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終章:虜にしたのは
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王都の春は、やっぱり少し眩しいと思います。
木立の隙間からこぼれる光が石畳に反射して、まるで世界そのものが祝福しているようでした。
今日は、王立大聖堂で――婚約の儀。
エリオット・ルシアン様と、リディア・ノワール。
身分も、生まれも、異能も、すべてを乗り越えた二人の結びの式です。
「緊張してる?」
控室からそっと現れた彼は、白の衣装に金の刺繍をまとっていました。
どれだけ見慣れても、この人の“光”には心を奪われます。
「ええ、すこし。……というより、眩しすぎて目が痛いです」
「褒め言葉として受け取っておくね」
そう言いながら、彼は私の手を取った。
彼の指の温かさは相変わらずで、それだけで落ち着いていく。
「君のドレス……すごく似合ってる」
「ありがとうございます。補佐殿の目に敵うとは思えませんが」
「まだ言う。“補佐殿”は禁止だよ」
「じゃあ、“光の象徴様”?」
「それも禁止。今の俺はただの――」
軽く息を吐いて、彼が続けました。
「君を落とし続ける愚か者だ」
「……え?」
「何回好きだって言っても足りないし、どれだけ手を繋いでも不安になる。
だから、君に虜にされてる側なんだよ」
そのまま手を胸に当てて、微笑む。
そこには、かつての“計算されたエリオット”はいません。
ただ一人の人間として、痛いほど誠実に、わたしを見てくる。
「意外です。あなたみたいな人が“虜になる”なんて」
「俺はずっとそうだった。
賭けの告白をした日から、君の目に見抜かれた瞬間にね」
「その時のあなたは、嘘ばかりだった気がします」
「なのに君だけが、本音を引き出した」
静かな沈黙が落ちた。
彼の言葉が空気に溶けて、胸の奥まで染みていく。
「……本音なら、いま君の手が震えてるのも分かる。
怖いの?」
「少しだけ。世界に祝福されるって、慣れなくて」
「じゃあ、今日から慣れさせるよ。みんなが君に“おめでとう”って言うたび、“愛してる”って言葉に上書きする」
「……ずるいです」
「三年で十八回目の“ずるい”だ。記録更新」
そう言って笑い合いながら、彼の額がわずかに触れた。
その仕草一つで、式を待つ緊張がふっとほぐれる。
「エリオット様」
「うん」
「あなた、本当に変わりましたね」
「いい方向?」
「ええ。……甘い言葉に戦略がなくなりました」
「そりゃあもう、“堕とす側”じゃなくなったからね」
「では、今日くらいは私が堕とす側でいいですか?」
「――え?」
驚いた顔。その表情がまっすぐすぎて、少し楽しくなる。
両手を取って、指を絡めた。
「あなたを“光”だと思ってました。
でも違います。あなたも、陰のある人です。
失う怖さや、嫉妬も、人一倍感じる」
「……バレてた?」
「バレバレです。だって、わたしには“色”が見えるんですもの」
彼が息をのんで、笑みがこぼれました。
「もし影があるなら……それも含めて恋したい。
あなたの光を羨む人が何人いても、
“照らしてくれるのはわたしだけ”でいられるように」
「……リディア、それ反則だよ」
「あなたが先に教えたんです。“相手の欲を言葉にして与える”って」
「昔の俺の口車、返された……!」
二人で息が合って笑った。
曲がり角を何度も越えてきた恋が、ようやく笑いで終わる。
やがて、式場の扉がゆっくりと開き、鐘が鳴りました。
「行こうか、リディア」
「はい、“堕ちた側”の人」
「……名誉ある称号、受け取っておくよ」
並んで歩く一歩ごとに、フラワーシャワーが舞う。
白い花弁が光を掴んできらりと舞い上がり、それがまるであの日、最初の“嘘告”の瞬間のように鮮やかに感じられた。
あの日の彼は“嘘つきの王子”。
いまの彼は――それ以上の存在。
そして、わたしも。
愛されることを恐れていた女の子が、
いまは“愛することを選ぶ女”としてここに立っている。
「エリオット様。覚えてますか?」
「どれの話?」
「“堕とす側でいたくなかった”って言いましたよね」
「うん」
「じゃあ次は、“支え合う側”です。二人で、同時に」
彼が立ち止まり、わたしの両頬に手を添えて笑った。
「君を堕としたつもりだった。
でも、最初から捕まってたのは俺の方だった――本音で言うとね」
「……はい」
この瞬間、世界は完全にひっくり返って、
全部の“嘘”が“幸せ”に変わった気がしました。
鐘が鳴り響く。
拍手と笑い声、色とりどりの光が広がる中で、
エリオット様がそっと肩を抱き寄せて囁きました。
「――ねぇ、リディア」
「なんですか」
「これからもずっと、もう少しだけ堕としていい?」
「……お好きに」
「ありがとう。じゃあ、覚悟して。永遠コースだから」
くすりと笑う声が、花の香りと音楽に溶けていく。
光と色と人の想いが混ざり合って、目に見える幸福がここにあった。
ふたりで見上げた空は、確かに同じ色をしていました。
愛と自由と、永遠の約束の色――。
――完
木立の隙間からこぼれる光が石畳に反射して、まるで世界そのものが祝福しているようでした。
今日は、王立大聖堂で――婚約の儀。
エリオット・ルシアン様と、リディア・ノワール。
身分も、生まれも、異能も、すべてを乗り越えた二人の結びの式です。
「緊張してる?」
控室からそっと現れた彼は、白の衣装に金の刺繍をまとっていました。
どれだけ見慣れても、この人の“光”には心を奪われます。
「ええ、すこし。……というより、眩しすぎて目が痛いです」
「褒め言葉として受け取っておくね」
そう言いながら、彼は私の手を取った。
彼の指の温かさは相変わらずで、それだけで落ち着いていく。
「君のドレス……すごく似合ってる」
「ありがとうございます。補佐殿の目に敵うとは思えませんが」
「まだ言う。“補佐殿”は禁止だよ」
「じゃあ、“光の象徴様”?」
「それも禁止。今の俺はただの――」
軽く息を吐いて、彼が続けました。
「君を落とし続ける愚か者だ」
「……え?」
「何回好きだって言っても足りないし、どれだけ手を繋いでも不安になる。
だから、君に虜にされてる側なんだよ」
そのまま手を胸に当てて、微笑む。
そこには、かつての“計算されたエリオット”はいません。
ただ一人の人間として、痛いほど誠実に、わたしを見てくる。
「意外です。あなたみたいな人が“虜になる”なんて」
「俺はずっとそうだった。
賭けの告白をした日から、君の目に見抜かれた瞬間にね」
「その時のあなたは、嘘ばかりだった気がします」
「なのに君だけが、本音を引き出した」
静かな沈黙が落ちた。
彼の言葉が空気に溶けて、胸の奥まで染みていく。
「……本音なら、いま君の手が震えてるのも分かる。
怖いの?」
「少しだけ。世界に祝福されるって、慣れなくて」
「じゃあ、今日から慣れさせるよ。みんなが君に“おめでとう”って言うたび、“愛してる”って言葉に上書きする」
「……ずるいです」
「三年で十八回目の“ずるい”だ。記録更新」
そう言って笑い合いながら、彼の額がわずかに触れた。
その仕草一つで、式を待つ緊張がふっとほぐれる。
「エリオット様」
「うん」
「あなた、本当に変わりましたね」
「いい方向?」
「ええ。……甘い言葉に戦略がなくなりました」
「そりゃあもう、“堕とす側”じゃなくなったからね」
「では、今日くらいは私が堕とす側でいいですか?」
「――え?」
驚いた顔。その表情がまっすぐすぎて、少し楽しくなる。
両手を取って、指を絡めた。
「あなたを“光”だと思ってました。
でも違います。あなたも、陰のある人です。
失う怖さや、嫉妬も、人一倍感じる」
「……バレてた?」
「バレバレです。だって、わたしには“色”が見えるんですもの」
彼が息をのんで、笑みがこぼれました。
「もし影があるなら……それも含めて恋したい。
あなたの光を羨む人が何人いても、
“照らしてくれるのはわたしだけ”でいられるように」
「……リディア、それ反則だよ」
「あなたが先に教えたんです。“相手の欲を言葉にして与える”って」
「昔の俺の口車、返された……!」
二人で息が合って笑った。
曲がり角を何度も越えてきた恋が、ようやく笑いで終わる。
やがて、式場の扉がゆっくりと開き、鐘が鳴りました。
「行こうか、リディア」
「はい、“堕ちた側”の人」
「……名誉ある称号、受け取っておくよ」
並んで歩く一歩ごとに、フラワーシャワーが舞う。
白い花弁が光を掴んできらりと舞い上がり、それがまるであの日、最初の“嘘告”の瞬間のように鮮やかに感じられた。
あの日の彼は“嘘つきの王子”。
いまの彼は――それ以上の存在。
そして、わたしも。
愛されることを恐れていた女の子が、
いまは“愛することを選ぶ女”としてここに立っている。
「エリオット様。覚えてますか?」
「どれの話?」
「“堕とす側でいたくなかった”って言いましたよね」
「うん」
「じゃあ次は、“支え合う側”です。二人で、同時に」
彼が立ち止まり、わたしの両頬に手を添えて笑った。
「君を堕としたつもりだった。
でも、最初から捕まってたのは俺の方だった――本音で言うとね」
「……はい」
この瞬間、世界は完全にひっくり返って、
全部の“嘘”が“幸せ”に変わった気がしました。
鐘が鳴り響く。
拍手と笑い声、色とりどりの光が広がる中で、
エリオット様がそっと肩を抱き寄せて囁きました。
「――ねぇ、リディア」
「なんですか」
「これからもずっと、もう少しだけ堕としていい?」
「……お好きに」
「ありがとう。じゃあ、覚悟して。永遠コースだから」
くすりと笑う声が、花の香りと音楽に溶けていく。
光と色と人の想いが混ざり合って、目に見える幸福がここにあった。
ふたりで見上げた空は、確かに同じ色をしていました。
愛と自由と、永遠の約束の色――。
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