【完結】嘘告だと知っていましたが、あなたが堕ちるまで演じて差し上げます

朝日みらい

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第16章:公開処刑

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 人の集まる場所というのは、恐ろしい熱気を生みます。  
 それが好奇の炎となるとき、誰かを救いも、焼き尽くしもする。  

 王都中央議場――通称「白の間」。  
 本来ならば無辜の民や貴族の陳情を聞く場所ですが、  
 今日だけは、異様な熱とざわめきに包まれていました。  

 王弟アデルハルト殿下による“異能流通に関する審問”――そう名目づけられてはいます。  
 けれどその実体は、殿下の地位回復と、わたしという異能持ちの「合法的な回収」を目的とした公開裁判。  

 (舞踏会の夜から、あっという間でした……)

 塔での事件は表向きには「誤認捕縛」とされ、私は仮釈放扱い。  
 けれど陛下命令のもと、こうして公の場に立たされることになったのです。  

 壇上の隅に設けられた女性隔席――つまり「証言席」に座り、  
 向かいの中央には椅子の背に王家の紋章が刻まれた大玉座。  
 そこに座るのは、国王陛下ご自身。  
 その右側に、王弟アデルハルト。  
 そして左側に――エリオット・ルシアン様。  

 黒と白の対比。  
 光と影のように対峙するふたりの姿は、まるでこの国そのものを象徴しているようでした。  

 開廷の鐘が鳴り響きました。  

 「王家監察官を代表し、この件につき弁明の機会を与えられたことに感謝を申し上げます」  

 声を発したのはアデルハルト殿下。  
 いつも通りの冷静な声音。目の前の群衆を見回しながら、硝子のように整った笑みを浮かべています。  

 「私は、一部の者たちに拡がりつつある“異能の濫用”を正すべく行動を取りました。  
 ノワール嬢の能力は国家機密に関わる高位のものです。  
 ゆえに一時的に保護したまでのこと。――それを“誘拐”と騒ぎ立てるのは、遺憾の極みです」  

 人々がざわめきます。  
 まるで脚本通りの言葉。  
 そして壇上左――わたしの視線が自然と、彼へ向きました。  

 エリオット様。  

 いつもの笑顔はありません。  
 淡い金の髪が光を反射して、剣の刃先のような鋭さを帯びて見えました。  

 「なるほど。では一つだけ確認を」  

 ゆっくり立ち上がる。  
 その何気ない動作だけで、ざわめきが止まりました。  

 光の象徴と呼ばれる男の、あまりに冷たい微笑。  
 社交界の中心で、“観客を操る王”の風格がそこにありました。  

 「殿下は“保護”とおっしゃる。  
 ですが、保護対象者への身体拘束、隔離命令、通達なしの移送。  
 どれも現行法に基づく手続きではなく、“殿下私設の命令文”によるものですね?」  

 「……誤認もあり得る」  

 「もちろんです。誤認、つまり“判断の誤り”が起きるのは誰にでも。  
 ですが、その“誤り”が王弟殿下による“署名つきで三件”連続して起きたとしたら――」  

 会場が息を呑みました。  
 エリオット様はゆっくりと手元の書類を掲げます。  

 「こちらは諜報部公式記録の写しと、王印つきの写本。  
 三名の異能保持者が殿下命令により“転属”扱いで姿を消し、その後すぐに国外へ。  
 ……やがて行方不明。  
 奇妙な一致ですね」  

 「な、何を根拠にそんな話を――!」  

 アデルハルトの声が、わずかに震えました。  

 「根拠は“あなたの執務室”にありました」  

 低く穏やかに言いながら、台の上に一冊の黒皮の日誌を置きます。  
 まるで芝居で“決定的な証拠”を突きつける演出。  

 「……君、まさか勝手に――!」  

 「勝手じゃありません。陛下の許可を正式に得ています」  

 王の隣でじっとしていた老臣が頷きました。  
 国王陛下の顔に、ほんの少しだけ失望の色が浮かびます。  

 この一瞬だけで、立場は完全に逆転しました。  

 「――殿下」  
 「……」  
 「僕は戦いたいわけじゃないんです。  
 あなたの掲げる“秩序”を否定するつもりもない。  
 けれど、“人をモノとして扱う秩序”には賛同できない。  
 ――あなた自身が、最初に信じた『守るための正義』を取り戻してください」  

 まっすぐな声。  
 あまりに優しすぎて、逆に痛い。  

 殿下の顔に揺らぎが見えました。  
 そしてその時、背後の観覧席から令嬢たちの声が起こったのです。  

 「リディア嬢を返して!」  
 「殿下がそんなことを!?」  
 「ルシアン様の言う通り、信じていましたわ!」  

 次々と広まっていく声。  
 社交界の女たちは、あの婚約宣言の夜からすでに“彼の言葉”を信じていたのです。  
 光の象徴の一言が、民心を一瞬で塗り替える。  

 (これが――“彼の戦場”。)

 王弟が拳を握りしめる音が聞こえました。  
 怒り、焦り、恐れ。  
 けれどそのすべてを“見えて”しまうわたしには、涙が滲みました。  

 この人も、きっと最初は国の未来を願っていたのに。  

 (どこで間違えてしまったんですか……)  

 沈黙が流れる中、国王陛下が口を開きました。  

 「アデルハルト。――汝の行いは、王家の名を辱めた」  

 「……兄上!」  

 「証拠がある限り、弁明の余地はない。暫定的に諜報職を解任、身柄を拘束せよ」  

 その瞬間、衛兵たちが動いた。  
 殿下が抵抗しようとする腕を、数人がかりで押さえる。  

 「離せっ、私は……王家のために!」  

 「殿下」  

 エリオット様が一歩だけ前へ進み出た。  
 その声には怒りも勝利もなく、ただ静かな悲哀だけがこもっていました。  

 「――誰かのためを言いながら、その“誰か”の心を奪うのは、愛じゃない」  

 張り詰めていた空気が一気にほどけ、周囲からどよめきが起こる。  

 わたしの胸が締めつけられて、立ち上がりかけたとき。  

 「下がって、リディア」  

 振り向くと視線が交わり、彼が小さく笑いました。  
 まるで全部終わったことを知っている人の笑み。  

 その笑顔が、こんなにも切ないものだなんて。  

 「もう大丈夫。――君を縛る鎖は、全部壊した」  

 「……エリオット様……」  

 返事をしようとして、言葉が出ません。  
 胸の奥があたたかくて、痛くて、涙が勝手に頬を伝いました。  

 囁くように彼が続けます。  
 「君がいたから、光を選べた。ありがとう」  

 (ずるいです。そんな言葉、ずるすぎます。)  

 * * * 

 その夜、王城の噴水前。  

 「終わりましたね」  
 「終わりじゃない。始まりだよ」  

 エリオット様は微笑みながら、淡い光に手を伸ばしました。  
 水面に映る彼の姿がゆらめく。その背に、今までにない静かな強さが宿っています。  

 「君を“守るための嘘”なら、世界ごと演じてみせる。  
 でももう嘘はいらない。――これからは全部本音で生きよう」  

 「……本音、ですか?」  

 「うん。好きって言葉も、戦う理由も」  

 照れくさくて、視線を逸らしました。  
 でもその手がそっと私の頬を包み、親指で涙の跡を拭う。  

 「殿下は、自分の正義に負けた。  
 俺は君の“色”に勝てなかった。……だから、敗者のままでいい。君の傍なら」  

 「もう……とっくに勝ってます」  

 思わず泣き笑いになってしまう。  
 彼が静かに笑って、わたしの額に唇を落としました。  

 「リディア。――俺は、君のために世界を見届けたい」  

 空には、真新しい暁の光。  
 その姿が映る噴水の水面が揺れ、黄金色に染まり始めていました。  
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