います。
「……殿下は、不器用すぎます」
思わず漏れた言葉に、彼は少しだけ苦笑しました。
「そうかもしれん。だが、不器用でいい。君を守るためなら」
その逞しい腕に抱かれたまま、わたしは胸の奥で小さな安堵を覚えてしまっていました。
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