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第11章:聖女祭の始まり
ウィンデリアに、初雪が降った翌日。領内はいつになくざわついていた。
「せいじょさまに、おひめさまみたいなドレスを着せるんだって!」 「やったー!飴細工もあるー!」
広場には色とりどりの飾りつけ、薪のにおい、焼きたてのパン。音楽隊が準備に忙しく走り回っている。いつの間にか“聖女祭”と呼ばれるようになったこの日――それは、領民たちがリーネの功績を祝う新しい祝祭の始まりだった。
「えっ……これ、私が主役なんですか?」
リーネは広間で鏡の前に立ち、戸惑っていた。肩には雪のように白いケープ、裾には花の刺繍が施された薄青のドレス。どこからどう見ても“聖女”らしい……というより、ちょっと浮かれすぎたお姫様である。
「主役ですとも。今日は堂々と、うちの聖女様が一番きれいで素晴らしいんだって、みんなに見せびらかしましょう」
そう言ったのは、エルマーの執務官マティルダ。普段は厳しい彼女が、やけに楽しそうに頬を染めている。
「ひええ……そんなの、無理ですって……」
「……本当に無理な人は、“無理”って言いながら鏡の前でくるっと回ったりしませんよ」
「えっ、見てたんですか!? ちょっと練習しただけで!」
「ふふん、かわいいですね、リーネ様は」
そして日が落ちるころ――
「聖女様、万歳ーっ!」 「ありがとう、せいじょさまー!」
満月の下、広場に灯る無数の松明。その中心に、白と青のドレスを纏ったリーネが立っていた。肩には毛皮のケープ、髪には野花で編んだ冠。
歓声に包まれ、彼女の目元に光るものが浮かんだ。
「……あの、私……」
リーネは言葉を探す。けれど、喉が詰まって出てこない。そのとき――
「よければ、こちらへ」
すっと差し出されたのは、エルマーの手。
「せめて、“誇っていい日”くらい、支えさせてください」
「あ……はい……!」
手を取ると、彼の掌は思いのほか温かかった。雪の夜に灯る薪の火のような、優しいぬくもり。
二人は手を取り、広場の中央へと歩いていく。
「踊りましょうか?」
「えっ、無理です!わ、わたし踊れません!」
「では、ゆっくり歩きましょう。私も踊れませんので」
ふっと笑ったエルマーの横顔に、リーネの心臓はどくん、と跳ねた。
「……領主様、今日はずっと、楽しそうですね」
「ええ。……ずっと、こうしていたいと思える日ですから」
リーネは、それ以上何も言えなくなった。言葉にしたら、胸の奥が全部あふれてしまいそうで。
手をつなぎ、ゆっくりと雪の広場を歩くふたり。
聖女として讃えられた夜は――
リーネにとって、“ただ役目を果たす者”から、“誰かに必要とされる存在”へと変わった、忘れがたい一日となった。
「せいじょさまに、おひめさまみたいなドレスを着せるんだって!」 「やったー!飴細工もあるー!」
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「ひええ……そんなの、無理ですって……」
「……本当に無理な人は、“無理”って言いながら鏡の前でくるっと回ったりしませんよ」
「えっ、見てたんですか!? ちょっと練習しただけで!」
「ふふん、かわいいですね、リーネ様は」
そして日が落ちるころ――
「聖女様、万歳ーっ!」 「ありがとう、せいじょさまー!」
満月の下、広場に灯る無数の松明。その中心に、白と青のドレスを纏ったリーネが立っていた。肩には毛皮のケープ、髪には野花で編んだ冠。
歓声に包まれ、彼女の目元に光るものが浮かんだ。
「……あの、私……」
リーネは言葉を探す。けれど、喉が詰まって出てこない。そのとき――
「よければ、こちらへ」
すっと差し出されたのは、エルマーの手。
「せめて、“誇っていい日”くらい、支えさせてください」
「あ……はい……!」
手を取ると、彼の掌は思いのほか温かかった。雪の夜に灯る薪の火のような、優しいぬくもり。
二人は手を取り、広場の中央へと歩いていく。
「踊りましょうか?」
「えっ、無理です!わ、わたし踊れません!」
「では、ゆっくり歩きましょう。私も踊れませんので」
ふっと笑ったエルマーの横顔に、リーネの心臓はどくん、と跳ねた。
「……領主様、今日はずっと、楽しそうですね」
「ええ。……ずっと、こうしていたいと思える日ですから」
リーネは、それ以上何も言えなくなった。言葉にしたら、胸の奥が全部あふれてしまいそうで。
手をつなぎ、ゆっくりと雪の広場を歩くふたり。
聖女として讃えられた夜は――
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