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終章 誓いの口づけ
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静かな月夜でした。
昼の喧騒と華やぎが嘘のように消え、王宮の庭園は青白い光に包まれております。
白い砂利の小道は月明かりを受けて鈍く輝き、花壇の薔薇には露が宿り、幽かな香りを放っていました。
数日前、わたしは毒杯で倒れかけました。
その時、彼が必死に抱き上げ、怒りと恐れをあらわに叫んでくれた姿が……忘れられません。
(あの方は、ほんとうに)
前世の記憶からすれば、理屈は通りません。
なのに心は、どうしようもなく動いているのです。
◆
「セリーヌ」
背後から名を呼ばれました。
振り返ると、レオンハルト様が姿を現しておられました。
月光に濡れ、銀髪が淡く光を返す。
軍神の異名を持つその御方が、今はただひとりの女性を求める男として立っているのです。
「体調はもう大丈夫なのか」
「はい。おかげさまで……」
言葉はそれだけ。
けれど、彼の眼差しがわたしを一身に捉えて離さない。
息が詰まりそうで、けれど心地よくてたまらない視線でした。
「……殿下」
ついに、問いかけずにはいられませんでした。
「本当に……わたくしでいいのですか?」
声は震え、思わず胸元で手を組みます。
前世の痛み、今世の不安、そのすべてが混ざり合って溢れる問いでした。
◆
即座に、彼は頷きました。
迷いなど一片もなく、断固とした声で。
「君しかいない。君を愛することこそ、俺の生きる意味だ」
言い切られてしまって、もう逃げ場などありません。
視線を逸らそうとしたのに、彼の両手がわたしの手をしっかりと握り込みました。
「っ……!」
温かい。
大きな手の中に包まれると、不安や過去さえも融けていく気がしました。
◆
「セリーヌ。俺は君に会うために生まれてきた……そう思える」
「……殿下……」
正面からの言葉に、胸の奥の氷がすっと溶けていきます。
知らぬ間に溢れた涙が、頬を伝いました。
彼の指が優しく伸びてきて、それを拭ってくださいます。
「泣かせたくはなかった。だが……君が涙するなら、その理由をすべて背負いたい」
その声音があまりに真摯で、わたしはもう抗えませんでした。
「……わたくし、殿下のことを……」
声が嗚咽で詰まりそうになった瞬間。
彼はぐっとわたしを胸元へ引き寄せました。
厚い胸板に頬を押し当てられ、強く、しかし優しく抱きしめられる。
髪を撫でる掌の感触に、すべてが守られていく安心を覚えました。
◆
「セリーヌ……」
名前を囁かれ、そのまま額が重ねられます。
間近で触れ合う呼吸。
わたしは目を閉じました。
彼の唇が、そっとわたしの唇に触れました。
淡く、けれど決して儚くない。
強固な誓いが込められた、甘い口づけ。
時間が止まったかのように、ただその瞬間に溺れていました。
◆
唇が離れたとき、わたしはもう抗うことをやめていました。
「……殿下。わたくしを愛してくださるなら、どうか……」
「永遠に愛し抜く」
言葉を重ねるより早く、彼は再び力強く抱き寄せてきます。
胸の奥に刻まれていたはずの、前世の痛みはどこにも見当たりませんでした。
あるのはただ、今世を生きるわたしの心と、彼の熱だけ。
【完】
昼の喧騒と華やぎが嘘のように消え、王宮の庭園は青白い光に包まれております。
白い砂利の小道は月明かりを受けて鈍く輝き、花壇の薔薇には露が宿り、幽かな香りを放っていました。
数日前、わたしは毒杯で倒れかけました。
その時、彼が必死に抱き上げ、怒りと恐れをあらわに叫んでくれた姿が……忘れられません。
(あの方は、ほんとうに)
前世の記憶からすれば、理屈は通りません。
なのに心は、どうしようもなく動いているのです。
◆
「セリーヌ」
背後から名を呼ばれました。
振り返ると、レオンハルト様が姿を現しておられました。
月光に濡れ、銀髪が淡く光を返す。
軍神の異名を持つその御方が、今はただひとりの女性を求める男として立っているのです。
「体調はもう大丈夫なのか」
「はい。おかげさまで……」
言葉はそれだけ。
けれど、彼の眼差しがわたしを一身に捉えて離さない。
息が詰まりそうで、けれど心地よくてたまらない視線でした。
「……殿下」
ついに、問いかけずにはいられませんでした。
「本当に……わたくしでいいのですか?」
声は震え、思わず胸元で手を組みます。
前世の痛み、今世の不安、そのすべてが混ざり合って溢れる問いでした。
◆
即座に、彼は頷きました。
迷いなど一片もなく、断固とした声で。
「君しかいない。君を愛することこそ、俺の生きる意味だ」
言い切られてしまって、もう逃げ場などありません。
視線を逸らそうとしたのに、彼の両手がわたしの手をしっかりと握り込みました。
「っ……!」
温かい。
大きな手の中に包まれると、不安や過去さえも融けていく気がしました。
◆
「セリーヌ。俺は君に会うために生まれてきた……そう思える」
「……殿下……」
正面からの言葉に、胸の奥の氷がすっと溶けていきます。
知らぬ間に溢れた涙が、頬を伝いました。
彼の指が優しく伸びてきて、それを拭ってくださいます。
「泣かせたくはなかった。だが……君が涙するなら、その理由をすべて背負いたい」
その声音があまりに真摯で、わたしはもう抗えませんでした。
「……わたくし、殿下のことを……」
声が嗚咽で詰まりそうになった瞬間。
彼はぐっとわたしを胸元へ引き寄せました。
厚い胸板に頬を押し当てられ、強く、しかし優しく抱きしめられる。
髪を撫でる掌の感触に、すべてが守られていく安心を覚えました。
◆
「セリーヌ……」
名前を囁かれ、そのまま額が重ねられます。
間近で触れ合う呼吸。
わたしは目を閉じました。
彼の唇が、そっとわたしの唇に触れました。
淡く、けれど決して儚くない。
強固な誓いが込められた、甘い口づけ。
時間が止まったかのように、ただその瞬間に溺れていました。
◆
唇が離れたとき、わたしはもう抗うことをやめていました。
「……殿下。わたくしを愛してくださるなら、どうか……」
「永遠に愛し抜く」
言葉を重ねるより早く、彼は再び力強く抱き寄せてきます。
胸の奥に刻まれていたはずの、前世の痛みはどこにも見当たりませんでした。
あるのはただ、今世を生きるわたしの心と、彼の熱だけ。
【完】
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