【完結】嘘告だと知っていましたが、あなたが堕ちるまで演じて差し上げます

朝日みらい

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第6章:周囲の嫉妬

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 人生、他人の感情が「色」で見えるのも、楽じゃありません。

 特に今日のようなとき。  
 わたしの周りに漂う令嬢たちのオーラは、見事に嫉妬のライムグリーン一色でした。

 「ノワール嬢、今日もルシアン様とご一緒なんですって?」  
 「まったく。あんな平民上がりが、公爵令息となんてありえないわ!」

 ええ、聞こえてます。声の音量調整はできないのでしょうか。  
 ライムグリーンどころかもはや毒々しい蛍光色です。  
 目に悪いです。  

 「……静かにしていたいだけなのに」

 誰に言うでもなくそう呟くと、そっと肩をたたかれました。  
 ――彼です。今日も完璧な笑顔を携えて。  

 「ノワール嬢、何か困ってる?」

 「いえ。光の反射で少し目が眩んだだけです」

 「……俺のせい?」

 「わたしは何も言ってません」

 「じゃあ、もう少し控えめに光るよう努力するね」

 ……はいはい。そういうところですよ、ルシアン様。  

 周囲の令嬢たちが「キャッ♡」と息を呑むのが聞こえました。もう音の洪水です。  
 正直慣れたつもりでも、隣に立っているだけで精神力を要するお方ですね。  

 「貴女たち、課題があるのでは?」

 思わずお上品に微笑んでみたところ、全員が一瞬で蜘蛛の子を散らすように去っていきました。  
 ……強い感情を発する方が近くにいると、目が疲れるんですよね。ほんとに。

 エリオット様が笑いながら小声で言います。  
 「今の君、ちょっと怖かった」

 「そちらのファンレター攻撃から身を守るためです」

 「なるほど。それも君らしいね」

 しかし――そうやって笑いながら、彼は一歩だけ距離を取ったのです。  
 その瞬間、胸の奥に小さな違和感が芽生えました。

 (……まただ)

 最近、彼はこうして“人前では”あからさまに距離を置く。  
 まるで、何かを意図しているかのように。

 * * * 

 その日の午後、舞踏室の練習がありました。  
 わたしはペアを組めずに壁際に立っていたのですが――。

 「ノワール嬢、よければ僕と一曲いかが?」

 奇跡的に声を掛けてくれたのは、侯爵家の御曹司。ほんの少しホッとしたその瞬間。

 「彼女は俺のパートナーだ。君は別の人を頼んでくれない?」

 柔らかい声。  
 けれど教室の空気が一瞬で変わったほどの低さでした。  

 その場にいた全員が振り返ります。  
 いつの間にか、エリオット様が扉のところに立っていました。  
 ――まるで舞台照明が彼に合わせて灯るみたいに。

 侯爵子息が慌ててぶんぶんと手を振ります。  
 「い、いえ、ルシアン公子がそうおっしゃるなら!」

 「誤解です!」  
 私が慌てて遮ったものの、彼はもう視線だけで全てを掌握していました。  
 優しい微笑みで、世界を制圧するタイプの人です。恐ろしいわ。

 「……牽制ならもっと静かにしてください」

 「だって、ノワール嬢には誰も触れてほしくないから」

 「公共の場でそのセリフはやめてください!」

 騎士学校の練習場より心拍数上がります。

 そんな騒動のあと、彼はすました顔で去って行きました。  
 そして午後の授業では、まるで何事もなかったかのように、わたしの席に座りませんでした。

 ……そう。そこです。距離を取る。

 視線は合うのに、手は伸ばさない。  
 あの人、公の場では一切“恋人”を演じないのです。

 (公爵令息だから……というのもあるのでしょう。でも)

 まるで「大切だから見せない」ようにも感じる。  
 いえ、それとも――“利用価値”がなくなったから?

 そんな考えを打ち消すように深呼吸しました。  
 でも胸の奥が少し痛い。

 * * * 

 放課後。  
 誰もいない教室で、ようやく書類をまとめ終わったときでした。

 「……リディア」

 名前を呼ばれて振り返ると、すぐそこに彼が。  
 昼間、あれだけ距離を取っていたくせに、今はこんなに近い。

 「昼間は、失礼しました」

 「何がですか」

 「練習の場で、君を“俺のもの扱いした”こと」

 その言い方がずるい。  
 肯定も否定もどちらにも取れる謝罪です。

 「……気にしてません」

 「嘘だ。少し腹を立てた顔してた」

 「っ、そんな顔してません!」

 「わかるんだよ」

 軽く笑って、彼の指先がわたしの髪をすくい上げました。  
 さっきまで遠かった距離が、今は指ひとつ分もない。  
 まるで計ったような距離操作。ホスト技術でしょうかこれは。

 「昼間は、誰もが見てる場所だったから」

 「それと、近づかない理由にならないと思います」

 「……そうだね。でも俺が君に手を伸ばすと、世界中がざわつくんだ。なんか、嫌でさ」

 「嫌?」

 「君が騒ぎの中心になるのが」

 ああ。  
 その言葉が、ずるいくらいに優しく、真っ直ぐに響いたのです。

 「だから、俺の【甘さ】は、二人きりの時だけにしようと思ってる」

 言葉と同時に、額へそっと唇が触れました。  
 ほんの小さな、羽のような接触。  
 それだけで、息が詰まるほど甘い。

 「こ、こういうの、ずるいです」

 「君がそう言うのも、もう慣れた」

 少し離れた彼の表情は、穏やかで、でもどこか切なげで――。

 「俺、君を“特別扱い”してるつもりはないよ」

 「え……?」

 「君がもう、俺の中で唯一の“普通”だから」

 ……なにその言葉。脳が理解を拒否してます。  
 どれほど考えても意味が甘さで溶けてしまう。

 「じゃあ、“特別”じゃなくて“普通”なんですね」

 「俺の普通は、世界で一人だけって意味だよ」

 ……アウトですこの人。  
 毎回毎回、違う角度から甘い刃を突き刺してきます。

 * * * 

 その夜、寮の自室。  
 窓の月明かりに照らされた指先を見ながら、私はため息をつきました。

 今日だけで、感情の色を何回見たでしょう。  
 周囲の嫉妬の緑も、彼の真紅も、そして――  
 自分の胸の中にある、まだ名前のない淡い橙色も。

 (あれは……何の“色”なんだろう)

 たぶん、私が今いちばん見えないのは、彼の嘘ではなく――自分自身なんだと思います。
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